従業員株式報酬は4社に1社|日米比較から見る導入前に押さえるべき論点

この記事を書いた人
瓜阪 彰悟

瓜阪 彰悟(うりさか しょうご)

セレクションアンドバリエーション株式会社 シニアコンサルタント

大学在学中からインターンとして参画。人的資本経営や役員報酬制度に携わり、企業価値向上という経営の文脈に人事施策を接続して語れることを強みとする。

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オフィシャルレポート要旨

人的資本経営への関心の高まりや企業価値向上を重視する経営への転換、人材獲得競争の激化を背景に、従業員と企業価値を共有する手段として、従業員株式報酬への関心が高まっている。日本でも導入は進み、従業員向け株式報酬制度を導入する上場企業は2008年の164社から2023年には1,010社へと約6倍に増加した。一方、全上場企業3,914社に対する割合は約26%であり、会社が報酬として従業員に株式を付与する仕組みは、なお一部の企業にとどまっている。

米国では、会社が対象者を選んで付与する裁量的な株式報酬について、ミドルマネジメント層まで対象とする企業が87%である一方、一般従業員層まで対象とする企業は25%にとどまる。日本では同じ定義による階層別の公表統計が確認できないため単純比較はできないが、米国では「導入するか」だけでなく、「どの階層まで配るか」が明確な設計論点となっていることがわかった。

日本が次に向き合うのは、導入の是非ではない。従業員持株会という資産形成の器をすでに8割超の企業が備える日本にとって、問われるのは、会社が原資を負担する報酬としての株式を「誰に、どの程度、何のために配るのか」である。制度の種類を先に選ぶのではなく、経営戦略・人材戦略から対象者と配分水準を決めることが、今後の重要な論点になると考えられる。

本レポートでは日米を四つの軸で比較し、制度選択ではなく配分設計こそが論点であることを示していく。

このレポートでわかること

  • 日本の従業員株式報酬の普及水準と、制度別の導入動向
  • 米国が20年かけてたどり着いた「どの階層まで配るか」の実態
  • 自社で設計するときに押さえるべき4つの視点

想定読者

  • 従業員向け株式報酬の導入・見直しを検討している経営企画・人事部門の方
  • 人的資本経営や企業価値向上を人事制度に接続したい経営層の方
  • 役員報酬制度に続けて従業員層の報酬設計を検討している方
目次

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1なぜ今、従業員株式報酬が注目されているのか

日本企業における従業員株式報酬の導入は着実に進んでいる。経団連の資料によると、従業員向け株式報酬制度を導入する上場企業は、2008年の164社から2023年時点では1,010社へと約6倍に増加した。直近10年に限ってみても、2013年の233社から4倍以上に増えている(図1)。

図1. 従業員向け株式報酬制度の導入企業数の推移1)

なお、ここでいう従業員向け株式報酬制度には、譲渡制限付株式(RS)やストックオプション(SO)に加え、信託を用いて自社株式を従業員に給付する給付型ESOP、従業員持株会に自社株式を売却する持株会型ESOPなど、持株会を活用したスキームも含まれる1)。ここでの給付型ESOP・持株会型ESOPは、自社株式を用いた信託スキームに対する日本での呼称であり、米国のESOP(ERISA上の退職給付制度)とは別の制度である。この違いは第3章(2)で取り上げる。

では、なぜ今、従業員株式報酬への関心がこれほど高まっているのだろうか。その背景には、大きく三つの環境変化があると考えられる。

背景 1

人的資本経営への注目

人材を資本と捉える経営への転換と、有価証券報告書での情報開示義務化

背景 2

企業価値向上を重視する経営

ROE・PBRの改善要請を背景に、従業員と株主の利害一致が重要に

背景 3

AI時代の人材獲得競争

高度専門人材の獲得競争が世界規模で激化。給与だけでは競争優位を築けない

背景 3 の裏側

賃上げ原資の制約

キャッシュアウトを抑えながら経済的価値を提供できる手段としての関心

(1)人的資本経営への注目

近年、人材をコストではなく価値を生み出す資本として位置付ける人的資本経営が注目され、2023年3月期決算以降、有価証券報告書において人的資本に関する情報開示が義務化された。また2026年版「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針2026)」でも、持続的な賃上げ、人材への投資、リスキリング、AI時代に対応した人材育成が重要施策として掲げられている。このような流れの中で、人材の獲得・定着やエンゲージメント向上を図るとともに、従業員と企業の中長期的な価値向上を共有する仕組みとして、従業員株式報酬への注目が高まっている。

(2)企業価値向上を重視する経営への転換

また、コーポレートガバナンス・コードの導入や東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」の要請などを背景に、企業にはROEやPBRの改善をはじめとする企業価値の向上や、資本コストを意識した経営がこれまで以上に求められるようになった。その中で、従業員にも企業価値向上を意識した行動が求められるようになり、株主と利害を共有することの重要性が高まっている。従業員株式報酬は、従業員が企業価値の向上による成果を株価を通じて享受できる仕組みであり、従業員と株主の利害を一致させ、中長期的な企業価値向上を促すインセンティブとして注目されている。

(3)AI時代の人材獲得競争

さらに、AIの急速な発展により、高度専門人材の獲得競争が世界規模で激化している。給与だけで競争優位を築くことは難しく、海外の先進企業では従業員株式報酬を人材確保の手段として活用する動きがみられる。例えばSamsung Electronicsは2026年、DX部門等の約4万9千人を対象に、業績インセンティブに基づく自社株式の付与を決定した。また、OpenAIでは企業価値を従業員と共有するため、定期的に従業員保有株式の売却機会(テンダーオファー)を設けるなど、株式を重要なインセンティブとして活用している。

日本国内では、物価上昇を背景に賃上げの動きが広がっているが、恒常的な人件費として原資を確保できる企業ばかりではない。株式報酬は、現金報酬と比べ、直接的なキャッシュアウトを抑えながら従業員へ経済的価値を提供できる手段としても関心を集めている。

それでは、日本企業では実際にどのような制度が導入され、どのような段階にあるのだろうか。

2日本企業における従業員株式報酬の現在地

(1)普及の水準 ― 報酬としての株式報酬は4社に1社

従業員向け株式報酬制度の導入1,0102023年時点
全上場企業3,914社に対する割合約26およそ4社に1社
役員向け株式報酬の導入2,321全上場企業の約6割

従業員向け株式報酬制度を導入する上場企業は1,010社に達している。もっとも、全上場企業3,914社に対する割合でみれば、およそ4社に1社である。役員向け株式報酬の導入社数2,321社(全上場企業の約6割)と比べると、普及の度合いにはなお開きがある1)

この差が生じた背景は比較的わかりやすい。役員向けは、コーポレートガバナンス・コードの導入や、2019年に成立した改正会社法により取締役や執行役に対する株式の無償交付が可能となったことを受け、企業価値向上や株主との利害一致を図る手段として急速に普及した。これに対し従業員向けは、対象者が多くなるためコスト負担や希薄化の影響が大きく、制度設計や運用に伴う事務・法務・税務上の負担も相応にかかる。従業員向け株式報酬は着実に広がりつつあるものの、現時点では上場企業全体に一般化した制度とまではいえない段階にある。

では、その1,010社は何を導入しているのか。かつては、将来の株価上昇による利益をインセンティブとするストックオプション(SO)が主流であった。しかし近年では、譲渡制限付株式(RS)の導入が急速に進んでいる(図2)。

図2. 制度別にみた従業員向け株式報酬制度の導入企業数の推移1)

報酬として会社が付与するタイプでは、譲渡制限付株式(RS)が395社と最多で、導入企業1,010社の約4割を占める。これに給付型ESOP(268社)、SO(時価型123社、1円型17社)、RSU(16社)が続く。ただし、持株会型ESOPと持株会向けRS(合計128社)は、従業員の資産形成・退職給付の器である従業員持株会を土台としたスキームであり、報酬としての付与とはやや性格が異なる1)

この推移からは、従業員株式報酬の選択肢が、かつて中心であったSOから、RSや給付型ESOPなどへ広がってきたことが分かる。将来の株価上昇による値上がり益を主なインセンティブとするSOに加え、一定の株式価値をより直接的に従業員へ届ける仕組みが活用されるようになっている点が、近年の特徴といえる。

(2)付与条件と対象範囲 ― 条件は勤続、範囲は各社の判断に委ねられている

付与条件についてみると、日本で増えているRSは、一定期間の継続勤務を条件として株式を交付し、期間中に退職した場合には会社が無償で取得するといった条項を設けるのが一般的である。給付型ESOPも、退職時などに信託から株式を給付する仕組みであり、やはり勤続を前提としている。

もう一つの軸である対象範囲、すなわち誰にどこまで配るのかについては、日本では公表された業界横断の集計が見当たらず、各社の判断に委ねられているのが実情である。しかし、ここは制度の効果を大きく左右する論点であり、同じRSを導入していても、管理職層に限って付与するのか全社員に付与するのかによって、発生する費用も希薄化の程度も、そして従業員に伝わるメッセージも大きく異なる。

◆ ここが設計の分岐点

制度の種類を決めることと同じ重みで、対象範囲を決めることを設計の初期段階に置く必要がある。本レポートでは、米国のデータ(第3章)と日本の先進企業の事例(第4章)から、対象範囲をどう考えるべきかを読み取っていく。

(3)制度を取り巻く税制環境の変化

なお、日本における制度選択には税制環境の変化も大きく影響している。

◆ 直近の2つの変化

  • 信託型ストックオプションの課税見解(2023年)/成長企業で広く用いられてきた信託型SOについて、国税庁は権利行使時の経済的利益が給与所得課税の対象となるとの見解を示した3)。従来想定されていた税負担の前提が崩れ、新規設計における採用は限定的となっている。
  • 税制適格SOの要件緩和(令和6年度税制改正)/年間権利行使価額の限度額が最大3,600万円へ引き上げられ、あわせて発行会社自身による株式管理を認めるなど保管委託要件が緩和された4)。これは日本の従業員向けストックオプション実務における近年最大の制度変更であり、SOを再び有力な選択肢として検討する余地を広げている。

このように、制度の優劣が税制や法制度の変化によって短期間で入れ替わる可能性がある。「いま主流の制度」を選ぶという発想は、数年後に前提が変わった時点で機能しなくなることを念頭に、何のために支給をしていくのかという視点に立つことが重要である。

3米国にみる従業員株式報酬の実態と20年の変化

以下では米国の実態を、日本と同じ四つの軸に沿ってみていく。

(1)普及の水準 ― 米国では「どこまで配るか」が論点となっている

まず、報酬として従業員に自社株式を付与している企業がどれだけあるかをみる。全米ストックプラン専門家協会(National Association of Stock Plan Professionals、以下NASPP)が実施している株式報酬設計調査によれば、回答した米国上場企業の9割超が、上級管理職より下の階層に何らかの株式報酬を提供している2)8)

裁量的付与/ミドルマネジメント層87
裁量的付与/ジュニアマネジメント層53
裁量的付与/一般従業員層25

その内訳を階層別にみると、会社が対象者を選んで無償で交付する裁量的な株式付与を、ミドルマネジメント層まで広げている上場企業は87%、一般従業員層まで広げている企業は25%である2)。上級管理職より下の従業員層にも株式報酬を提供すること自体は、米国上場企業では広くみられる。ただし、会社が裁量的に付与する対象範囲は階層によって大きく異なる

これに対し日本では、従業員向け株式報酬制度を持つ企業は約26%である1)。ここには持株会型ESOPや持株会向けRSといった持株会を基盤とするスキーム(合計128社)も含まれるため、報酬としての付与に限れば実態はこれを下回る。もっとも、米国で一般従業員層まで付与している企業の割合25%と比べれば、水準そのものに大幅な差はない

(2)報酬としての株式報酬と、資産形成・退職給付としての株式保有

従業員が自社株式を持つ仕組みは、目的によって二つに分かれる。

器 A

報酬としての株式報酬

会社が原資を負担し、人材の獲得・定着や企業価値の共有を目的として、対象者を選んで付与する。会社が対象者を選べる。

器 B

資産形成・退職給付の器

従業員の資産形成や退職給付を目的とし、原則として全従業員を対象とする。制度の性格上、対象を限定しにくい。

米国で後者にあたるのは、ESPP(従業員株式購入制度)ESOP(Employee Stock Ownership Plan)である。ESPPは従業員が自ら拠出して割引価格で自社株式を購入する仕組みで、上場企業の約57%が提供している2)。一方ESOPは、ERISA(従業員退職所得保障法)に基づく確定拠出型の退職給付制度であり、原資は原則として会社の拠出である。全米で約1,500万人が加入しているが、その9割以上は非上場企業が設けたものであり、事業承継の手段としての活用が中心である11)

日本では、従業員持株会とそれを土台とする持株会型ESOPが該当する。ただし持株会の原資は従業員の拠出が中心であり、会社の負担は奨励金にとどまる。東証の調査では、奨励金は拠出額1,000円あたり平均99.79円、すなわち約1割である6)米国のESOPのように、会社が原資を負担して全従業員に自社株式を積む退職給付型の器は、日本には見当たらない10)

本章でこのあとみていく米国の数値は、このうち報酬としての株式報酬である。資産形成・退職給付の器は、全社員が自社株式を持つ基盤として重要ではあるが、会社が誰にどれだけ配分するかという設計の対象ではない。この二つを分けておくことが、日米比較を読み解く前提となる。

(3)「配る」対象 ― 全社員への広い付与から、階層・業界による選択へ

では米国は、報酬としての株式報酬を誰に向けているのか。2000年前後の米国では、ほぼすべての上場企業がストックオプションを採用し、4割を超える企業が米国内の全従業員に付与していた2)。会社が配る株式を、いまよりもはるかに広い従業員層へ一律に展開していた時代である。

しかし現在は、階層によって付与状況が大きく分かれている。NASPPによる2021年調査では、ミドルマネジメント層に付与している企業が87%であるのに対し、ジュニアマネジメント層では53%、一般従業員層では25%と、階層が下がるにつれて付与する企業の割合が段階的に低くなる2)

図3. 米国上場企業が上級管理職より下の階層に提供している株式報酬(2021年調査)2)

さらに、この絞り込み方は業界によって大きく異なる。同調査で、勤続条件を中心とするフルバリューアワードの付与状況をみると、テクノロジー・ライフサイエンス業界ではミドルマネジメント層94%、ジュニアマネジメント層84%、一般従業員層でも約60%に付与しているのに対し、その他業界ではそれぞれ81%、41%、11%となっている2)。人材獲得競争が激しいテクノロジー・ライフサイエンス業界ほど、下位の階層まで付与する企業の割合が高い。対象範囲は、業界特性や人材獲得環境とあわせて検討すべき論点だといえる。

◆ 読み取れること

米国では、報酬として株式を配るかどうかだけではなく、どの階層まで、どの業界で配るかによって実態が大きく分かれている。対象範囲は制度の性格そのものを決める変数であり、他社の平均値ではなく自社の競争環境から決めるべき論点であることが示唆される。

(4)報酬としての「配る」仕組みはなぜ変化したのか

大きな転機の一つが、会計基準の変更である。2005~2006年にかけて適用が進んだ米国財務会計基準FAS 123(R)により、ストックオプションを含む株式報酬の公正価値に基づく費用認識が求められるようになった。それまで損益に表れなかったコストが可視化されたのである。

米国議会調査局(CRS)の報告では、当時の企業行動を次のように記録している。企業は付与するオプションの総数を絞り込み、役員向けの付与を概ね維持する一方で、一般従業員向けの付与を縮小・廃止する動きが広がった。経営幹部の75%が付与数を減らした、あるいは減らす予定と回答しており、影響が最も大きかったのは一般従業員層であった7)。こうした変化を経て、会社による裁量的な株式付与は、一般従業員への一律的な付与から、より上位の階層を中心とする形へと移っていった。

ただし、米国が一般従業員に自社株式を持たせること自体をやめたわけではない。図3のとおり、一般従業員層に何らかの株式報酬を提供している企業は58%にのぼり、そのうちESPPを提供している企業は49%に達する。ESPPを提供する上場企業の割合そのものも、2021年の5割弱から2024年には約57%へと上昇している2)。ESPPは従業員が自ら拠出して購入する仕組みであるため、会社にとって費用や希薄化の負担が小さく、全社員を対象としても運営しやすい

こうした変化は、従業員が株式を保有する機会そのものがなくなったことを意味しない。一般従業員層ではESPPが広く利用される一方、会社が裁量的に付与する株式報酬は、上位層ほど広く用いられる構造へと変化している。費用計上義務化は、こうした変化を促した要因の一つと考えられる。

(5)報酬として「配る」際の条件 ― 米国でも従業員層では勤続条件型が中心

では、その絞り込んだ対象に対して、米国企業は何を条件に株式を配っているのか。図4は、会社が配る株式報酬の付与割合と、そのうち業績条件を付している割合を階層別に示したものである。

図4. 米国上場企業における階層別の株式報酬の付与状況と付与条件(2021年・2024年調査)2)

米国では、業績条件付き株式報酬そのものは広く利用されている。ただし、その主な対象は上級管理職層である。NASPPの2024年調査では、業績条件付き株式報酬をミドルマネジメント層まで広げている企業は15%未満、ジュニアマネジメント層では5%、一般従業員層では1%にとどまる。

◆ よくある誤解

日本では「米国の株式報酬は業績連動」と語られることが多い。しかし、上級管理職より下の従業員層に限ってみれば、米国で広く用いられているのも勤続を条件とするRSU等のフルバリューアワードである。FAS 123(R)による費用認識などを背景に一般従業員への一律的な付与は縮小し、現在では、裁量的な株式付与は上位層ほど広く用いられている。

では、日本企業では「誰にどこまで配るか」をどのように設計しているのだろうか。

4日本の先進企業にみる従業員株式報酬の活用事例

前章でみたとおり、米国企業の設計の要点は「誰にどこまで配るか」にあった。日本でも、この問いに自社なりの答えを出している企業が現れている。

表1. 日本企業にみる従業員株式報酬の活用事例5)

企業主な経営課題主な制度制度設計の特徴
ソニーグループグローバル市場での高度専門人材の獲得・定着RSUゲーム・AI・半導体など競争が激しい領域の社員を中心に付与し、採用・リテンションと企業価値向上を一体で実現する報酬制度として設計
メルカリ国内外優秀人材の採用、企業価値の共有RSUグローバルを含む全社員を対象とし、企業価値向上の成果を共有できる制度を整備。中長期的な成長への参画を促進
freeeオーナーシップの醸成、自律的な組織文化の形成SO→RS企業の成長段階に応じて制度を見直しながら従業員にも株式報酬を付与し、従業員のオーナーシップを高め、企業価値向上への当事者意識を促す
SmartHR急成長を支える人材獲得と公平なインセンティブ設計信託型SO入社時期ではなく貢献度に応じて付与する設計により、成長企業に適した公平性を確保

※表は横にスクロールできます

上記は、従業員株式報酬をいち早く導入した4社である(SmartHRは未上場、他の3社は上場企業)。このうち、同じRSUというスキームを採用しているソニーグループとメルカリに着目してみたい。両社はどちらもRSUを採用しているが、その付与対象は対照的である。

絞って配る ― ソニーグループ

ソニーグループは2022年にRSUを導入し、役員に加えて社員も付与対象とした。なかでも採用競争が激化しているゲーム事業、AI領域、半導体事業の社員を中心に付与しており、海外テック企業との人材獲得競争が激化するなかで、競争力の源泉となる高度人材の採用・リテンションを強化することを目的としている。株主との価値共有に加え、人材への投資を加速する手段として位置付けられている。

全社員に配る ― メルカリ

一方、メルカリでは、グローバルを含む全社員を対象にRSUを導入している。ミッションの達成には社員一人ひとりが企業価値向上の当事者として行動することが重要であるとの考えのもと、中長期的なインセンティブとして活用している。人材の確保だけでなく、オーナーシップや企業文化の醸成を目的とした制度設計である。

◆ 両社に共通する考え方

両社の違いは、第3章でみた米国の設計思想と重なっている。ソニーグループは事業領域を限って付与しており、これは米国企業が競争環境に応じて対象範囲を決めているのと同じ考え方である。メルカリの全社員付与は、テクノロジー業界において一般従業員層にも約60%の企業が付与している米国の実態と整合する。いずれも「全社員に配るか、絞って配るか」を一般論としてではなく、自社の事業特性から導いている点が共通している。

両社が採用するRSUは、日本全体では16社にとどまる1)。RSUはSOのような権利行使を必要とせず、一定の条件を満たした時点で株式を交付するため、従業員に報酬価値を伝えやすい。こうした特性は、人材の採用・リテンションや中長期的な企業価値の共有を重視する両社の制度目的とも親和的だったと考えられる。

5日米比較から見える論点 ― 日本が次に向き合う問い

第2章と第3章で、日本と米国それぞれの姿を同じ四つの軸に沿って確認してきた。本章ではまず両者を並べ、そこから日本企業が留意すべき論点を導く。

表2. 四つの軸でみた日米の比較1)2)

比較の軸米国日本
資産形成・
退職給付の仕組み
ESPP:上場企業の約57%が提供/原資は従業員拠出
ESOP:約1,500万人が加入/原資は会社拠出が基本、9割超が非上場企業
従業員持株会:3,265社/上場内国会社3,956社の約8割。原資は従業員拠出が中心、会社は奨励金等を負担
報酬としての
株式付与
裁量的付与:ミドル層87%、ジュニア層53%、一般従業員層25%従業員向け株式報酬制度:1,010社/上場企業3,914社の約26% ※持株会関連スキームを含む
付与対象階層・業界によって大きく異なる。テック・LSでは一般従業員層にも約60%、その他業界11%業界横断の階層別統計は確認できず、各社が制度目的に応じて設定
付与条件従業員層では勤続条件型のフルバリューアワードが広く利用。業績条件型はミドル層15%未満、ジュニア層5%、一般層1%RS・給付型ESOPなどでは、継続勤務を前提とする設計が一般的

※表は横にスクロールできます

※日米では制度定義、調査対象、調査時点が異なるため、各数値は単純な普及率の比較を目的としたものではなく、制度構造の違いを把握するために掲載している。

(1)日本がすでに持っているもの ― 資産形成・退職給付の器としての従業員持株会

資産形成・退職給付の器についてみると、日本は上場内国会社の約8割が従業員持株会を有しており、米国のESPP約57%を上回る。全社員が自社株式を持つための器は、日本ではすでに広く整備されているといえる。ただし、持株会の原資は従業員の拠出が中心であり、会社の負担は奨励金にとどまる。また、制度の設置率が8割を超える一方で、従業員の加入率は37.8%である6)

付与条件については、日米に共通する特徴もみられる。従業員層に対して会社が株式を配る際の条件は、日米いずれも勤続が中心であり、米国で業績条件付き株式報酬を一般従業員層に付与している企業はわずか1%、ミドルマネジメント層でも15%未満にとどまる。

従業員に対して勤続を条件に株式を配ることは、日米に共通する標準的な設計であり、従業員株式報酬を検討する際に、役員報酬と同じ前提で業績連動を必ずしも求める必要はない

(2)日本に足りないもの ― 報酬としての配分の幅と、その設計

では両国は何が違うのか。報酬として会社が意思をもって株式を配分しているかどうか、そしてその配分をどこまで細かく設計しているか、である。

米国では、FAS 123(R)による費用認識などを経て、一般従業員への一律的な裁量付与が縮小した。現在では、一般従業員層ではESPPが広く利用される一方、報酬としての裁量的な株式付与は階層や業界によって対象範囲が大きく異なる。テクノロジー・ライフサイエンス業界が一般従業員層にも約60%付与する一方、その他業界では11%にとどまるという差は、各社が自社の人材獲得環境から対象範囲を決めてきた結果とも考えられる。

これに対し日本では、報酬として配る仕組み自体は少しずつ広がりを見せるが、その対象範囲は各社の判断に委ねられている。米国のように階層別の付与状況が集計・公表されていないため、他社と比べて相場観を得ることも難しい。裏を返せば、他社に倣って決める領域ではなく、自社の事業特性と人材獲得環境から組み立てる余地が大きい領域でもある。また、第3章(2)でみたとおり、日本には米国のESOPのように会社が原資を負担して全従業員に自社株式を積む退職給付型の器が存在しない。資産形成・退職給付の器を報酬の代わりに用いることはできないため、報酬としての配分設計は、それ自体として向き合うべき論点である。

◆ 日本企業が次に向き合うべき問い

導入の是非ではなく、限られた発行枠と費用を誰に向けるのか。普及率が4社に1社という段階にある日本企業にとって、これから本格的に向き合うテーマとなる。

(3)問うべきは「勤続か業績か」ではなく、「誰に付与するか」

もう一点、日本固有の事情として押さえておきたいことがある。日本で継続勤務を条件とするRSが選ばれてきたことには、明確な必然性もある。長期雇用を前提とする雇用慣行のもとでは、勤続に報いる仕組みは従業員にとって理解しやすく、企業にとっても人材の定着という課題に直接応えるものだからである。

そして、人材の流動性が高まることは、勤続条件の意味が薄れることを意味しない。採用・リテンション競争が強まるほど、一定期間の在籍を促す株式報酬は、人材定着の手段として意味を持つ。

ここで問うべきなのは、「勤続条件か業績条件か」という二者択一ではない。前節でみたとおり、米国でもミドルマネジメント層より下への業績条件付き株式報酬は限定的である。実務上の論点は、勤続条件型の株式報酬を誰に対して用いるかにある。全社員を対象とするのか、獲得・定着が重要な人材に重点的に付与するのか。対象範囲を人材戦略と接続して設計することが重要になる。日本企業は、いまその検討の入り口に立っている。

(4)導入時に見落とされやすい3つの論点

当社がこれまで人事制度設計を支援してきた経験に照らすと、従業員株式報酬が期待した効果につながらないケースには、おおむね共通する要因が三つある。

第一に、対象範囲を決めないまま制度だけを導入するケースである。

「他社も入れているから」という理由で導入すると、対象は既存の役職体系に沿って機械的に決まりやすい。何のために誰へ配るのかという設計判断が置かれないまま、費用と希薄化だけが先行することになる。

第二に、人材戦略や基幹人事制度と切り離した「上乗せ報酬」として設計してしまうケースである。

誰を戦略的人材と位置付けるかは人材戦略・人材ポートフォリオの問題であり、その人材をどの等級・役割として処遇するかは等級制度、何を成果として評価するかは評価・報酬制度の問題である。これらと接続されていない株式報酬は、対象者の選定理由が曖昧になり、会社が何を期待しているのかというメッセージも伝わりにくい。

第三に、導入時の説明と退職時ルールの詰めが甘く、従業員が報酬価値を認識できないケースである。

権利確定時の課税とその納税資金、中途退職時の取扱い、株価変動リスクの説明および運用が不十分であれば、企業がコストを負担しているにもかかわらず、従業員には価値として伝わらない。

それでは、これらを踏まえ、どのような視点で制度を設計すべきなのだろうか。

6従業員株式報酬を設計する4つの視点

WHY

① 解決したい経営課題を明確にする

制度ありきではなく、自社が解決したい課題を起点に設計する

WHETHER

② 株式報酬が最適な手段かを見極める

費用計上・希薄化・株主説明の3点を導入前に検証する

WHO・WHAT

③ 報酬の器と資産形成の器を分けて設計する

目的が異なる二つの課題に、一つの制度で応えようとしない

HOW

④ 等級制度・評価制度との整合を確保する

株式報酬だけを切り離しても期待した効果は発揮されない

(1)解決したい経営課題を明確にする(Why)

まず、「何のために導入するのか」を明確にする必要がある。第4章で紹介した事例でも、ソニーグループは競争が激しい事業領域における高度人材の確保を目的とし、メルカリは全社員のオーナーシップ醸成を目的としていたように、同じRSUであっても、解決したい経営課題によって制度の役割は大きく異なる。制度ありきで検討を始めるのではなく、自社が解決したい課題を起点に設計を進めることが重要である。

(2)株式報酬が最適な手段かを見極める(Whether)

株式報酬は有効なインセンティブとなり得る一方で、すべての企業・すべての課題に適した手段とは限らない。解決したい課題によっては、給与や賞与、福利厚生、キャリア開発制度など、他の人事施策の方が効果的なケースもある。

◆ 上場企業が導入前に検証すべき3点

  • 会計上の費用計上/RSやRSUは付与時の公正価値をもとに費用として計上されるため、対象者が多くなるほど損益への影響は大きくなる
  • 希薄化/新株を発行する設計では既存株主の持分が希薄化するため、発行枠の上限をあらかじめ設計し、自己株式の活用と比較検討する必要がある
  • 株主に対する説明/希薄化を伴う制度は株主総会での承認や議決権行使助言会社の判断の対象となり得るため、制度の目的を対外的に説明できる設計としておく

第1章でも触れたが、賃上げ原資の確保が難しい企業にとって株式報酬は現金支出を伴わない選択肢として映りやすい。しかし実際にはこれらの負担を伴う。それを引き受けてなお株式報酬が最適な手段であるかを見極めることが、導入判断の実質的な内容である。

(3)報酬の器と資産形成・退職給付の器を分けて設計する(Who・What)

対象者の設計にあたっては、「一律に配るか、絞って配るか」という二者択一で考えないことが重要である。第3章でみたとおり、米国は全社員が自社株式を持つ機能を資産形成・退職給付の器(ESPP)に委ね、報酬として配る枠は競争力を左右する人材へ振り向けるという構造を採っている。目的が異なる二つの課題に、一つの制度で応えようとしないという発想である。

日本企業に置き換えれば、全社員層に対しては従業員持株会や持株会型ESOPを資産形成・退職給付の器として企業価値を共有する意識を醸成し、その上に、事業の競争力を左右する人材へ報酬として配る枠を重ねる、という組み合わせが考えられる。二つの器は目的が異なるため、期待する効果も、費用や希薄化の負担も、それぞれ別に見積もる必要がある

そのうえで付与条件を設計する。繰り返しになるが、従業員層に業績条件を課すことは日米いずれにおいても例外的であり、勤続を条件とすること自体は標準的な設計である。設計の要諦は条件の種類ではなく、その条件を誰に対して、どの範囲まで適用するかにある。

(4)等級制度・評価制度との整合を確保する(How)

最後に、この設計は株式報酬制度単独で完結するものではない。「誰に付与するのか」という問いは、企業がどの等級・役割を戦略的人材と位置付けるのかという等級制度の考え方と密接に関係しており、「何を条件として付与するのか」という問いは、企業がどのような成果や行動を評価するのかという評価制度そのものと結び付いている。

そのため、株式報酬だけを切り離して導入しても、等級制度や評価制度との整合が取れていなければ、本来期待するインセンティブ効果を十分に発揮することは難しい。逆に言えば、株式報酬の設計は、自社の等級・評価の考え方を経営視点から点検する機会でもある。誰を戦略的人材と位置付けるのかが定まっていなければ、株式報酬の対象者を定めることも難しい。

さらに、設計と同等に重要なのが導入後の運用である。権利確定時の課税と納税資金、中途退職時の取扱い、株価変動リスクについて、従業員が理解できる形で継続的に説明することが、制度を価値あるものとして認識させる前提となる。

以上の4つの視点を順に整理した上で制度を設計することで、株式報酬は単なる報酬制度ではなく、経営戦略や人材戦略を実現するための手段として機能する。

7まとめ

本レポートでは、日本の従業員株式報酬の現在地を、①資産形成・退職給付の器と報酬の器の切り分け、②報酬としての株式付与の広がり、③どの階層まで配るか、④何を条件に配るか、という四つの軸で整理し、米国と比較した。

本レポートの要点

  • 日本では、従業員向け株式報酬制度を導入する上場企業は1,010社、全体の約26%まで増加している。
  • 米国では、会社による裁量的な株式付与をミドルマネジメント層まで広げている企業が87%、一般従業員層まで広げている企業は25%であり、対象範囲は階層や業界によって大きく異なる。日米では制度定義や調査対象が異なるため単純な普及率比較はできないが、米国では「誰にどこまで配るか」が制度設計上の重要な論点となっている。
  • また、従業員が自社株式を保有する仕組みにも違いがある。日本では従業員持株会が上場内国会社の約8割に設置されている一方、原資は従業員拠出が中心である。米国では従業員拠出型のESPPに加え、会社拠出を基本とする退職給付型のESOPも存在する。こうした資産形成・退職給付の仕組みと、会社が人材への報酬として株式を付与する仕組みは、目的を分けて捉える必要がある。
  • 付与条件についても、米国では業績条件付き株式報酬が広く利用されているものの、その中心は上級管理職層である。ミドルマネジメント層より下では勤続条件型のRSU等が広く用いられており、重要なのは「勤続か業績か」という選択以上に、限られた費用や発行枠を誰に、どの程度配分するかという設計である。
  • 日本企業においても、経営・人材課題を起点に対象者、配分水準、付与条件を設計し、等級・評価・報酬制度や運用まで一体として検討することが求められる。
参考資料(クリックで開く)
  1. 一般社団法人 日本経済団体連合会『役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言』2024年1月16日
  2. National Association of Stock Plan Professionals(NASPP)/Deloitte Tax LLP “Equity Incentives Design Survey”(2021年調査・2024年調査)。図3は2021年調査、図4は付与割合が2021年調査、業績条件が2024年調査の公表値をもとに当社が作成した。いずれも上級管理職より下の階層を対象とした集計であり、役員層への付与は含まない。
  3. 国税庁『ストックオプションに対する課税(Q&A)』2023年
  4. 経済産業省『ストックオプション税制』(令和6年度税制改正の内容を含む)
  5. 各社IR情報(有価証券報告書・統合報告書・プレスリリース)
  6. 株式会社東京証券取引所『2024年度従業員持株会状況調査結果の概要について』2026年2月16日(2025年3月31日現在。調査対象は上場内国会社3,956社のうち、主要証券会社5社のいずれかに事務委託している従業員持株制度を有する3,265社)
  7. Congressional Research Service, “Stock Options: The Accounting Issue and Its Consequences”(米国議会調査局。FAS123R施行前後の企業行動に関する報告)
  8. National Center for Employee Ownership(NCEO), “Employee Ownership by the Numbers”(2026年1月更新)。NASPP/Deloitte Tax LLP 2024 Equity Incentives Design Surveyに基づく集計値(上級管理職より下の階層に株式報酬を提供する米国上場企業は92%、ESPP提供企業は約57%)を含む。
  9. Congressional Research Service, “Employee Stock Ownership Plans (ESOPs): An Overview”(IF13104)/The ESOP Association, “FAQs on ESOPs and Employee Ownership”。米国のESOPはERISA上の確定拠出型退職給付制度であり、原資は原則として会社拠出。非差別要件により、非高報酬従業員の70%以上をカバーすることが求められる。
  10. PCE Companies, “The History and Composition of ESOPs”(米国のESOPの9割以上は非上場企業が設定したもの)。あわせてNational Center for Employee Ownership “Employee Ownership by the Numbers” を参照。
  11. Center for Retirement Research at Boston College, “The Saga of Company Stock in 401(k) Plans — Some Problems Solve Themselves”(Vanguardのデータに基づく401(k)における自社株式の動向)

従業員株式報酬の対象者設計や、等級・評価・報酬制度との接続についてのご相談は、
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