文:柳瀬 大地(セレクションアンドバリエーション株式会社 マネジャー)
「評価制度を整えたのに、評価がばらばらで現場から不満が出る」
「職務記述書を作ったのに、誰も見ていない」
「管理職研修をやったのに、育成のやり方が人によって全然違う」
こうした声を、人事コンサルティングの現場でよく耳にします。
特に従業員200人未満の中小企業では、この現象がより顕著です。
制度がないわけではない。むしろ、外部のコンサルや市販の書籍をもとに、丁寧に作られた制度がすでにあったりもする。
それでも現場は動かない。
なぜでしょうか。
私はこの問いに対して、一つのシンプルな答えを持っています。
それは「【揃える】という視点が抜け落ちているから」です。
「制度」ではなく「考え方」を揃えることが先決
人事制度の設計というと、どうしても「何を評価するか」「等級をいくつ作るか」「報酬テーブルをどう設計するか」という議論になりがちです。
しかし現場が動かない企業を見ていると、問題の根っこは制度の中身ではなく、「仕事・評価・育成に対する考え方が人によってバラバラ」という点にあることが多いのです。
たとえば、こんな場面を想像してください。
営業担当の成果を評価するとき、ある管理職は「受注件数」を最重要視し、別の管理職は「顧客との関係構築度」を重んじる。このように評価の基準が揃っていないため、同じパフォーマンスでも評価結果が大きく異なってしまうのです。
社員から見れば「どんな上司に当たったかで給与が変わる」という不満につながります。
これは制度の問題ではありません。評価の「目線」が揃っていない、ということが問題なのです。
この「目線を揃える」という発想こそが、現場を動かすための根幹になります。
具体的には、次の3つの軸で揃えていくことが有効です。
①仕事の捉え方を揃える:この職種で何を果たせば価値が出るのか、どこまで判断してよい仕事なのかを共通言語化する、ということです。
②評価の見方を揃える:結果だけを見るのか、プロセスや責務の果たし方も見るのか。「良い仕事」とはどういう状態かを全社で共通の認識を持つ、ということです。
③育成の方向を揃える:今任せたい仕事は何か、次に伸ばすべき力は何か、将来どんな役割を期待するのかを言語化する、ということです。
これら3つが揃ったとき、初めて「現場が自分で考えて動ける組織」が生まれてきます。
中小企業こそ、【揃える】に向いている
ここで少し逆説的な話をします。
「目線を揃える」という取組みは、大企業でやろうとすると非常に時間がかかります。職種が多すぎる、関係者が多すぎる、部門間の利害が絡みすぎる——さまざまな壁があります。
しかし200人未満の企業は、実はこの取組みが最もやりやすい環境にあります。
理由は3つです。
一つ目は、トップと現場の距離が近いこと。経営の意図を「経営者のことば」で直接伝えることができ、現場での理解を得やすい環境にあるのです。経営層のことばが間接的に伝わりがちな大企業に比べて、現場とのズレが生まれにくく、浸透が速いのです。
二つ目は、主要な職務が限られていること。全職種を作り込む必要はありません。代表的な職務を2〜3個揃えるだけで、波及効果が生まれます。製造・技術開発・営業といった主要職種の責任と行動を揃えれば、その考え方が周辺職種にも自然と広がっていきます。中小規模の企業であればこの波及速度はより速まります。
三つ目は、運用の影響範囲が見えること。一つ目とも関係しますが現場との近さ故、誰がどう誰が変わるか、不都合を感じるかを細かに確認しながら、短いサイクルで修正が可能となります。失敗しても軌道修正が速い。これは中小企業の大きなアドバンテージです。
大きく変える必要はないのです。まず「揃える」ことから始める——これが中小企業の人事改革において最短・最効率なアプローチだと私は考えています。
「職務の言語化」から始まる具体的な揃え方
では、実際にどこから手をつければよいでしょうか。
私がお勧めしているのは、「職務の言語化」を起点にすることです。
単なる「業務リスト」で終わらせないために、真に必要になってくることは、「何をすれば責任を果たしたことになるのか」「どこまでの判断を自分でしてよいのか」という、仕事の責任の範囲と判断の境界を言語化することです。
たとえば製造部門であれば、単に「設備の点検・整備を行う」という記述では不十分です。
「異常検知→原因特定→是正判断→再発防止(標準化)」という一連の成果創出フローを示し、「どこまでの判断を自分で完結させてよいか」を明確にする。
これが揃うことで、管理職が「それはあなたの責任範囲です」と言える状態になります。
このような責任の可視化は、評価・育成・配置の目線を一度に揃える効果があります。「何ができれば昇格なのか」「今この人に何を教えるべきか」「次にどんな仕事を任せるか」——これらの問いに対して、管理職全員が同じ言語で答えられるようになります。
これが「目線を揃える」ということの実態です。
評価で揃えるべきは「何を見るか」より「なぜ見るか」
もう一点、中小企業の現場でよく起きる混乱についてお話しします。
「評価基準が抽象的すぎて、管理職が使いこなせない」という問題です。
これを解消するためには、「何のために見るのか」を管理職全員で腹落ちさせることが重要です。ここでは、評価の対象をスキル評価・行動評価・成果評価と仮定して考えてみます。
スキル評価は一般的に「一人前になるための基盤」を見るものです。なので、絶対評価により個人個人で習得しているかどうかを判定します。
行動評価は「成果につながる動き方の再現性」を見るもので、こちらも個人の問題であるので絶対評価が望ましいと言えます。
成果評価は、よく期初に設定した目標の達成度を評価するもの、と捉えられがちですが、結果的に組織業績・組織の成長にどれだけ貢献したのか、いわゆる「組織への貢献度」を見るものと考えられますす。そういう意味では相対評価と相性がいいと言えます。
重要なのは、この3つがそれぞれ異なる目的を持つということです。
成果だけで評価すると「運が良かった人」が評価される可能性があります。
スキルだけで評価すると「知っているが動かない人」が評価されたりもします。
行動だけで評価すると「頑張っている感」で判断が歪みます。
この3つを組み合わせることで、初めて「信頼に基づく業務委譲」と「結果に基づく貢献実感」が両立できる評価になります。
このような考え方を管理職全員が持っていれば、「なぜ今この評価なのか」の説明が管理職自身の言葉でできるようになります。これが評価者の目線を揃えるということの実態です。
制度より先に「運用の儀式」を設計する
仕組みを作っただけでは、残念ながら何も変わりません。人事コンサルティングの現場で何度も実感してきたことです。
大切なのは、その仕組みを「日常会話の中で使ってもらう」ことです。
具体的には、1on1・評価会議・配置登用会議といった「会話の場」を設定し、そこで使う「会話の型」もある程度決めてしまうことが有効です。
- 期待成果は何か?
- 責任はどこまで負うのか?
- スキル・行動は何ができていて、何が課題か?
- 次に任せる仕事は何か?そのための育成は何か?
この4つの問いを軸に会話が回るようになると、「成果だけで評価」でも「頑張り評価」でもなく、仕事の中身に沿った先を見据えた会話ができるようになります。
会話が揃うと、評価者間のブレが減ります。そうすると育成が回り始めます、配置の考え方も変わってきます。そして結果として、「当たり前の基準」が更新されていく——これが組織風土の変化につながるのです。
制度が先ではありません。運用の「儀式」が先です。
まとめ:「完璧な制度」より「揃った運用」
人事の現場でよく聞くのは、「もっと精緻な制度を作らなければ」という声です。気持ちはよくわかります。しかしそこには落とし穴があります。
精緻さを追求するほど、制度は複雑になります。複雑な制度は往々にして現場で使いこなされません。使いこなされない制度は、誰も守らなくなります。
大切なのは、トレンドに基づく設計より「揃える意識」。立派な人事制度規程より現場で使われる基準。完璧な制度より揃った運用です。
中小企業の強みは「揃えやすさ」にあります。トップの言葉が現場に届く。主要職種だけ揃えれば波及する。修正サイクルが速い。この強みを活かさない手はありません。
「目線を揃える」ことから始めてみてください。
そこから、組織風土は少しずつ、しかし確実に変わっていくはずです。
評価制度の運用改善に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。
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