育児してみたら、組織マネジメントの本質が見えた

山田沙樹(セレクションアンドバリエーション株式会社 シニアコンサルタント・人事コンサルタント/国家資格 公認心理師保有)


この記事を読んで分かること
「歩きながら抱くと赤ちゃんが泣き止む」のは偶然ではなく、哺乳類共通のメカニズムであり、MBWAが機能するのと同じ原理と考えられる
赤ちゃんへの話しかけ方(育児語)は無意識に発せられるが、その構造は「相手に合わせてコミュニケーションを設計する」という管理職に求められるスキルと本質的に似通っている
スティル・フェイス実験が示す「無反応が人を引きこもらせる」メカニズムは、1on1での上司の無関心がチームの発信意欲を静かに壊していくプロセスと一致している
目次

はじめに

私は企業の人事制度改革に携わる人事コンサルタントですが、プライベートでは一児の母でもあります。
初めての育児では、深夜、誰もいないリビングで泣き止まない我が子を抱き、途方に暮れた夜もありました。

ところが、試行錯誤を続けるなかで、あることに気づいたのです。

「もしかしたら、マネジメントと一緒かも」

直感ではなく、発達心理学の文脈から考えてみても、私の気づきは理にかなったことでした。

今回は、育児と組織マネジメントに共通する3つの法則を、科学的知見をもとにご紹介します。
人事担当者や管理職の方には、少し違う角度からマネジメントを考えるきっかけとしていただければと思います。

法則①「歩き回れ」──トランスポート反応とMBWA

マネジメント手法として知られる「MBWA(Management by Walking Around)」という概念はご存知でしょうか。
直訳は「歩き回るマネジメント」となります。

管理職がオフィスを歩き回り、現場のメンバーと直接会話することで、信頼関係を築き、タイムリーに良い組織風土をつくることができる、という概念です。

実は、育児の現場でも、まったく同じ現象があります。

泣き止まない赤ちゃんをただその場で抱いて揺らすより、歩いた方が泣き止みやすい。
子どもを持つ親であれば、そう感じた経験のある方も多いのではないでしょうか。

これは「気のせい」ではありません。

2013年、理化学研究所の研究者ら(Esposito et al.)が発表した研究では、哺乳類に共通する「トランスポート反応(Transport Response)」が報告されています。養育者に抱えられて歩かれた乳幼児は、静止した状態で抱かれた場合に比べ、落ち着きやすく(心拍数が低下しやすい)、泣き声が減ったり、身体の動きが穏やかになったりするのです。

つまり、歩くこと自体が、相手を落ち着かせる力を持つと言えます。

組織においても、MBWAが機能する理由のひとつは、物理的な移動にあるのかもしれません。
デスクから離れ、歩きながら話す。
それだけで部下が感じるプレッシャーが変わると実感するリーダーは、非常に多いです。

赤ちゃんが抱っこされて歩かれることで安心するように、マネジメントの現場でも上司が自ら動き部下のそばに来るだけで、信頼を感じるのではないでしょうか。


法則②「声を合わせろ」──育児語(マザリーズ)とコミュニケーション設計

「部下とのコミュニケーション」は、マネジメントの永遠のテーマです。

コミュニケーションというと、「話す」ことに主眼を置きがちですが、一方的に指示を出すのではなく、相手の理解に合わせてわかりやすく話すことがマネジメントにおいては非常に重要です。

さらに言えば、感情を込めて伝える。テンポを調整する。

こうした「話すスキル」の重要性は、無数の研究と実践によって示されています。

実は、まったく同じことが乳幼児との会話でも自然と起きているんです。

赤ちゃんに話しかけるとき、多くの養育者は無意識のうちに声のトーンを高くし、テンポを遅くし、抑揚を大きくします。この現象は「育児語(マザリーズ、Infant-Directed Speech)」と呼ばれ、発達心理学の分野で広く研究され続けています。
ちなみに、Fernald(1992)の研究では、育児語は乳幼児の注意を引きつけ、感情的な関与を促進することが示されています。さらに、Kuhl et al.(2003)によれば、育児語が言語習得の促進にも関与している可能性も発表されています。

私が興味深いと感じているのは、育児語は誰に習うわけでもないのに、赤ちゃんを前にすると誰しも自然に発しているという点です。
つまり、相手の状態や様子を直感的に読み取り、それに合わせて自分の声を変えている。
これは、優れたマネジメントコミュニケーションの本質と、構造的に同じではないでしょうか。

部下のキャリアステージや理解度、その日の心理状態に合わせて話し方を変えられる管理職は、チームメンバーから「この人はわかってくれている」と感じてもらえます。育児語が赤ちゃんを安心させるように、相手の状態に合わせた声と言葉は、組織においても信頼の礎になるのです。

私は大学院で発達心理学を専攻し、修士研究の際は50組の母子に研究に参加してもらっていました。
実際に赤ちゃんとお母さんの関わりを間近で見ていたとき、育児語は乳幼児の言語習得に大きな影響を与えていることを身をもって実感していました。

その経験が今、「管理職のコミュニケーション設計」の話としてつながっているのは、とても面白いです。


法則③「無反応が最も怖い」──スティル・フェイス実験と部下への反応

実は、この3つ目が私がもっとも伝えたい研究内容です。

発達心理学の古典的実験に、「スティル・フェイス実験(Still Face Experiment)」があります。
1978年に報告されたこの実験では、養育者が赤ちゃんと通常どおりに会話した後、突然「無表情・無反応」になるとどうなるかが観察されました。
最初、赤ちゃんは笑いかけ、いつものように、養育者の反応を引き出そうとします。それでも養育者が無反応のままでいると、赤ちゃんは混乱し、泣き出し、最終的には目を逸らして「引きこもり状態」になってしまいます。

この実験映像は、今でも多くの発達心理学の授業で使われていますが、見た人のほぼ全員が、胸を痛めます。

さて、マネジメントの現場を思い浮かべてください。

部下が上司に報連相を持ちかけているとき・・・

上司はPC画面を見ながら返事をする。締切間近の業務に気を取られている。報告しても「了解」で終わる。部下が勇気を振り絞って相談をしても、「ああ、そう」とだけ返される。

・・・これは、まさしくスティル・フェイスの状況ではないでしょうか。

応答のない環境では、人は最終的に「伝えること」を諦めてしまいます。

Gallupの調査では、従業員エンゲージメントを規定する最大の要因のひとつが「上司が自分に関心を持っているか」であることが繰り返し示されています。
赤ちゃんが無反応な養育者に対して引きこもるように、部下もまた、応答しない上司に対しては自発的な働きかけをやめていきます。

さらに言えば、心理的安全性が低いチームの多くは、上司が「悪意を持って潰した」わけではないのです。ただ「反応しなかっただけ」という実態が少なくありません。
つまり、意図せぬスティル・フェイスが、チームを静かに壊していくと言えます。

発達心理学を学んだ者として、そして人事コンサルタントとして、この実験の構造が管理職の無関心と重なって見えるとき、危機感を感じずにはいられません。


3つの法則に共通するもの

本記事では、トランスポート反応、育児語、スティル・フェイス実験といった発達心理学研究を取り上げながら、マネジメントとの関連を見てきました。

育児の世界と組織マネジメントの世界、どちらにも共通するのは、「相手の存在を感じ、応じる」という根本的な行為の重要性です。

歩きながら抱く。声のトーンを合わせる。反応を返す。

これらはすべて、「あなたをちゃんと見ている」というメッセージを身体と言葉で届ける行為です。

発達心理学では、養育者の「応答性(Responsiveness)」が乳幼児のアタッチメント(愛着形成)に直結することも、長年の研究で示されています。
そして組織研究もまた、リーダーの応答性がチームの心理的安全性に直結していることを繰り返し示しています(Edmondson, 1999)。

人は乳幼児であっても、成人した社員であっても、「ちゃんと見られている」と感じたとき、初めて動き出す。
これは生物学的に見ても確かな事実です。


人事部門・管理職の方々へ

この3つの知見を、マネジメントの現場に活かすとすれば何ができるでしょうか。

まず、物理的な存在感を意識してください。リモートワーク環境でも、「声をかける」「一緒にいる時間を作る」ことは意識次第で可能です。MBWAは、オフィスを歩くことだけではありません。

次に、相手に合わせた声と言葉を使ってください。ベテランに話す口調で新入社員に話しても、情報は届きません。育児語が赤ちゃんの状態に合わせて自然に調整されるように、コミュニケーションは相手に応じて設計されるものです。

そして何より、反応を返してください。部下から話を聞いたなら、何かを返してください。報告があれば、内容の正否より先に「ありがとう」を伝えてください。応答そのものが、チームへの最大の投資です。


新生児育児は、想像をはるかに超えて過酷であることを、私自身身をもって体感しました。
しかし、一方で、得られる気づきや学びも非常に大きかったです。

これまで評価者研修や管理職研修で繰り返し伝えてきたことが、赤ちゃんとの生活の中では「生存戦略」として身に染みました。

『人を動かす本質』は、赤ちゃんが教えたのです。


参考文献

  • Peters, T. J., & Waterman, R. H. (1982). In Search of Excellence: Lessons from America’s Best-Run Companies. Harper & Row.
  • Esposito, G., Yoshida, S., Ohnishi, R., et al. (2013). Infant calming responses during maternal carrying in humans and mice. Current Biology, 23(9), 739–745.
  • Fernald, A. (1992). Human maternal vocalizations to infants as biologically relevant signals. In J. H. Barkow, L. Cosmides, & J. Tooby (Eds.), The Adapted Mind. Oxford University Press.
  • Kuhl, P. K., Tsao, F. M., & Liu, H. M. (2003). Foreign-language experience in infancy: Effects of short-term exposure and social interaction on phonetic learning. Proceedings of the National Academy of Sciences, 100(15), 9096–9101.
  • Tronick, E., Als, H., Adamson, L., Wise, S., & Brazelton, T. B. (1978). The infant’s response to entrapment between contradictory messages in face-to-face interaction. Journal of the American Academy of Child Psychiatry, 17(1), 1–13.
  • Gallup, Inc. (2023). State of the Global Workplace: 2023 Report. Gallup, Inc.
  • Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.

本稿に関するお問い合わせ、管理職研修・人材マネジメント制度設計に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

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