なぜ人は他人の話を自分の話にすり替えるのか──「聞く」という漢字が入っていない日本語の会話

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

人事コンサルタントの平康慶浩(ひらやすよしひろ)です。
今日は管理職研修とか評価者研修の際に話すことが多いお話を、学術的なバックボーンを交えてご紹介します。

具体的には、社会学者チャールズ・ダーバーによる会話分析研究(The Pursuit of Attention)と、ハーバード大学のターミル&ミッチェルによる脳科学研究(PNAS, 2012)をもとに、「なぜ人は会話の場で相手の話を自分の話に転換してしまうのか」を解説します。
簡単に言えば、気の置けない懇親会の場などで、みんなで楽しく会話しているように見えて、実はみんな自分の話ばかりしている状態になるのはなぜか?というお話です。

その本質は、人が自分について語ることは脳の報酬系を刺激する快楽であり、人間の構造的な傾向だということです。
そのうえで、日本企業の組織内コミュニケーション、特に管理職研修や1on1、心理的安全性施策を実現するための、実務的示唆をお示しします。

ご一読ください。


「聞いてもらえた」と感じたことが、最近ありますか?

クライアント企業の管理職研修で、こんな話をよくします。

「部下との1on1、ちゃんとできていますか?」

たいていの管理職は「やっています」と答えます。
ところが、その部下に話を聞くと、微妙な顔をされることが少なくありません。
「話は聞いてもらえるんですが、なんだか自分の話にされてしまうんですよね」と。

私はこの現象を、長年の人事コンサルティングの現場で繰り返し見てきました。
誰かが話をすると、多くの人はそこから連想した自分の経験を語り出します。
その際に、本人にはまったく悪気がありません。
むしろ「共感を示している」つもりですらあります。

これ、日本語の「会話」という言葉そのものを見てもわかります。
「会話」にも「対話」にも、「聞く」という漢字も「耳」という漢字も入っていないんですよね。
「会って」「話す」、「対して」「話す」。
どちらも、話すこと同士の掛け合わせであって、聞くことが主役になっていません。

もしかすると、日本語という言語の構造そのものが、この現象を映し出しているのかもしれません。

会話の3割は「相手の話を奪う」ことに使われている

この直感を、社会学とデータで裏付けた研究があります。

社会学者チャールズ・ダーバーは、1970年代に実際の食卓での会話を千数百件録音・書き起こしし、人の応答パターンを分析しました。
その結果、応答は大きく2種類に分かれることを発見します。

  • 転換型応答(shift-response)
    :相手の話題を、自分の話題にすり替える応答。「へえ、実は私も〜」というかたちで、話の主導権を自分に取り戻す
  • 支持型応答(support-response)
    :相手の話をさらに引き出す応答。「それでどうなったんですか?」というかたちで、相手が話し続けられるようにする

ダーバーが重要な指摘をしています。
転換型応答を使う人の多くは、無自覚だということです。
しかも巧妙な人ほど、支持型応答を一度挟んでから転換するため、傍から見ると「ちゃんと話を聞いている人」に見えてしまう。

私はこれを読んで、評価面談や1on1がうまくいかない企業の風景と、そのまま重なると感じました。
上司は「聞いているつもり」で、部下は「聞いてくれていない」と感じる。
両者の認識が食い違ったままの残念な面談だけが繰り返されているんですよね。

なぜ人は自分の話にすり替えたくなるのか

ここで、もう一つの研究を紹介します。

ハーバード大学のダイアナ・ターミルとジェイソン・ミッチェルは、2012年に発表したfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた研究で、人が自分について語ることそのものが、脳にとって報酬であることを示しました。

主な発見は以下の通りです。

  • 人間の会話時間のおよそ30〜40%は、自分の主観的な経験を伝えることに費やされている
  • 自分について話しているとき、食事や金銭的報酬、快楽に関わる脳の部位(側坐核や腹側被蓋野を含む報酬系)が活性化する
  • 被験者は、報酬となるお金を差し出してでも、自分について話すことを選んだ

つまり、人が誰かの話を聞きながら自分の経験を連想してしまうのは、意志が弱いからでも、相手への関心が薄いからでもありません。
自分について語ることそのものが、脳にとって心地よい行為だからです。
これは面談についての研修を実施する前に、人間の構造的な傾向としてとらえておくべきポイントです。

日本企業の組織内コミュニケーションへの示唆

この2つの研究から、私は次の4点を実務上の示唆として提示したいと思います。

①座学だけの「傾聴研修」だけでは変わらない

多くの企業が管理職研修に「傾聴」を組み込みます。
実際、弊社セレクションアンドバリエーションでも、評価者研修や管理職研修において、傾聴研修を行っています。
ただ、傾聴が難しいのは技術の問題である以前に、脳の報酬系に逆らう行為だ、ということを理解しなくてはいけません。
研修で知識を伝えるだけでなく、意識的に支持型応答を選ぶ「型」として繰り返し練習させることが必要なのです。
ですから、特に私たちが研修を実施する際には、時間が許す限り、ロールプレイを交えながら、「傾聴のしんどさ」と「自分のことを話すことの気持ちよさ」をあらためて実感してもらうようにしています。

②心理的安全性施策の見落とされがちな盲点

心理的安全性というと「発言しやすい空気」に注目が集まりがちです。
しかし、発言した内容が転換型応答で奪われ続ける組織では、いくら発言の機会を増やしても、社員は「結局聞かれていない」と感じてしまいます。
心理的安全性は、発言の量ではなく、応答の質で決まる部分が大きいと私は考えています。
ですから研修を実施したあと、実際の1on1や面談の場で、部下側にアンケートを取るなどしながら、実際に聞いてもらえているかを確認することが重要です。
また、上司側に対しては支持型応答を実践できているかどうかを改めて確認してゆきましょう。

③一次評価者教育問題との接続

私がかねて指摘してきた、日本企業の一次評価者が低い評価をつけられない構造的な問題。
これも根っこは「相手の話を奪う」行動と近しいところに原因があります。
評価面談という場で、上司が部下の話を自分の経験や自分の評価基準に引き寄せて語ってしまうと、部下は正しくフィードバックを受け取れません。
だからこそ、繰り返しでの評価者研修を実施するなどして、面談における「応答の型」の指導も、じっくり行うことが有効なのです。

④エンゲージメントサーベイの結果を読み解く視点

エンゲージメントサーベイで「上司とのコミュニケーションに満足していない」というスコアが出たとき、多くの企業は面談頻度を増やす対策に走ります。しかし頻度を増やしても、応答の質が転換型のままでは効果が限定的です。
むしろ回数より、1回あたりの応答パターンを可視化することのほうが、改善への近道になるケースをいくつも見てきました。
ここまで教育してきた上司と部下とのコミュニケーションを、日々の対話にまで落とし込む取り組みをしてゆくことで、さらに組織は活性化します。

まとめ──聞くとは、連想を我慢することである

「なぜ人は他人の話を自分の話にすり替えるのか」。
その答えは、脳が自分について語ることを報酬として設計されているからです。
そもそも会話とは、放っておけば連想合戦になるものです。
相手の話からふと自分の経験を連想し、そのことについて語りたくなる。
これは日本語という言語の構造にも、どこか表れているように思います。

だからこそ、「聞く」は自然にできることではなく、意識して身につける技術なのだと私は考えています。
組織のコミュニケーションを変えたいなら、まず「聞けていない」という前提に立つこと。
そこから始めるのが、遠回りのようで一番早い道ではないでしょうか。


参考文献

  • Derber, C. (1979). The Pursuit of Attention: Power and Ego in Everyday Life.
  • Tamir, D. I., & Mitchell, J. P. (2012). Disclosing information about the self is intrinsically rewarding. Proceedings of the National Academy of Sciences, 109(21), 8038–8043.

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