
なぜ、研修を重ねても次世代リーダーが育たないのでしょうか。
人事コンサルティングの現場で、この問いを受けることが増えています。研修予算を積み増し、外部講師を招き、ビジネススクールへの派遣まで行っている。それでも、いざというときに経営を担える人材が出てこない。そういう相談です。
私はこの問いに対して、長い間「研修の内容」や「選抜の精度」に原因を求めてきました。しかし最近、違う場所に根本的な原因があると考えるようになっています。
問題は研修の質ではありません。育成プログラムの設計思想そのものが、30年前から変わっていないことです。
育成プログラムの「常識」を疑う
多くの企業の育成プログラムは、こういう構造をしています。
階層別に必要なスキルを定義する。そのスキルを習得させるための研修を用意する。習得度を評価する。結果を昇格判断に反映する。
一見、合理的です。しかしこの構造には、決定的に欠けているものがあります。
それは「誰と繋がれるか」という視点です。
30年以上の人事コンサルティングの経験から、私が気づいたことがあります。次世代リーダーに育つ人材と育たない人材の差は、スキルの習得量ではないことが多い。差がつくのは、どのタイミングで、どの上位層と接続できたかという、機会の質と量なのです。
なぜ「機会」が育成の核心なのか
少し立ち止まって考えてください。
あなたの組織で「あの人はなぜ早く頭角を現したのか」という人材を思い浮かべてください。おそらく、その人には共通したある経験があるはずです。早い段階で経営層の仕事を間近で見た。重要なプロジェクトに若くして加わった。社外の有力な人物に引き合わせてもらった。
これらはスキル研修の成果ではありません。接続の機会がもたらした成長です。
なぜ機会がそれほど重要なのか。理由は、リーダーとしての「らしさ」——判断の仕方、場の支配の仕方、ステークホルダーへの働きかけ方——は、教室では習得できないからです。それは上位層の行動を観察し、模倣し、フィードバックを受けるサイクルを通じてのみ内面化されます。
アメリカのエグゼクティブ層を対象にした研究では、「エグゼクティブプレゼンス」と呼ばれるリーダーとしての存在感が、昇進の可否に大きく影響することが繰り返し示されています。重厚感、簡潔明瞭なコミュニケーション、場の掌握力。これらは上流のネットワークに早期に接続した人間が、長い時間をかけて観察と模倣によって習得してきたものです。
日本の育成プログラムが「研修を受けさせても変わらない」と感じられる最大の理由は、この習得プロセスを設計に組み込んでいないからだと私は考えています。
「スキルアップ」と「機会提供」の両軸設計
では、どう設計すべきか。私はいま、育成プログラムを二つの軸で再設計することを提案しています。
軸1は「スキルアップ」です。 従来型の育成の中心で、知識・専門スキル・業務遂行能力の習得を指します。これは引き続き重要です。Entry層では論理思考や報告・提案の基礎。Middle層では専門スキルとプロジェクト管理。Senior層では事業戦略と組織設計。階層に応じた内容の設計が求められます。
ただし、ここで重要な視点の転換があります。スキルは「能力の証明」として捉えるのではなく、「上位層と深く繋がるコストに見合うかを判断してもらうための証拠」として設計するということです。スキルは目的ではなく、より重要な接続を引き寄せるためのシグナルです。
軸2は「機会提供」です。 これが従来の育成プログラムに欠けていた軸です。三種類の機会を意図的に設計します。
一つ目はネットワーク接続機会です。経営層が同席するプロジェクトへの参加、直属上司を飛び越えた2〜3階層上のシニアとの定期的な1on1、社外の有力人脈への同行。これらは「研修」ではありませんが、リーダー育成の観点では最も投資対効果が高い施策です。
二つ目はシグナル試験機会です。経営層の前でのプレゼン、社外セミナーでの登壇、異部門を横断するプロジェクトのリード。より広い聴衆の前で自分を表現し、フィードバックを受けるサイクルを設計します。
三つ目は「らしさ」の言語化・習得支援です。エグゼクティブとしての行動様式を自社の文脈で行動レベルまで定義し、ロールモデルの分析と映像フィードバックを組み合わせて習得を支援します。ここに「影響力設計力」——ステークホルダーに対して自分の価値を意図的に届ける能力——の訓練を組み込みます。
配置と昇格の判断を変える
二軸設計が機能するには、配置と昇格の判断も変える必要があります。
配置はこれまで「適性・スキル・本人希望の照合」として設計されてきました。しかし育成の観点から見ると、配置の本質は「誰をどのネットワークに接続させるか」の意思決定です。
私は配置の目的を三つに分けて明示的に管理することを提案しています。スキル習得を目的とした配置、上位ネットワークへの接続を目的とした配置、習得したシグナルを試験する場としての配置。この三つを混在させたまま運用すると、どの目的も中途半端になります。
昇格判断も同様です。従来の昇格判断は、業績と能力の評価で完結していました。しかしそこに、もう一層加える必要があります。「昇格先の上位層が、この人物と深く繋がりたいと感じるか」という問いです。
これは属人的な好き嫌いの話ではありません。エグゼクティブプレゼンスの水準が昇格先に相応しいか、組織外の有益なネットワークを持ち込める人物かどうか。これらを昇格判断の正式な評価項目に組み込むことで、「なんとなく違う」という暗黙の判断を構造化できます。
設計はクールに、運用はホットに
ここで一つ、強調しておきたいことがあります。
この設計思想は、企業価値の向上を唯一のゴールとして構築しています。個人の成長や自己実現は、そのプロセスに過ぎません。これはドライな言い方ですが、設計段階でこの原則を曖昧にすると、システムが機能しなくなります。
一方で、運用は全く別の話です。
ラインマネジャーが部下と向き合うとき、そこに打算があってはなりません。目の前の人間の成長への渇望、認められたいという欲求、意味を見つけたいという願い。それを本気で引き受けることが、運用者の役割です。
設計者は構造をクールに作る。運用者は目の前の人間にホットに向き合う。
この役割分担を明示的に設計することが、育成プログラムを機能させる上で最も見落とされやすい、しかし最も重要な条件です。
何から始めるか
この設計思想を実装するには、四つのフェーズで進めることを推奨しています。
まず現状診断です。組織内のネットワーク構造を可視化し、「らしさ」として暗黙知になっているものを言語化します。多くの企業で、ここが最も驚きをもたらすフェーズです。自社が何を「エグゼクティブらしさ」として評価してきたかを、初めて言葉にする作業だからです。
次に体系設計です。スキルアップ軸のカリキュラムと機会提供軸の施策を両軸で設計し直します。同時に、配置・昇格判断の基準と評価制度を再構成します。
三つ目が実装支援です。最も重要なのは、ラインマネジャーが「クールな設計・ホットな運用」の役割分担を理解して動けるようにすることです。設計がどれだけ優れていても、現場での運用が伴わなければ機能しません。
最後がモニタリングです。育成効果の測定と、シグナル体系の年次見直しサイクルを組み込みます。「らしさ」の定義は環境変化とともに更新される必要があります。固定化した瞬間に、それは新たな属性主義になります。
まとめ

「研修を重ねても次世代リーダーが育たない」という問いへの答えは、シンプルです。
スキル習得の軸だけで育成を設計してきたからです。リーダーシップの本質的な部分——上位層との接続、「らしさ」の習得、影響力設計力の獲得——は、教室では育ちません。上位のネットワークに接続され、観察し、模倣し、フィードバックを受けるサイクルの中でのみ育ちます。
育成プログラムの再設計は、研修メニューの見直しではありません。誰をいつ、どのネットワークに接続させるかという、組織としての意思決定の再設計です。
そしてその設計を実行するには、経営層が自分のネットワークを組織的に開放するコミットメントが不可欠です。これは「育成への投資」という話ではなく、企業価値を創出するための人的資本の最適配置という、経営判断の話です。
次世代リーダー育成プログラムの体系設計、配置・昇格判断基準の再設計、評価制度の改訂に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

