あなたの会社の人事制度は、誰の承認を得るのか──人事コンサルの選び方

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

人事コンサルタント、あるいは人事コンサルティングファームの選び方を検索すると、会社の一覧と費用相場を基準にした記事が多数みつかります。
しかし私は、それらの記事では、本当に貴社が求める人事コンサルティングファームを選べないと考えています。
人事コンサルティングは買う前に品質を測れない商品であり、比較の土俵そのものが成立しないからです。
本稿では会社名を並べる代わりに、自社の人事制度を、最終的に誰が納得し、承認するのかという一点から出発し、必要なファームの型を導きます。
(費用相場は私の感覚値として後の方でご紹介しています。)

この記事の要点
  1. コンサルティング市場には参入障壁も標準資格もなく、品質を事前に測れない。だから価格ではなく、知り合いなどからの伝聞情報で選ばれることがこれまでの基本(Glückler & Armbrüster, 2003)。
  2. 企業がファームを呼ぶ動機は、能力の調達だけではない。決めたことを外からお墨付きをもらう、という第二の動機がある。
  3. お墨付きは、誰が納得し、承認するかによって、頼むべき相手が変わる。だから自社にとって最適なコンサルティングファームを決める理由を言語化しづらい
  4. 人事改革を考え始めるスタート地点は、環境や戦略の変化に伴う、人材に対するミスマッチの感覚。それらを解決する手段は行動変革・人材代謝・制度設計の三つ。組織変革のメタ分析が示すのは、成果が出るのはこれら複数の手段を同時に実施したときだということ(Macy & Izumi, 1993)。
  5. あなたの会社のニーズは、誰に納得してもらうかによって、五つに分かれる。グローバル展開型、上場・ガバナンス型、オーナー・同族型、PEファンド傘下型、多ステークホルダー型。多くの日本企業は複数のニーズを持っている
  6. 行動変革はほぼ全類型で必要になるが、違うのは「どのステークホルダーとすり合わせる必要があるか」である
  7. 制度設計は、五類型のすべてで必要になる。 中核に据える型は説明相手によって変わるが、等級・報酬・評価を決める作業だけは、どの類型でも避けられない。

五類型と、必要なファームの組み合わせ(早見)

  • グローバル展開型(各国当局と本社戦略に納得してもらう):グローバル総合型を中核に、本社に向けたファシリテーション型を必ず添える
  • 上場・ガバナンス型(投資家に納得してもらう):ガバナンス報酬型を中核に、制度設計型で一般社員層まで接続する
  • オーナー・同族型(創業家に納得してもらう):制度設計型と承継・資本型を組み、ファシリテーション型で中堅層に働きかける
  • PEファンド傘下型(ファンドに納得してもらう):制度設計型と労務法務型を組み、速度を優先する
  • 多ステークホルダー型(納得すべき相手が一人ではない):ファシリテーション型を中核に、制度設計型で裏づける

お気づきかもしれませんが、制度設計型は五つすべてに登場します。 中核が変わっても、等級と報酬と評価を決める作業は残るからです。


目次

第1部 なぜ、比較して選べないのか

  1. 人事コンサルティングファームの良し悪しは、事前に見分けられません
  2. 企業がコンサルティングファームに委託するに至る二つの理由
  3. 人事改革の起点は、ほぼ例外なくミスマッチ
  4. 組織変革の研究が示すのは「同時に動かす」こと

第2部 自社はどの類型か。どのファームと組むか

  1. あなたの人事制度は、誰が納得し、承認するのか
  2. 人事コンサルティング会社の比較軸|六類型を二つの軸で並べ直す
  3. ① グローバル展開型:最大の壁は法律ではなく、本社の感情です
  4. ② 上場・ガバナンス型:報酬の決定方針が、投資家への説明対象になりました
  5. ③ オーナー・同族型:型にはまった人材は、事業モデルがそう求めたからです
  6. ④ PEファンド傘下型:人事リスクは、そのまま企業価値に跳ね返ります
  7. ⑤ 多ステークホルダー型:合意形成そのものが、成果物になります
  8. マッチング早見表と、ひとつの発見

第3部 発注前に確かめること

  1. どの類型でも避けられない、代謝の適法性
  2. 人事コンサルの費用相場|差は実力ではなく範囲です
  3. 人事コンサル選定時の提案書は、三つの問いで読んでください
  4. 生成AIによる推薦は、新しい「紹介」なのかもしれません
  5. 決めるべきことは、三つあります
  6. よくあるご質問

※自社の類型がすでに見当ついている方は、第2部の該当箇所(7〜11)と、マッチング早見表からお読みいただいて差し支えありません。


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人事コンサルティングファームの良し悪しは、事前に見分けられません

いきなり身も蓋もない話から始めると、人事に限らず、コンサルティングという商品は、買う前に品質を測れません。
依頼して、協同でプロジェクトを実施して、そしてようやく自社にあっているかどうかがわかるサービスです。

これは私の実感ではなく、様々な研究が指摘してきたことです。
組織研究者のグリュックラーとアームブリュスターは2003年の論文で、コンサルティング市場には二つの不確実性があると整理しました。
ひとつは制度的な不確実性。この業界には参入障壁がなく、品質を保証する標準的な資格認定も存在しません。
もうひとつは取引上の不確実性。プロジェクトが始まってからでないと、相手の実力はわからないという問題です。

その結果、何が起きるのか。
二人の研究者が示したのは、この市場では価格も品質期待も競争の主軸にならない、ということでした。
特に選定基準の重要度を比べると、費用を最優先して選ばれているわけではない、という事実も見えてきます。
代わりに選定において優先されているのは、過去に一緒に仕事をした経験からくる信頼と、知り合いなどからの伝聞情報です。

だからこそ、コンサルティングファームを「紹介で決めた」というのは、ごく当たり前のことです。
品質が事前に測れない市場では、それが合理的ですし、私自身も、自分が発注する側なら同じことをするでしょう。

ただし、紹介などで発注先を決めることには、目に見えづらい副作用があります。
それは、最適な委託先を選べない可能性についての副作用です。

先ほど示した論文でも、既知のファームより高い成果を出せる相手がいたとしても、取引の履歴がないという理由だけで、その相手が候補に入らないという問題を指摘しています。

この記事の最後に記しますが、その副作用を避けるための手段の一つとして今、生成AIの活用があげられています。
ただ、そこに至るまでにまず、なぜ多くの企業が自社で解決せず、コンサルティングファームに業務を委託することになるのか。その理由の分析から入っていきましょう。


企業がコンサルティングファームに委託するに至る二つの理由

企業がコンサルティングファームに業務を委託しようと考える理由は、実は一つではありません。
マッティラらの研究(2019)が示すように、発注の動機は一様ではなく、少なくとも次の二つのものが混在しています。

一つめは、能力の調達です。
自社にない技能を買う。
人事コンサルティングで言えば、制度設計の技術、対話の設計技術、各国法務の知識。
これらは分かりやすい理由ですし、特に社内に十分な知見がない場合や、あったとしても工数が足りない場合に優先されるポイントです。

二つめは、お墨付きの調達です。
決めたことを、外部の目で裏づけてもらう。
「第三者の専門家が検証した結果です」と言える状態を作る。
表立って語られることは少ないのですが、実務ではむしろこちらが大きいことが少なくありません。
弊社が選ばれる際にも、例えば代表である私(平康慶浩)の経験年数や、具体名を挙げられる企業の実績であったり、経営大学院で10年以上登壇しているという実績などがあった、という事情を話されることがあります。

さて、ではそのお墨付きは、誰が納得し、承認するものなのか。実はそれによって、頼むべき相手が変わります。

上場企業が投資家に説明するなら、投資家が名前を知っているファームの検証が要ります。
オーナー企業が創業家に説明するなら、創業家が信頼する人物の言葉が要ります。
海外に拠点があるなら、その国で通用する体裁が要ります。

だから、自社にとって最適なコンサルティングファームは、一律には決まりません。
同じ内容の提案書でも、それで納得する人が違うからです。

この視点は、実務でよく見る現象を説明します。
なぜ一部上場企業の変革時には、大手ファームが選ばれ続けるのか。
それは必ずしもコンサルタントの能力が高いから、というだけではありません。
投資家と取締役会がひとまず納得する看板を、あらかじめ持っているからです。
それ自体は看板への盲信ということではなく、合理的な選択でもあります。


人事改革の起点は、ほぼ例外なくミスマッチ

ステークホルダーとして誰がコンサルティングファームの選択に納得するかという話に入る前に、何のために改革を考えるのか、という中身の側を押さえておきましょう。

人事コンサルタントとして三十年以上の経験の中で、人事制度を変えたいというご相談の背景が驚くほど共通していることに気づきました。

それは変化がきっかけだということです。

環境が変わった。
事業の勝ちパターンが変わった。
その結果、いま必要な人材像と、いま社内にいる人材の分布が、ずれてしまったということが人事変革のきっかけです。

このずれの中身は会社によって違います。
求められる専門性が変わったので、新たな専門人材が欲しいという場合があります。
また、管理職の平均年齢が上がりすぎたため、若い世代に刺さるマネジメントができる人材が欲しい、という場合があります。
あるいは、現場作業を適切に進める優秀社員は多いけれど、新たに事業を作れる人がいないことに気づいたとか。
また、専門性の高い若手が三年で辞めていくことに対応したい、なども。

このようなきっかけは並べればきりがありませんが、構造は同じです。事業ニーズと人材とのミスマッチです。

人事改革を考え始めるスタート地点は、いつもこのズレが認識されることです。
そして、このミスマッチを解決する手段は三つしかありません。

一つめは、いまいる人の行動を変えることです。 意識行動変革、組織開発と呼ばれる領域です。

二つめは、人を入れ替えることです。 採用し、登用し、配置を変え、そして一定の割合で退いていただく。採用基準と代謝基準の変更などを含みます。

三つめは、仕事の側を変えることです。 職務を定義しなおし、等級と報酬と評価をつなぎなおし、組織の形を変える。まず制度設計を行ったうえで、その先の浸透を図る領域です。

これらの三つの手段を私は「行動変革・人材代謝・制度設計の三手段」と呼んでいます。人材ミスマッチを解消する方法は、原理的にこの三つに尽きます。
そして現実の改革は、この三つを同時に、かつ総合的に進めることで実現します。どれか一つだけをやってみて成果が出る、ということはまずありません。


組織変革の研究が示すのは「同時に動かす」こと

三つの手段のどれか一つの変革だけで、変化に対応した人材のミスマッチが解消した、ということはほぼありません。
そしてそのことについて実証した研究があります。
メイシーとイズミが1993年に発表した、組織変革のメタ分析です。
多数の研究から品質基準で絞り込んだ実地研究を統合し、複数の介入手法の効果を比較したものです。

結果として、チーム開発や自律的な作業チームの導入が財務成果への効果で上位に来たことが知られています。

ただ、私が重要だと考えているのは、その先です。

グッツォとディクソンによるこの分析のレビューは、要点をこう要約しています。
財務指標の改善が最も大きくなるのは、組織構造、人事施策、技術という複数の側面を同時に変えたときである、と。

単独の介入では、変化への対応は十分ではない、ということであり、現場感覚としても、そのとおりです。

たとえば丁寧なワークショップを重ねて、管理職が本気で変わろうとした会社を何社も見てきました。
その都度、手応えもある。
ところが半年後に現場を見てみると、ワークショップ前に戻っている。

なぜか。

評価と処遇が何も変えなかったからです。
新しい行動を取った人が報われず、従来どおりに振る舞った人と同じ評価だった。
それを一度経験すると、人は元の行動に戻ります。当然です。

逆のパターンもあります。緻密な役割等級制度を作り、給与テーブルも整えた。
ところが運用が始まると、上司は誰も部下と対話をしない。
制度は「こういう行動をとってよい」という許可を与えますが、実際に行動を起こさせる力は持っていません。

制度は理由をつくり、対話は行動を起こす。片方だけでは足りない。

これが、一社では足りない理由の一つめです。そしてもう一つ、別の理由があります。


あなたの人事制度は、誰が納得し、承認するのか

実は今回の私のインサイトの本題はここからです。

どんな改革を進めるべきか。そのためにどんな人事コンサルティングファームを選ぶべきか、という会社のニーズを区分する際の検討軸は、実は規模や業種ではありません。
従業員1000人という規模は同じでも、それがステークホルダーが複雑な上場企業なのか、オーナー系非上場企業なのかによって、人事改革の進め方がまったく違います。
検討軸において重要なのは、その会社の人事制度を、最終的に誰が納得し、承認するのかです。

この変革の承認者の観点から、人事改革を進めてゆきたい企業を、五つのタイプ(型)に分けることができます。

類型誰が納得し、承認するか人事の中心的な問い
① グローバル展開型各国の労働法制と労使協議、本社の事業戦略世界で通用する人材をどう獲得するか。本社人事と現地人事をどうつなぐか。本国流の論理に根ざした感情の葛藤をどう越えるか
② 上場・ガバナンス型投資家、資本市場、指名報酬委員会経営戦略と人材戦略をどうつなぐか。すでに獲得した優秀人材をどう動機づけ続けるか。戦略転換に伴う行動変革をどう起こすか
③ オーナー・同族型創業家、一族の理念、承継の論理型にはまった人材を挑戦する人材へどう変えるか。一族経営に貢献する生え抜き幹部をどう育てるか。地域ごとに異なる働き方と報酬水準にどう対応するか
④ PEファンド傘下型ファンド、投資委員会、EXITの期限限られた保有期間で人事が戦略にどう貢献するか。労務・人事リスクを財務面からどう取り除くか。短期の成果を求める経営陣の報奨をどう組むか
⑤ 多ステークホルダー型単一でない。 従業員、労働組合、議会、住民、理事会、卒業生、地域複雑な利害関係者の合意をどう形成するか

そして、ここが実務でいちばん効く指摘です。

この五つの区分は、排他的ではありません。

日本の上場企業のうち、およそ半数が同族経営とされています。
非上場も含めれば9割以上がファミリービジネスです。日本は世界有数の同族企業大国です。

つまり、多くの日本企業は②と③のニーズを同時に背負っています。
投資家に対しては合理性を説明しなければならず、同時に創業家に対しては理念の継承を説明しなければならない。海外展開していれば①も関わってきます。ファンドが入れば④も追加されてしまいます。

厄介なことに、この説明相手たちは、しばしば逆の答えを求めます。
投資家は実力主義への移行を評価し、創業家は長年仕えた古参幹部の処遇を気にする。
どちらも正当な要求です。どちらかが間違っているわけではありません。

これらを総合的に勘案するとなると、一社のコンサルティングファームでは足りない場面も出てきます。
たとえば③オーナー・同族型を納得させる制度設計は、オーナーの意思決定に寄り添いながら設計を進めることを得意とするA社に頼むけれど、継続的な組織開発はファシリテーションを得意とするB社に頼む、などです。


人事コンサルティング会社の比較軸|六類型を二つの軸で並べ直す

では実際に業務を委託する、人事コンサルティングファーム側の類型も紹介しましょう。
「どんなサービスを提供できるか」に加えて、「誰を納得させられるか」ということを示します。
また、それぞれの変革推進における「中核的な限界」を併記します。

動かせる手段納得させられる相手中核的な限界
ファシリテーション型(組織開発)行動従業員・現場に対して処遇と代謝を動かせない。制度の裏づけがないと戻る
制度設計型(独立系・シンクタンク)設計→行動社内の論理整合、戦略との接続外部の権威としての知名度は限定的
グローバル総合型(外資系・大手監査法人系)設計、大規模な代謝各国当局、本社、投資家国内オーナー企業の意思決定の作法に合わない
ガバナンス報酬型(役員報酬・開示特化)設計(役員報酬・開示)投資家、指名報酬委員会一般社員層の等級・評価まで降りてこないことがある
労務法務型(制度設計をする社労士法人)代謝の適法性労働基準監督署、労働組合、裁判所戦略から等級を引き出す上流設計
承継・資本型(事業承継・資本政策系)代謝(承継そのもの)創業家、相続・税務一般社員の制度設計は範囲外

これに加えて、同じ土俵では比較されにくいものの、実務では深く関わる補完型のファームが二つあります。
一つは、人材紹介会社などの、人を外から連れてくる探索・評価型のファームです。
そしてもう一つは、運用の器を作る実装型の、HRテックファームです。
探索・評価型は代謝の入口を担いますが、受け入れ側の等級と処遇が整っていなければ人は定着しません。
実装型も、制度の思想が先にないと箱だけが残ります。いずれも、上の六つと組んではじめて効きます。

この表で大事なのは右の二列です。どの型にも、原理的に届かない相手と、動かせない手段がある。 それを承知したうえで組み合わせるのが、発注側の仕事になります。

ここで一点、混同されやすい区別を書いておきます。「何を設計できるか」と「誰を納得させられるか」は、別の軸です。

役員報酬制度と開示対応の設計そのものは、制度設計型のファームにも手掛けられるものがあります。手法の問題だからです。しかし、指名報酬委員会や取締役会で「この検証を経ています」と言ったときの通りやすさは、設計能力とは無関係に、その会社の名前が持つ知名度で決まります。

ですから、制度設計型がガバナンス報酬の領域まで手掛けられるようになったとしても、**「外部の権威としての知名度は限定的」という限界は解消しません。**能力を足しても権威は増えないからです。

発注側にとって重要なのは、自社がどちらを必要としているかを見極めることです。**看板が必要なのは、実は投資家に対してではありません。**有価証券報告書に設計を担当したファームの名前が載るわけではないからです。看板が効いているのは、社内の決裁過程です。社外取締役が多く、外部ベンチマークへの信頼が制度として組み込まれている会社ほど、著名なファームの検証があるかどうかで議論の進み方が変わります。逆に、経営陣や創業家が実質的に決めている会社では、看板よりも個人への信頼のほうが効きます。

なお、六つの型のうち制度設計型だけは、後ほど述べるとおり、どの類型でも組み合わせの中に入ってきます。等級と報酬と評価を最終的に決める作業は、誰に説明する場合でも避けられないからです。

ここから、五つの類型それぞれについて具体的に見ていきます。


① グローバル展開型:最大の壁は法律ではなく、本社の感情です

グローバル展開を進めるなど、海外に多くの拠点がある場合に真っ先に検討されるのが、総合型のグローバルファームです。
その際にまず議論されるのは、各国の労働法制と労使協議の実務に対する知見などです。

たとえばヨーロッパに展開する企業では、EUの賃金透明性指令への対応が求められています。

この指令は2023年5月に採択され、加盟国は2026年6月7日までに国内法にする義務を負っていました。
ところが期限を過ぎた現在も、各国の進み具合はばらばらです。導入措置に着手していない国がいくつも残っており、法案を公表したうえで、雇用主の事務負担が過大だとして検討そのものを停止した国もあります。

さらに厄介なのが男女間賃金格差の算定方法は、EU全体で統一されない見込みです。各国が独自のやり方を取ると予想されています。
本社で一律の職務評価と等級体系を設計し、各国に配って終わり、というやり方は成立しません。
同一価値労働をどう定義し、格差をどの粒度で算定し、一定の格差が確認されたときに労働者代表とどう協議するか。それが国ごとに違うからです。

世界で通用する人材を、どの仕組みで獲るのか

ただし法務は入口にすぎません。グローバル展開型の本丸は、タレント人材の獲得と活躍のための場づくりです。

世界で通用する人材を獲るには、報酬水準を現地市場に合わせる必要があります。
ところが日本の本社は、国内の給与テーブルとの整合を気にします。
現地で採るべき人材の相場が、本社の部長級を超えることは珍しくないにも関わらず、です。

その結果、本社人事と現地人事との対応をしっかり進める必要がでてきます。
等級は共通にするのか、国ごとの裁量を許容するのか。
評価のプロセスやスケジュールはそろえるのか。
昇格の決裁権は誰が持つのか、などなど。

これらの基準を曖昧にしたまま各国対応を個別に行っていくと、あとから制度をすり合わせるコストが跳ね上がります。
よくあるのは、現地法人を立ち上げて、現地の責任者を選んだあとはその人に任せてしまうパターンです。
そしてその結果、10年がすぎてガバナンス上の問題が明らかになったり、作業品質が確保されなかったり、人材流出などが頻繁に起きたりして、頭を抱えることになります。
実際そういう相談を、セレクションアンドバリエーションでも受けることがあります。

本国流の論理が、最大の障害になります

また、グローバル展開している企業でいちばん厄介なのは、制度ではありません。感情です。

この論点には、五十年以上の研究の蓄積があります。パールマターが1969年に示したEPRGの枠組みです。
多国籍企業の経営志向を、本国中心、現地中心、地域中心、世界中心の四つに分けたものです。
本国中心の志向では、海外子会社は本社の方針と手続に従うことが前提になり、本国出身の社員のほうが事業をうまく回せるはずだという前提が経営陣に残ります。
日本企業は特にこの傾向が強い、と言われています。

注目していただきたいのは、その論文の題名です。
原題は “The Tortuous Evolution of the Multinational Corporation”。「紆余曲折を経た進化」という意味です。
本国中心から現地中心、そして世界中心へ移る必要がある、とパールマターは述べています。
同時に、その道が平坦でないことを、題名そのもので示していました。

さらに言えば、このように半世紀前に指摘された論点が、いまも解消していません。

なぜなのかといえば、まさにこれが感情の問題だからです。
本国で経営がうまくいったからこそ海外展開を考える企業が大半です。その際に、それらの経験を踏まえた経営者の感情に対する整理が必須となるのです。
日本でうまくいったやり方を、アメリカに持ち込んだら否定されてしまった。
そしてアメリカのやり方で展開したら、アメリカ拠点の実績が本社を上回ってしまった、という場合などです。
そのような状況を素直に喜べない経営者は、確実に存在しているからです。

だからここで必要になるのは、制度設計ではありません。
本社側における意識・行動変革です。 各国法務に強いファームを呼んでも、本社人事部が自国だけに特化した人事の前提や経験を手放せなければ、設計は現地で空回りします。

対話の設計を、現場ではなく本社に向けて入れる。
この発想は、あまり提案されません。しかし私は、グローバル展開型で最も効く一手だと考えています。

なお、海外赴任者の評価・報酬設計は現地従業員との比較可能性に直結します。ここも早めに手を打っておく領域です。


② 上場・ガバナンス型:報酬の決定方針が、投資家への説明対象になりました

上場企業の人事制度は、投資家に対して説明されなければなりません。そしてこの領域は、いままさに、東京証券取引所を中心に、リアルタイムで各種制度が動いています。

2026年3月期以降の有価証券報告書から、人的資本の開示が拡充されました。
新たに義務づけられたのは三つです。
連結ベースの経営方針・経営戦略と関連付けた人材戦略。それを踏まえた従業員給与等の決定方針。そして平均年間給与の前年度比増減率。

三つめは数字を出すだけですが、一つめと二つめは違います。
報酬制度の決定方針そのものが、投資家への説明対象になったということです。
2023年からの開示義務化以降、経営戦略の実現に向けた人的資本投資が行われているかを示す開示が不十分だという指摘が続いていました。その反映です。

ですから上場・ガバナンス型では、人事戦略の策定そのものが開示物になります。
中核に置くべきはガバナンス報酬型ですが、注意すべき点が一つ。
役員報酬に強いファームが、一般社員の役割等級まで降りてこないことが少なくありません。
役員報酬と社員の等級が別々の論理で作られている会社は、驚くほど多いのです。
開示で問われるのは全社の一貫性ですから、ここは制度設計型で補う必要があります。

このとき、補完に入る制度設計型が、役員報酬の設計論理を理解しているかどうかで、接続の質が変わります。

役員報酬は、業績連動の設計思想と、株主から見た説明可能性を前提に組まれます。一般社員の等級は、社内の職責の序列と労働法制の制約を前提に組まれます。**この二つは前提が違うので、接続には両方の前提を理解している必要があります。**片方しか知らない相手が接続すると、役員層と管理職層の間に説明のつかない断層が残ります。開示で問われるのはまさにその一貫性です。

補完のファームを選ぶ際は、一般社員の等級設計の実績だけでなく、役員報酬の設計にも関わった経験があるかを確認してください。

本丸は、すでに獲得した優秀人材の動機づけです

ただ、上場企業の人事の中心的な課題を人的資本の情報開示だと考えると、本質を外します。

本丸は、すでに社内にいる優秀な人材を、どう動機づけ続けるかです。

上場企業は、採用に投資してきました。優秀な新卒社員を毎年数多く選び、中途でも経歴と意欲の高い人材を集め、実務と座学を織り交ぜながら、経営人材の候補も抱えている。
人材は、すでにいるのです。問題は、その人たちが戦略転換についてこられるかどうかにあります。

事業ポートフォリオを組み替える。
主力事業を縮小し、新領域に人を寄せる。
このとき、旧主力で成果を出してきた優秀人材が、いちばん強く抵抗します。無能だからではありません。
これまでの成功体験が、そのまま抵抗の根拠になるからです。しかも彼らは市場価値が高いので、納得しなければ静かに辞めます。

だから、行動変革がここでは本丸になります。開示対応の副産物ではなく、それ自体が目的です。

ピープル&カルチャーは正しい。正しすぎるのが問題です

こう整理すると、近年の動きが違って見えてきます。

人事部門の呼称を「ピープル&カルチャー」に変える企業が増えました。人にフォーカスし、文化を浸透させることを部門の役割と規定する考え方です。

この改称は、上場・ガバナンス型では正しい。 既存の優秀人材の行動を変え、引き止めることが本丸なのですから、人と文化を前面に置くのは筋が通っています。
開示のための人的資本指標を改善するにも、土台の文化を変える必要があります。

ただ、正しすぎることが、別の問題を生みます。

「ピープル&カルチャー」という名前は、三手段のうち行動変革を公式議題に押し上げる一方で、人材代謝を口に出しにくくします。

人と文化を掲げた部門が、会議で「この層の人員を入れ替えましょう」と言えるでしょうか。
言えなくはない。
けれども、自己矛盾にも見えてしまいます。組織として掲げたミッションを否定するようにも見えてしまうので、結果として、タスクからそれらが漏れてしまいます。
そして、行動変革が本当に正しい打ち手であるがゆえに、人員代謝が行われていないことに誰も気づきません。

しかし、本質的にミスマッチが生じている人材が雇われ続けてしまい、また教育だけでは何ともならない人材の不足が埋められない。
それらは見過ごされたままで、ただ計画が未達になる要因になってしまうのです。

このような状況が、悪意や怠慢で生じるのではなく、正しい選択によって起きてしまうことが問題です。
改称した組織名称が、タスクそのものの限界を規定してしまうという、それだけの話です。
正しい方向に進んでいるときほど、こういう死角は見えません。


③ オーナー・同族型:型にはまった人材は、事業モデルがそう求めたからです

創業家が実質的な決定権を持つ会社では、人事制度は最終的に創業家の承認を得ます。ここは、外資系の総合型ファームが持つ強みを発揮しにくい領域でもあります。

理由はコンサルタントの能力ではありません。意思決定の作法が違うからです。
半年かけて緻密に積み上げた設計が、オーナーの一言で前提から覆る。
それが起こりうることを織り込んだ進め方をしないと、プロジェクトが空中分解します。ベストプラクティスを持ち込むほど機能しなくなる、という逆説がここにはあります。

「うちの社員は挑戦しない」は、半分は経営からの責任転嫁です

オーナー企業の経営者から、いちばんよく伺うお悩みがこれです。社員が型にはまっている。言われたことはやるが、自分から動かない。

そんなお悩みに対して、私はその原因を作ったのは、これまでの成功体験ですよと申し上げるようにしています。

特に長く続くオーナー企業には、安定した事業モデルを長く保ってきた会社が多い。
特定の顧客、特定の技術、特定の地域で、着実に成果を上げてきました。
その事業モデルが、社員に型を要求してきたのです。
決められた品質を、決められた手順で、間違いなく出す。
それが評価される環境で二十年働けば、人は型にはまります。当たり前です。

つまり「うちの社員は挑戦しない」という嘆きは、半分は経営側からの責任転嫁なのです。
挑戦を求めてこなかった仕組みが、挑戦しない人材を作っただけなのですから。

この部分を認めるところから始めないと、人事の変革は精神論になってしまいます。
「意識を変えろ」と言われた社員は、二十年間評価されてきた行動を否定されたと受け取ります。抵抗するのが自然です。

だから、オーナー・同族型でも行動変革が要ります。ただし対象は現場の若手ではなく、中堅から幹部層です。
そして必ず、評価と処遇の側に「挑戦した人が報われる」経路を同時に作る必要があります。挑戦して失敗した人が減点される制度のままで、挑戦を求めても無理があります。

生え抜き幹部をどこまで昇進させるのか。それは資本の問題です

もう一つ、あまり語られない論点があります。一族と生え抜き社員との処遇の断絶です。

オーナー企業で優秀な生え抜き社員が辞めていくとき、直接の理由は給与ではないことがほとんどです。
「自分はどこまで行けるのか」が見えないことが大きな理由です。
オーナー企業だからこそ、取締役になるのは一族の人だけ。
生え抜き社員はその手前までは行けるが、そこから先はない。それが明示されていればまだしも、曖昧なまま何年も立場を据え置かれると、モチベーションを下げるイエスマンになるか、新たな活躍場所を探すようになります。

ここで申し上げたいのは、等級の上限をどこに置くかは、実は資本政策の問題であるということです。

生え抜きの幹部をどの等級まで上げるのか。役員に登用するのか。するなら株式は持たせるのか。持たせないなら、何をもって報いるのか。
これは人事制度の設計であると同時に、承継と資本構成の設計です。だから制度設計型と、承継・資本型を組む必要があります。

「地方だから安く済む」という前提が崩れています

三つめは、国内の地域差です。上場企業本社は首都圏に集中していますが、オーナー企業は広く日本中に散らばっています。もちろん割合としては都市部が多いのですが、政府の後押しとして、地方本社の中堅企業を支援する動きなどもあり、地方においてこれからの成長が見込まれる可能性も高いでしょう。

そんな中で、地域ごとの賃金差の構造そのものが変わりつつあります。

地域別最低賃金は、都市部と地方の差が長く問題にされてきました。ところが2026年度の改定では、ランク別の引き上げ額の目安が、経済規模の大きい都市部よりも地方のほうを大きく設定する配分になりました。各都道府県の答申も、おおむねその方向で進んでいます。

都市部より地方の引き上げ幅が大きい。 地域間格差は、政策的に縮小へ向かっています。

意味するところはなかなかシビアです。
「地方だから人件費は安く済む」という前提が崩れつつあるのです。
地方に本社を置く企業は、コスト構造の見直しを迫られます。
しかも同じ会社で東京と地方の拠点を持てば、内部の地域差をどう説明するかという問題が立ち上がります。
地域手当をいくらにするのか。転勤者の処遇はどうするのか。
給与テーブルの設計で、いま最も相談が増えている論点です。

なお、この領域は私どもが正直に「得意である」と申し上げられる場所です。
当社は大阪に本社を置き、東京・名古屋に支社を構えています。
首都圏の視点からではなく、地方に本社を置く企業の側から地域間の賃金構造を見てきた蓄積があります。
同じ会社の中に東京と地方の拠点があり、その内部差をどう説明するかという相談は、ここ数年でとくに増えています。


④ PEファンド傘下型:人事リスクは、そのまま企業価値に跳ね返ります

ファンドが株主になった会社では、EXITの期限がすべてを規定します。三年から五年。その中で成果を出さなければなりません。

PEファンド傘下型には、他にはない論点が三つあります。

保有期間のなかで、人事が戦略にどう貢献するか

まず、時間の制約です。通常の人事制度改革は、設計に少なくとも半年をかけ、その成果を確認するのに一年は要します。評価の1サイクルが回る必要があるからです。
従業員規模が増えると、設計に1年をかけ、浸透に2年をかける場合もあります。そうなると人事改革に要する期間がファンドの保有期間とほぼ同じです。悠長に構える余地がありません。

ですから、ファンド傘下の会社では優先順位を絞る判断が求められます。すべてを直そうとすると、EXITに間に合わない。
だからこそ、事業計画の達成に直接効く部分だけを選び、残りは次の株主に引き継ぐ。この割り切りができるかどうかが、実務の分かれ目です。

そして最大の落とし穴は、人事が最初の100日計画に入っていないことです。
事業計画とコスト削減の議論が先に走り、人の話は後回しになる。気づいたときには、キーパーソンが辞めています。

労務リスクは、簿外の債務です

二つめが、PEファンド傘下型に固有の論点です。労務・人事のリスクを、財務の側から取り除くこと。

未払いの残業代。
社会保険の適用漏れ。
実態を伴わない管理監督者の扱い。
名目だけの裁量労働制。
これらはすべて、貸借対照表に載らない債務です。そして買い手は、それを企業価値の評価から差し引きます。

ここが他の類型と決定的に違うところです。通常の会社にとって労務リスクは「対処すべき課題」ですが、ファンド傘下の会社にとっては「価値を毀損する深刻な問題」です。
放置した分だけ、売却価格が下がります。

だから人事デューデリジェンスとPMIは、法務の作業であると同時に財務の作業になります。
そしてよく起きるのが、買収前のデューデリジェンスで洗い出した論点が、統合後の実務に引き継がれないことです。担当が変わり、資料が引き出しにしまわれ、同じ問題が売却時にもう一度出てくる。何度も見てきました。

なお当社では、この論点をM&Aアドバイザリー会社と連携して、売り手側の人事デューデリジェンスという形で提供しています。買い手が価値評価から差し引く前に、売り手側で人事リスクを洗い出し、解消可能なものは解消しておく。買収後のリスク摘出を目的とした従来型の人事DDとは、目的も時期も逆になります。ファンドの保有期間中に着手しておくべき領域です。

経営陣の報奨は、短期に寄せすぎると組織が壊れます

三つめは、経営陣に対する報奨の構造です。ここは軽く触れるにとどめます。

短期の成果を求める以上、報奨は短期の業績に連動させることになります。それ自体は筋が通っています。ただ、寄せすぎると副作用が出ます。
人材への投資が止まり、採用が絞られ、EXITの直前だけ数字が良い会社ができあがる。
売った後に残る組織の存続が危うくなります。

どこで釣り合いを取るか。通常の役員報酬設計とは別の判断が要る領域です。


⑤ 多ステークホルダー型:合意形成そのものが、成果物になります

最後の類型が、実はいちばん難しいと私は考えています。

支配的オーナーがいなくなった分散所有型の企業、地方公共団体、学校法人。これらに共通するのは、納得し、承認すべき人が一人ではないことです。

上場企業には投資家がいます。オーナー企業には創業家がいます。ファンド傘下には投資委員会があります。いずれも、最終的に納得してもらうべき相手がはっきりしている。
ところが多ステークホルダー型には、それがありません。

従業員がいて、労働組合がある。自治体なら議会があり、住民がいる。学校法人なら理事会があり、教職員があり、卒業生の会があり、地域の目もある。
誰か一人の承認では、何も動きません。

そのため、多ステークホルダー型では外部の権威が効きません。「有名なファームがそう言ったから」は一切通用しない。むしろ、外部のファームを入れたこと自体が不信の対象になることさえあります。

だから、対話が成果物になります

他の四類型では、対話は制度を動かすための手段でした。多ステークホルダー型だけは違います。合意形成そのものが、成果物です。

制度案の精緻さより、その案がどういう過程を経て出てきたかが問われます。誰の意見が聞かれ、どこが修正され、なぜその結論に至ったのか。過程が説明できなければ、どれほど良い案でも通りません。

ですから、ファシリテーション型を中核に置きます。他の類型では補完だった型が、ここでは主役になります。
そのうえで、合意された内容を制度に落とす制度設計型を組み合わせる。
順序も逆なのです。設計してから説明するのではなく、対話しながら設計します。

時間はかかります。他の類型の一・五倍から二倍を見ておくべきでしょう。
それを短縮しようとすると、必ず後で差し戻されます。気づきを促すワークショップのような場の設計が、多ステークホルダー型では投資対効果の高い一手になります。


マッチング早見表と、ひとつの発見

五類型を並べると、見えてくるものがあります。

手段の配合

あなたの会社の類型行動変革人材代謝制度設計誰とすり合わせる必要があるか
① グローバル展開型本社の人事部門と経営層
② 上場・ガバナンス型中(議題化しにくい)既存の優秀人材、管理職層
③ オーナー・同族型中(承継として)型にはまった中堅・幹部層
④ PEファンド傘下型(報奨で動かすため比重は低い)
⑤ 多ステークホルダー型最高中〜高(合意内容を残す器として)すべての利害関係者

配合は類型ごとに変わりますが、制度設計の欄だけは、どの類型でも「中」を下回りません。 行動変革や人材代謝の比重は類型によって大きく上下するのに、設計だけは常に必要になる。理由は後述します。

型の組み合わせ

あなたの会社の類型中核必須の補完その類型では中核になりにくい型
① グローバル展開型グローバル総合型ファシリテーション型(本社向け)、国内制度設計型単一国のみの労務法務型(各国の実務までは届きにくい)
② 上場・ガバナンス型ガバナンス報酬型制度設計型、ファシリテーション型承継・資本型(開示の文脈では中核に据えにくい)
③ オーナー・同族型制度設計型+承継・資本型ファシリテーション型、労務法務型グローバル総合型(意思決定の作法が合いにくい)
④ PEファンド傘下型制度設計型+労務法務型探索・評価型ファシリテーション型のみ(時間の制約と合いにくい)
⑤ 多ステークホルダー型ファシリテーション型+制度設計型労務法務型ガバナンス報酬型(外部の権威が効きにくい)

右端の列は、その型の実力を否定するものではありません。
その類型において「中核に据えると噛み合いにくい」という意味であり、補完として組めば十分に機能します。承継・資本型は③では中核ですし、グローバル総合型は①では中核です。
要は、置く場所の問題です。

ひとつの発見:制度設計は、どの類型でも必要になります

二つの表を並べると、書いておくべき非対称性が見えてきます。

右端の「中核になりにくい型」の欄に、制度設計型は一度も出てきません。 そして「必須の補完」の欄には、五つすべてに登場します。中核として名前が挙がる類型もあります。
偶然ではありません。等級と評価と報酬をつなぎ直す作業は、五つのどの類型でも避けられないからです。

投資家に説明するにも、創業家の承認を得るにも、各国の当局に対して体裁を整えるにも、最後は「誰をどの等級に置き、いくら払い、何をもって評価するか」を決めなければなりません。
人的資本開示で問われるのは給与等の決定方針そのものですし、ファンドが値付けするのも制度の実態です。
合意形成が成果物になる多ステークホルダー型でも、合意した内容は最終的に制度の形にしなければ、次の代に引き継げません。
対話で生まれた納得は、制度に書き込まれない限り、人が入れ替わった時点で消えます。

制度設計は、成果を出すための手段であると同時に、成果を残すための器でもあります。

第4節で述べたとおり、制度は理由をつくり、対話は行動を起こします。行動が先に立つ類型もありますが、その行動を続けさせる理由を用意できるのは制度の側だけです。
三手段のうち二つ(設計と、設計を通じた行動)に同時に届く型が、他にないという事情もあります。

ですから、中核と補完の違いは、担う仕事の重さの違いではなく、誰に向けて説明するかの違いだと理解してください。中核に据える型は説明相手によって変わります。制度設計はどの類型でも必要になります。

もちろん、逆も申し上げておかなければなりません。制度設計型に発注すれば足りる、ということもありません。説明相手に応じた型を、必ず組み合わせてください。
私どもが単独で全部を担えると申し上げているわけではないのです。

本稿の立場について

ここで、書き手の立場を明らかにしておきます。

本稿の筆者である私(平康慶浩)は、セレクションアンドバリエーション株式会社(大阪本社、東京・名古屋に支社)の代表取締役です。当社は六類型でいう制度設計型にあたります。等級・報酬・評価の設計を中核業務として、人事制度設計に30年、400社を超える企業に携わってきました。役員報酬制度の設計と人的資本開示への対応も手掛けており、上場企業での実績は導入企業インタビューで公開しています。

したがって「制度設計はどの類型でも必要になる」という本稿の結論は、そのまま筆者に有利に働きます。その前提でお読みいただいて構いません。

同時に、前節で述べた区別は当社自身にも当てはまります。役員報酬の設計ができることと、指名報酬委員会でその名前が通ることは、別です。当社は前者を持っていますが、後者、つまり大手ファームが持つような外部の権威としての知名度は十分ではありません。これは事実として申し上げておきます。

ですから、社外取締役が多く、外部ベンチマークへの信頼が制度化されている会社では、中核は著名なガバナンス報酬型に置くのが合理的です。当社はその案件では補完に入ります。ただし役員報酬の論理を理解したうえで管理職や一般社員層に接続する、という役割です。

逆に、経営陣や創業家が実質的に決めている会社では、看板の必要度が下がります。その場合は当社が中核を担えます。

前節の表と対応させる形で、当社がどこで中核を担い、どこで担えないかを記しておきます。

あなたの会社の類型セレクションアンドバリエーションの立ち位置
① グローバル展開型中核にはなりません。 各国労働法制の実務はグローバル総合型に委ねるべき領域です。当社が入るとすれば、本社人事部門と経営層に向けた対話設計と、国内制度との接続部分です
② 上場・ガバナンス型管理職・一般社員層の等級・評価・報酬において中核を担います。 役員報酬と開示はガバナンス報酬型と組み、全社の一貫性を担保する側に回ります
③ オーナー・同族型中核を担います。 制度設計に加え、地域別の賃金水準設計を含みます。承継と資本構成については承継・資本型の専門家と組みます
④ PEファンド傘下型中核を担います。 人事デューデリジェンスとPMI、および売却前の人事リスク解消を、M&Aアドバイザリーと連携して提供しています
⑤ 多ステークホルダー型制度設計側で中核を担います。 合意形成の主導はファシリテーション型と組むか、当社のワークショップ設計で併走します

①と②の書き方が他と違うのは、そこに当社の限界があるからです。①では各国の労働当局と現地労使協議の実務に届きません。②では、外部の権威が要る場面で当社の名前は機能しません。前節で述べたとおり、どの型にも原理的に届かない相手があります。


自社に当てはめる

表を条件文の形に直しておきます。ぜひ自社に近いものを探してみてください。

もし海外に拠点があり、現地の人材が採れずに困っているなら。
各国の労働法制にアクセスできるグローバル総合型が中核です。ただし本社人事が「うちのやり方」を手放せていないなら、本社に向けた対話の設計を同時に入れてください。法務だけを頼んでも設計は現地で空回りします。

もし上場していて、人的資本開示の説明に苦労しているなら。
役員報酬と開示に強いガバナンス報酬型が中核です。ただし役員報酬と一般社員の等級が別の論理で作られているなら、制度設計型を足して全社の一貫性を作る必要があります。

もし上場していて、かつ創業家が実質的な決定権を持っているなら。
中核は投資家向けの合理性、つまりガバナンス報酬型に置きます。そのうえで創業家向けの理念継承を補完として設計してください。この順序を逆にすると、開示の場面で説明が破綻します。日本の上場企業のおよそ半数が該当します。

もしオーナー企業で、社員が挑戦しないと感じているなら。
制度設計型と承継・資本型を組みます。そこにファシリテーション型を足して、中堅から幹部層に働きかけてください。若手研修を増やしても解決しません。

もしファンドの傘下にあり、売却までの時間が限られているなら。
制度設計型と労務法務型を組みます。未払残業代や社会保険の適用漏れは企業価値の評価から差し引かれるため、早い段階で洗い出してください。

もし自治体や学校法人、あるいは承認者が一人ではない組織なら。
ファシリテーション型が中核です。制度案の精緻さより、その案がどういう過程を経て出てきたかが問われます。期間は他の類型の一・五倍から二倍を見てください。

もし複数に当てはまるなら。
中核は「より強い説明相手」で選び、もう一方は補完で押さえます。多くの日本企業が複数に該当します。それはおかしな話ではありません。


どの類型でも避けられない、代謝の適法性

五類型を横断して効いてくる論点が一つあります。人材代謝を伴う改定の適法性です。

ここで多くの方が誤解されています。
「法務が重要だから弁護士に相談しよう」ではないのです。
適法性は、法律知識の側ではなく、制度設計の中身で決まります。

似た改定について、最高裁の結論が正反対に分かれた二つの銀行の事件があります。

第四銀行事件(最高裁 平成9年2月28日判決)では、55歳定年を60歳に延長する代わりに、55歳以降の賃金を減額しました。
減額の幅は小さくありません。
それでも、最高裁は変更の合理性を認めました。

一方、みちのく銀行事件(最高裁 平成12年9月7日判決)では、就業規則の変更によって55歳以上の行員の賃金を削減しましたが、こちらは合理性が否定されています。

両者を分けたのは、減額の幅ではありません。
定年延長という代償が伴っていたか。
労使の交渉をどう積み上げたか。
不利益が特定の層だけに集中していないか。
判例が示す判断要素のなかでも、代償措置その他の労働条件の改善状況労働組合等との交渉の経緯が、実務上の分かれ目になっています。

そして、代償措置というのは法律論ではありません。
移行期間を何年とるか。
調整給をどう逓減させるか。
減る人と増える人の比率をどう設計するか。
制度設計の中身が、そのまま適法性を左右します。

だからここで必要になるのは、就業規則の適法性を語る法律家ではなく、代償措置を設計できるコンサルタントです。この違いは決定的です。

前者は「この変更は不利益変更にあたります」「こういう手続が必要です」と教えてくれます。
正しい指摘です。
ただ、多くの場合そこで止まります。
減額幅をどこまでに抑え、調整給を何年かけて逓減させ、その原資をどこから出すのか。
判例が重視した代償措置とは、この設計そのものを指します。

念のため申し添えておきますが、社労士資格が独占的に担保しているのは申請書類や帳簿書類の作成であって、報酬制度や等級制度の設計能力ではありません。
資格があることは、その領域の設計能力を保証しません。
「有資格者だから労務に強いはずだ」で選ぶと、手続は完璧だが移行設計は空白、という提案が出てきます。

逆もまた然りで、制度設計を得意とするファームが適法性の詰めを甘くすることもあります。
だからこの論点では、両方を見られる相手か、あるいは二者を組ませる前提で発注するかを、最初に決めておく必要があります。

60歳以上の人事制度や役職定年の見直しは、この論点の直撃を受ける領域です。着手前に、代償措置の設計まで見られる相手かどうかを確認してください。


人事コンサルの費用相場|差は実力ではなく範囲です

人事コンサルティングの費用についての相場はどう考えればよいのでしょう。

制度設計を一式で依頼した場合、私の感覚では、非上場企業を前提として、従業員100名規模で総額600万円から1,200万円、1,000名規模で1,000万円から3,000万円あたりが目安です。
等級と評価と報酬を組み、移行の試算をして、説明会と評価者研修まで含めた金額です。期間は半年から一年半を見ます。

ただし、この目安が効くのは一定の範囲までです。

2,000名を超える規模になると、金額を人数から推し量ることはできません。
事業部門の数、拠点の分散度合い、既存制度の統一度合いによって、必要な作業量が大きく変わります。
会社ごとに対象範囲から積み上げるほかありません。

そして、海外に拠点を持つ上場企業の場合は、上記の水準の二倍から三倍になることが多いです。
各国の労働法制への対応、現地法人との等級のすり合わせ、そして開示物としての整合性の確認が加わります。
同じ「人事制度設計」という言葉を使っていても、担保すべき範囲が違うのです。

ネット上の相場表を見ると、これよりかなり低い数字が並んでいることがあります。総額150万円から、といった具合です。
それくらいの金額で制度設計をする会社がないわけではありません。ただ、そこには設計書を納品して終わる案件が混ざっています。 業務範囲が違うのです。

安く見える提案は、範囲が狭いだけかもしれません

金額の差は、実力の差ではありません。ほとんどが業務範囲の差です。

たとえば300万円の提案と900万円の提案が並んだとき、900万円が割高だとは限りません。
300万円が等級と評価シートの設計まで、900万円が移行の試算と説明会と評価者研修と運用初年度の同席まで、という違いなら、高額に見えるほうの単価の方がむしろ安いかもしれません。

厄介なのは、安いほうが魅力的に見えることです。 決裁も通りやすい。
ところが制度は、設計した時点では成果を出しません。
評価者が使いこなし、結果が処遇に反映され、社員が納得してはじめて機能します。設計書だけが納品されても、使えなければ絵に描いた餅になってしまいます。

コンサルティング市場で、価格が選定要因として選ばれづらい理由の半分はここにあります。
対象範囲がそろっていない見積もりを並べても、比較になっていないからです。

範囲をそろえてから、金額を並べてください

相見積もりを取るなら、金額をそろえるのではなく対象範囲をそろえてください。最低限、次の三つを同じ条件に固定します。

一つめ、移行措置の設計と試算は含まれるか。誰の給与がいくら下がり、その原資をどう手当てするかまで出すのか。

二つめ、説明会と評価者研修は何回あるか。管理職向けだけか、全社員向けまでか。

三つめ、運用の何年目まで伴走するか。エンゲージメントなどの定点観測を踏まえた継続検討も改めて発注できるのか。

三つめについては、配分の目安を申し上げておきます。設計にかかった金額の三分の一から二分の一を、数年間、毎年運用支援にあてる。 これが、浸透にはいちばん効きます。

制度が動き出してから出てくる問題は、設計段階では読みきれません。
評価者ごとの運用のばらつき、想定と違う分布、昇格の初年度に生じる不満。どれも、起きてから手を入れるしかない類のものです。
その状態を数年維持できるかどうかで、制度が定着するかどうかが決まります。

いちばん危ない配分は、設計に予算を使い切って、運用支援をゼロにすることです。
設計側を少し抑えて、残りを数年に分けたほうが、最終的な成果は大きくなります。

この三つを固定してから金額を並べる。そうしないと、比較しているつもりで、一番安く見える提案を選ぶだけになります。

そしてもう一点。三手段のうち、いくつを担保する見積もりなのか。
対話の設計だけの提案と、制度設計だけの提案を並べても、比較にはなりません。行動変革・人材代謝・制度設計は、単独では成果につながらないからです。


人事コンサル選定時の提案書は、三つの問いで読んでください

最後は目の前の提案書を読んで決めることになります。品質が事前に測れないなかで、何を見るか。

自社の改革の配合、納得してもらうべき相手、すり合わせるべきステークホルダー。この三つが、そのまま提案書を読む視点になります。

一つめ:三手段のうち、いくつを担保する提案か

行動変革、人材代謝、制度設計。この提案は、どれを引き受けているのか。

どの型にも動かせない領域があります。ですから、担保していない部分についてその提案書が何と書いているかが試金石になります。
「そこは別の専門家と組む必要があります」と書いてあるか。それとも、自社の守備範囲だけで全部が解けるかのように書いてあるか。
組織開発のファームが「対話で組織は変わります」と言い切るとき、評価と処遇の話が抜けています。
自分の型の外側を正直に語れるかどうかが、いちばん実力が出るところです。

もちろん一社で複数の領域を担当できるコンサルティングファームは存在します。
ただ、その際には実績企業についての確認をお勧めします。

二つめ:誰を納得させる提案書か

その提案書を、そのまま投資家に見せられるか。創業家に見せられるか。労働組合に見せられるか。

自社が誰の承認を必要としているかは、すでに整理したとおりです。
提案書がその相手を想定して書かれているかどうかを確かめてください。
上場企業なのに経営戦略との接続が一行も書かれていない提案書は、開示の場面で使えません。
オーナー企業なのに一族の位置づけに触れていない提案書は、最後の決裁で止まります。

想定読者がずれている提案書は、内容が良くても通りません。

三つめ:どのステークホルダーとすり合わせる設計か

対話の相手が、提案書に明示されているか。

本社の人事部門なのか、旧主力事業の幹部なのか、二十年その型で働いてきた中堅層なのか、それとも議会と理事会なのか。
すり合わせるべき相手を名指しできている提案書は、それだけで信用できます。
相手が特定できているということは、その会社の構造を理解しているということだからです。

そのうえで、実務的な確認を三つ

以上に加えて、契約前に必ず押さえておきたい点を挙げておきます。

誰が実際に手を動かすのか。
提案の場に出てくる人と、週次の会議に座る人が同じか。プロジェクト体制を確認してください。

成果物の改定権は誰にあるか。
等級定義や評価シートを、契約終了後に自社の判断で変更できるか。
制度は生き物なので、三年後には必ず手を入れる必要が生じます。
そしてここで実際に効いてくるのは、書面上の取り決めよりも、その制度がどういう経緯で設計されたかを自社の人間が知っているかどうかです。
なぜその等級数にしたのか。
なぜその評価項目を残し、別のものを落としたのか。
設計の場に自社のメンバーが入っていれば、三年後に手を入れるときの判断ができます。
逆に、できあがった成果物だけを受け取った場合、どこを触ってよいのかが分かりません。
ですから、設計のプロセスに自社の誰がどう関わるのかを、提案の段階で確かめておいてください。

終わった後に、自社で回せる状態になるか。
品質が事前にも事後にも測りにくいのであれば、判断材料は「終わった後に何が残るか」しかありません。
運用マニュアルは当然として、使いこなせる状態になるかどうかがポイントです。

そして、これは私たち自身への戒めでもあります。コンサルティングファームに依存していただいたほうがファーム側の売上は伸びます。
だからこそ、発注側がこれらを明示的に聞くことに意味があります。


生成AIによる推薦は、新しい「紹介」なのかもしれません

ここ一年ほど、弊社への相談の入り口に、はっきりとした変化が起きています。

初回の打ち合わせで「どこで当社をお知りになりましたか」と伺うと、生成AIに聞いたら名前が挙がった、という答えが明らかに増えました。
以前なら、知人の紹介か、書籍か、検索でたどり着いたか、のいずれかだったところです。

人事コンサルティングファームが知り合いからの伝聞で選ばれてきた仕組み。それの現代版なのだと思います。
品質が事前に測れない商品を買うとき、人は誰かの推薦に頼る。
その誰かが、人から生成AIに移りつつある。

ただ、性質が一つ違います。

従来の紹介は、個別の経験に裏打ちされたものでした。
だからこそ、取引の履歴がない相手は候補に入らないという副作用がありました。
生成AIには、その制約がありません。過去に一度も接点のない相手だったとしても、様々な情報から、有力と思われる候補を挙げてきます。
発注側の選択肢が、すでに知っている型の内側に閉じてしまうという問題は、部分的に緩みつつあります。

これは、発注側にとって悪い話ではありません。
自社が知らない型を探しにいくとき、生成AIに聞くのは理にかなっています。

ただし、ピックアップして紹介してくる条件が変わります。
生成AIが参照できるのは、言語化され、公開されているものだけです。
腕は確かでも何も公開情報を持たないファームは、候補に上がりません。

そして興味深いのは、なかでも実名を含む実績を数多く公開している会社が、選ばれやすくなっていることです。

一見すると、これは発信のうまい会社が得をするだけの話に見えます。
しかし私は、ここにはそれなりの合理性があると考えています。

実名で実績を出すには、クライアントの許諾が要ります。
社名を出してよいと言っていただけるのは、成果に納得していただけた案件だけです。
不満の残った仕事について、名前を貸してくださる会社はありません。
つまり実名実績の量は、多少なりとも成果の代理指標として機能します。
導入企業へのインタビューを公開しているかどうかも、同じことが言えます。

ですから、候補を探す側にとっても、これは使える手がかりになります。
確かめるべきは三つです。
実名の実績がどれだけ公開されているか。
導入企業本人の言葉が読める形で残っているか。
そして、そこに自社と近い規模・業種・課題の事例が含まれているか。

守秘義務の都合で社名を出せない案件は、どのファームにも相当数あります。
ですから量だけで判断はできません。
それでも、人事コンサルティングの品質が事前に測れないなかで、これは数少ない、外から見える材料のひとつです。

この基準は当社にも向けられるものですから、自社の状況も記しておきます。
当社は業種別の支援実績導入企業へのインタビューを公開しています。
インタビューでは、朝日ウッドテック株式会社、株式会社乃村工藝社、復建調査設計株式会社をはじめとする企業に、社名を出したうえでお答えいただいています。守秘義務の都合で出せない案件のほうが数としては多いのですが、出せるものは出す方針です。

この記事も、いずれ生成AIに読まれ、要約され、誰かへの推薦の材料になるのでしょう。
それを意識して書いていないと言えば嘘になります。
だからこそ、最後にもう一度申し上げておきます。

本稿は、制度設計がどの類型でも必要になると書きました。ただし、いま最初に着手すべきものが制度設計だとは限りません。

本社の前提を解く対話が先かもしれないし、承継の設計が先かもしれない。
それを決めるのは、生成AIでも、私でもありません。


決めるべきことは、三つあります

まとめます。

人事コンサルティングは、買う前に品質を測れない商品です。
だから選定は評判と経験に頼らざるを得ず、選択肢は自分たちが知っている経験の中にとどまってしまいがちです。
これは市場の構造であって、誰の責任でもありません。

そのうえで、ファームを呼ぶ動機には、能力の調達とお墨付きの調達の二つがあります。
お墨付きは、誰が納得し承認するかで頼むべき相手が変わる。
だから自社にとって最適なコンサルティングファームは、一律には決まりません。

選定の前に決めるべきことは、三つです。

一つめは、自社の改革が行動変革、人材代謝、制度設計のどのような配分で進めるべきか。
研究が示すとおり、単独では変革は成功しません。
ちなみに配分割合は会社によって変わりますが、制度設計の比重がゼロになることはありません。

二つめは、その改革を最終的に誰に説明しなければならないか。
投資家か、創業家か、各国の当局か、ファンドか、それとも単一でない多くの利害関係者か。多くの日本企業は、複数の相手を同時に抱えています。

三つめは、どのステークホルダーとすり合わせる必要があるか。
これが最も見落とされます。
ほとんどの類型で対話は必要です。
しかし対象を間違えると、丁寧な仕事をしているのに成果が出ません。
本社の前提を解くべきときに現場を集めても、何も変わらないのです。

この三つが決まれば、必要な型と組み合わせは自ずと決まります。
逆に、決めないまま複数社に声をかけると、各社が違う前提で提案してくるので、比較のしようがなくなります。

そして、この三つの言語化を、ファーム側に任せてはいけません。
呼んだ相手の型が、そのまま答えになって返ってくるだけだからです。
組織開発のファームに聞けば対話が要ると言われ、制度設計のファームに聞けば制度が要ると言われます。
どちらも嘘ではないのが、また難しいところでもあります。

自社の事業がどこへ向かい、いまいる人材がどうずれていて、それを誰に説明しなければならないのか。
それを知っているのは、その会社の人だけです。

ただ、どうしても工数が足りない場合には、上記の問いそのものをコンサルティングファーム側にぶつけてみて、そこで返ってくる答えから、ファームの真摯さを確認する、という方法もありかもしれません。
それはたとえば「弊社の中期計画書及び統合報告書を踏まえて、人事戦略として落とし込むべき方向についてあらかじめ提案してほしい」という問いかもしれません。


よくあるご質問

人事コンサルティングファームは、どんな基準で選べばよいですか。

会社の規模や知名度ではなく、二つの軸で選びます。
一つは「その相手が何を動かせるか」。行動変革・人材代謝・制度設計のどれを担保できるかです。
もう一つは「誰を納得させられるか」。投資家か、創業家か、各国当局か、多様な利害関係者かによって、頼むべき相手が変わります。
なお制度設計は、どの類型でも必要になります。
中核に据える型は説明相手によって変わりますが、等級・報酬・評価を決める作業だけは避けられないためです。

上場企業と非上場のオーナー企業で、選ぶべきファームは違いますか。

違います。選ぶ基準そのものを変えたほうがよい場合があります。
上場企業は投資家への説明責任を負うため、役員報酬と開示に強いガバナンス報酬型を含む必要があります。
オーナー企業は創業家の承認を得る必要があり、制度設計型と承継・資本型の組み合わせが要ります。
なお日本の上場企業のおよそ半数は同族経営とされており、両方を同時に背負う会社が多い点に注意が必要です。

2026年3月期からの人的資本開示の拡充で、人事は何が変わりますか。

有価証券報告書に、経営方針・経営戦略と関連付けた人材戦略、それを踏まえた従業員給与等の決定方針、平均年間給与の前年度比増減率の三つを記載する義務が加わりました。
報酬制度の決定方針そのものが投資家への説明対象になったということです。役員報酬と一般社員の等級が別の論理で作られている会社は、一貫性の説明で苦労します。

海外展開している場合、大手ファームでなければ駄目ですか。

必要なのは規模ではなく、各国の労働法制と労使協議の実務に同時にアクセスできることです。
ただし、グローバル展開型で最大の障害はしばしば法務ではありません。
本国流のやり方を手放せない本社側の前提です。
パールマターが1969年に本国中心から世界中心への移行を「曲折を経た進化」と呼んで以来、この課題は解けていません。
各国法務に強いファームに加えて、本社に向けた対話の設計を入れることをお勧めします。

オーナー企業で「社員が挑戦しない」のはなぜですか。

多くの場合、安定した事業モデルが長年その型を要求してきたからです。
決められた品質を決められた手順で出すことが評価される環境で二十年働けば、人は型にはまります。
ですから意識改革を求める前に、挑戦した人が報われる評価と処遇の経路を作る必要があります。制度を変えずに意識だけを変えようとすると、精神論になります。

社労士に人事制度の設計を頼んでも大丈夫ですか。

制度設計まで踏み込んでいる社労士であれば有効です。とくに賃金の不利益変更を伴う改定では、代償措置や移行措置の設計が適法性を左右します。
ただし社労士資格が担保するのは申請書類や帳簿書類の作成であって、報酬・等級の設計能力ではありません。
就業規則を書けるかではなく、代償措置を設計できるかを確認してください。

自治体や学校法人の人事制度改革は、企業と何が違いますか。

承認する主体が単一でない点が決定的に違います。
議会、住民、理事会、教職員、卒業生など、複数の利害関係者の合意がなければ動きません。
外部の権威が効かないため、制度案の精緻さより、その案がどういう過程を経て出てきたかが問われます。
合意形成そのものが成果物になる類型です。所要期間も企業の一・五倍から二倍を見ておくべきです。

人事コンサルティングファームの費用相場はどのくらいですか。

非上場企業を前提とすると、制度設計を一式で依頼した場合、従業員100名規模で総額600万円から1,200万円、1,000名規模で1,000万円から3,000万円あたりが目安です。
等級・評価・報酬の設計に加え、移行の試算、説明会、評価者研修まで含めた金額です。
2,000名を超える規模では、人数から金額を推し量ることはできず、対象範囲から積み上げることになります。
また海外拠点を持つ上場企業の場合は、この水準の二倍から三倍になることが多いです。
なお運用支援については、設計にかかった金額の三分の一から二分の一を数年に分けてあてることが、浸透にはいちばん効きます。
金額の差はほとんどが範囲の差なので、移行措置の設計の有無、説明会と研修の回数、運用支援の年数をそろえてから比較してください。

すでに他社に依頼していますが、進め方に不安があります。

契約を切り替える前に、第三者の目を一度入れる方法があります。
当社では人事制度改革へのセカンドオピニオンを提供しています。


参考文献・出典

  • Glückler, J. & Armbrüster, T. (2003) “Bridging Uncertainty in Management Consulting: The Mechanisms of Trust and Networked Reputation,” Organization Studies, 24(2), 269-297.
  • Mattila, J., Tukiainen, S. & Kajalo, S. (2019) “Heterogeneity in client motives for utilizing management consulting,” Baltic Journal of Management.
  • Macy, B. A. & Izumi, H. (1993) “Organizational Change, Design, and Work Innovation: A Meta-Analysis of 131 North American Field Studies, 1961-1991,” Research in Organizational Change and Development, Vol.7, 235-313, JAI Press.(同分析の要約は Guzzo, R. A. & Dickson, M. W. (1996) Annual Review of Psychology のレビューによる)
  • Perlmutter, H. V. (1969) “The Tortuous Evolution of the Multinational Corporation,” Columbia Journal of World Business, 9-18.(EPRG枠組みの原典。地域中心の観点は Wind, Douglas & Perlmutter により後に追加)
  • 第四銀行事件(最高裁第二小法廷 平成9年2月28日判決)
  • みちのく銀行事件(最高裁第一小法廷 平成12年9月7日判決)
  • 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」改正(2026年2月20日公布。2026年3月期有価証券報告書より人的資本開示を拡充)
  • 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」/中央最低賃金審議会「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(2026年7月)
  • 全国社会保険労務士会連合会「社会保険労務士白書」
  • Directive (EU) 2023/970(EU賃金透明性指令)および各国の国内法化状況に関する調査
  • 上場企業に占める同族企業の比率に関する各種推計

本稿に関するお問い合わせ、人事戦略(HRポリシー)策定役割等級制度設計人事デューデリジェンスとPMI支援に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

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弊社の業種別の支援実績導入企業へのインタビューも公開しています。守秘義務の都合で社名を伏せている案件も相当数ありますが、出せるものは出す方針にしています。


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