
この記事の要点
評価で賞与を上下させると、上げた翌年に減らす可能性が増え、そして逆に不満が増えることがあります。社員は去年もらった額を基準にしてしまうからです。同じ40万円でも、増えた喜びより減った悔しさのほうがずっと強く残る。プロスペクト理論が示しているのはこの偏りです。賃上げが3年続いたいま、社員の基準は上がりきっています。比べる相手を、会社が先に決めておいてください。
賞与の原資を思い切って増やした会社で、その翌年から不満が噴き出しました。
そういう場面に、何度か立ち会っています。増やしたのに、です。
社員がわがままになったわけではありません。人間は誰でもこう感じる、という仕組みがあるんですよね。
60万、100万、60万。増えているのに、減っています

ある年の賞与が60万円でした。翌年はA評価がついて100万円。その次の年はB評価に戻って、また60万円になりました。
3年目の評価がいかに正しくても、そこで不満を感じてしまう、心理的な罠があります。
なぜなら、人は一度100万円を手にすると、その額を当たり前に感じてしまうからです。
そして翌年に受け取る60万円は、去年より40万円少ない賞与に変わってしまうのです。
会社は適切に評価を行い、貢献度に報いたつもりなのに、社員は減らされたと思ってしまう。
この食い違いが生じてしまうことを、人事制度設計の現場では理解しておかなくてはいけないのです。
プロスペクト理論 — 増えた喜びより、減った悔しさが強く残ります
ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが1979年に発表したプロスペクト理論では、人が金額そのものを見ていないと説明されています。
何かと比べて、増えたか減ったかで受け取り方が決まる。
しかも同じ40万円なら、増えたときの嬉しさより、減ったときの悔しさのほうがずっと強く残る、と示しています。
比べる相手は、たいてい去年の自分です。
ですから評価で賞与を動かす仕組みは、毎年かならず誰かの心に不満を生じさせます。
上がった人の喜びで埋め合わせることもできません。
悔しさのほうが強く残るので、社内には不満が増えていくことになるのです。
原資を増やしても、この仕組みは変わりません。むしろ、上げ幅が大きいほど翌年の落差も大きくなります。
いま、社員の基準は上がりきっています
2026年の春闘は、連合の最終集計で5.01%でした。3年続けて5%台です。300人未満の中小組合でも4.69%。夏の賞与も、経団連の集計で大手企業が初めて平均100万円を超えました。
3年も続けば、上がることのほうが普通になります。今年もこれくらいは上がるはずだ、と社員は思って待っています。
ここで据え置いた会社は、社員から減給されたと受け取られます。一円も下げていないのに、です。
賃上げがこの先も続くとはかぎりません。人手不足と物価が落ち着けば、どこかで止まります。大きく上げてきた会社ほど、止まったときの反発が強くなります。
比べる相手を、会社が先に決めておく

実は、こんな心理的傾向を踏まえた対応手段はあります。
社員が去年の自分と比べてしまう前に、比べる相手を会社が用意しておくのです。
たとえば等級ごとに、標準となる賞与額を決めて社員に見せてください。
A評価ならこの標準の1.5倍、B評価なら標準どおり、というように幅も先に示します。
こうしておくと、社員は去年の額ではなく、自分の等級の標準額と比べるようになります。
去年100万円だった人が今年60万円になっても、標準が60万円だと知っていれば、去年もらいすぎていたと分かります。
自社の給与や賞与が世の中のどのあたりにあるかを見せる方法も効きます。
社内の前年比較だけで一喜一憂しなくなります。
ひとつ気をつけてください。賞与を渡してから理由を説明しても、もう遅いんです。
そのときには悔しさのほうが先に届いています。渡す前に、制度として決めておいてください。
よくあるご質問
- 賞与を毎年同額にすれば解決しますか。
-
悔しさは減りますが、今度は評価が処遇に届きません。額を固定するかわりに、標準額と変動幅を先に示してください。
- 評価による賞与の差は、どのくらいが適切ですか。
-
標準を1として、上下0.7倍から1.5倍あたりに収める会社が多いようです。ただし適した幅は、原資と人数によって変わります。幅より先に、標準額を決めてください。
参考
- Kahneman, D. & Tversky, A. (1979) “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”, Econometrica, 47(2)
- 日本労働組合総連合会「2026春季生活闘争 第7回(最終)回答集計結果」(2026年7月3日公表)
- 日本経済団体連合会「2026年夏季賞与・一時金 大手企業業種別妥結状況」(第1回集計)
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