なぜ温厚な役員が、根回しなしの提案に激昂するのか―認知科学・感情研究・社会心理学が明かす「根回し」の合理性

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

この記事でわかること
  • 人が「いきなりの提案」を理解できない認知的な理由(処理速度理論)
  • 「理解できない恥ずかしさ」が怒りに変わる仕組み(humiliated fury)
  • 最も説得されにくいのは高齢者ではなく「中年の役職者」だという研究結果
  • 根回しがなぜ効くのかを説明する二つの心理学的効果(voice効果・単純接触効果)
  • 人事制度改革を通すための、科学的に正しい根回しの組み立て方

目次

お困りごとがあれば人事制度設計30年・400社超の実績「セレクションアンドバリエーション」へ!

\ 話を聞くだけでも大歓迎です !人事の専門家が対応します!/

1. 温厚なはずの役員が、なぜ激昂したのか

人事制度改革の経営会議で、こんな場面を見たことはありませんか。

普段は温厚で、若手にも丁寧に接する役員がいらっしゃいました。
ところが、事務局が新しい等級制度の案を初めて説明したところ、その方が突然声を荒げたのです。
「そんな話は聞いていない」「現場をわかっていない」。
会議はそこで止まってしまいました。

中身が悪かったわけではないんですよね。
実際、その案は三か月後、ほぼ同じ内容で承認されました。
変えたのは中身ではなく、伝える順序だけです。

私自身、57歳になってわかったことがあります。

人間は、案外いきなりだと理解できないのです。

そして理解できないことを、私たちは恥ずかしいと感じます。
恥ずかしいから、怒りに変えてしまうのです。

「根回し」というと、日本的な悪習の代名詞のように語られます。
しかし私は30年以上、人事コンサルティングの現場で合意形成を見てきて、まったく逆だと考えています。
根回しは、人間の性質をよく踏まえた、じつに合理的な技術です。

今回は、その根拠となる学術研究を、三つの壁に整理してご紹介します。

2. 第一の壁:人間は、いきなりだと理解できない

認知心理学者のソルトハウスが1996年に提唱した「処理速度理論」という有名な理論があります。

理屈は単純です。歳をとるにつれて、情報を処理する速さが着実に落ちていく。
そしてこの速さの低下こそが、記憶や推論といった複雑な認知機能の衰えの主因である、という理論です。

面白いことに、衰え方には偏りがあります。
最新の知能検査データを分析した研究でも、処理の速さは成人初期から一貫して落ち続ける一方、言語能力は高齢になっても長く保たれることが確認されています。

これ、会議の場面で考えるとどうなるでしょうか。

言葉は全部わかるのです。
「等級」「役割給」「評価分布」。
単語も文章も、完璧に理解できます。
ところが、次々に出てくる情報を頭の中で組み立てる速さが追いつかない。
ソルトハウスはこれを「同時性メカニズム」と呼びました。
話の前半を咀嚼している間に後半が流れてしまい、後半を聞き終えた頃には、前半に考えたことが手元に残っていない。
だから全体像が組み上がらないのです。

「言葉は全部わかるのに、なぜか腹落ちしない」

この感覚に、心当たりはないでしょうか(実は私にはあります)。

これは、頭の良し悪しの問題ではありません。
考えるのに必要な「時間」の問題です。
時間さえあれば、経験豊富な役員は若手より深く本質をつかみます。
しかしいきなりだと、つかめない。それだけのことなんですよね。

3. 第二の壁:理解できない恥ずかしさは、怒りに変わる

では、理解できなかったとき、人はどうするでしょうか。

「すみません、ちょっと理解が追いつきませんでした。もう一度説明してもらえますか」と言えれば、何の問題もありません。
しかし経営会議の場で、それを言える役員がどれだけいるでしょうか。

臨床心理学者のヘレン・ブロック・ルイスは1971年、セラピーの現場で不思議な現象に気づきました。
クライアントが恥を感じた直後に、決まって怒りや敵意が噴き出すのです。
彼女はこれを「humiliated fury」、屈辱の怒りと名付けました。

その後、タングニーらの一連の研究がこの現象を実証していきます。
ここで、恥と罪悪感の違いを押さえておきましょう。

罪悪感は「自分は悪いことをした」という、行動への評価です。
一方、恥は「自分はダメだ」という、自分そのものへの評価です。
行動なら直せますが、自分そのものには逃げ場がありません。
だから恥が耐え難いほど強くなったとき、人は自分を守るために、攻撃の矛先を外に向けるのです。
研究者はこれを恥の「第二の顔」と呼んでいます。

もうひとつ、実務的に大事な発見があります。
恥を感じやすい人が怒りやすいのは、生まれつき怒りっぽいからではなく、「批判されたときに怒りで返す」傾向と結びついているからだという研究結果です。
つまり、普段は温厚な人が根回しなしの提案に激昂するのは、性格の問題ではありません。
「理解できない自分」を突きつけられたことへの、防衛反応なのです。

「そんな話は聞いていない」という怒りの言葉を、思い出してください。
あれは提案内容への反論ではありません。
「理解できていない自分を、この場に晒すな」という悲鳴なのです。

4. 第三の壁:役職者は、その場で意見を変えられない

ここまでは、いわば個人の認知と感情の話でした。
三つ目の壁は、もっと意外なところにあります。

「歳をとるほど頑固になる」と、私たちは何となく思っています。
ところが、社会心理学者のヴィッサーとクロスニックが1998年に発表した研究は、この思い込みを覆しました。
三つの研究を通じて示されたのは、説得への抵抗が最も強いのは高齢者ではなく、中年期の成人だったという事実です。
態度の変わりやすさは、成人初期と後期に高く、中年期に最も低い。
U字型を描くのです。

なぜ中年期なのか。
イートンらが2009年に発表した続きの研究が、その理由を解き明かしました。

中年期の成人は、権力を伴う社会的役割――つまり管理職や役員のポジション――を人生で最も多く担っています。
そしてそうした役割は「ブレないこと」を求めてきます。
研究では、中年期の成人が「毅然としていること」に高い価値を置いていること、実験で権力を意識させるだけで毅然さへの評価が上がること、そして権力ある役割を担っていることが、年齢と説得への抵抗の関係を部分的に説明することが示されました。

これ、人事の現場で考えると恐ろしい話ではないでしょうか。

経営会議に座っている50代・60代の役職者は、認知の面で、その場での理解が苦手なだけではありません。
役割の面でも、「その場で意見を変えたら負け」という感覚が染みついているのです。
いきなりの提案は、この二重の壁にまともにぶつかります。
仮に内心「悪くない案だ」と思ったとしても、みんなの前で即座に賛成へ回ることを、役割が許してくれないのです。

5. 根回しとは、三つの壁を同時に外す技術である

整理しましょう。いきなりの提案が通らないのは、三つの壁があるからです。

一つ目は認知の壁です。理解には時間がかかるのに、その時間が与えられない。二つ目は感情の壁です。理解できない恥ずかしさが、怒りに変わってしまう。三つ目は役割の壁です。役職者は、みんなの前で意見を変えられない。

実は、根回しというのは、この三つの壁をまとめて外す仕掛けなんですよね。

まず、事前に情報を渡すことで、考える「時間」を与えます。
会議の三日前に概要を聞いていれば、当日までに全体像が組み上がっています。

次に、一対一の場で伝えることで、恥をかく場面そのものをなくします。
理解が追いつかなくても、誰にも見られていません。
「ここがよくわからないんだが」と聞き返すのに、何の遠慮もいりません。

そして、事前に意見を求めることで、役割の壁を外します。
ここで働くのが「voice効果」です。
少しわかりにくい名前ですが、中身は単純で、「自分の声を聴いてもらえたかどうか」の効果です。
リンドとタイラーらの手続き的公正の研究が繰り返し示してきたのは、意見を聞いてもらえたという事実は、たとえその意見が最終決定を変えなくても、決定の受け入れやすさを大きく高めるということです。
自分の見解を真剣に聞いてもらえたと感じられれば、期待より不利な結論でさえ、人は受け入れるのです。
根回しの場で意見を述べた役員は、本会議では「決定を聞かされる側」ではなく「一緒に決めた側」に回ります。
人は、自分が関わった案には反対しないものです。

もうひとつ、ザイアンスの「単純接触効果」も働いています。
同じものに繰り返し触れるだけで、それへの好意が高まる。
しかも効果には偏りがあって、最初の数回の接触が最も強く効きます
「一度耳に入れておく」だけで本番の受け入れやすさが変わるのは、このためです。

ただし、注意点があります。
単純接触効果の研究は、最初の印象が悪いものについては、繰り返し触れるほどかえって嫌いになることも示しています。
根回しの一回目で悪い印象を与えたら、回を重ねるほど態度は硬くなる。
一回目の伝え方こそが、根回しの成否を分けるのです。

6. 人事制度改革における根回しの組み立て方

私は人事制度改革の支援において、根回しを「非公式なお願い」ではなく「合意形成の手順づくり」として扱っています。
ポイントは三つです。

第一に、順序を決めることです。
影響力の強いキーパーソンから順に、一対一で回ります。
最初の一人は、制度案に好意的な見込みが最も高い方を選びます。
単純接触の一回目を、良い印象で始めるためです。

第二に、時間を確保することです。
本会議の直前ではなく、少なくとも一週間前。
資料を渡して終わりではなく、「来週までに気になる点を教えてください」と、考える時間をはっきり確保します。
認知の壁への手当てです。

第三に、意見を聴くことです。
「説明に行く」のではなく「意見を伺いに行く」。
そして伺った意見のうち、取り入れられるものは必ず一つ以上、目に見える形で案に反映します。
すべてを反映する必要はありません。
研究が示す通り、真剣に聞いてもらえたという実感こそが、受け入れを生むからです。

この三つを踏まえた改革案と、そうでない改革案とでは、経営会議の通り方がまるで違います。
冒頭の役員が三か月後に同じ案を承認したのも、この手順を組み直したからです。

7. まとめ:根回しは忖度ではなく、人間の性質に合わせた技術

冒頭の問いに戻りましょう。なぜ温厚な役員が、根回しなしの提案に激昂するのか。

その役員が頑固だったからではありません。
勉強不足だったからでもありません。
人間の認知はいきなりの処理が苦手で、理解できないことを恥じ、恥は怒りに変わり、そして役職者ほどその場で折れられない。
この三重の壁に、いきなりの提案がまともにぶつかったからです。

私は、根回しを「日本の悪習」と切り捨てる議論には与しません。
考える時間を与え、恥をかかせず、事前に関与してもらう。これは洋の東西を問わず、人間の性質に合った合意形成の技術です。
欧米の研究者たちが「voice効果」「fair process」と名付けて実証してきたことを、日本の組織は経験則として身につけてきた。私はそう捉えています。

改革案の中身を磨く時間の一部を、伝える順序と場の組み立てに振り向けてください。
制度改革の成否は、案の質と同じくらい、合意形成の手順で決まるのですから。

8. よくある質問(FAQ)

根回しは時間がかかりすぎませんか。

かかります。しかし、経営会議で否決されてから再提案するまでの時間と比べてください。
私の経験では、キーパーソン5名を事前に訪ねる2〜3週間は、否決後の仕切り直しにかかる3〜6か月と比べれば、ずっと割に合います。

根回しで反対されたら、どうすればよいですか。

むしろありがたいことです。反対意見が本会議ではなく、一対一の場で出てきたこと自体が根回しの成果なんですよね。
役割の壁がない場での反対は、内容への率直な懸念であることが多く、案の改善材料になります。
そして懸念の一部を案に反映すれば、その方は本会議で「一緒に決めた側」に回ってくれます。

若い世代にも根回しは必要ですか。

必要ですが、力の入れどころが変わります。研究が示す通り、若い世代は認知の壁も役割の壁も相対的に低いため、時間の確保よりも「意見を聴くこと」が中心になります。意見を求められないまま決定だけ知らされることへの反発は、世代を問わず強いものです。

オンライン会議が増えた今も、根回しのやり方は同じですか。

考え方は同じです。ただし、廊下や喫煙室で偶然顔を合わせる機会がなくなったぶん、意図して場をつくる大切さはむしろ増しています。
15分のオンライン個別面談でも、考える時間・人目のない場・事前の関与という三つの条件は満たせます。


参考文献

  • Salthouse, T. A. (1996). The processing-speed theory of adult age differences in cognition. Psychological Review, 103(3), 403–428.
  • Lewis, H. B. (1971). Shame and Guilt in Neurosis. International Universities Press.
  • Tangney, J. P., Wagner, P. E., Fletcher, C., & Gramzow, R. (1992). Shamed into anger? The relation of shame and guilt to anger and self-reported aggression. Journal of Personality and Social Psychology, 62(4), 669–675.
  • Thomaes, S., Stegge, H., Olthof, T., Bushman, B. J., & Nezlek, J. B. (2011). Turning shame inside-out: “Humiliated fury” in young adolescents. Emotion, 11(4), 786–793.
  • Visser, P. S., & Krosnick, J. A. (1998). Development of attitude strength over the life cycle: Surge and decline. Journal of Personality and Social Psychology, 75(6), 1389–1410.
  • Eaton, A. A., Visser, P. S., Krosnick, J. A., & Anand, S. (2009). Social power and attitude strength over the life course. Personality and Social Psychology Bulletin, 35(12), 1646–1660.
  • Lind, E. A., & Tyler, T. R. (1988). The Social Psychology of Procedural Justice. Plenum Press.
  • Zajonc, R. B. (1968). Attitudinal effects of mere exposure. Journal of Personality and Social Psychology, 9(2, Pt.2), 1–27.

本稿に関するご質問や、評価者研修・目標設定の仕組みづくり、管理職育成やレジリエンス強化のための研修については、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にご相談ください。

▼ お問い合わせはこちら

企業の人事戦略策定・人事制度設計...
お問い合わせ お急ぎの場合はお電話でお問い合わせください 0120-849-859 受付時間/10:00~18:00(土日・祝日を除く) 携帯電話からは 東京:03-6869-1563  大阪:06-6695-73

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

目次