感情の嵐は、一人では乗り越えられない

山田沙樹(セレクションアンドバリエーション株式会社 シニアコンサルタント・人事コンサルタント/国家資格 公認心理師保有)


この記事を読んで分かること
管理職が感情的に安定していることは、乳幼児の「共調整」と同様に、チームが最もよく機能できる状態を生み出している
感情は表情・声・姿勢を通じて自動的に周囲へ伝染する(感情伝染)。管理職が会議や1on1に持ち込む感情状態は、意識されることなくチーム全体の空気に影響を与えている
管理職に求められるのは、自分の感情を認識・調整できること。すなわち発達心理学の言葉で言えば、「良い共調整者」であることがリーダーシップの本質である
目次

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はじめに

深夜、生後間もない泣き続ける我が子を抱えながら、パニックになったことがあります。
「なんで泣き止まないの」という私の焦りが、伝わっているのでしょうか。焦れば焦るほど、子どもはさらに泣く。私はさらに焦る。
・・・その悪循環に気づいたとき、一度大きく深呼吸をしてみました。
肩の力を抜いて、自分の呼吸を整えてみる。そうしているうちに、少しずつ子どもも落ち着いていきました。

「私が落ち着くと、この子も落ち着く」

そのとき初めて実感として腑に落ちた概念が、「共調整(Co-regulation)」でした。


乳幼児は、一人では感情を調整できない

発達心理学には、「共調整(Co-regulation)」という概念があります。
乳幼児はまだ自分の感情を自力でコントロールする機能が未発達であるため、養育者の感情状態を参照しながら自分の感情を調整します。
養育者が落ち着いていれば、乳幼児も落ち着きやすい。養育者が不安であれば、その不安が乳幼児に伝わる。
これは単なる気持ちの話ではなく、神経生物学的なメカニズムです(Tronick & Cohn, 1989)。

ダニエル・シーゲルが提唱した「耐性の窓(Window of Tolerance)」という概念も、この文脈と深くつながっています。
人間には感情的に安定して機能できる「最適ゾーン」があり、ストレスが過剰になるとそのゾーンを外れて「過活性ゾーン(パニック・混乱)」または「低活性ゾーン(無気力・引きこもり)」の状態に陥ります。

乳幼児がこの耐性の窓を少しずつ広げていくためには、養育者との共調整の繰り返しが欠かせません。
安心できる大人と感情を共にすることで、徐々に自分で感情を調整できるようになっていくのです。


感情は、伝染する

さて、感情が人から人へと伝わる現象は「感情伝染(Emotional Contagion)」と呼ばれ、ハットフィールドら(1994)の研究によって体系化されています。

私たちは無意識のうちに相手の表情・声・姿勢を模倣し、相手の感情状態を自分のものとして感じ取っています。
これは意図的に生じるものではなく、自然と起きる現象です。

誰かが笑うと、つられて笑いたくなる。
誰かがため息をつくと、場の空気が重くなる。
「雰囲気」と呼ばれているものの多くは、この感情伝染によって生じています。

ちなみに、あくびをする人をみると、自分もあくびをしてしまう現象。これも感情伝染のひとつです。
神経科学では、この「もらいあくび」はミラーニューロンの働きによるものと考えられています。
ミラーニューロンとは、他者の行動や表情を「見るだけ」で、自分が同じことをするときと同様に反応する神経細胞のことです。

こうした感情伝染のメカニズムは、職場においても例外なく機能しています。


マネジメントの現場に置き換えると

管理職の方々には、こんな経験があるのではないでしょうか。

会議室に入ってきた上司の表情を見た瞬間、「今日、機嫌が悪い」と察して、チーム全体が委縮した。
あるいは逆に、深刻なトラブルが起きているのに上司が落ち着いていたおかげで、チームが冷静に動けた。

これらは、感情伝染そのものです。

リーダーの感情状態はチームに広がります。焦りは焦りを、落ち着きは落ち着きを生みます。
上司が「なんとかなる」という安定感を持っていれば、メンバーは安心して考えることができます。
反対に、上司が最初に「これは難しい、どうしよう」と言えば、チーム全体がその感情に引きずられてしまいます。

さて、乳幼児との共調整の話に戻ります。
共調整が重要なのは、感情を調整してあげる必要があるからだけではありません。
共調整の繰り返しを通じて、子どもは自分で感情を調整する力を少しずつ獲得していくのです。
安心できる大人がそばにいるから、自力で乗り越えようと思えるようになります。

管理職と部下の関係においても、同じだと私は考えています。
上司が感情的に安定していることで、部下は「この人と一緒なら、難しい状況も乗り越えられる」という感覚を持つようになります。
その感覚の積み重ねが、部下自身のレジリエンス(困難を乗り越えて回復する力)を育てていくと言えます。


感情を「持たないこと」が、目標ではない

管理職に必要な能力を敢えて言い切るとしたら、大きく2つだと私は考えています。

ひとつは、「自分がいま何を感じているかを適切に認識する力」。
そしてもうひとつは、「自分の感情が周囲にどう伝わるかを理解した上で、適切に調整できる力」。

決して、「感情を持たずに部下と関わること」ではありません。感情はあって然るべきです。

発達心理学の言葉を借りれば、まさしく「良い共調整者であること」です。
自分の感情に揺らぎがあることを認識しながら、それでも落ち着きに向かっていけることこそ、マネジメント適性の核心ではないでしょうか。

この気づきは、私自身が深夜に我が子と格闘しながら体感したことです。
焦っている自分に気づき、まず自分を落ち着かせる。それが、子どもを落ち着かせる最短経路でした。

1on1の場でも、プロジェクトの修羅場でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
部下の感情の嵐に寄り添い、自分自身の感情の揺らぎを覚えながらも落ち着きに向かっていくプロセスそのものが、リーダーシップの本質のひとつだと、私は思っています。


参考文献

  • Tronick, E. Z., & Cohn, J. F. (1989). Infant-mother face-to-face interaction: Age and gender differences in coordination and the occurrence of miscoordination. Child Development, 60(1), 85–92.
  • Siegel, D. J. (1999). The Developing Mind: How Relationships and the Brain Interact to Shape Who We Are. Guilford Press.
  • Hatfield, E., Cacioppo, J. T., & Rapson, R. L. (1994). Emotional Contagion. Cambridge University Press.
  • Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.

本稿に関するお問い合わせ、管理職研修・人材マネジメント制度設計に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

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