「人事制度は本当に必要なのか」という問いを耳にする機会が増えてきました。スタートアップ界隈の懐疑論、評価制度への根強い不満、そして制度疲労を起こした企業の事例。これらが重なり、人事制度 不要論ともいえる議論が広がっています。本稿では中小・中堅企業の人事責任者向けに、不要論の本質と、制度を本当に機能させるための視点を整理します。
この記事を読んで分かること
- 人事制度 不要論が広がる背景と、その実態
- それでも人事制度が必要な3つの本質的な理由
- 制度を「機能させる」ための実践ステップと、専門家活用の意義
なぜ「人事制度 不要論」が浮上するのか
人事制度 不要論が議論されるようになった背景には、いくつかの構造的な要因があります。これは単なる流行ではなく、制度に対する深い違和感が積み上がった結果といえます。まずは、その実態をデータと現場感覚の両面から整理します。
人事評価への不満が示す制度疲労
アデコ株式会社の「人事評価制度に関する意識調査」によれば、自社の人事評価に不満を持つ社員の割合は62.3%に達しています。理由として最も多いのは「評価基準が不明確」(62.8%)、次いで「評価者によって評価にばらつきが出て、不公平だと感じる」(45.2%)、「評価結果のフィードバック・説明が不十分」(28.1%)と続きます。
さらに、同調査では「人事評価制度の見直しが必要」と回答した割合が77.6%に上りました。これは、現行制度が運用面で限界を迎えている企業が極めて多いことを示しています。社員からすれば、機能していない制度ならいっそ廃止した方がよい、という不要論につながりやすい状況だと考えられます。
スタートアップ・成長企業からの懐疑論
もう一つの源流は、スタートアップや先進的なテック企業から発信される「制度より文化」「評価より対話」という考え方です。Netflixの自由と責任の文化、Spotifyのフィードバックを重視する組織運営、OKRに代表される目標管理のアジャイル化といった海外事例が、日本の人事領域にも影響を与えています。
形式的な制度よりも、現場の対話と機動的な意思決定の方が組織を強くする、という主張には一理あります。ただし、こうした事例は、強固な経営理念・厳格な採用基準・評価する側の高い力量という「制度の代替装置」が機能している前提で成り立っているケースが多いという点に注意が必要です。
「制度はあるが機能していない」という現実
実際の現場で多く見られるのは、制度は存在するものの、評価面談が儀式化し、等級と賃金が連動せず、本来の目的が現場に伝わっていない状態です。形骸化と呼ばれるこの状態が、制度なんて意味がないという不要論を内側から生み出しています。
つまり、不要論の背景には、制度そのものが問題なのではなく、制度を機能させる土台が欠落しているケースが多いと考えられます。次節では、それでも人事制度が必要とされる本質的な理由を整理します。
それでも人事制度の必要性が消えない3つの理由
不要論の主張には頷ける部分もあります。しかし、人事制度を撤廃する判断は、組織の規模・成長フェーズ・経営戦略と切り離して語れません。中小〜中堅企業の現実において、なぜ人事制度が必要とされるのかを整理します。
一定規模を超えた組織は「個別判断」では立ち行かない
経営者と社員が顔の見える関係にある創業期・小規模フェーズでは、評価も処遇も経営者の直感で進められます。しかし、従業員数が30名、50名、100名と拡大していくにつれて、個別判断はバラつき・不公平感・情実評価を生み出します。
ある調査によれば、従業員数5〜20人の企業では人事評価制度の導入率が35.0%にとどまるのに対し、101人以上の企業では87.2%に達するというデータがあります。これは、組織規模が一定の閾値を超えると、制度なしには公平性と一貫性を保てなくなる現実を示しています。
経営戦略を「人」に翻訳する装置として
人事制度の本質的な役割は、経営戦略を「人」の言語に翻訳することにあります。どのような人材を求め、どう成長させ、何に報いるのかという基準を組織として明示することで、戦略は初めて行動レベルに落ちてきます。
例えば、ジョブ型を導入するか職能型を維持するか、成果報酬を強めるか職能給を厚くするか、これらの選択は経営戦略と直結しています。制度がなければ、こうした方針が現場に伝わらず、人材戦略は経営戦略から切り離された存在になってしまいます。
公平性とエンゲージメントの基盤として
社員から見て「何が評価されるか」「どうすれば昇格・昇給するか」が見えない状態は、最も強いエンゲージメント低下要因のひとつです。人事制度はこの透明性を担保する仕組みであり、運用されている限り、社員にとっての安心感とキャリアの納得感を生み出します。
逆にいえば、制度を廃止した場合、その透明性を別の仕組み、すなわち評価者の高い力量・経営層との直接対話・強固な企業文化などで代替する必要があります。これらの代替装置を構築・維持するコストは、制度を運用するコストよりも実は高くつくケースが多いといえます。
不要論の本質は「制度」ではなく「運用」にある
ここまで見てきた通り、人事制度 不要論は、制度そのものが不要というよりも、機能していない制度に対する反発の表現と捉えるのが自然です。では、なぜ多くの企業で制度が機能しないのか。問題の核心は「運用」にあります。
多くの企業は設計に偏り、運用に投資していない
人事制度のリニューアルプロジェクトでは、設計フェーズに大きな予算と時間が投じられる一方、運用フェーズへの投資が極端に少ないというパターンが繰り返されています。新制度を導入した直後の半年〜1年間に、評価者研修・運用マニュアルの整備・キャリブレーション会議の運用などへの継続投資が行われないと、制度はすぐに形骸化に向かいます。
制度を作ったから終わり、ではなく、制度を機能させ続けるためにこそ運用がある、という視点が、多くの企業で抜け落ちているのが実態です。
評価者の力量に依存しすぎている
人事評価の品質は、最終的には評価者である管理職の力量に大きく依存します。評価基準が同じでも、評価者によって甘辛が出る、フィードバックの質が違う、目標設定が場当たり的になる、といった現象は珍しくありません。
評価者訓練を継続的に行わないまま制度だけを導入すると、社員から見れば「上司ガチャ」のような不公平感が残り、これが不満と不要論の温床になります。制度は箱であり、それを動かすのは人だという当たり前の事実を、運用設計で具体化する必要があります。
制度と現場マネジメントが分離している
人事制度が、人事部門のものとして閉じ、現場マネジメントの実務と切り離されているケースも多く見られます。期初の目標設定が形式的に行われ、期中のフィードバックは省略され、期末評価だけが慌ただしく実施される、という運用は典型的な失敗パターンです。
制度が機能するためには、日常のマネジメントサイクル(1on1・OKRレビュー・行動評価)と人事制度が一体化している必要があります。これが分断されている限り、制度は社員にとって年に数回だけ姿を現す「儀式」にとどまり、不要論を呼び込むことになります。
人事制度を機能させる5つの実践ステップ
不要論を乗り越え、制度を「使える資産」として活かすためには、設計から運用までを一貫した思想で組み立てる必要があります。中小〜中堅企業で実際に成果を上げている取り組みから、5つの実践ステップを整理します。
ステップ1:経営戦略との一貫性を起点に置く
制度設計は経営戦略から逆算して始めるべきです。3年後にどのような事業ポートフォリオを目指すか、そのためにどのような人材を増やすか、どの能力に高い対価を払うか、といった経営の意志を、等級基準・評価項目・報酬テーブルに落とし込んでいきます。
経営戦略から切り離された制度は、いかに精緻に設計されても現場の納得感を得られません。逆に、戦略との一貫性が確保されていれば、社員はこの会社が何を大切にしているのかを制度を通じて理解できます。
ステップ2:等級・評価・報酬の三位一体で設計する
等級制度・人事評価制度・賃金制度は、本来一体のものです。しかし、これらが連動せず、等級は形だけ、評価結果が昇給・昇格に反映されない、という制度はよく見られます。
複数のコンサルティングファームの分析でも、この三要素のリンクが弱いことが制度形骸化の主要因として挙げられています。三位一体での設計を最初に固めることで、社員は評価されると等級が上がる、等級が上がると報酬が変わる、という連鎖を実感でき、制度への信頼が生まれます。
ステップ3:評価者育成と運用ルーチンに投資する
設計が終わった瞬間から、運用への投資が始まります。具体的には、評価者研修の年次実施、目標設定面談・期中フィードバック・期末評価のタイムラインの明文化、評価結果のキャリブレーション会議の設計、これらを「運用ルーチン」として制度の一部に組み込みます。
設計に投じた金額の少なくとも30〜50%を、運用立ち上げと最初の1〜2年の定着支援に充てる、という発想が必要です。
ステップ4:現場マネジメントに制度を組み込む
人事制度は、日常のマネジメントと一体化することで初めて機能します。1on1で評価項目に基づいた対話を行う、目標管理を期中で柔軟に修正する、評価面談を年次行事ではなく日々の延長と位置づける、これらが制度を生きたものにします。
このためには、管理職に対して、制度の条文ではなく「制度を使ったマネジメント」を学ぶ機会を提供することが重要です。
ステップ5:設計と運用支援を一体で進める
最後に、最も実務的な提案ですが、制度設計と運用支援を分けずに一体で進めることが重要です。設計だけを外部に委託し、運用は自社任せ、というスタイルでは、設計思想が現場に伝わらないまま導入が進み、形骸化のリスクが高まります。
設計に関わった専門家が運用初期にも関与し、評価者研修・キャリブレーション・モニタリングまで伴走する形が、制度を機能させる確率を最も高めるアプローチです。
人事制度の設計・運用には専門家の伴走を活用する
ここまで述べてきた通り、人事制度 不要論を乗り越え、本当に機能する制度を構築するには、設計の精緻さ以上に、運用設計と現場展開の質が問われます。これを自社だけで進めることには相応の難しさがあります。
自社だけで進める難しさ
人事制度のリニューアルは、企業にとって数年〜十数年に一度の大規模プロジェクトです。社内には経験者がほとんどおらず、人事部門が他業務と兼務しながら進めると、設計品質と運用品質の両方で妥協が発生しがちです。
また、制度の見直しは「処遇に関わる変更」であるため、社内政治・既存制度との整合性・現場の感情への配慮など、純粋な制度論を超えた論点が多く絡みます。これらを社内だけで捌くことは現実的に困難です。
セレクションアンドバリエーションが提供する制度設計支援
セレクションアンドバリエーション株式会社は、等級・評価・報酬の三位一体での制度設計と、運用定着までの伴走支援を一貫して提供しています。中小〜中堅企業を中心に、製造業・サービス業・IT・専門サービスなど多様な業種における導入実績を有しており、業種特性に応じた制度設計のノウハウを蓄積しています。
特に、ジョブ型人事制度・等級制度・評価制度・報酬制度のいずれにおいても、経営戦略との一貫性、運用に耐える設計、現場が動かせる仕組み、という3つの基準で構築するのが弊社のアプローチです。
中堅企業に最適化されたメソッドと伴走支援
中堅企業向けには、3か月〜半年で制度設計を完了し、その後の運用初年度を伴走するパッケージを提供しています。設計フェーズでの経営層・人事部門との合意形成、評価者研修の設計と実施、初年度の評価運用におけるキャリブレーション支援まで、設計と運用を分離せずに一体で支援することが特徴です。
制度は作ったが運用に自信がない、過去にリニューアルしたが形骸化している、といった課題を抱える企業ほど、伴走型の支援が成果につながります。
まとめ:制度の有無ではなく、制度を機能させる視点へ
人事制度 不要論は、現代の人事領域における重要な問題提起です。しかし、その本質を掘り下げると、論点は制度が必要かどうかではなく、制度をどう機能させるか、に集約されることが分かります。要点を整理します。
- 人事評価への不満は6割を超え、見直しを求める声は8割近い。これが不要論の温床になっている
- 組織規模が30名を超えると、制度なしでは公平性と一貫性が保てなくなる
- 不要論の本質は、設計に偏り運用に投資しない、評価者の力量に依存する、現場マネジメントと分離している、という運用上の課題にある
- 制度を機能させるには、経営戦略との一貫性、三位一体での設計、運用への投資、現場マネジメントとの統合、設計と運用支援の一体化が必要
- 自社だけで完結させるのは困難であり、専門家の伴走を活用することで成功確率が大きく高まる
「制度を作ること」ではなく「制度を機能させ続けること」を起点に、自社の人事制度を捉え直すことから取り組みましょう。


