承認の需給ギャップ
しょうにんのじゅきゅうぎゃっぷ
監修:平康慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授。人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる)
承認の需給ギャップとは、働く人が必要とする承認の量と、組織が供給できている承認の量との間に生じる差を指す、セレクションアンドバリエーションが提唱する概念である。働くことに意義を見出せない状態を個人の資質や意欲の問題として扱うのではなく、組織の側が承認を供給できていない構造の問題として捉える点に特徴がある。この視点に立つと、意欲の低下は怠慢ではなく、報われないことに対する合理的な反応として理解される。
背景・時事文脈
承認が組織の成果に関わることは、公的な分析でも間接的に確認できる。
厚生労働省『令和元年版 労働経済の分析』第Ⅱ部第3章は、ワークエンゲージメントが新入社員定着率や労働生産性、役割外パフォーマンスと正の相関を持つことを示している。
ワークエンゲージメントを構成する「熱意」——仕事に誇りとやりがいを感じている状態——は、自らの貢献が認識されているという実感なしには成立しにくい。
一方、承認の供給側には制約がある。
管理職一人あたりの部下数、評価の実施頻度、組織階層の数といった構造的な条件が、供給可能な承認の量に上限を課す。
需要が個人の側で増えているのに、供給の構造が変わっていないという非対称が、この概念の指す状態である。
労働移動が常態化していること——令和6年雇用動向調査では年間の離職率が14.2%、入職率が14.8%——は、この非対称が放置されたときに人が組織を離れる余地が広がっていることを意味する。
人事制度設計上の論点
承認の不足を、褒める文化の醸成といった風土施策で解こうとすると効果が続かない。
制度の側で供給量そのものを増やす設計が必要になる。
第一に、承認の経路を複数化することである。
上司からの評価だけが承認の経路である組織では、供給量は管理職の数と面談の頻度に制約される。
360度評価や1on1、メンター制度は、いずれも承認の経路を増やす仕組みとして機能する。
第二に、役割外の貢献を可視化することである。
職務や役割の定義に書かれていない貢献は、評価の対象にならないため承認もされない。
人事評価制度において行動評価の項目を設けるか、役割等級制度の役割定義に取り込むかの判断が必要になる。
第三に、承認と報酬を混同しないことである。
報酬は承認の一形態だが、原資の制約を受けるため供給量に上限がある。
報酬でしか承認を表現できない設計は、原資が尽きた時点で承認も尽きる。
逆に、報酬の裏づけのない言葉だけの承認は、繰り返されるほど価値が下がる。
両者を組み合わせて、何に対してどの形の承認を返すかを設計しておく必要がある。
第四に、ギャップが放置された先に何が起きるかである。
承認が供給されない状態が続くと、働く側は貢献の水準を契約上の最低限まで引き下げる。
これが静かな退職として現れる状態であり、離職率には計上されないまま組織の生産性を損なう。
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この概念の詳細と、人事部門が取りうる具体的な打ち手については、平康慶浩による論考『働くことに自己実現を見出せない人は、「甘え」でも「自意識過剰」でもない―「承認の需給ギャップ」と人事の打ち手』で詳しく解説している。