静かな退職(Quiet Quitting)
しずかなたいしょく
監修:平康慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授。人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる)
静かな退職とは、雇用関係を継続したまま、職務として定められた最低限の役割の遂行にとどめ、それを超える貢献を意図的に行わない状態を指す。職務を放棄しているわけではないため勤怠や成果の指標には表れにくく、離職率にも計上されない点に特徴がある。
背景・時事文脈
この状態が経営課題として認識されるようになった背景には、貢献の総量が指標に映らないという構造がある。
厚生労働省令和6年雇用動向調査が示す離職率は、あくまで組織を離れた者の比率であり、在籍しながら関与を最小化している層はここに含まれない。
関与の水準を捉える枠組みとしては、ワークエンゲージメントがある。
厚生労働省『令和元年版 労働経済の分析』第Ⅱ部第3章は、ワークエンゲージメントを「活動水準」と「仕事への態度・認知」の二軸に置いて整理している。
静かな退職は、この枠組みでは活動水準が低く、仕事への態度も肯定的とはいえない領域に位置づけられる。
人事制度設計上の論点
静かな退職を怠慢として扱うと、対処を誤る。
多くの場合、それは求められる貢献と返ってくる処遇の対応が崩れていることへの、合理的な適応として生じている。
第一の論点は、役割外の貢献をどう扱っているかである。
職務記述や役割定義に書かれていない貢献——後輩の指導、部門をまたぐ調整、業務改善の提案——を評価しない制度では、それらを行わないことが最適解になる。
人事評価制度において役割外の行動を評価対象に含めるか、役割等級制度の役割定義に取り込むかの判断が必要になる。
第二に、昇格の見通しが失われる層の扱いである。
賃金カーブが上位等級で頭打ちになり、かつ管理職ポストが充足している状況では、それ以上の貢献に対する見返りが存在しない。
複線型人事制度や専門職制度による処遇経路の複線化が、構造的な対処に当たる。
第三に、心理的契約の変更が説明されていない場合である。
制度改定によって従来の暗黙の相互期待が一方的に変更されたと受け取られると、貢献の水準を契約上の最低限へ引き戻す反応が生じる。
制度改定時の説明設計は、この意味で定着施策の一部である。
なお、静かな退職の兆候を個人単位で特定して介入する運用は、監視と受け取られる危険がある。
組織単位・等級単位での傾向把握にとどめ、制度側の要因を先に点検することが実務上の順序となる。
より深く読む
この現象がなぜ離職率という指標に表れないのか、その構造については、平康慶浩による論考『静かな退職という経営リスク―離職率に表れない損失の正体』で詳しく解説している。