平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)
「人的資本投資を増やしましょう」と言われると、だいたい研修や資格取得支援の話になります。
もちろん、それらは大事です。けれど、私が人事コンサルティングの現場で見ていて思うのは、人的資本投資の本丸はそこではない、ということです。
人的資本投資の本質とは何か。
私はそれを、失敗を許容するために会社が引き受けるコストだと思っています。
人は、最初からうまくはできません。
任せてみて、失敗して、やり直してみて、自分事にする。
その繰り返しで、仕事にかかる能力は高まっていきます。
つまり人的資本投資とは、「いつか成果が出るはずだ」という期待にお金を払うことではなく、成果が出ない時期が必ずあることを前提に、その期間を会社が支えるという意思決定なのです。
そして、この構造が許されない組織では、人材がなかなか成長しません。
成長しないから、育成のための投資に費用を割くのではなく、人を入れ替えるための採用コストに費用が割かれてしまいます。
残念ながら、採用にかかるコストは、人的資本投資とは言えないのです。
失敗が許されない会社で起きる本質的な害悪
失敗を許さない会社で、真っ先に起きるのは「波風を立てない」ことが正解になる……と言いたいところですが、実際はもっと見えづらく、会社を長期的に弱らせる現象が起きます。
それは、意思決定が遅くなることです。
それも管理職だけでなく、一般社員を含めた現場が、すべてのことがらについて慎重になってしまいます。
それは、社内で恐怖がひっそりと広がっているということでもあります。
「もし間違えたら責められる」
「前例がないと通らない」
「判断材料をもっと揃えないと、説明できない」
こうして、終わりのない正解探しが始まります。
他社事例を集めて、資料を整えて、上司に確認して、稟議を回して、ようやく一歩進む。
しかも、進んだ先で「やっぱり違った」となったら、今度はその判断の責任が問題になる。
だったら最初から動かない方がいい。そういう空気が、組織に広がっていきます。
結果として起きるのは、次のようなことです。
- 小さな不具合が報告されず、最後に大きな問題として噴き出す
- 管理職が部下に任せられず、承認の段数だけが増える
- 難しい仕事ほど外部に出し、社内に経験が残らない
- 「波風を立てない行動」がまだましだと判断され、改善が進まない
失敗を許容しない組織では、判断が遅くなることで競争力を失うのです。
「失敗を許す」は、放任でも甘さでもない
ここまで話すと、よくこう言われます。
「それは理想だけど、失敗を許したら、甘えが出ませんか?」
「危ないことまで見逃すわけにはいかないですよね?」
その通りです。
だから私は、失敗には二種類ある、と整理しています。
第一に、許容してはいけない失敗があります。
安全や法令に関わること、意図的な犯罪や間違いを繰り返すこと。
こういう行動は、許容してはいけない失敗です。
むしろ「絶対に超えてはいけない線」を、はっきりさせる必要があります。
その上で、許容すべき失敗を考えてみます。
たとえば、任せてみた結果の行き違い、やり方の試行錯誤、見立て違い。
まだミスが小さい段階でギャップを把握できれいてば、早く修正できます。
そのような失敗は、むしろ増えた方がいい。学習が進むからです。
もちろん、失敗が起きないように、上司が最初にしっかり指導するとか、作業のゴールを示すことは当然です。それでもなお生じる失敗を、許容することで、人と組織は成長します。
つまり、失敗を許すとは、
「何でも許す」と言うことではなく、
小さく試して学べる形を行動基準として設計し、取り返しのつかない失敗を防ぐ仕組みを作ることなのです。
この設計がないまま、気持ちだけで「挑戦しよう」と言っても、現場は動きません。
動くのは一部の元気な人だけで、疲れて終わります。
人的資本投資は「研修を増やすこと」ではなく、「任せられる環境を作ること」から始まる
では、どうすればいいのか。
人的資本投資を「失敗を許容するコスト」と捉えるなら、最初にやるべきことは研修の追加ではありません。
まず必要なのは、管理職が意思決定の経験を積める環境を作ることです。
言い換えると、「任せられる形」に仕事を整えることです。
この部分、つまり管理職の職務責任や権限が整理されていないと、いくら研修をしても、現場での行動には反映されません。
理由は簡単で、権限がないから、反映しようがないからです。
任されない人は、判断の経験が積めない。
判断の経験がない人は、失敗の仕方もわからない。
失敗の仕方がわからないから、ますます任せられない。
この悪循環が起きてしまいます。
だから人的資本投資の中心は、次の三点に置くべきだと考えています。
- 役割を明確にし、管理職が判断する範囲を決めること
- 判断に見合う権限を渡し、権限移譲を現実にすること
- 振り返りの場を持ち、学習として回収すること
そして最後の「振り返り」は、反省会ではありません。
次にどうするかを決めるための時間です。
現状を共有し、進み具合を支え、振り返り、修正する。
この流れが回り始めて初めて、「失敗が学習に変わる」状態が生まれます。
失敗を許容する組織こそが継続的成長を実現する
失敗を許容できない会社は、挑戦が止まるだけではありません。
意思決定が遅れて、任せられず、人も組織も成長しづらくなります。
そして、そのツケは現場の疲弊や人材の流出として、必ず表に出てきます。
人的資本投資とは、研修費を増やすことではありません。
失敗を起こせる形に体制を整備し、学習として回収できるようにすることです。
そのためには、管理職が意思決定を経験できる役割設計と権限移譲、そして振り返りまで含めた運用が欠かせません。
教育体系を見直すなら、「研修」ではなく「任せ方」から始めませんか
「うちの会社だと、どこが問題になっているのか」を一度整理してみませんか。
教育体系の設計は、研修メニューを並べることではなく、役割と権限、そして日々の関わり方を整えるところから始まります。
それは等級制度を中心とした人事制度全体との整合性を確保することでもあるのです。 セレクションアンドバリエーションでは、管理職が意思決定の経験を積める環境づくりを含めて、教育体系を設計しています。
詳しくはこちらをご覧ください。

毎月6本以上のオンライン無料セミナーを開催しています
ご興味のある方は、お気軽にご覧ください。

