——全社・役員・管理職・プレイヤーの4層で考える


「40代以上の処遇が「割高」になるのは、評価を伝えてこなかったツケである」
という記事で私は、日本の評価制度に「タイムリーに評価をする理由がそもそもなかった」という構造を読み解きました。
後払い賃金という仕組みが、貢献と処遇を長年切り離してきたこと。
その結果として、シニア社員の処遇問題が今になって噴出していることなどを。
では、その構造を変えると決めたとして、貢献度を測るために、何を測ればいいのでしょうか。
「貢献度を測る指標を設計する」。
これがこの記事のテーマです。
目標管理制度が壊れた本当の理由
バブルが崩壊し、一律昇給の原資が消えた1990年代、日本企業は一斉にMBO(目標管理制度)を導入しました。
ドラッカーが1954年に設計したMBOは、本来「目標を一緒に決め、自律的に動く対話のツール」です。
「何をしろ」と命令するテイラー型の管理から、「何を達成するかを一緒に考える」経営への転換を、ドラッカーは説きました。
「正しくやること」から「正しいことをやること」への変化、と言い換えてもいいでしょう。
ところが日本企業はここに、一つのものを組み合わせました。
相対分布調整です。
目標達成度を数値化したうえで、S・A・B・C・Dの分布比率をあらかじめ決める。
この瞬間、制度の性質が変わり、目標設定はすぐに保守化しました。
達成率100%を確保するために、多くの人が「達成できる目標」しか立てなくなったのです。
そしてフィードバックは形骸化しました。
どれほど丁寧に評価しても最終的に相対順位で決まるなら、上司が正直に伝える動機が生まれません。
結果として、評価が処遇改善に直結しなくなりました。
頑張っても分布枠の都合で報われないことがあるとわかり、誰も本気で動かなくなったのです。
これは成果主義人事制度が悪かったのではありません。
「貢献を測る」と見せかけて、実際には「誰を下位に入れるかを決める」だけの制度になっていたことが問題でした。
前稿で述べた後払い賃金の構造問題と、この相対分布の設計ミス。
二つが重なって、「タイムリーに貢献を測る」という本来の目的から、日本の評価制度はずっと遠いところにあり続けたのです。
GEとGAFAMが30年かけて辿り着いたこと
同じ問いに、世界の先行企業はどう向き合ってきたかを見てみましょう。
テイラーは100年以上前、工場労働者の動作と時間を計測し、最も効率のいい作業手順を設計しました。
人をパーツとして最適化する発想です。
これがKPI(重要業績評価指標)の原型です。
1954年、ドラッカーがMBOを提唱しました。
「やり方を命じる」から「何を達成するかを一緒に決める」への転換です。
ただし多くの会社でMBOは、やがて年一回の「報告書」に落ち着いてしまいました。
目標を達成したかどうかを確認するだけの儀式になったのです。
1970年代、Intelのアンディ・グローブがここに手を加えました。
目標を二種類に分けることを考えたのです。
一つは「必ず達成する目標(コミットOKR)」。
もう一つは「挑戦してみる目標(アスピレーショナルOKR)」。
後者は70%達成できれば十分、という考え方です。
目標を「約束」と「挑戦」に分けることで、保守化を構造的に防ぐ設計でした。
これがOKR(目標と主要な成果)の原型です。
1999年、このOKRをGoogleに持ち込んだのがジョン・ドーアです。
Googleは全社のOKRを全員に公開しました。
誰が何を達成しようとしているかが、会社全体に見えるようにしたのです。
これは評価を「結果としての報酬反映」として使うのではなく、「全員が会社が目指す方向性を共有するためのツール」として使う発想です。
一方、同じ時代にGEのジャック・ウェルチは「バイタリティカーブ」を世界に広めました。
上位20%を厚遇し、下位10%を毎年解雇する強制分布です。
多くの企業がこれを模倣しました。
日本の1990年代成果主義における相対分布調整も、この流れの変形です。
ただし後払い報酬を人質に転勤や異動の権限を会社が持っていた状況においては、下位10%を解雇するのではなく、昇給停止や減給などにした点が異なります。
しかし日本で相対調整が形骸化したように、アメリカでもこの強制分布は、運用を続けた多くの会社で、実質的に崩壊しました。
Microsoftがバルマー時代に導入したスタックランキングでは、エンジニアが評価を守るために情報を独占し、難しいプロジェクトに誰も挑戦しなくなったといわれています。
退職者へのインタビューには「社内で最も破壊的なプロセス」という言葉が残っています。
2013年、ナデラ体制はこの制度を廃止しました。
GEも動きました。
2015年、40年来の年次評価を廃止し、PD@GE(パフォーマンス・デベロップメント)というアプリを導入しました。
5段階スコアをやめ、「Continue(このまま続けて)」「Consider(ここを考えてみて)」というタグで、常時フィードバックを行う仕組みへ。
評価をなくしたのではありません。「評価を判決から対話の起点へ」という設計思想を変えたのです。
NetflixのKeeperTest、MetaのCheckpoint、GoogleのCalibration会議——それぞれのアプローチは違います。
しかし共通しているのは一点。
評価結果を「結論」にしない、ということです。
日本の先行企業が動き出している

同じ変化が、日本でも始まっています。
富士通は評価項目を「インパクト・行動・学びと成長」の3つに絞り込みました。
全社共通のKPIは定めず、月1回以上の1on1でタイムリーにフィードバックする。
報酬はグローバルの市場水準に連動させ、2023年の見直しで月額賃金を平均10%、最大29%引き上げています。
メルカリは「成果評価(OKRのプロセス)」と「行動評価(バリュー体現度)」の2本立てです。
年2回のピアフィードバックで、上司一人の目線だけに頼らない仕組みにしています。
カルビーは2012年から「C&A(コミットメント&アカウンタビリティ)」という制度を動かしています。
年初に仕事の内容と目標を上司と一緒に決め、契約書にサインをする。
その成果が賞与に直結し、降格もあれば昇格もある。
ノーレイティングでありながら、結果については厳しい制度です。
ダイキン工業は2024年から、60歳以降の従業員にも59歳以下と同じ評価制度を適用しています。
前稿で述べた「60歳の一点でだけ突然バランスを意識させる」という問題に、制度の側から正面で向き合った事例です。
これらに共通しているのは、評価の頻度と透明性を上げながら、相対分布という骨格を解体したことです。
頑張っても変わらない構造をなくすことで、「タイムリーに伝える理由」を制度が生み出しています。
4層の指標をどう設計するか
では、具体的に何を測るのか。私が現場で使っている考え方をお伝えします。
起点は全社の指標です。
一人あたり営業利益額
これが「タイムリーに貢献を測る」ための基準点になります。
会社は一人ひとりに対して「このコストに見合う貢献を、今期得られているか」を問い続けなければならない。
それを全社で確かめる最もシンプルな数字が、一人あたり営業利益です。
この全社指標から、3つの層の指標が展開されます。
役員層—方向の設計と組織資本の形成
財務的な成果(売上成長率・営業利益率・一人あたり営業利益)だけでは足りません。
「次期の土台になっているか」という問いが必要です。
優秀層の定着率、管理スパンの効率、後継者の育成状況。
今期の数字を出しながら、次期の数字を生む仕組みも作っているか。
役員に問われる指標の核心はここにあります。
管理職層—チームの必達目標の達成と、優秀人材の維持
コミットOKR(必達目標)は100%達成が前提です。
一方で、優秀なプレイヤーが抜けていないか、エンゲージメントが落ちていないかを同時に問う。
この点を、私はいつも強調しています。成果を出しながら人を削った管理職は、翌期に必ずツケを払います。
指標がこれを捉えなければ、管理職は短期の数字しか見なくなります。
プレイヤー層—スコープの段階的な広がり
初級レベルのプレイヤー従業員では、タスクの精度・品質・学習速度が中心です。
これは職務のKPIに近く、コミットOKRとほぼ重なります。
中級になると、担当領域の成果に加え、チームへの影響が問われ始めます。
上級では、複数のチームをまたぐ影響力、組織への構造的な貢献が指標に入ってきます。
Googleのエンジニア評価でいえば、ジュニアは「与えられた問題を実行する」、シニアは「問題を自分で定義する」、スタッフは「みんなで作る方向を示す」という変化です。
日本企業でもこの「スコープの広がり」を評価の軸にすることで、プレイヤーに「次に何を目指せばいいか」が見えます。
| 層 | 指標の核心 | 設計の要点 |
|---|---|---|
| 全社 | 一人あたり営業利益額 | すべての層の基準点 |
| 役員 | 財務成果+組織資本形成 | 今期と次期の両方を問う |
| 管理職 | チーム成果+優秀層の定着 | 人を削る管理を防ぐ構造をつくる |
| プレイヤー | スコープの段階的拡大 | 上位層への道筋を可視化する |
指標は、上司を解放するために設計する
貢献を測る指標を設計することは、技術論ではありません。
上司への負担を下げるための、構造設計です。
「何を基準に評価すればいいか」が制度として明確になると、上司は「自分の主観で人を裁く」という重さから降りられます。
評価の冷たい線引きは指標に任せる。その分、上司は1on1の場で、一緒に考え、励まし、次を描くという人間らしい温度を取り戻せる。
設計はクールに、運用はホットに。
これが私がかねて大切にしてきた言葉です。
1990年代の成果主義が失敗したのは、指標の問題だけではありませんでした。
相対分布という見えない基準を温存したまま、上司に「正直に伝えろ」と言い続けた。
それは、無理な要求でした。
前稿の問いに、本稿での答えを重ねてみましょう。
「シニアが割高に見える」のは後払い賃金のツケでした。
そのツケを返すには、貢献を測る指標を設計し、タイムリーに伝える仕組みに変えるほかありません。
全社の一人あたり営業利益から始めて、役員・管理職・プレイヤーの3層に展開する。
その指標を、判決ではなく対話の起点として使う。
この点でもやはり、先に動いた会社から、強くなっていくのです。
参考文献・参照事例
- Drucker, P. F. (1954). The Practice of Management. Harper & Row.
- Grove, A. S. (1983). High Output Management. Random House.
- Doerr, J. (2018). Measure What Matters. Portfolio/Penguin.
- Lazear, E. P. (1979). Why Is There Mandatory Retirement? Journal of Political Economy, 87(6), 1261–1284.
- GE「PD@GE」移行事例:Fortune(2015年8月)/ TechTarget(2016年)
- Microsoft スタックランキング廃止事例:New York Times(2013年11月)
- 富士通 ジョブ型人材マネジメント:内閣官房・経済産業省・厚生労働省「ジョブ型人事指針」(2024年8月)
- メルカリ 人事評価制度アップデート:mercan(2024年)
- カルビー C&A制度事例(各社公開情報)
- ダイキン工業 評価制度改定(2024年4月施行)
本稿に関するお問い合わせ、評価制度設計(https://sele-vari.co.jp/servicepage/personnel-evaluation/)や報酬水準・市場比較分析(https://sele-vari.co.jp/servicepage/rewardsdatabase/)に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

