文:柳瀬 大地(セレクションアンドバリエーション株式会社 マネジャー)
賞与制度の見直しを進める際、「原資マネジメント」という考え方の重要性が増しています。
多くの企業の賞与は、生活保障的な意味合いと業績配分的な意味合いが混在したまま運用されており、設計思想が不明確なまま月数や金額だけが議論されてきました。
しかし近年、業績連動方式の定着やジョブ型人事制度の浸透を背景に、賞与の総額を経営状況に連動させ、評価結果に応じて配分するという新しい支給ロジックが主流になりつつあります。
本記事では、賞与の歴史的性格を整理しながら、これからの賞与制度に求められる「原資マネジメント」の考え方を解説します。
- 日本企業の賞与に内在する4つの性格と、その複合性が生む運用課題
- 業績連動賞与をめぐる近年の調査動向と「二極化」の本質
- 経営状況に応じて賞与を支給する「原資マネジメント」の具体的なロジック
- 賞与制度の見直しを検討している人事責任者・人事担当者
- 賞与の経営合理性と従業員納得性の両立に課題を感じている経営層
- ジョブ型人事制度や業績連動報酬の導入を検討している企業の制度設計担当者
賞与の支給目的に内在する4つの性格
日本企業の賞与に重なり合う4つの性格
日本企業の賞与は、歴史的に複数の意味合いが重なり合った給与項目として運用されてきました。
代表的なものとして、生活保障的性格、賃金後払い的性格、功労報奨的性格、収益分配的性格の4つが挙げられます。
生活保障的性格とは、盆暮れの出費や住宅ローンのボーナス払いといった、従業員の生活サイクルを支える機能を指します。
賃金後払い的性格は、月例給で抑えた人件費を期末にまとめて精算するという考え方であり、判例上も賞与に「賃金性」が認められる根拠の一つとなっています。
功労報奨的性格は、半期にわたる従業員の貢献に対する報酬という意味合いを持ちます。
そして収益分配的性格は、会社全体の業績を従業員に還元するという、いわゆるプロフィットシェア的な発想です。
欧米における賞与は、収益分配的性格を中核としたプロフィットシェアとして整理されることが一般的です。
一方で日本企業の賞与は、これら4つの性格が同時に1つの制度の中に内在しているという特徴があります。
複合性が生む「目的の曖昧さ」
4つの性格を併せ持つこと自体は、必ずしも悪いことではありません。
しかし制度設計の現場では、この複合性が「賞与は何のためにあるのか」という根本的な問いを曖昧にしている側面があります。
例えば、業績が悪化した期に賞与を減額しようとすると「生活保障の観点から削るのは難しい」という議論になり、評価メリハリを強めようとすると「従業員の生活が不安定になる」という反論が出てきます。
逆に高評価者へ手厚く配分しようとすると「全員で支えてきた成果なのに不公平だ」という声が上がります。
これらの議論は、いずれも賞与の4つの性格のうちどれを優先するかという論点に行き着きます。
設計思想を明確にしないまま運用を続けている限り、賞与は経営の意思を伝える道具にも、従業員の納得を得る仕組みにもなりにくいといえます。
直近の調査が示す賞与制度の変化
業績連動方式の定着と原資算定の透明化
近年の各種調査からは、賞与の支給目的が徐々に「収益分配」と「功労報奨」の方向へシフトしていることが読み取れます。
経団連が2025年1月に公表した「2024年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」によれば、賞与総額(原資)の決定にあたり業績連動方式を導入している企業の割合は57.4%に達しています。業績連動の基準とする指標としては「営業利益」が64.3%と最も多く、次いで「経常利益」が27.6%、「生産高・売上高」が18.9%という順に続きます。
さらに、賞与総額そのものを「交渉による決定ではなく業績連動方式などで決定している」と回答した企業も45.7%にのぼっており、賃金交渉の枠組みから切り離して原資を客観指標で算出する設計が、実務として広く根付いていることが示されています。
業績連動方式の特徴は、賞与原資の総額を「営業利益の◯%」のような客観的指標であらかじめ算出する点にあります。原資算定の透明化は、株主や投資家への説明責任という観点からも重要性が高まっており、コーポレートガバナンスの強化トレンドとも整合する流れです。
「一律支給」の見直しとジョブ型との接合
賞与の配分側にも変化が見られます。
ジョブ型人事制度の浸透や評価メリハリ強化の流れを受け、「全員一律に基本給の◯ヶ月分」という従来型の支給を廃して、個人の成果と会社業績への連動度合いを高める企業が増えています。
前述の経団連「2024年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」によれば、ベースアップの配分方法においても「人事評価・成果などに応じた査定配分」を採用する企業が17.3%と、割合としてはまだまだ低いですが、月例給と賞与の双方で「成果配分」の発想が浸透しつつあることがうかがえます。
これは、賞与を「全員に等しく支給する生活保障的給付」から、「評価結果と組織貢献に応じて差をつける戦略的報酬」へと位置づけ直す動きと捉えることができます。
二極化が示す「相場追随」の限界
帝国データバンクが2025年6月に公表した「2025年夏季賞与に関する企業の動向アンケート」(全国1,227社対象)では、夏季賞与が「増加する」と回答した企業の割合が大企業で38.4%にのぼる一方、小規模企業では27.0%にとどまり、企業規模間で11.4ポイントの格差が確認されています。
同調査の総括では「夏季賞与の支給は企業の間で二極化の兆しがみえている」と指摘されており、人材確保のために無理をしてでも増額する企業と、原材料費高騰や需要低迷による収益圧迫を理由に据え置き・減額にとどめる企業とに分かれている実態が示されています。
この現象は一見すると経営体力の差に見えますが、その本質は「自社の支払い能力に基づく原資マネジメントを持たない企業が、外部相場に振り回されている」という構造にあります。
業界相場や同業他社の動向を参考にすること自体は否定されるものではありません。
しかし、自社の経営状況と切り離して支給水準を決めてしまうと、好業績期には十分な還元ができず、業績悪化期には固定費的な人件費負担が経営を圧迫するという事態を招きやすくなります。
賞与制度の本来的な意義から離れた「相場追随」の限界が、二極化という形で表面化しているといえます。
これからの賞与は「原資マネジメント」が主流になる
生活保障機能の月例給への移管
近年の賃上げ局面において、多くの企業が月例給の引き上げを優先する形で対応しています。
これは、従業員の生活基盤を支える機能を月例給が担い、賞与はその枠外で経営状況や成果に応じて支給するという構造への移行を示唆しています。
実際、賞与の最低保証部分を縮小し、業績連動部分の比重を高める設計に踏み切る企業も増えています。
賞与から生活保障機能を切り離していくことで、賞与は本来的な「半期業績への連動報酬」としての性格を強め、経営の意思を反映する戦略的な原資へとシフトしていっているのです。
原資決定──経営状況と支給総額の連動
原資マネジメントの第1段階は、当該年度に支給可能な賞与の総額(原資)を、経営状況に基づいて決定することです。
代表的な設計例としては、「最低保証月数(例えば1ヶ月分)」と「賞与算定利益に応じた連動月数(例えば最大2ヶ月分)」を組み合わせ、合計で最大3ヶ月分という形を取る方法があります。
最低保証部分を残すことで、従業員に対する一定の安心感を担保しつつ、業績連動部分によって「会社全体で稼いだ成果を、稼いだ分だけ分配する」というメッセージを明確に伝えることができます。
賞与算定利益の指標としては、営業利益、経常利益、付加価値など、自社の事業特性に合わせた選択が可能です。
この段階で重要なのは、原資総額を経営の意思と切り離さないことです。
経営計画上の利益目標と賞与原資のひもづけが明確であるほど、従業員にとっても「会社業績へのコミット」が自分自身の処遇と直結する実感として伝わります。
原資配分──標準テーブルと年度係数による運用
原資マネジメントの第2段階は、決定した原資を従業員へ配分するロジックです。
ここで有効なのが、「標準賞与テーブル」と「年度係数」の組み合わせという考え方です。
標準賞与テーブルとは、等級と評価ランクの組み合わせごとに、標準的な支給係数や支給月数をあらかじめ定めたものです。
例えば最高評価のAを取得した場合は係数1.5、標準評価のBは1.0、Cは0.75、Dは0.25といった具合に、評価結果が支給額にどう反映されるかを「仕組み」として明示します。
これにより評価結果への納得感が高まり、メリハリのある配分が可能になります。
ただし、標準テーブルだけでは原資総額の制約に対応できません。
そこで導入されるのが「年度係数」という考え方です。年度係数は、当該年度の原資や評価結果に応じて毎年変動します。
この仕組みにより、例えば業績が良い年には係数が1.0を超えて手厚い支給が可能となり、業績が厳しい年には係数を1.0未満に抑えることで原資制約の中で評価メリハリの相対関係を維持できます。
経営状況に応じて支給総額を柔軟にコントロールしながら、従業員に対しては「評価による差」を一貫した論理で示し続けられるという、両立の難しい2つの要請に一定程度応えられる仕組みです。
コア人材の処遇は「賞与の外側」へ拡張する
ストックオプション・RSU・サインオンへのシフト
賞与を原資マネジメントの対象としてシフトさせていく一方で、企業の競争優位を支えるコア人材については、賞与だけでは十分なリテンション効果を発揮しにくくなっています。
海外の優秀人材獲得競争が激化する中で、報酬手段の多様化が進んでいる点は見逃せません。
具体的には、ストックオプションやRSU(譲渡制限付株式ユニット)、サインオンボーナス、リテンションボーナスといった、半期単位の業績連動報酬とは異なる時間軸・性格を持つ報酬手段が組み合わされるようになっています。
ストックオプションやRSUは、企業価値の向上と個人の処遇を中長期で連動させる仕組みであり、コア人材の経営参画意識を高める効果が期待されます。
サインオンボーナスは入社時の機会損失を補填する役割を持ち、優秀な人材を引き寄せる初期インセンティブとして機能します。
リテンションボーナスは特定期間の継続勤務を条件とする報酬であり、重要人材の流出防止策として活用されます。
賞与は「半期業績への連動報酬」として機能特化する
コア人材向けの報酬手段が多様化していくことで、賞与そのものの位置づけも変化していきます。これまで賞与に課せられていた「リテンション機能」「中長期コミット醸成機能」「優秀層の引き留め機能」といった役割が、ストックオプション等の他の報酬手段に分担されていくためです。
結果として、賞与は半期ごとの業績達成度を従業員に還元する純粋な「業績連動報酬」としての性格を強めていくと考えられます。このプロセスこそが、賞与制度における原資マネジメントの実効性を高める前提条件となるのです。
まとめ──事業計画達成と従業員の自律性を両立させるために
賞与制度は、生活保障型と業績連動型のいずれかを選択する二項対立から、経営状況に応じて総額を決め、評価結果に応じて配分する「原資マネジメント」の発想へと移行しつつあります。本記事の要点を改めて整理します。
- 日本企業の賞与は4つの性格が複合的に重なっており、設計思想を明確にしないと運用が機能しにくい
- 業績連動方式の定着、ジョブ型との接合、二極化現象という近年の動向は、原資マネジメント主流化の必然性を裏付けている
- 原資決定(経営状況との連動)と原資配分(標準テーブル×年度係数)の2段構造が、新しい賞与運用の核となる
- コア人材へのリテンション機能はストックオプションやRSU等へ分担され、賞与は半期業績連動報酬として機能特化していく
賞与制度を原資マネジメントの観点で再設計することは、単なる支給ルールの変更ではありません。
経営の意思と従業員の納得性を同時に高め、事業計画達成と従業員の自律性向上を両立させるための仕組みづくりそのものです。
「うちの賞与は何のためにあるのか」という問いに、自社なりの明確な答えを持つことから取り組みましょう。
参考文献・調査資料
本稿の分析にあたり、以下の文献・調査データを参照しています。
- 一般社団法人 日本経済団体連合会(2025)「2024年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」。1969年以来毎年実施されている経団連会員企業向け調査で、賞与総額決定における業績連動方式の採用率(57.4%)および基準指標(営業利益64.3%、経常利益27.6%、生産高・売上高18.9%)の最新分布を示しています。
- 一般財団法人 労務行政研究所(2025)「東証プライム上場企業の2025年・年末賞与・ボーナスの妥結水準調査」。1970年の調査開始以来の最高水準を記録した上場企業の年末賞与水準を、業種別・規模別に分析しています。
- 一般財団法人 労務行政研究所(2025)「東証プライム上場企業の2025年夏季賞与・一時金(ボーナス)の妥結水準調査」。上場企業の夏季賞与の妥結状況を経年比較で示した定点調査です。
- 人事院「職種別民間給与実態調査」「民間企業における役員報酬(給与)調査」。事業所単位での賞与支給額・制度実態を職種別・企業規模別に把握できる大規模な公的調査です。
- 株式会社 帝国データバンク(2025)「2025年夏季賞与に関する企業の動向アンケート」(2025年6月13日公表、全国1,227社対象、インターネット調査)。夏季賞与が増加する企業の割合に企業規模間で大きな格差(大企業38.4%、小規模企業27.0%)があることを示し、賞与支給における二極化の兆しを指摘した動向調査です。
- パーソルキャリア株式会社(2025)「【2025年最新版】ボーナス平均支給額の実態調査」。年代・業種・職種別の賞与平均支給額と、生活費補填など使途別の従業員意識を調査したレポートです。
- 株式会社JAC Recruitment(2025)「ジョブ型雇用の今 2025/日本のジョブ型雇用の実態調査」。日本企業のジョブ型雇用導入率(69.5%)とその実効性に関する課題を整理した調査資料です。
- KDDI株式会社(2025)「平均5.1%の賃上げ、KDDI版ジョブ型の評価に応じて特別昇給・賞与も実施」。ジョブ型人事制度における高評価者への特別賞与・特別昇給の運用事例を公表した企業発表資料です。
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