離職率・定着率
りしょくりつ・ていちゃくりつ
監修:平康慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授。人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる)
離職率とは、一定期間内に組織を離れた労働者の数を、その期間の初めに在籍していた労働者数で割った比率である。定着率はその裏返しで、在籍を継続した労働者の比率を示す。算定の対象期間、分母の取り方、定年退職や契約期間満了の扱いが統計や企業によって異なるため、他社比較や経年比較を行う際には定義の一致を確認する必要がある。
背景・時事文脈
日本全体の水準を示す代表的な統計は厚生労働省の雇用動向調査である。
令和6年雇用動向調査では、年間の離職率は14.2%、入職率は14.8%であった。
就業形態別では、一般労働者の離職率が11.5%、パートタイム労働者が21.4%と、就業形態による差が大きい。
新規学卒者については別途調査が行われている。
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(令和6年10月25日公表)によれば、令和3年3月卒業者の就職後3年以内の離職率は、大学34.9%、短大等44.6%、高校38.4%、中学50.5%であった。
事業所規模別では、大学卒で従業員5人未満の事業所が59.1%、1,000人以上が28.2%と2倍以上の開きがある。
産業別では大学卒の宿泊業・飲食サービス業が56.6%、生活関連サービス業・娯楽業が53.7%と高い。
人的資本開示の文脈でも離職率は主要な指標の一つとして扱われている。
内閣官房・金融庁・経済産業省による人的資本可視化指針(改訂版)は、指標を機械的に列挙するのではなく、経営戦略と人材戦略の連動を説明する形での開示を求めている。
離職率を開示する場合、水準そのものよりその水準を経営としてどう評価しているかの説明が問われる構造になっている。
人事制度設計上の論点
離職率が人事制度の議論で扱いにくいのは、それが結果指標であって原因を指し示さないためである。
全社の離職率が上がっても、どの制度のどこに問題があるのかは分からない。
使えるようにするには、分解の設計が必要になる。
自社の数値を外部統計と比較したい場合は期首在籍者基準、事業が大きく変動している局面では平均在籍者基準、施策の効果を検証したい場合はコホート基準を用いる。
目的が違えば方式も変わるのであって、どれかが正解というものではない。
加えて、離職事由の扱いを決めておく必要がある。
定年退職、契約期間満了、会社都合の退職、死亡・傷病を分母や分子に含めるかで数値は大きく動く。
開示する場合はこの定義を注記すべきである。
制度設計上、意味のある問いは「離職率が何%か」ではなく「誰が抜けているのか」である。
分解の軸は3つある。
第一に等級別である。
特定の等級層で離職が集中している場合、その等級の賃金テーブルの水準か、その等級から上への昇格経路に問題がある。
とりわけ賃金圧縮が進んで中堅層の報酬が新卒採用市場の水準に追い上げられている場合、離職は中堅層から起きる。
第二に在籍年数別である。
入社3年以内の離職は採用のミスマッチと受け入れ側の問題、5〜10年目の離職はキャリアの見通しの問題、それ以降は処遇と役割の対応の問題として現れやすい。
役職定年の前後で離職が起きているなら、制度そのものの設計に立ち返る必要がある。
第三に評価分布別である。
高評価者の離職率が低評価者を上回っている場合、評価が処遇に反映されていないか、反映幅が市場との差を埋めるに足りていない。
この確認をせずに離職率の低減を目標に置くと、残ってほしくない層の定着だけが進む。
離職率の低下が常に望ましいわけではない。
事業構造の転換期には、人材構成そのものを入れ替える必要が生じる。
この局面で離職率を人事部門の評価指標に置くと、必要な入れ替えを妨げる方向に力が働く。
指標として置くのであれば、「望ましくない離職の率」に絞るべきである。
具体的には、高評価者の離職率、後継者候補(サクセッションプランの対象者)の離職率、特定の職種・等級における離職率といった形になる。
また、離職に至る前段階の状態は離職率には現れない。
在籍しながら関与を最小限に抑える状態は、エンゲージメントサーベイやワークエンゲージメントの測定でしか捉えられない。
離職率だけを見ている組織は、この損失を計上しないまま運営していることになる。
定着は、報酬水準だけで決まらない。
明文化されていない相互期待——どのような貢献に対してどのような処遇と成長機会が返ってくるか——が守られているかどうかが効く。
制度改定によってこの期待が一方的に変更されたと受け取られた場合、報酬水準を維持していても離職は発生する。
制度改定時の説明設計は、離職率対策の一部である。
よくある質問
自社の離職率は何%なら適正なのか。
業種・就業形態・企業規模によって水準が大きく異なるため、単一の適正値は存在しない。比較の起点としては、雇用動向調査の産業別・規模別の数値と、同じ算定方式で計算した自社の数値を突き合わせる方法が現実的である。
離職率と定着率は足して100%になるのか。
同一の期間・分母・事由の定義を用いていれば足して100%になるが、実務では両者の定義が揃っていないことが多い。定着率を「入社1年後の在籍率」として算定し、離職率を「年間の離職者÷期首在籍者」としている場合、両者は補数関係にならない。
新卒3年以内離職率が3割前後という水準は改善しているのか。
厚生労働省の調査は卒業年次ごとに公表されており、水準は年次によって変動している。単年の増減で傾向を判断するのではなく、複数年次の推移と、事業所規模・産業の構成変化を併せて確認する必要がある。
より深く読む
離職率という指標には現れない形で発生している損失については、平康慶浩による論考『静かな退職という経営リスク―離職率に表れない損失の正体』で詳しく解説している。また、定着と外部労働市場における価値の関係については『40代後半で転職できるプロ人材を増やすことが会社を伸ばす』を参照されたい。