なぜ自発的組織が生まれづらいのか、自発性を収益に結び付ける組織変革
「99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ」著者
河野 英太郎氏
河野 英太郎(右)
株式会社Tokyo Consulting & Intelligence 代表取締役社長。東京大学文学部卒業、同水泳部主将。グロービス経営大学院(MBA)修了。 電通、アクセンチュアを経て日本アイ・ビー・エムに16年勤務。コンサルティングサービス、人事部門、専務補佐、若手育成部門リーダー、サービス営業などを歴任。大企業グループ向けを中心に複数社の人事制度改革やコミュニケーション改革、人材育成、組織行動改革、ソフトウェアの日本展開などを推進。 在勤時2017年に(株)Eight Arrowsを起業。2019年より(株)アイデミーに参画し取締役執行役員COOとして2023年6月東証グロース市場に上場。現在Executive Advisor。2023年9月に(株)Tokyo Consulting & Intelligenceを起業し代表取締役に就任。
平康 慶浩(左)
セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役社長。
1969年 大阪生まれ アクセンチュア、アーサーアンダーセン、日本総合研究所を経て現職。
大阪市立大学経済学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得
グロービス経営大学院 客員准教授
特定非営利活動法人 人事コンサルタント協会 理事
大阪市特別参与として区長・局長・部長公募面接、校長公募面接を務める(2011年~2016年)
ファイズホールディングス株式会社(東証スタンダード上場) 独立社外取締役 報酬委員会議長(2017~2023年)
「99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ」など多数の著書を手掛け、株式会社Tokyo Consulting & Intelligence 代表取締役社長でもある河野英太郎氏と、「従業員の自立性・自発性を高める組織文化の構築と実践」というテーマで共催セミナーを実施いたしました。
参加者の方から寄せられた質問に回答しながら、「なぜ自発的組織が生まれづらいのか」というテーマで議論した第三部の様子を一部ご紹介します。
Q&Aセッション
柔軟な組織文化というのを作っていくために、管理職や経営層などトップリーダー層の意識改革は具体的にどのように進めればいいですか。
河野: ご質問者の立場にもよりますが、もし社長の方がその質問をされたのであれば、私が言えることは、例えば、社長やオーナーとそれ以外の人たちとの違いは、やはり圧倒的な当事者意識の有無だと思います。 そして、当事者意識を持ってもらうことが一番重要で、当事者意識は「持て」と言われて持てるものではないと思います。
もちろん、先ほどから議論しているように、権限を与えたり、貢献感があるようにしたり、会社が儲かったら自分も儲かるようにするという人事制度の側面での配慮は必要ですが、スタートアップで最も実感したのは、やはり当事者意識は名実ともに当事者であることだと思います。
つまり、株を持たせれば、紛れもなく当事者になるわけです。もちろん、誰にでも株を持たせるべきだというわけではありませんが、成長して上場し、さらに成長する会社では、オーナーや創業者だけではなく、一定の割合で株を持っている役員や、長く貢献してきた古参の社員が増えることが多いです。そうなれば、当事者意識は自然に変わっていくと私は考えています。少しお答えになっているか分かりませんが。
平康: 河野さん、私も勉強になりました。なるほど。私の方は、非上場の会社の支援が多いので、上場企業もありますが、非上場の企業では株を持たせることができない場合が多いです。そういった場合の取り組みとしては、やはり現状分析をしっかりと行うことが重要ですね。エンゲージメントサーベイもその一環です。また、私たちは人的資源の観点から、セレクションアンドバリエーション、略してSV6指標というものを用意しており、生産性基準や成長性基準に基づいた分析を行っています。それに加えて、人ごとにシビアな数値を出すことで、変革が必要だと判断できるような支援をしています。
従業員や部下の自発性を高めてほしいという風に思っているのですが、その時に人事評価制度ではどのような評価の軸を設定すべきですか。年功序列や成果主義と比べた時の違いなども知りたいです。
平康: 仕組みの話なので、私からお答えします。1つシンプルな方法としては、コンピテンシーなどの行動基準を用意して、社員がその基準に従って行動しているかどうかをチェックするという方法があります。しかし、評価の仕組みだけでは本当に動くのかという疑問もあります。評価の仕組みを導入しつつも、上司がしっかりと行動を促進するよう働きかけることの仕組み化が、実際にはより効果的だと感じています。
最近は、そういった支援が多くなっています。そのため、本人が自発的に行動しているかではなく、上司が自発的に行動させるように促す仕組みを評価として設計することも行っています。
対談セッション
なぜ従業員の自発性はなかなか育たないのか?
平康: なぜ自発的組織が生まれづらいのかというテーマで、河野さんと意見交換できればと思います。
河野: 先ほどの平康さんの回答に、私もすごく共感しています。自発性を引き出すために、上司が「自発性を持て」と言っても、それ自体が命令になってしまい、その行動には矛盾が生じます。自発性を高めるためには、指示ばかりを出すのではなく、ギリギリまで待つことも大切です。そして、自発的に行動したときには必ず認めて褒め、その行動を制度上で優遇することが重要です。このような行動こそが、自発性を促進するために必要だと考えています。
また、11月に私が新たに社長に就任した会社についてお話ししましたが、実は非常に大きな会社です。日本ではあまりビジネスを展開していませんが、世界規模で3000人の規模を誇ります。これが大きいかどうかは考え方次第ですが、少なくとも私が以前いたアイデミーは10人の会社で、そこから100人規模の会社になったので、それでも十分大きいと感じています。実は、2019年までアイデミーにいて、大企業から離れて久しぶりに大企業に戻った実感がありました。
その中で、例えば契約書が英語しかないといった問題が発生することもありますが、毎日のように問題は常に発生しています。そんな時、最初の反応が、「ああ、大企業に戻ってきたんだ」という感覚が強いんですよね。問題が発生すると、「どうしましょう?」と私のところに来るんです。もちろん、変えなければいけないので、変えようと思うのですが、ふと思い出しました。IBMでも同じだったな、と。
スタートアップでは問題が起きた瞬間にみんなで駆けつけて解決に動くのが当たり前だったのですが、それが習慣になっていた5年間の経験があるからです。しかし、大企業では、問題が発生した際、まず報告して、次に上司と対応を検討するという流れが一般的でした。これが規模が大きくなると、どうしてもそうなってしまうんだなと感じます。なぜなら、自分の行動が周囲に与える影響が大きいため、指示や依頼があって初めて動かなければならないという本能がだんだんと身についてくるからです。
ただ、最近は採用基準にアントレプレナーシップを必ず入れるようにしています。組織がそれを実際に求めているようで、実は求めていないというジレンマを感じることがあり、そのためには、求めているのであれば、制度や文化に反映させる必要があると強く感じています。
平康: ありがとうございます。さっきの河野さんのお話と非常に繋がる部分もあると思っていて、結局、人間というのは自然にそういうもので、自発性が育たない理由は、先ほどおっしゃっていただいたように、待てない上司がいるからだと思います。でも、待てない上司の方が自然だというところを考えると、そういったことをちゃんと解説し、変えていかなければいけないという点が重要だと思います。そして、まさに今おっしゃっていた規模の問題も関係していますが、仕組みがそのようになってしまっているというところですね。
自発性を育むための制度と現場の工夫
平康: 今のお話で、規模の問題で個人が責任を取れなくなってしまうという点や、上司側の問題についても触れられたと思いますが、自発性を育むためにはどうしたらよいか。あえて言うなら、どの点を優先するべきかについて考えてみたいと思います。
私はつい、評価の仕組みを導入しましょう、という方向に思いがちですが、それだけではなく、できる人には「あなたが変わらなきゃ」といった形で期待感を示すのもありかなとも思います。
河野: その通りですね。自発性は本当に重要だと思います。なんなら、全てと言っても過言ではないかもしれませんが、今はちょっとリップサービスかもしれません。それでも、自発性を示した人を露骨に優遇するくらいの勢いがあってもいいと思います。
ミッションやビジョンを理解し、「こうしたい」とか「こうしたいんですが、いいですか?」と自分から提案してくる人には、しっかり褒めて、その場を与え、ポジション上で会社としての期待値を示すといったことを継続的に行うのが現場での知恵だと思います。
もちろん、そのための制度作りは、平康さんのように制度を設計している方が行わなければならなくて、現場でいくら工夫しても、会社の制度がサポートしていないと、結局はリスが回転車の中で走っているような状況になってしまいます。そんな状況だと、疲れてしまって辞めてしまいますから。回転しているだけではなく、その人が最長不当距離まで走れるような状況にしてあげることが、やはり管理部門や経営者の役割だと思います。
現場のリーダーとしては、その人を露骨に優遇し、例えばお客様に対しても売り込むといった形でサポートしていくことが大切だと考えます。
平康: 逆に言うと、その行動を取った人を優遇したり、褒めたりすることがやりづらい状況がよくあると思うんですけど、それはなぜみんなそういったことをしないのでしょうかね。どう思いますか?
結構、自発性を求めるというか、「どんどん意見を言ってこいよ」みたいなことを言う組織は多いと思うんですけど、実際に意見を言うと潰されるとか、言った人が損をする、みたいな話をよく聞きますよね。
成長を阻害する制度の壁とその改革へのアプローチ
河野: 少し期待とは違う回答かもしれませんが、それを潰す理由っていくつかあると思うんです。例えば、直属の上司が「この人を優遇すると自分が抜かされてしまう」とか、「自分の価値がなくなってしまうように見える」と感じてしまう側面もあると思います。また、「この人を優遇すると別の誰かが怒るかもしれない」という懸念もありますよね。
でも、自分自身を振り返ってみると、僕は基本的にそういったことをあまり考えない方が結果的に良くなると思っていて。優遇するのであれば思い切り優遇すればいいと考えています。ただし、それが本人のためにならないのであればやるべきではないと思いますけどね。僕の場合は、自分にある程度の余裕があったので、「自分を抜かしてくれ。それが自分の喜びだ」という気持ちで、人をどんどん伸ばしてきました。結果的に、自分のポジションも振り返れば高まって、収益も上がる、という経験があります。これは理論や制度ではなく、あくまで経験としての話ですけどね。
一方で、振り返れば、僕にも「それが怖くてやれなかった」とか、「やりにくい」と感じていた若い頃がありました。だからその気持ちは理解できます。でも、どんどん上げていって、「僕を踏み台にしてくれ」というくらいの勢いでやると、結果的に踏み台にならずに済む、という矛盾したような話ですけど、そういう現場の知恵がまず必要だと思います。
僕は現場のリーダーであると同時に経営サイドにもいたので、それをちゃんと実行できる制度が必要だと考えています。たとえば、「このポジションに5年以上いないと次に上がれない」というような、成長を妨げる制度があるなら、それを見直すべきですよね。
せっかく自主性を示して、次の職位やグレードに上がるべきような人がいても、「まだ3年目だから待て」と言われたら、その瞬間に外に出て行ってしまうこともありますよね。それは会社にとって損失以外の何者でもない状況だと思います。だからこそ、後追いではなく、とはいえ先を行くことまでは求められないにしても、現場の成長と同時に制度も理想的には変えていくのがいいのではないかと思うんですが、どうでしょうか。
平康: 本当にそうだと思うんですよ。それで、アイデミーのようなベンチャーだと、そういったことは比較的やりやすかったのではないかと思います。でも、河野さんはCOOとして活躍されていたと思うんですが、IBMがそういったことをちゃんとやれていたのは、なぜなんでしょうね。
河野: やる組織だったと思います。最大公約数的な部分では制度として機能していましたが、それ以上に行き急ぐ人たちのためのトラックもちゃんと用意されていました。「なぜかこの人は早いけど、みんなが認めている」というような、特待生や裏特待生的な制度がオフィシャルに存在していたんです。大企業だからこそ、そういった仕組みを取り入れていたのだと思います。
平康: ただ、日本企業でそういったことをきちんとやれるところは少ない気もしますよね。この点は国民性の問題なのか、それともグローバル化が進むと変わっていくものなのでしょうか。
河野: 意見としてはその通りだと思いますし、実際にやらないと日本人以外の人材を採用することが難しくなるとも思います。もちろん、外国の方が必ずしもすべて優れているわけではありませんが、「なぜ一定期間この職位をやらないと次に上がれないのか?」という質問に対して、「そういう制度だから」としか答えられない現状は、課題だと思います。日本の仕組みをきちんとサポートし、見直していければと思います。
自発性を収益に結びつける際の課題
平康: 「じゃあそこから自発性を育んだとして、それが本当に収益に繋がるのか?」みたいな話もありますよね。私も事前にいろいろ考えていたのですが、今、両利きの経営が求められる中で、これまでのビジネスでは、縮小を設定すると利益率が悪化していくことが多かった。だから、新しいことをやらなければいけない。そのためには自発性を持ってイノベーションを起こす必要があるというのは、確かにきれいな言葉ではあるんです。でも、一時的には金食い虫になることもありますよね。
それに、自発性を特に部下に求める場合、さっき「待つ」という話がありましたが、もう一つ「スピードの自制」という要素もあるのではないかと思うんです。一時的に利益が減少する、スピードが落ちる、といった状況があったとしても、それでも信じて「これをやらないとまずい」と思えるかどうか。そこはやはりトップの決断にかかっていますよね。トップの判断が重要です。
河野: 実際、僕も現在進行形でそのような状況にあります。日本では、またBoomiの話になりますが、グローバルでは毎クォーターで20%成長し、どんどん伸びています。そして、上場を目指している以上、一定の利益を出さなければならないという状況です。
いわゆる大企業のセオリーに近づいている一方で、日本では知名度もなければ人材も不足しています。だから、採用とマーケティングを進めなければならない。これって、はっきり言ってスタートアップの状況ですよね。Jカーブを掘る必要があるわけです。しかし、大企業の論理では「ノー」と言われる。「来年のパイプラインはいくらなんだ。それでは投資できない」と。両利き反対側の論理で捉えてしまうと、スタートアップは絶対に潰れてしまう。
だから僕としては、経営をしていく中で、1ヶ月半くらいは暴れるつもりで両立を目指しています。ただ、トップオブトップが「やるんだ」と決断しても、その間にいる官僚的な組織はなかなか理解しないですよね。トップが腹をくくるだけでなく、それが実行可能になるような仕組みを整えないと、せっかくアサインした若手や将来を担う人材が現場で潰れてしまいます。まるで武器を与えずに戦場に送り出すのと同じことです。
スタートアップと大企業、それぞれが持つ強みと未来への投資
平康: Jカーブを認める組織の存在が非常に重要だということですね。まさにその通りで、最近特に経験しているのが、産業構造が変革しようとしている場面です。例えば、自動車部品メーカーさんや、一部のサービス業でも同じようなことがあります。
振り返ってみると、投資という概念がほとんどない会社が多いんですよね。一時的に、場合によっては非常に厳しい状況で、単年度は赤字でも良いから、そういった事業計画を立てて、その分設備投資や人的投資をしっかり行おうという話をしても、「やったことがないのでわからない」とか、「怖いです」といった反応が返ってくることがよくあります。
ですので、そういった部分に対する啓蒙活動も非常に重要だと思います。
河野: そうなんです。それって本当にその通りで、やったことがない場合は、やったことがある人に普通に頼ればいいはずなんですが、それができないカルチャーがまだあるんですよね。ごめんなさい、もしかしたら参加者の皆さんの中には少し気になる方もいるかもしれませんが、大企業にはスタートアップをどちらかというと上から目線で見る傾向があると感じます。私自身も、そうした経験をしたことがあります。
例えば、大企業の受付で、約束の時間より40分も無断で待たされたことがありました。その上、待たされた挙げ句、「悪い悪い」で終わってしまった。その時は、「絶対に上場して見返してやる」と思ったこともありました。まあ、それは置いておくとして。
実際のところ、スタートアップから学ぶべきことがないかというと、そんなことはないと思うんです。赤字を掘っていきなり急成長するようなプロセスなど、学べる点は多いはずです。それにはやっぱり、人材の流動性が大事だと思います。
スタートアップで経験を積んだ人材は、全てが完璧というわけではないですが、半分くらいは良い部分があると思うんですよ。その良い部分を見て採用してみる。例えば、「当然赤字を掘るでしょ。このくらいの赤字なら3年で回収できる」といった考えを持つ人を入れて、実際にやらせてみる。すると、大企業の人材、特に根本的に優秀な人が多いので、「こうやってやるんだ」と学び、次から自分たちでできるようになる。そういう良循環が生まれると思うんです。 だからこそ、人材の交流や流動性はやっぱりあった方が良いなと改めて感じますね。
平康: ですね。実は、セレクションアンドバリエーションという会社では、人材紹介も行っているんです。そこで、スタートアップの人材を少し停滞している産業の会社に紹介し、投資的なリスクを取る行動を学んでもらうというのは、十分に可能だと思います。
河野: まさにその通りだと思います。実際、それでうまく回していこうとしている会社もあるのではないかと思います。この間、ちょっと驚いたのですが、コニカミノルタに行った際、30代前半で役員職についている人がいて、その方はスタートアップから採用されたとのことでした。そんなことは今までなかったと思うので、こんな大企業でもそういったことをやっているんだなと、すごく感心しました。
平康: はい。やはりスタートアップの良さ、特に最初の段階での柔軟性やスピード感、大企業の良さ、安定性やリソースをうまく活用していくことが、これからの成長に非常に重要だと思います。まさにその通りで、今日の話では自発性という観点から整理しましたが、それが組織の成長にとって非常に重要なポイントだと感じました。
河野: そうですね。
平康: ありがとうございます。今日のテーマについては十分にお話しできたかなと思います。この話を踏まえて、今日参加された多くの会社の皆さんにとって参考になれば嬉しいです。