名前を呼ぶだけで、信頼はつくれる

山田沙樹(セレクションアンドバリエーション株式会社 シニアコンサルタント・人事コンサルタント/国家資格 公認心理師保有)


この記事を読んで分かること
名前は生後4〜6ヶ月の乳幼児でも識別できる特別なシグナルである
「カクテルパーティー効果」が示すように、名前を呼ぶかどうかは相手の受け取り方を左右する
名前を使って話しかけることは「個別承認」の最もシンプルな実践であり、管理職から部下への信頼構築の最小単位として機能する
目次

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はじめに


子どもが生後5か月ごろのことです。

部屋のあちこちに視線を泳がせていた子どもに対して、何気なく、名前を呼びかけてみました。
その瞬間、子どもがこちらを向いたのです。

小さなことのように思えますが、私は子どもの成長を感じずにはいられませんでした。
「これが自分の名前だ」と認識する感覚が、もうこの子の中に育っている。
その事実が、なんともいえず胸に迫ったのです。


乳幼児は、名前を「特別なシグナル」として処理している

乳幼児が自分の名前に反応し始める時期は、生後4〜6か月ごろとされています(Mandel, Jusczyk & Pisoni, 1995)。
まだ言語の意味を理解する前から、乳幼児は自分の名前を音のパターンとして識別し、他の言葉とは異なる反応を示すようになります。

「カクテルパーティー効果」という現象をご存知でしょうか。
騒がしい場所で複数の会話が飛び交っていても、遠くで自分の名前が呼ばれると、思わずそちらに意識が向く。
心理学者チェリー(1953)が報告したこの現象は、人間の脳が「自分の名前」を特別に処理するようにできていることを示しています。


脳は、名前を「自己」と同じように扱う

脳科学の観点からも、自分の名前に反応する現象は非常に興味深く示されています。
自分の名前を聞いたとき、脳は、他の単語を聞いたときとは明確に異なる活動をします。
fMRIを使った研究では、自分の名前の処理に自己認識に関わる脳領域が強く関与することが示されており、名前が単なる記号ではなく「自己」と直結した特別な言語刺激であることがわかっています。

つまり、名前を呼ばれることは、「あなたの存在を認識している」という生物学的なシグナルなのです。


マネジメントの現場に置き換えると

管理職の方々に、少し振り返っていただきたいことがあります。

部下と話すとき、名前をどのくらい使っているでしょうか?
「ちょっといいですか」ではなく、「〇〇さん、ちょっといいですか」と言えているでしょうか。

挨拶や簡単なフィードバックを行うにしても、
「おはよう」や「先日の資料良かったよ」と「〇〇さん、おはよう」「〇〇さん、先日の資料良かったよ」とでは、受け手の感覚がまったく違います。
名前が入ることで、「これは私に向けられた言葉だ」という認識が生まれ、言葉の重みが変わります。

名前を呼ぶことは、「個別承認」の最もシンプルな実践です。

大人数の会議でも、個別面談の場でも、チャットのメッセージでも、名前を使うことで「あなたのことをちゃんと見ている」というメッセージが伝わります。
名前を呼ぶことは、その後の言葉の内容を伝える以前に、存在を認めるという行為なのです。

デール・カーネギーは著書『人を動かす』の中で「相手の名前を覚え、それを使うことが人間関係の最も重要な法則のひとつだ」と述べています。
長い間、これは経験則とされてきましたが、今や神経科学の分野でも、その根拠が明確に示されています。


「個別に見る」ことが、チームの基盤になる

本シリーズを通じて、一貫してお伝えしてきたことがあります。
歩いてそばに来ること、声を合わせること、反応を返すこと、失敗を見せること、感情を調整すること、名前を呼ぶこと・・・。
これらはすべて、「相手をひとりの個として認識し、応じる」という行為です。

その中でも、今回お伝えした「名前を呼ぶこと」は、最もシンプルな表現方法です。

我が子が初めて名前に反応した日のことを、私はきっと生涯忘れないでしょう。
あの瞬間の「この子はここにいる」という感覚は、マネジメントの本質を一言で言い表しているような気がしています。

部下も、チームのメンバーも、「ここにいる」と感じられる環境があってこそ、力を発揮できるのではないでしょうか。


参考文献

  • Mandel, D. R., Jusczyk, P. W., & Pisoni, D. B. (1995). Infants’ recognition of the sound patterns of their own names. Psychological Science, 6(5), 314–317.
  • Cherry, E. C. (1953). Some experiments on the recognition of speech, with one and with two ears. Journal of the Acoustical Society of America, 25(5), 975–979.
  • Moray, N. (1959). Attention in dichotic listening: Affective cues and the influence of instructions. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 11(1), 56–60.
  • Carnegie, D. (1936). How to Win Friends and Influence People. Simon & Schuster.

本稿に関するお問い合わせ、管理職研修・人材マネジメント制度設計に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

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