
「いい歳だから課長」という慣習の正体
人事コンサルティングの現場に長くいると、ある種の共通した光景に出会います。
社員数100名~300名前後のオーナー系企業を訪問すると、組織図の上には課長が並んでいます。
でも実態は、ほぼ全員がプレイヤーです。
意思決定はすべて社長が握っている。
課長たちは自分で仕事をこなしながら、部下の仕事もなんとなく見ている。でも「見ている」だけで、承認も評価も最終的には社長が出てくる。
こういう組織を私は「実質文鎮型」と呼んでいます。組織図の上では階層があるように見えて、実際には社長と現場の間に機能的な中間層は存在していない。
そして、もうひとつの共通点があります。そういう会社でも、業績はしっかり伸びているのです。
「管理職がいないとマネジメントが機能しないのではないか」という常識に照らすと、これは奇妙な現象に見えます。
でも、少し立ち止まって考えてみると、これは奇妙でも何でもないのかもしれません。
「管理職罰ゲーム論」の正確な読み方
最近、「管理職は罰ゲーム」という言葉をよく聞くようになりました。プレイヤーとして成果を出していた優秀な個人が、管理職になった途端に部下の育成・評価・雑務に追われ、自分の専門性を発揮できなくなる。責任だけ増えて、権限はない。給与も思ったほど上がらない——。
この感覚は確かに多くの現場で実感されています。
ただ、私はこの問題の根っこが「管理職という役割そのものの設計ミス」にあると考えています。管理職が罰ゲームになるのは、管理職という機能が本来必要とされていない場所に置かれているからです。
つまり、「管理職が辛い」という現象は、管理職が必要になる条件を満たしていない組織に、管理職を無理やり設置しているときに起きやすい。
では、管理職が「本来必要とされる条件」とは何でしょうか。
管理職の発生条件:学術的に見えてくるもの
この問いに対して、経営学の世界ではここ数十年、かなり厳密な研究が積み重ねられています。
シカゴ大学のLuis Garicanoは2000年の論文「Hierarchies and the Organization of Knowledge in Production」(Journal of Political Economy)の中で、階層組織が生まれる仕組みをモデル化しました。彼の結論をわかりやすく言うと、こういうことです。
「現場が一人では解けない問題が出たとき、その問題を処理できる知識を持つ人に『例外処理』として委ねる仕組みが最適解になる。このとき、知識の階層が組織の階層として現れる。」
つまり、管理職は「偉いから上にいる」のではなく、「一人では処理できない例外問題を解くために存在する」のです。
もう少し別の角度から見てみましょう。
シカゴ大学のMilton HarrisとArtur Ravivは2002年の論文「Organization Design」(Management Science)の中で、中間管理職が果たす機能を2つに整理しています。
ひとつは「プロジェクト間のコーディネーション」。複数の業務が互いに影響し合い、一人では統制できない相互依存関係が生まれたとき、その調整役として管理職が必要になる。
もうひとつは「情報処理の集約」。個々の現場が持つ情報を集約し、適切な判断に変換する機能です。
この2つが機能的に必要になる場面が、管理職の存在意義です。逆に言えば、これらが必要とされない場所に置かれた管理職は、機能せず、ただ「処遇のために役職名を与えられた人」になります。
さらに決定的な研究があります。
Øystein FjeldstadとCharles Snowは2018年の論文「Business Models and Organization Design」(Long Range Planning)の中で、ビジネスモデルの類型が、必要な組織設計の形を規定することを論じています。バリューチェーン型(製造・物流など、工程が直列につながるモデル)、バリューショップ型(コンサルや医療など、個別問題の解決が中心のモデル)、バリューネットワーク型(プラットフォームや仲介型のモデル)では、それぞれ必要な管理機構がまったく異なる。
ビジネスモデルが決まれば、必要な管理職の形も決まる。
これが私の仮説の学術的な裏付けです。
なぜオーナー系企業の「文鎮型」が機能するのか
この理論的背景を踏まえると、冒頭の「実質文鎮型でも業績が伸びている」という現象が説明できます。
オーナー系の中小企業では、多くの場合、業務が「個人の担当領域に分割された並行作業」として設計されています。営業担当はそれぞれの顧客を持ち、製造担当はそれぞれの工程を担当する。業務の相互依存度が低い。あるいは、相互依存が発生した際の調整は、社長が直接行う。
この場合、Garicanoの言う「例外処理の知識階層」は社長一人に集約されており、Harrisらの言う「プロジェクト間のコーディネーション」は社長が直接担っている。管理職という層が機能的に不要な構造になっているのです。
むしろ問題は、企業が成長して社員数が増えてくると、社長一人では処理できない相互依存が発生し始めることです。業務が複雑化し、部門間の調整コストが跳ね上がる。ここで初めて、本来の意味での管理職が必要になります。
ただし、多くの企業はこのタイミングで「管理職を設置する」という形式的対応を取り、機能的な定義をしないまま「いい歳だから課長」にしてしまう。それが、管理職が機能しないまま処遇上のポジションとして宙に浮く原因です。
逆説:「管理職がいないほうがうまくいく」研究から見えること
ここで少し逆説的な話をさせてください。
フィンランドの組織研究者Frank Martelaは2023年の論文「Managers Matter Less Than We Think」(Journal of Organization Design)の中で、次のような主張をしています。
「チーム間・ユニット間の依存関係を情報技術やプロセス設計によって代替できる場合、中間管理職はほとんど不要になる。」
これは「管理職不要論」に見えます。しかし私はそう読みません。
この研究が実際に語っているのは、「依存関係の処理コストを情報技術が下げたとき、管理職というヒューマンレイヤーを介さなくてもコーディネーションが成立する」ということです。裏返せば、依存関係そのものがなくなったわけではない。処理する主体が変わっただけです。
ここに、AI・デジタル化時代における管理職の本質的な問いが潜んでいます。
ツールが情報集約とルーティンな調整を代替するとき、人間の管理職に残るのは何か。それは「定型化できない相互依存の処理」、つまり例外的な判断と、それを支える人間関係の構築ではないでしょうか。
課長という役割を、本当に定義できているか
以上を踏まえて、私が今多くのクライアント企業に問いかけていることがあります。
「あなたの会社で課長が担っている業務のうち、本当に一人ではできない業務機能は何ですか?」
この問いに明確に答えられる企業は、意外なほど少ないのです。
「部下の進捗を確認している」——それは情報集約ですか、それとも単なる管理コストですか。
「承認のハンコを押している」——それはリスク統制ですか、それとも意思決定の外形的な儀式ですか。
「部下の評価をしている」——その評価は業績につながる行動変容を生み出していますか。
管理職の役割が「一人ではできない業務機能」として定義されていないとき、課長という役職は、ビジネスモデルから切り離された「処遇のためのラベル」になります。そしてそのラベルを貼られた人が、役割の曖昧さの中で消耗していく——これが「管理職罰ゲーム」の正体ではないかと私は考えています。
では、あなたの会社に管理職は必要か
最後に、この問いを皆さんに投げかけて終わりにしたいと思います。
あなたの会社のビジネスモデルは、一人では処理できない相互依存を生み出していますか?
もし答えが「はい」なら、その相互依存を処理する機能を持った管理職が必要です。そしてその機能を明確に定義しなければ、管理職は有害な中間層になります。
もし答えが「いいえ」あるいは「よくわからない」なら、今の組織における管理職の設置根拠を一度見直す価値があります。不必要な管理職層を持つことのコストは、給与だけではありません。意思決定の遅延、情報の歪み、現場のフラストレーション——そうした組織的なコストが積み重なっています。
「管理職が必要かどうか」という問いは、経営の根幹にあるビジネスモデルへの問いと同義です。そしてその問いに正面から向き合うことが、今の日本の中小・中堅企業に、最も切実に求められているテーマのひとつだと私は考えています。
参考論文
- Garicano, L. (2000). Hierarchies and the Organization of Knowledge in Production. Journal of Political Economy, 108(5), 874–904.
- Harris, M., & Raviv, A. (2002). Organization Design. Management Science, 48(7), 852–865.
- Fjeldstad, Ø. D., & Snow, C. C. (2018). Business Models and Organization Design. Long Range Planning, 51(1), 32–45.
- Zhou, Y. M. (2013). Designing for Complexity: Using Divisions and Hierarchy to Manage Complex Tasks. Organization Science, 24(2), 339–355.
- Martela, F. (2023). Managers Matter Less Than We Think: How Can Organizations Function Without Any Middle Management? Journal of Organization Design, 12, 1–12.
- Mintzberg, H. (1979). The Structuring of Organizations. Prentice-Hall.
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