割増賃金(時間外手当)
わりましちんぎん
監修:平康慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授。人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる)
割増賃金とは、法定労働時間を超える時間外労働、法定休日の労働、および深夜の労働に対して、通常の労働時間の賃金に一定率を上乗せして支払わなければならない賃金である。労働基準法第37条を根拠とし、割増率は時間外労働および深夜労働が25%以上、法定休日労働が35%以上、1か月60時間を超える時間外労働が50%以上と定められている。
背景・時事文脈
割増賃金率の水準そのものは長く変わっていないが、適用範囲は段階的に広がってきた。
1か月60時間を超える時間外労働に対する50%以上の割増率は、大企業には先行して適用されており、中小企業に対する猶予措置は2023年(令和5年)4月1日に廃止された(厚生労働省「時間外・休日労働と割増賃金」、山口労働局「月60時間を超える時間外労働の割増賃金率は50%以上で」)。
これにより、企業規模による割増率の差は解消している。
さらに、労働基準関係法制研究会の報告書を受け、労働政策審議会で労働基準法の抜本的な見直しが議論されている。
連続勤務の上限設定、法定休日の事前特定、勤務間インターバルの義務化、副業・兼業における割増賃金の通算ルールの見直しなどが検討課題として挙げられているが、いずれも法案として確定した段階にはなく、施行時期も定まっていない。
条文の根拠はe-Gov法令検索の労働基準法で確認できる。
人事制度設計上の論点
割増賃金は労務管理の論点として扱われることが多いが、実際には報酬制度の設計そのものに強く跳ね返る。
手当を1つ新設するだけで、時間外労働1時間あたりの単価が全社員分だけ上がるためである。
法定休日労働と所定休日労働の区別は、就業規則上でどの曜日を法定休日と定めているかによって決まる。
この定めが曖昧なままだと、35%の対象範囲が事後的に争われる余地が残る。
割増賃金の単価を計算する際、算定基礎から除外できる賃金は法令で限定的に列挙されている。
列挙されていない手当は、名称にかかわらず必ず算定基礎に含まれる。
ただし、除外が認められる7項目についても、名称ではなく実質で判定される。
家族手当は扶養家族の人数や有無に応じて支給額が変わる場合に限り除外でき、扶養の有無を問わず一律に支給する形では除外できない。
住宅手当も同様に、家賃や住宅ローンの負担額に応じて変動する設計でなければ除外できない。
通勤手当を距離に関係なく定額で支給している場合も、除外の要件を満たさない可能性がある。
つまり、手当の一律定額化は運用を簡素にする一方で、割増賃金の算定基礎を膨らませる方向に働く。
手当の統廃合を検討する際は、支給要件の設計と割増単価への影響をセットで試算する必要がある。
同じ月額総支給額であっても、基本給と諸手当の配分によって割増賃金の単価は変わる。
除外可能な手当に配分を寄せれば単価は下がり、除外できない手当に寄せれば単価は上がる。
ここで注意すべきは、単価を下げることを目的に手当設計を歪めると、賃金テーブルと等級の対応関係が崩れることである。
等級が上がっても基本給が伸びず手当で調整する構造になれば、賃金カーブが等級を反映しなくなり、昇格の動機づけが働かなくなる。
割増単価の抑制は、等級・評価・報酬の一貫性を犠牲にしてまで追求すべき目的ではない。
固定残業代(みなし残業)を採用する場合、通常の賃金部分と割増賃金部分が判別できることと、固定額を超える時間外労働に対して差額を支払うことが要件となる。
この2点を満たさない設計は、固定残業代の全額が算定基礎に組み込まれる結果を招きうる。
年俸制についても、年俸額が確定していて一部が賞与の名目で支払われている場合、その賞与部分は「臨時に支払われた賃金」には当たらず、割増賃金の算定基礎に含めるべきものとされている。
年俸制の導入によって割増賃金の支払義務が消えるわけではない。
管理監督者に該当する者には時間外・休日の割増賃金の規定が適用されないが、深夜割増は適用される。
役職名で管理監督者を判断し深夜割増を支払っていない運用は、役職定年や昇格と昇進の設計と併せて点検すべき論点である。
なお、割増賃金の個別の判定、とりわけ管理監督者性や固定残業代の有効性については、専門家への確認が必要である。
よくある質問
割増賃金の単価は何を基準に計算するのか。
月給制の場合、算定基礎となる賃金額を1か月の平均所定労働時間で割った額が1時間あたりの単価となる。所定労働時間が月によって異なる場合は、年間の所定労働時間を12で割って求める。
時間外労働が深夜に及んだ場合、割増率はどうなるか。
時間外労働の25%以上と深夜労働の25%以上が加算され、50%以上となる。1か月60時間を超える時間外労働が深夜に及んだ場合は、50%以上と25%以上が加算され75%以上となる。
割増賃金の代わりに休暇を与えることはできるか。
1か月60時間を超える時間外労働の割増部分(25%を超える部分)については、労使協定を締結することで有給の休暇を付与し、割増賃金の支払いに代える仕組みが認められている。60時間以下の部分については、割増賃金の支払いを休暇で代替することはできない。
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手当と昇給が従業員にどう受け止められるかという観点については、平康慶浩による論考『なぜ昇給よりも手当が刺さるのか――「それ、会社に騙されてない?」への行動経済学の答え』で詳しく解説している。