働くことに自己実現を見出せない人は、「甘え」でも「自意識過剰」でもない

みずほ総研チーフエコノミストの新刊から考える、「承認の需給ギャップ」と人事の打ち手

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

人事コンサルタントの平康慶浩(ひらやすよしひろ)です。
私が住んでいるのは東京なんですが、私が立ち上げた人事コンサルティングファームである、セレクションアンドバリエーションの本社は大阪です。
コンサルタントは大阪と東京に半分ずつ在籍していて、それらを拠点に名古屋とか福岡とか広島とか、四国や九州の南、東北などにもリモートと出張を組み合わせながら、人事改革を支援し続けています
そこで活躍する弊社のコンサルタント達は、ある意味、コンサルタントとして活躍すること自体に自己実現を見出している、と感じています。

そんな中で、河田皓史さんの『働く人が減っていく国でこれから起きること』(朝日新書)を読みました。

著者はみずほ総合研究所のチーフグローバルエコノミストで、元日本銀行のエコノミストです。
2024年夏に発表され大きな反響を呼んだレポートが、書籍化されたものです。

骨子はこうです。日本では非婚化とFIRE願望の高まりが同時に進んでいる。
50歳時点の生涯未婚率は男性で約30%、女性で約20%。そして20〜30代の約3〜4割がFIRE、つまり早期リタイアを望んでいる。
この二つが絡み合うと、「働く人」と「次世代の働き手」が二重に減っていく。
しかも労働市場から退出した人も、消費者としては残り続ける。
だから供給不足型のインフレ圧力が生まれる。
著者の試算では、2050年には早期リタイア層が400万人にのぼる可能性があるといいます。

マクロ経済の予測として読み応えのある一冊です。
ただ、人事コンサルティングを生業とする私にとって、最も刺さったのは別の一点でした。

この本は、働くことから心が離れていく人を、一度も責めていないのです。


目次

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河田氏の核心:「甘え」ではなく「合理的反応」

日本の会社員のエンゲージメントは世界最低クラスです。
この本でも紹介されていますし、ギャラップの国際調査で毎年のように指摘されている事実です。

このデータを前にしたとき、経営層の反応はだいたい二つに分かれます。
「最近の若手は根性がない」という嘆きか、「エンゲージメントサーベイを導入しよう」という施策論か。
どちらも、心が離れている本人の側に原因を置いています。

河田氏の説明は違います。働き続けたくないという願望を、「報われなさへの合理的反応」として描くのです。
頑張っても賃金は上がらず、ポストも空かない。
ならば人生の必要コストを下げて早めに降りるほうが合理的だ。
そう計算する人が増えているだけだ、と。

私はこの説明に深く納得しました。
エコノミストらしい、誠実な視点だと思います。
個人の性格や道徳の問題にせず、経済構造の帰結として説明する。
私が人事制度の世界でやろうとしてきたことと、同じ方向を向いています。

ただ、現場を見ている立場では一つの問いが残るのです

そのうえで、です。
人事コンサルティングの現場に立つ私には、河田氏の説明だけでは解けない問いが一つ残りました。

経済合理性で説明できるのは、「なぜ働くことから心が離れるか」までです。

では、なぜ報われても満たされないのか。

クライアント企業でこんな話を聞くことがあります。
処遇を改善した。役職も用意した。
それでも40代のベテラン社員の目に光が戻らない。
「あれだけやったのに、なぜですかね」と人事部長が愚痴をこぼす。

経営層や人事部の皆さんは、こういう場面に出会ったことがあるのではないでしょうか。

賃金とポストという形で承認を満たしても、働くことへの意欲が回復しない層が確かにいる。
ここから先は、経済の説明ではなく、自己認識の説明が必要になります。
河田氏の議論を否定するのではありません。
「なぜ離れるか」を河田氏が説明し、「なぜ戻れないか」を本稿が考える。そういう分担だと思ってください。

なお、ここで言う「働くことに自己実現を見出す」とは、壮大な夢を仕事で叶えることではありません。
自分の働きが誰かに認められ、自己像と現実がおおむね折り合っている状態。その程度の、ささやかな意味です。

仮説:自意識は「肥大した」のではなく「校正されなかった」

働く意欲を失った中年社員について、社内でよく使われる言葉があります。

「プライドが高い」
「自意識過剰」。

私は、この診断が逆だと考えています。

自意識は肥大したのではない。自意識を現実と擦り合わせる「校正」の機会が与えられなかったのだ。

人の自己認識は、本来、役割を通じて現実と擦り合わされていきます。
配偶者からの率直な指摘。
子どもという、自分を絶対視しない他者の存在。
部下を持てば、自分の指示がどう受け止められるかという日々のフィードバック。
これらはすべて、自己像の校正装置として働きます。

ところが、この校正装置が三つとも欠けやすい層が生まれています。
結婚せず、子を持たず、管理職にもならないまま中年を迎えた層です。
非婚化が進んだ社会では、これは例外的な生き方ではなく、統計的に極めて多い層になりました。

さらに日本型雇用の「遅い選抜」が追い打ちをかけます。
誰が昇進するかを長く曖昧にしておく仕組みは、自己評価の現実検証を中年まで先送りします。
そして検証がついに来たとき、自己像と市場評価のギャップはすでに大きい。
その状態で働き続けることは、ギャップを毎日突きつけられる行為になります。

だとすれば、働くことからの心理的撤退は、怠惰ではなく防衛反応です。
SNSはこの状態をさらに強化します。
「本当の自分はもっと評価されるはずだ」という物語を、いつでも取り出せる形で保存してくれるからです。

なぜこの世代なのか:1986年生まれ・今40歳のモデル

今年40歳になる、1986年生まれの人を思い浮かべてください。

物心つく前にバブルが崩壊しました。
親は「頑張れば報われる」と言いながら、テレビはリストラを報じていた。
この世代にとって学歴は、夢を叶える手段ではなく「転落を回避する保険」でした。
恐怖に駆られた達成は、報酬感を生みません。
残るのは「自分は正しく努力した側だ」という自己像だけです。

大学を出る頃、就職活動で「自己分析」を制度的に強制された最初期の世代でもあります。
自己を商品として語る訓練を、20歳そこそこで社会全体から課されたのです。
自意識が強く見えるのは性格ではありません。
就活という制度が要求したスキルなんですよね。

そして社会に出た直後にリーマンショック。
デフレと賃金停滞の2010年代前半に、磨き上げた「自分」を買い叩かれる経験が続きました。
同じ時期にSNSが普及し、ごく一部の同級生の成功だけが可視化され続けた。

整理するとこうなります。
この世代は、自己を語る訓練だけを受け、自己が承認される経験を欠いた
自意識の供給は過剰で、承認の供給は過少。
この需給ギャップこそが、「自意識の肥大」に見えるものの正体だと、私は考えています。
そしてこれは、河田氏の言う「報われなさ」を、自己認識の側から言い換えたものでもあります。

人事は何ができるか:校正機会を「制度として」供給する

河田氏の処方箋は、人口3000万人時代を前提とした社会設計です。
自動化、省力化、外国人材。
国レベルの話としては正しいと思います。

では、個々の企業の人事には何ができるでしょうか。
私は四つあると考えています。

第一に、中年非管理職層への評価フィードバックの再設計です。

多くの企業で、評価フィードバックが最も手薄なのがこの層です。
昇進候補でもなく、問題社員でもない。
だから誰も本気で向き合わない。
しかし本稿の見立てに立てば、この層にこそ丁寧な校正機会が必要です。
年に一度の評価面談ではなく、仕事の手応えを現実と擦り合わせる対話を、制度として供給する。
一次評価者の育成が鍵になります。

第二に、キャリアの現実検証を早期化する等級・登用設計です。
遅い選抜の副作用は、40代でのギャップの一括精算です。
等級要件を行動レベルで明示し、20代・30代のうちから「今の自分がどう見えているか」を知る機会を組み込む。
早い段階の小さな校正は痛みが小さく、遅い段階の大きな校正は人の自意識とのギャップを極大化してしまいます。

第三に、経営層の認知バイアスへの対処です。
エンゲージメントの低さを「甘え」と読む経営層は、まだ少なくありません。
この読み違いは、施策をすべて精神論に向かわせます。
データの読み方そのものを変える働きかけが、人事部門の重要な仕事になります。

第四に、承認の供給源の多元化です。
承認をポストと賃金だけに紐づける設計は、ポストが減る時代には構造的に破綻します。
専門性の認定、後進育成の可視化、社外活動の評価。
承認の通貨を複数持つ組織だけが、ポスト不足の時代に社員の自己像を支えられます。

まとめ

冒頭の問いに戻ってみましょう。
働くことに自己実現を見出せない人は、甘えているのでしょうか。
自意識過剰なのでしょうか。

どちらでもない、と私は考えています。
彼らは、報われる経験と、自己像を校正される機会の両方を、供給されてこなかっただけです。
前者を河田氏が経済の言葉で示し、後者を私は人事の言葉で示したつもりです。

河田氏は、働きたくない人を責めない本を書きました。
私も、責めない立場からその続きを考えていきたいと思います。
責める言葉からは、何の制度も生まれないのですから。


書籍情報
河田皓史『働く人が減っていく国でこれから起きること』朝日新書1054、朝日新聞出版、2026年4月刊、957円(税込)、ISBN 978-4-02-295366-7


本稿に関するお問い合わせ・ご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお問い合わせください。

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