「役職定年」の撤廃に踏み切る企業が増えているという実感を持つ人事担当者は少なくありません。年功序列からの脱却が経営課題として語られる中、その象徴的な打ち手として役職定年を撤廃する動きが広がっていますが、撤廃はゴールではなく出発点にすぎません。本稿では制度設計の事例をたどりながら、年齢に依存しない人事制度の作り方を整理します。
- 役職定年の廃止が景気や業種に関係なく進んでいる背景
- 役職定年を撤廃した「だけ」の企業が直面する構造的な問題
- 先行企業の等級制度設計に共通する考え方と、実務に落とし込む具体的なステップ
1. 役職定年制度の現状
以前の記事「役職定年制度は、いまも必要なのか?廃止すべき企業/廃止すべきでない企業の違いは?」(https://sele-vari.co.jp/insight/managerial-retirement-policy/)では、役職定年が1980年代の定年延長と1990年代以降のポスト不足という2つの背景から生まれた制度であり、廃止の是非は企業タイプによって分かれると述べました。あれから状況はさらに動いています。
役職定年制度を廃止する企業が増えているという声は、人事の現場でもしばしば聞かれるようになりました。かつては「大企業ほど当たり前」だった制度が、いまや必ずしも標準ではなくなりつつあります。
高年齢者雇用安定法が変えた前提条件
背景にあるのは、2021年に施行された高年齢者雇用安定法の改定です。65歳までの雇用確保が義務、70歳までの就業確保が努力義務となったことで、「50代半ばで役職を外し、その後は緩やかに処遇を下げていく」という従来の設計そのものが現実的でなくなりました。役職定年で外れたはずの50代後半の社員が、その後10年以上にわたって組織に在籍し続ける前提に立たざるを得なくなったのです。

2. 役職定年を単に廃止しただけでは機能しない理由
役職定年の撤廃は、それ単体では制度として完結しません。撤廃した「その先」の設計を伴わなければ、かえって組織の停滞を招くリスクがあります。

給与2〜3割減、モチベーション5割減という現実
役職定年の運用実態を振り返ると、役職を外れることで給与が2〜3割減少し、それに伴ってモチベーションは体感で5割程度低下すると指摘されています。この落差の大きさこそが、役職定年という制度が長年抱えてきた根本的な副作用でした。撤廃によってこの落差自体はなくなりますが、それは同時に「役職を外れる」という制度上の調整弁が失われることも意味します。
「戦力として使いにくい」降職者問題という裏返し
役職定年の運用現場では、降職した社員が給与に見合うパフォーマンスを発揮できず、周囲からも「戦力として使いにくい」と見なされてしまう問題が繰り返し指摘されてきました。役職定年を撤廃しても、役割や成果の期待値を明確に再設計しなければ、今度は「役職を外れないまま戦力化できていない管理職」が固定化するという、形を変えた同じ問題が残ります。
年齢による一律処遇という論理破綻
そもそも実力主義を掲げる企業において、年齢という属性だけで処遇を変える制度は、原則との矛盾をはらんでいます。役職定年を撤廃する意義は、単に「シニアに優しい」ことではなく、年齢という代理指標に頼らず、役割・職務・成果という一次情報で処遇を決める仕組みへ転換することにあります。ここを見誤ると、撤廃はただの人件費増につながりかねません。
3. 先行企業の等級制度設計に共通する考え方
内閣官房・経済産業省・厚生労働省が2024年8月に公開した「ジョブ型人事指針」などには、年功序列からの脱却を具体的な制度に落とし込んだ企業事例が並んでいます。業種横断で見ていくと、いくつかの共通するパターンが浮かび上がります。
役職からの離任を「パフォーマンス」で判断する仕組み
ある大手ITベンダーは役職定年制を廃止し、役職から外れるかどうかを本人のパフォーマンスなどによって判断する「ポストオフ」制度に切り替えました。あわせて管理職層の等級と基本給を完全に対応させる「シングルレート」を導入し、年功的な運用ができない賃金の仕組みを作っています。年齢ではなく等級と職務の対応関係そのものが処遇を決める、という設計の要諦がここに表れています。
定年前後で等級を変えない設計
ある大手電機メーカーは、定年後も同じ職務を継続する社員には定年前と同じ等級を適用し、継続雇用の期間も段階的に70歳まで延長しています。大手生命保険会社の一角では年功的な要素を排し、社歴に関わらず「職務の大きさ」で等級を決定する仕組みを採用しました。同社では30代でも管理職に登用できる制度設計になっており、年齢という壁そのものを取り払っています。
シニアのキャリアを複線化する発想
ある電子機器メーカーは、マネジメント職・プロフェッショナル職・エキスパート職という3つの職種に複線化し、管理職以外にもシニア層が力を発揮できるキャリアパスを用意しました。メガバンクの一角は業界では異例とされる年功序列の廃止に踏み切り、大手食品メーカーの一社は役職定年の廃止と同時に、いわゆるバブル世代を対象とした研修を実施し、年下の上司に対して過度に遠慮してしまう組織文化そのものに手を入れています。制度の変更と意識づけの両輪で取り組んでいる点が示唆に富みます。
4. 経営者・人事責任者がいまから備える3つのこと
これらの事例に共通するのは、役職定年の有無という表面的な論点ではなく、年齢に依存しない処遇の一次情報を何に置くかという設計思想です。実務に落とし込むための手順を整理します。
① 理論人員数モデルを先に設計する
役職定年が形骸化する根本原因は、多くの企業が自社のビジネスモデルに必要な理論上の人員数・人員構成を持たないまま、景気や採用市場の都合で人を増やしてきたことにあります。役職定年を撤廃する前に、まず自社に本来必要な管理職ポストの数と、そこに求められる役割を定義し直すことが出発点になります。
② 等級と職務・成果の対応関係を明確にする
シングルレートや職務等級の事例のように、等級と基本給、等級と職務内容の対応関係を明確にすることが、年功序列からの脱却の核心です。年齢や社歴で説明できてしまう賃金カーブが残っている限り、役職定年を撤廃しても年功序列の実質は温存されます。等級制度そのものの棚卸しが避けて通れません。
③ シニアのキャリアを複線化する
管理職というひとつのゴールしかないキャリアパスでは、役職定年を撤廃してもポストの奪い合いが起きるだけです。専門職・エキスパート職という道を用意し、50代後半以降の社員が管理職以外の形で成果を出せる選択肢を制度として整えることが、年齢に関係なく活躍できる組織への近道になります。
おわりに
役職定年の撤廃は、この数年で加速している大きな流れです。実際にそうした変化を感じている人事担当者は少なくなく、先行企業の制度設計にもその流れは表れています。しかし撤廃そのものは年功序列脱却のゴールではなく、あくまで出発点です。
年齢という代理指標に頼らない人事制度をどう組み立てるか。自社の等級制度から棚卸しを始めてみてはいかがでしょうか。
本稿に関するご質問や、ジョブ型人事制度・等級制度の設計、役職定年制度の見直しについては、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にご相談ください。
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