「らしさ」教育をしていますか―組織風土に意図を持つことが経営の仕事である

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

「うちの社員らしく動いてほしい」

多くの経営者が、この言葉を口にします。ところが、こう聞き返すと、たいてい沈黙が生まれます。

「では、御社『らしさ』とは何ですか? 具体的に教えてください」

抽象的な価値観の言葉は出てきます。「誠実に」「スピーディに」「お客様第一で」。
しかし、「うちらしい判断をした場面」をエピソードで語れる経営者は、意外なほど少ないのです。

そしてもう一つ、より深刻な問いがあります。

「御社の『らしさ』は、良い『らしさ』ですか?」


目次

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「らしさ」には、光と影がある

「らしさ」という言葉は、ポジティブな文脈で使われます。
「うちらしい仕事をしてほしい」
「この会社の文化を大切にしてほしい」
経営者が口にするとき、そこには良い意味しか込められていません。

しかし、組織風土は中立です。

意図を持って育てなければ、「良い らしさ」ではなく「よくない らしさ」が根を張ります。
顧客への不誠実な説明が「業界の常識」として黙認される。
同僚の足を引っ張ることが「評価競争の暗黙ルール」になっている。
上司の意向を忖度することが「賢い立ち回り」として称賛される。

そうした行動様式が組織に染み込んでいても、そこにいる人々は気づきにくい。なぜなら、それが「うちのやり方」として行動の文法になっているからです。

新しく入ってきたメンバーは、業務マニュアルではなく、日々の行動観察から「この会社の行動文法」を学びます。
表彰される人を見て、叱られる場面を見て、昇格する人を見て、「ここではこう動くべきだ」と学習する。
その文法が歪んでいれば、歪んだ「らしさ」が次の世代に継承されていきます。


「らしさ」の正体を学術的に考える

少し理論的な話をしましょう。

1985年、Albert と Whetten という研究者が「組織アイデンティティ」という概念を整理しました。彼らは、組織の「らしさ」を構成する条件として3つを提示しています。

中心性(Central character):その組織の本質的な性格。これがなければ、別の組織になってしまうもの。

独自性(Distinctiveness):他の組織と自分たちを区別する特徴。「うちはここが違う」と言えるもの。

時間的継続性(Temporal continuity):時間をまたいでも変わらないもの。創業からの一貫性と言い換えてもいい。

この3条件が揃ったとき、組織は「らしさ」を持つと言えます。ここで注意したいのは、この枠組みは「良い らしさ」と「よくない らしさ」を区別しない、ということです。

中心性・独自性・継続性を備えた「らしさ」であっても、その中身が顧客を傷つけ、メンバーを疲弊させるものであれば、それは組織の強みではなく、リスクです。「うちはずっとこうだから」という継続性が、問題のある行動文法を守る盾になることさえあります。


風土と「らしさ」はどうつながるか

では、「らしさ」はどこに宿るのでしょうか。

Hatch と Schultz(2002年)は、組織のアイデンティティ・文化・イメージの三者関係を動的なモデルで説明しています。彼女らの論文でとりわけ重要な指摘は、「アイデンティティは文化に埋め込まれ、文化的理解を通じて表現される」というものです。

「らしさ」は、スローガンや企業理念の言葉の中にあるのではない。日々の行動・判断・評価・対話の積み重ねである「風土」の中にこそ宿っている。

風土が健全に機能しているとき、「らしさ」は自然に伝わります。しかし風土が歪んでいるとき、「よくない らしさ」もまた、同じように自然に伝わっていきます。これが、Hatch & Schultzのモデルの恐ろしい側面です。


「よくない らしさ」はどこから生まれるか

重要なのは、「よくない らしさ」は偶然の産物ではないということです。

Edgar Schein はこう言っています。組織文化とは「外部適応と内部統合の問題に対処する中で、グループが発見・開発した基本的前提のパターン」であり、それは「新たなメンバーに、正しい認知・思考・感情の様式として教えられるべきもの」だと。

ここで「正しい」というのは、あくまでその組織の論理における正しさです。顧客を欺くことが短期的に数字をつくることを、組織が学習した場合、その「基本的前提」は継承されていきます。

私がコンサルティングの現場で見てきた「よくない らしさ」には、ほぼ必ず共通した構造的原因があります。

評価制度の歪み。 「らしくない行動」が高い評価を受け、「らしい行動」が報われていない。たとえば、顧客への丁寧な対応よりも、短期の数字をつくる行動が評価される。こうした制度が長年続けば、組織は「数字をつくるためなら何でもあり」という行動文法を学習します。

管理職・リーダーの行動。 メンバーは、上司の日常的な行動から「この会社の本当のルール」を読み取ります。経営が掲げる価値観と、管理職の実際の行動が乖離しているとき、メンバーが学ぶのは経営の言葉ではなく、管理職の行動です。

成功体験の固着。 創業期や高成長期に有効だった行動パターンが、環境変化後も「うちのやり方」として温存される。かつては通用した強引な営業スタイルや、社内政治優先の意思決定が、時代遅れの行動文法として組織に残り続ける。

いずれも「誰かが悪意を持って設計した」ものではありません。しかし結果として、「よくない らしさ」を再生産する構造になっている。だからこそ、責める発想ではなく、構造を変える発想が必要です。


「よくない らしさ」を転換する5つのステップ

「よくない らしさ」に気づいた組織が最初にやりがちな失敗は、研修で解決しようとすることです。倫理研修を実施し、コンプライアンス教育を強化する。それ自体は否定しませんが、行動文法を生んでいる構造を変えない限り、研修の効果は長続きしません。

構造を変えることが先です。

STEP
「よくない らしさ」を直視する。

匿名サーベイ・行動観察・1on1インタビューを通じて、組織の実態を可視化します。「うちにはそんな問題はない」という思い込みを捨て、実際に何が起きているかを経営が直接知ることから始まります。

STEP
それを生んでいる構造を特定する。

問題のある行動が蔓延しているとき、それを支えている何かが必ずあります。評価基準なのか、管理職の行動なのか、意思決定のプロセスなのか。「誰が悪い」ではなく、「何がそれを可能にしているか」を問います。

STEP
「良い らしさ」をエピソードで言語化し直す。

「こうあるべき」という理念の言葉ではなく、「こう行動した人がいた」という具体的な物語として、あるべき行動文法を語り直します。社内の成功事例・顧客からの声・長年活躍している人材の行動観察が、ここでの素材になります。

STEP
制度・評価・報酬を「よい らしさ」に整合させる。

「良い らしさ」を体現した行動が、きちんと評価され、報われる構造をつくります。これが最も時間のかかる仕事ですが、最も効果が持続する仕事でもあります。制度と文化が接続されて初めて、「らしさ」は組織に根を張ります。

STEP
経営・管理職が新しい「らしさ」の体現者になる。

転換において、リーダーの行動変容は不可欠です。研修でメンバーに「良い らしさ」を求めながら、管理職が旧来の行動文法で動き続けているなら、転換は起きません。経営自身が変わることを、組織に見せる必要があります。


なぜ今、「らしさ」の設計が問われるのか

「よくない らしさ」の問題は、以前からあったかもしれません。しかし今、これが経営課題として浮上している理由があります。

急成長・中途採用比率の上昇・M&Aが進む組織では、文化の希釈が起きやすくなっています。多様な「当たり前」を持った人材が流入するとき、意図的な文化設計がなければ、組織の行動文法は最大公約数的な無色透明なものになっていきます。あるいは、声の大きい人間の行動パターンが「うちのやり方」として定着していきます。

組織が小さかった頃、経営者の目と行動が自然に「らしさ」を担保していました。しかし組織が一定規模を超えたとき、「らしさ」の設計は意図的に行わなければならない。これは、Scheinが数十年前に指摘したことですが、現代の日本企業においてもまったく色あせていません。


経営が問うべき3つの問い

ここで、Albert & Whettenの3条件に対応させた形で、経営者・CHROに問いを立てたいと思います。

問い①(中心性):「うちらしい判断」を、具体的なエピソードで語れますか?

抽象的な価値観の言葉ではなく、「あのとき、あの場面で、うちの人間はこう動いた」という物語で語れるかどうか。そしてそのエピソードは、「よい らしさ」を示しているか。語れなければ、まず言語化から始める必要があります。

問い②(独自性):「良い らしさ」を体現している人が、きちんと報われていますか?

評価・処遇・昇格の実態を見たとき、「よい らしさ」を大切にしている人が正当に評価されているか。ここに歪みがあると、「よい らしさ」は組織の中で静かに死に、「よくない らしさ」がその場所を埋めていきます。

問い③(時間的継続性):今の「らしさ」は、10年後も誇れるものですか?

世代交代・採用変化・事業多角化が進む中で、「よい らしさ」の継続性をどう担保するか。そして今の風土に、すでに「よくない らしさ」が入り込んでいないか。これは設計の問題であり、定期的に問い直すべき問いです。


まとめ

「らしさ」には意図が必要です。

意図のない風土は、誰かの都合のよい行動様式を「うちらしさ」として固着させます。顧客を欺く。仲間の足を引っ張る。上司の顔色をうかがう。そうした行動文法が「この会社のやり方」として継承されていく。

Albert & Whettenが示した3条件——中心性・独自性・継続性——は、内容を問いません。「よくない らしさ」もまた、中心性を持ち、独自性を持ち、継続性を持ちうる。だからこそ、経営が問うべきは「らしさがあるか」ではなく、「それは良い らしさか」です。

そしてScheinが指摘したように、文化とは構造によって形成され、教育によって継承されるものです。構造を変え、教育を設計し、経営自身が体現者になる。その積み重ねだけが、「よい らしさ」を組織に根づかせます。

「うちらしく動いてほしい」と願うなら、まず問うべきは社員ではありません。

経営は、「よい らしさ」を設計していたか。そこから始まります。


参照論文

  • Albert, S., & Whetten, D. A. (1985). Organizational identity. Research in Organizational Behavior, 7, 263–295.
  • Hatch, M. J., & Schultz, M. (1997). Relations between organizational culture, identity and image. European Journal of Marketing, 31(5/6), 356–365.
  • Hatch, M. J., & Schultz, M. (2002). The dynamics of organizational identity. Human Relations, 55(8), 989–1018.
  • Schein, E. H. (1985). Organizational Culture and Leadership. Jossey-Bass.
  • Schein, E. H. (1992). Organizational Culture and Leadership (2nd ed.). Jossey-Bass.

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