セレクションアンドバリエーションの平康慶浩です。
「最近、社員の顔と名前が一致しなくなってきて……」
先日、ある経営者の方がそうおっしゃったんですよね。社員が80人を超えたあたりから、廊下ですれ違っても名前が出てこない人がいる。それが、ご本人にはこたえているようでした。
このセリフ、私は何度も聞いています。そして聞くたびに思うんです。これは記憶力の話じゃなくて、経営の段階が一つ変わったサインなんだ、と。
私自身、小さなコンサルティング会社を経営しています。創業して5人くらいの頃は、何もかも感覚で通じていました。言わなくても意図が伝わるし、雑談の途中で方針が決まる。あれはあれで、いい時期だったんですよね。
ところが10人を超えたあたりで、空気が変わったんです。役割が分かれて、聞いていない話が増えて、「言ったつもり」が通じなくなる。多くの経営者が最初にぶつかるのが、この壁じゃないでしょうか。
じゃあ、なぜこんなにきれいに段階が変わるのか。実は人類学の世界に、ひとつヒントがあるんです。
ダンバー数とは?150という数字が示す「経営の節目」
ダンバー数という言葉、ご存じでしょうか。
英国の人類学者ロビン・ダンバーが提唱したもので、人が安定した関係を保てる相手の数は、だいたい150人が上限だ、という理論です。SNSでどれだけ友達が増えても、この数は変わらないとも言われています。
ただ、私がおもしろいと思うのは、150という数字そのものより、その内訳のほうなんですよね。
150は、3 × 5 × 5 × 2に分解できます。これを組織に当てはめると、経営者なら誰でも心当たりのある段階が見えてきます。
| 人数 | 組織の単位 | このとき起きていること |
|---|---|---|
| 5人 | チーム | 顔を見れば全部わかる。言わなくても動く。 |
| 15人 | グループ | リーダー一人が全員を把握できる、ぎりぎりの線。 |
| 50人 | 部署・事業部 | 社長の目が、もう全員には届かない。 |
| 150人 | 全社 | 仕組みがないと、信頼がバラバラに散っていく。 |
ダンバー自身も、5人を親友、15人を親密な仲間、50人を顔見知り、150人をコミュニティ、と整理しています。距離が遠くなるほど関係は薄くなる。当たり前のようですが、これが組織の中で起きると、「言ったのに伝わっていない」「決めたのに動いていない」という、あの厄介な現象になるわけです。
5人・15人・50人・150人、それぞれの壁で何が起きるか
ここからは、4つの節目で経営者がぶつかる課題を、順番に見ていきます。ご自身の会社がいまどこにいるか、思い浮かべながら読んでみてください。
5人の壁:まだ、社長の頭の中で経営できる
この段階は、すべてが社長の視界に入っています。誰が何をしているか、いま何が問題か、全部見える。判断も感覚で間に合うんですよね。
必要なのは、制度でも仕組みでもありません。「うちは何を目指すのか」を、メンバー全員が同じ言葉で語れること。それだけです。
15人の壁:「最近入った人」と話が合わなくなる
15人を超えると、創業期からのメンバーと、あとから入った人の間に温度差が出てきます。前からいる人には「言わなくてもわかる」ことが、新しい人には何も伝わっていない。ここで多くの会社が、初めてマネジメントらしいマネジメントを必要とします。
業績を数字で見えるようにする。「うちはこういう人を採る」という基準を言葉にする。この段階でそれをやっておくと、後がずいぶん楽になるんですよね。
チェックポイント:いま社内で「言わなくてもわかるだろう」と思っていること、入社半年の社員に説明できますか。できないなら、それがまず言葉にすべきことですね。
50人の壁:社長が頑張るほど、現場が止まる
これが、いちばん多くの経営者が苦しむ壁なんですよね。
50人を超えると、社長一人の目では全体が見えなくなります。それでも見ようとして、社長があらゆる会議に出て、あらゆる決裁を握る。すると今度は、社長が忙しいせいで現場が止まる、という逆転が起きるんです。
ここで必要なのは、社長が頑張ることじゃなくて、「社長がいなくても回る部分」を意図的につくることです。評価制度や会議体といった仕組みは、そのための道具なんですよね。
チェックポイント:あなたが1週間会社を空けたら、止まってしまう判断はいくつありますか。その数が、いま仕組みに移すべき意思決定の数です。
150人の壁:あなたの人柄では、もう支えきれない
150人を超えると、問われるものが変わります。「社長がどんな人か」じゃなくて、「経営チームが一貫しているか」です。
社長のカリスマや人柄で会社をもたせてきた企業ほど、ここでつまずきます。一人の魅力には、物理的な限界がありますからね。この段階で必要になるのが、CXO体制のような、経営機能を複数の人間に分けて持たせる仕組みです。
日本の伝統的な常務・専務の体制と何が違うのか。これはこれで大きなテーマなので、また別の記事で書きます。ここで言いたいのは一つだけ。150人を超えたら、経営は「個人技」から「チームの再現性」へと、性質を変えなきゃいけない、ということです。
チェックポイント:いまの経営判断のうち、「社長だから下せている」ものはどれですか。それを他の誰かが下せるようにするのが、次の課題ですね。
壁を越えるとは、信頼の「単位」を変えること
4つの壁を並べてみると、共通点が見えてきます。
どの壁も、「これまでのやり方では信頼を保てなくなる」瞬間にやってきます。そして、それを乗り越えた経営者は、信頼を広げようとするんじゃなくて、信頼の置き場所を変えているんですよね。
具体的には、こういう移り変わりです。
- 5人の頃は、人を信頼する。あの人がやるなら大丈夫、という信頼。
- 15人になると、役割を信頼する。この役割の人がここまでやる、という信頼。
- 50人を超えると、仕組みを信頼する。この制度があるから回る、という信頼。
- 150人の先では、経営チームを信頼する。自分以外の経営層が判断できる、という信頼。
「仕組み化すると、人間味がなくなる」。そう感じる経営者は少なくありません。私も、かつてはそう思っていた一人でした。
でも、15人を超えたあたりで思い知ったんです。社長が全員に朝あいさつをして、一人ひとりと雑談をしているだけで、午前中が終わってしまう。それじゃあ、肝心の仕事が進まない。
そのとき腹に落ちたのが、制度って、信頼をなくすための道具じゃなくて、信頼を続けるための道具なんだということでした。仕組みがあるから、社長が見ていないところでも信頼が成立する。これに気づいてから、私の会社もようやく次の段階に進めたんですよね。
ここまでが、組織の「かたち」の話です。
ここから先は、もう少し具体的な制度の話に踏み込みます。実は、いま見てきた15人や50人という数字、人事評価の設計にそのまま使えるんですよ。順番に見ていきましょう。
15人の壁は、評価者設計の壁でもある
さっき、15人を「リーダー一人が全員を把握できる、ぎりぎりの線」と書きました。
これ、裏を返すと、一人の評価者が部下一人ひとりの仕事ぶりを覚えていて、納得感のある評価を下せる人数の上限でもあるんですよね。私は、ここを評価者設計の出発点だと考えています。
15人を超えると、評価はどうなるか。一人ひとりの仕事の中身じゃなくて、「最近の印象」や「目立った出来事」の寄せ集めになっていきます。評価者本人に悪気はないんです。物理的に、15人分の一年間なんて覚えていられないですから。
そして、評価される側は、それを敏感に感じ取ります。
私たちが2026年5月に正社員約500名へ実施した調査では、直近1年以内に離職を検討した理由の第1位が「評価に納得できない」で、38.7%でした。かつて定番だった「労働時間が長い」は14.2%。社員の不満は、もう「時間」から「評価」へ移っているんですよね。
じゃあ、その納得感は何で決まるのか。同じ調査で、評価フィードバック面談の「時間」とのはっきりした関連が出ました。面談を受けていない社員の離職意向は48.6%。それが、30分以上の面談を受けた層では17.8%まで下がります。評価の結果そのものより、「ちゃんと説明を受けたかどうか」が、納得感を分けていたんです。
ここで、15人の話に戻ります。
一人の評価者が15人を超える部下を抱えていたら、全員と30分ずつ向き合うのは、現実には無理ですよね。だから評価者設計っていうのは、評価シートを精緻にする前に、まず「一次評価者が、一人ひとりと向き合える人数に収まっているか」を点検することなんです。
チェックポイント:あなたの会社の課長は、いま何人の部下を評価していますか。15人を超えているなら、評価制度を変える前に、その人数構造を見直す価値がありますね。
50人の壁を超えたら、管理職の役割を「分ける」
50人を超えると、社長の目が全員に届かなくなる。これはさっき書いた通りです。
このとき多くの会社が取る手は、課長や部長を増やすことなんですよね。信頼の代理人を置く、という発想です。方向は正しい。でも、ここで見落とされがちな問題があります。
その管理職は、いったい何を抱えているのか、という問題です。
日本の管理職の多くは、プレイングマネージャーです。自分の数字を持ちながら、部下のマネジメントもする。私はずっと、課長がプレイヤー業務を抱えたまま部下を評価しているこの状態を、本人の問題じゃなくて組織設計の問題だと感じてきました。で、この「二足のわらじ」は、規模が大きくなるほど破綻するんです。
それを裏づけるデータがあります。
調査会社ギャラップが2026年に公表した、スパン・オブ・コントロール、つまり管理職一人あたりの部下の数に関する調査です。マネージャー16,442人の分析と、104組織・26業種・46カ国にわたる9万を超えるチームのメタ分析という、かなり大がかりなものです。
まず目を引くのが、この数字なんですよね。調査対象マネージャーの97%が、チームを率いる以外にプレイヤー業務も抱えていた。しかも、その業務に使う時間は中央値で全体の40%。半分近くを自分の作業に取られている計算です。
問題は、その先です。
プレイヤー業務に40%を超える時間を取られているマネージャーは、エンゲージメントが下がる。そして、部下が増えるほど、その低下がひどくなる。具体的には、部下が5人未満なら36%だったエンゲージメントが、25人以上になると32%まで落ちていました。
これ、日本の現場で起きていることと、そっくりそのまま重なるんですよね。
プレイヤー業務を抱えたままの課長に、部下の数だけを足していく。向き合う時間はないのに、評価しなきゃいけない人数だけが膨らむ。さっきの評価者設計の話と、根っこは同じです。
だから、50人の壁で本当に必要なのは、管理職を「増やす」ことより、管理職の役割を「分ける」ことなんです。
評価、育成、業務管理、採用。これを全部一人の課長に背負わせる構造そのものを見直す。プレイヤー業務の比率を意図的に下げる。評価と育成に専念できる役割を切り出す。あるいはその先で、CXO体制のように経営機能そのものを分担していく。
ギャラップの調査は、最後にこう釘を刺しています。部下の数を増やすこと自体は、業績を上げる戦略にはならない。大きなチームが機能するのは、マネージャーに適性と支援があるときだけだ、と。
これは、この記事の立場とも一致します。150も15も、それ自体が限界を告げているわけじゃありません。数字は、限界の宣告ではなく、設計の出発点です。自社の管理職が、いま何をどれだけ背負っているのか。そこから始める。それが、壁を越えていく経営だと思うんですよね。
チェックポイント:あなたの会社の管理職は、自分の時間の何割を、自分の作業に使っていますか。半分を超えているなら、その人に部下を足す前に、役割の切り分けを考えるときですね。
いま、あなたの会社はどの壁にいるか
5人の情熱か、15人の戸惑いか、50人の制度化か、150人の分権化か。
経営の壁は、いわば組織の成長痛です。乗り越えるには、信頼の「量」を増やそうとするんじゃなくて、信頼の「構造」を変える覚悟がいる。これは、私自身への戒めでもあります。
そして、どの壁でも出発点は同じなんですよね。自社の人数構造を、正直に見つめ直すこと。
あなたの会社の管理職は、いま何人の部下を抱えて、自分の時間の何割を自分の作業に使って、その人たちと年に何時間向き合えているでしょうか。この3つの問いに数字で答えてみると、次に手をつけるべき場所が、たいてい見えてくるはずです。
この記事のテーマをさらに掘り下げたい方は、以下もあわせてご覧ください。
- 評価制度設計総合:一次評価者が納得感のある評価を下せる、シンプルで運用しやすい評価制度の設計について。
- 役割等級制度設計:管理職の役割を整理し、人件費とポストを最適化する等級設計について。
- 次世代CXO体制デザインプログラム:150人の壁の先、「信頼の代理人」を配置する経営チームの設計について。
参考文献・出典
- Gallup「Span of Control: What’s the Optimal Team Size for Managers?」(2026年1月)
- セレクションアンドバリエーション株式会社「離職検討と人事評価に関する意識調査」(2026年5月実施・正社員500名)

