「生成AIを導入したのに、なぜか組織全体の生産性が上がらない」。こう感じている人事の方は、少なくないのではないでしょうか。ツールは配った。研修もやった。使っている社員もいる。それなのに、期待したほど組織は変わらない。私も人事コンサルティングの現場で、同じ悩みを何度も聞いてきました。
本稿では、パーソル総合研究所が発表した「生成AIとはたらき方に関する実態調査」を軸に据えながら、生成AIが働き方をどう変えるのか、そしてそれに人事制度がどう応えるべきかを整理します。結論を先に述べれば、「生成AIは個々の作業を速くする。しかし、それが組織全体の成果には、ほとんどつながっていない」というのが、調査と現場感覚の両方が示す現実です。そして私は、この『つながらなさ』の正体こそ、人事制度が向き合うべき本丸だと考えています。
この記事を読んで分かること
- 生成AIが「使われている」のに成果につながらない構造と、その背景にある数字
- 浮いた時間を日常業務ではなく学習・探索に振り向けるための制度設計の考え方
- 評価・育成・格差是正の観点から、AI時代に人事制度が押さえるべき論点
この記事の想定読者
- 生成AIの活用を進めたいが、成果につながる実感が持てない人事担当者・経営企画
- AI活用を評価制度や育成施策にどう組み込むかを検討している人事部門
- 現場のAI活用をマネジメントする管理職・評価者層
生成AIは「使われている」のに、なぜ成果につながらないのか
「使われている」ことと「使いこなされている」ことの溝
生成AIを業務で使っている人は、全国の就業者の32.4%、推計で約1,840万人にのぼります。3人に1人が業務で使っている計算で、もはや特別なことではありません。
ところが中身を見ると、印象が変わります。週4日以上使う「ヘビーユーザー」は利用者のうちわずか11.7%にとどまり、利用の中心は週1〜3日や月に数日という層です。用途も「調べ物」「文章作成」といった基礎的なものが中心で、多くの人にとって生成AIは「たまに使う便利な検索ツール」程度の存在にとどまっています。業務プロセスそのものに組み込んで使いこなしている人は、1割程度しかいないのです。
時間は削減できている。でも成果につながっていない
ここが今回の調査の核心だと私は考えています。生成AIを使ったタスクでは、業務時間が平均16.7%削減されていました。作業単位では確かに速くなっている。ところが、実際に「業務時間そのものが減った」と答えた人は、利用者の約25.4%、4人に1人にとどまります。
なぜこうなるのか。調査はその理由をはっきり示しています。削減できた時間の61.2%が、また仕事に再投下されており、しかもその使い道の75.4%が「日常業務」、つまり既存の反復作業の消化に充てられているのです。生成AIで浮いた時間は、「新しい価値を生む活動」にはほとんど回っていない。目の前のタスクを、もう少しこなすために使われている。
さらに、生成AIをよく使うヘビーユーザーほど残業時間が長いという結果も出ています。業種・職種・職位を統制してもこの関係は変わりません。効率化ツールが、忙しさの解消ではなく、忙しさへの対処に使われている構図です。これでは、何のための効率化かわかりません。
「使う人」と「使わない人」の格差が静かに広がっている
人事として見過ごせないのが利用格差です。20〜30代男性は4割超が利用する一方、30代以上の女性や高齢層では低水準で、60代女性では1〜2割台。業種では情報通信業が61.3%、職種ではIT・開発職が64.5%と突出し、他を大きく引き離します。職位別では課長・部長などの管理職で利用が高い一方、役員・社長などの経営層では相対的に低い。
この格差は単なる「慣れ・不慣れ」の問題ではありません。放っておけば、生産性の差、成果の差、そして最終的には処遇の差につながっていきます。特に経営層の利用の低さは、旗を振るべき立場の人が使っていないという点で、普及戦略上も評価の公平性の面でも見過ごせない論点です。
成果を分けるのは「ツール」ではなく「志向性」だった
成熟度が高い層は、効果が跳ね上がる
では、どうすれば生成AIは成果につながるのか。調査は独自の「生成AI成熟度」という指標で分析し、成熟度の高い層は低い層と比べて利用用途の幅が約2倍、削減時間が約2.3倍という結果を出しました。単に使うのではなく、使いこなす段階に到達すると、効果が跳ね上がるのです。
鍵は「問いを楽しむ」「共有する」という姿勢
その成熟度を左右する個人特性を分析すると、二つの志向性が浮かび上がりました。「問いを楽しむ志向性」と「他者に共有する志向性」です。前者は「これ、AIに聞いたらどうなるだろう」と試すことを面白がる姿勢、後者は「こんな使い方ができたよ」と周りに伝えたがる姿勢を指します。重回帰分析では、特に「問いを楽しむ志向性」の影響が大きいという結果が出ました。
これは人事にとって重要な発見です。生成AIの成果を分けるのは、スキルやITリテラシーそのものよりも、「試すこと・共有することを面白がる姿勢」だということ。つまりこれは、育成と組織文化の問題なのです。個人の工夫任せでは短期的な効率化しか起きず、持続的な成果は仕組みからしか生まれません。だからこそ、人事が制度として関わる意味があります。
日本企業の人事制度は、どうあるべきか──4つの論点
論点①:浮いた時間の「使い道」を制度として設計する
生成AIで浮いた時間が日常業務に吸収されてしまう最大の理由は、「浮いた時間を何に使うか」が誰にも設計されていないからです。放っておけば、時間は必ず目の前のタスクに吸い込まれます。これは意志の弱さではなく、構造の問題です。
参考になるのが「組織スラック」という考え方です。組織にあえて残しておく余力・遊びを指し、一見ムダに見えるこの余白が、環境変化への適応力やイノベーションの源泉になるという議論が古くからあります。効率化を突き詰めて余白をゼロにした組織は、短期的には筋肉質に見えても、新しいものを生み出す力を失っていく。生成AIによる効率化は、この「余白をどう扱うか」をあらためて突きつけているのです。
では、その余白を何に使うか。私が特にお勧めしたいのは、「今の業務から少し離れた、本人が興味を持つ分野の学習」に使ってよい、と制度として明示することです。目の前の業務に直接関係のない学習を会社が公認する。一見、余計なことに見えますが、ここには確かな根拠があります。
一つは、Googleがかつて掲げた「20%ルール」の発想です。業務時間の一定割合を本業とは別の関心テーマに使ってよいとするこの仕組みから、GmailやGoogleニュースといった事業が生まれたと言われています。すべての企業がそのまま真似できるわけではありませんが、「業務外の探索」が長期的な事業の種になるという構造は、多くの企業に示唆を与えます。
もう一つは「両利きの経営」です。企業が持続的に成長するには、既存事業を磨き込む力(深化)と、新しい可能性を探す力(探索)の両方が要るという理論です。多くの日本企業が苦手とするのは後者の探索であり、日々の業務は深化ばかりに追われ探索の余地がない。生成AIで生まれた余白は、この探索に振り向ける絶好の原資になり得ます。
たとえば、生成AIで資料作成の時間を削れたマーケティング担当者が、その時間で気になっていた別領域を学ぶ。すぐには役に立たなくても、その学びが半年後、一年後に新しい提案や事業アイデアの種になる。人事に求められるのは、こうした「一見ムダに見える学習」を後ろめたさなく行える正当性を制度で与えることです。業務時間内での学習を認める運用ルール、学びを共有・還元する場の設定、探索的活動を評価上どう位置づけるかの明確化。効率化の果実を未来の価値創造に流す「水路」を、人事が先に引いておくのです。
論点②:評価は「AIをどう使ったか」ではなく「AIで何を生んだか」
AI活用スキルを評価軸にしたいという相談を最近よく受けます。しかし注意が必要です。調査が示す通り、AIを「使うこと」自体はもはや成果と直結せず、使っても残業が減らない層が現に存在します。評価すべきはツールの操作習熟ではなく、AIを使って何を改善し、何を新しく生み出したか。行動評価の観点で言えば、「問いを立てる力」「試したことを共有する力」を評価言語に翻訳できるかどうかが鍵になります。
論点③:育成の焦点を「操作研修」から「志向性の醸成」へ
多くの企業のAI研修は、プロンプトの書き方といった操作スキルに偏っています。入り口としては必要ですが、成果を分けるのが「問いを楽しむ・共有する」姿勢だとすれば、研修設計の重心は変わるはずです。試したことを共有し合う場、うまくいった事例も失敗も持ち寄れる場。そうした学習の「場づくり」こそ、人材育成施策の中心に据えるべきではないでしょうか。
論点④:利用格差を「処遇格差」にしない
世代・性別・職種による利用格差は、今はまだ「慣れの差」に見えます。しかし数年後、それが成果の差、評価の差として固定化されるリスクがあります。特に、経営層や評価者層がAIを理解しないまま部下を評価する構造は危険です。評価者研修の中に、AI活用をどう見て、どう評価するかという視点を組み込むこと。これは、評価の公平性を守るうえで避けて通れない論点です。
よくある質問
Q. AI活用を評価制度に組み込むべきでしょうか?
A. 「AIを使っているか」を直接の評価項目にするのはお勧めしません。使うこと自体は成果と直結しないためです。評価すべきは、AIを使って業務をどう改善し、何を新しく生み出したかという成果と、そこに至る「問いを立てる・試す・共有する」という行動です。ツールの操作習熟を測るのではなく、成果と行動を評価する既存の枠組みの中で捉えるのが実務的です。
Q. 浮いた時間を学習に使ってよいと認めると、サボりにつながりませんか?
A. その懸念はもっともです。だからこそ「自由時間」ではなく「制度」として設計します。何を学ぶかを大まかに宣言し、学んだことを共有・還元する場とセットにすることで、学習は個人の趣味ではなく組織の資産になります。共有の仕組みがあること自体が、緩やかな規律として機能します。
Q. 経営層がAIを使っていないのは問題ですか?
A. 二つの意味で問題になり得ます。一つは普及戦略上、旗を振る立場の理解が薄いと全社展開が進みにくいこと。もう一つは評価上、AIを理解しない評価者が部下のAI活用を適切に評価できないことです。まずは経営層・評価者層自身が触れる機会をつくることが、格差是正の出発点になります。
まとめ:生成AIは、人事制度を映す鏡である
冒頭の問いに戻りましょう。生成AIは働き方をどのように変えるのか。調査が教えてくれるのは、少し意外な答えです。生成AIそれ自体は、働き方を根本から変えてはいません。個々の作業は速くなった。けれど、その果実がどこへ流れるかは、ツールではなく「組織のあり方」が決めている。本稿のポイントを整理します。
- 生成AIは3人に1人が使うが、時間削減が全体成果につながらず、浮いた時間の61.2%が日常業務に再投下されている
- 成果を分けるのはツールでもスキルでもなく、「問いを楽しむ・共有する」志向性であり、これは育成と文化の問題である
- 浮いた時間を日常業務ではなく、興味分野の学習・探索に振り向ける「水路」を制度で設計することが、長期の価値創造につながる
- 評価は「使ったか」ではなく「何を生んだか」、育成は操作研修より志向性の醸成、そして利用格差を処遇格差にしない目配りが要る
浮いた時間が日常業務に消えるのも、格差が広がるのも、成果につながらないのも、すべてはAIの性能の問題ではなく、それを受け止める制度・評価・育成・文化の問題です。言い換えれば、生成AIはその企業の人事制度の完成度を映し出す鏡なのだと思います。今問われているのは「どのAIを導入するか」ではなく、「AIが生み出す変化を、成果に変える器をどう整えるか」。それは紛れもなく、人事の仕事です。
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