女性役員を輩出する会社に必要なのは、育休制度ではなく「役職定義」だ

平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役 平康慶浩
平康慶浩|セレクションアンドバリエーション株式会社 代表取締役|グロービス経営大学院客員准教授 人事コンサルタントとして30年以上、等級・報酬・評価制度の設計に携わる

女性役員を増やしたい。

そう考えたとき、多くの会社がまず思い浮かべるのは、育休制度の拡充や、育児と職務の両立支援の強化ではないでしょうか。

たしかに、それらの制度は今や必須となっています。制度が脆弱であれば、出産や育児を機に働き続けること自体が難しくなるからです。

ただ、育休制度や時短勤務が、女性管理職や女性役員を増やすために、有意に機能しているか?と言われると、そのようなエビデンスはみあたりません。

育休制度や時短勤務が女性活躍に機能するのは「就業継続」だけ、と言っても過言ではありません。

育休や時短などで職場からは離れずに済む。けれども、育休や時短を取得するのが女性だけであれば(男性の取得率はまだ20%未満です)、経営層が女性を管理職や役員に登用しようとするインセンティブが働かないのは、残念ながら当然のことなのです。

働き方を柔軟にする制度はある。復職もできる。
けれども、管理職候補にはなっても、部長候補にならない。
部長候補にはなっても、役員候補に残らない。
柔軟な働き方を選ばない男性社員たちがいる以上、女性の登用率はどうしても下がってしまいます。

このような事実に対して、単純に「女性活躍をさらに可能に」と整理してしまうと、本質を見失います。

女性活躍の本質は、本人の意欲が足りないことでも、会社の配慮が足りないことでもありません。

女性管理職や女性役員が増えない理由は、日本社会で私たちがこれまでの50年間、常識としてきたキャリアの形そのものが原因です。

その前提とはキャリアは連続して積み上がるものだ、という考え方です。

途切れずに働き、少しずつ経験を重ね、年次に応じて役割が広がり、その延長線上で管理職や役員へ昇進していく。

日本企業の多くは、いまもこの形を暗黙の標準にしています。

シングルラダーでのキャリアはまさにその典型ですし、複線型といわれる専門職等級の仕組みですら、本質はキャリアの積み上げを前提としています。

けれども、この前提に立っている限り、ライフイベントによって一時的に歩みが変わりやすい人ほど、不利になります。そして現実には、その不利さが最も早く、最も大きく表れるのが女性です。

だから、女性役員を増やしたいのであれば、本当に見直すべきは育休制度そのものではありません。
役職に何を求めるのか。その役職は、何を果たす人なのか。
つまり、「役職定義」です。


目次

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一本道の昇進モデルが、女性役員候補を減らしている

多くの会社には、暗黙の昇進モデルがあります。

一般社員として現場を覚え、後輩指導ができるようになって係長になり、一つの機能を束ねて課長になり、複数の機能を束ね、社内調整を担えるようになって部長になる。

とても自然に見える流れですし、実際、このモデルで育ってきた管理職もたくさんいます。

ただ、このモデルには一つ、見落とされがちな前提があります。

それは、過去の役割の延長線上に、次の役割があるという考え方です。

しかし、現実の組織運営は、そこまで単純ではありません。係長に求められることと、課長に求められることは違います。課長に求められることと、部長に求められることも違います。さらに言えば、部長と役員では、見ている景色がまるで違います。

一般社員に求められるのは、自分の担当業務を正しく遂行することです。
係長であれば、後輩の指導や、小さな単位での進捗管理が加わるでしょう。
課長になると、自分が手を動かすことよりも、機能全体の成果責任を持つことが重要になります。
部長になれば、複数機能の優先順位をつけ、限られた資源をどう配分するかを決めなければならない。
役員になれば、それはさらに経営の意思決定に近づきます。事業の方向、投資の是非、組織全体の力学を見ながら、何を取って何を捨てるかを決めることになる。

つまり、階層が上がるほど、役割は「同じ仕事の延長」ではなくなっていくのです。

このことについては、2014年に「出世する人は人事評価を気にしない」(日本経済新聞出版社)で示しました。

しかし今なお、ほとんどの会社での昇進の判断が「どれだけ長くその場にいたか」「順番どおりに経験してきたか」に強く引っ張られています。

しかし本来は次の階層に必要な資質を持つ人が、候補に入らないといけないはずです。

つまり女性がキャリアアップで不利になりやすいのは、能力の問題や環境の問題ではないのです。

この一本道のモデルが、連続した在籍と順番どおりの経験を前提にしているからです。

出産や育児によって、ある時期だけキャリアを積めなくなる。異動や昇進のタイミングが少しずれる。責任の重いポストに乗る時期が、同世代の男性より遅れる。こうしたことが起きたとき、役職定義が曖昧な会社では、本人の力ではなく「コースから外れた」という印象だけが残ります。そして、気がつけば候補者リストから消えているのです。

これは、とても怖いことです。なぜなら、誰も明確に排除していないのに、構造として自然に排除されてしまうからです。


リターンシップもファストトラックも、前提は「役職定義」である

この問題を考えるとき、海外の制度を参考にしてみましょう。

たとえば、キャリアブレイク後の復職を支援するリターンシップ。

ゴールドマンサックスやJPモルガン・チェース、ブラックロックなどの投資銀行で取り入れられている、期間を区切った復職支援の仕組みがあります。

また、アマゾンやGE、あるいは英国政府などで将来の幹部候補を早期に選抜して育成するファストトラックの仕組みがあります。

これらの制度を表面的に見ると、「女性に優しい制度」や「抜擢の仕組み」のように見えるかもしれません。ですが、本質はそこではありません。これらの制度が成立している会社は、共通してある条件を満たしています。

それが、役職ごとの役割が明確に定義されていることです。

リターンシップが成り立つのは、復帰先の仕事が定義されているからです。

何を任せるのか。その役割に必要な水準は何か。ブランクによって抜け落ちやすい知識や感覚は何か。それをどのような研修や実務で補えばよいのか。一定期間のプログラムを経て、どの状態まで回復すれば「この役割を担える」と言えるのか。これが明確でなければ、復職支援は単なる配慮で終わります。現場に戻したとしても、何をもって再戦力化とみなすのかが分からないからです。

ファストトラックも同じです。早く昇進させることが本質ではありません。
大切なのは、次の階層に必要な役割を見据えて、必要な経験と教育を先回りして設計できることです。

たとえば、課長に必要なのが「個人の成果」ではなく「機能全体の成果責任」であるなら、そのための経験を意図的に積ませる必要があります。部長に必要なのが「複数機能の資源配分と社内調整」であるなら、現場の熟練とは別の経験を与えなければなりません。役員候補であればなおさらです。全体最適を考える視点、数字で事業を判断する力、対立する利害の調整、外部も含めた説明責任。こうしたものは、ただ長く働いていれば自然に身につくわけではありません。

だからこそ、リターンシップもファストトラックも、制度の前に役職定義が必要なのです。
何を果たす役割なのかが定義されているから、戻すことができる。
何を身につけさせるべきかが明確だから、早く育てることができる。

逆に言えば、役職定義が曖昧な会社では、どちらも作れません。

復職者に何を期待してよいか分からない。

抜擢候補に何を経験させればよいかも分からない。

すると結局、「以前どおり順番に積み上げてきた人」が有利なままになるのです。


日本企業でこの議論が難しくなるのは、役職が役割ではなく序列になっているから

ここまで話すと、「理屈は分かるが、日本ではそんなに簡単ではない」という反応が返ってきます。たしかに、その通りです。日本企業では、役職が役割というより、処遇や序列の肩書になっていることが多いからです。

課長とは何を果たす人なのか。
部長とはどこまで意思決定できる人なのか。
役員手前の人材には何を求めるのか。

こうした問いに対して、明確に答えられる会社は、驚くほど少ないのです。

役職定義はあるけれども、それが定義通りに運用されていない場合がとても多いのです。

時には、昇進判断は「なんとなくこの人」「そろそろこの年次」「周囲も納得しそう」という形になることすらあります。

この状態で、リターンシップやファストトラックだけを導入すると、制度としてほぼ機能しません。

逆に、順番を飛ばされた人が不満を持つことになりますし、復職者への期待値が現場ごとにばらばらになります。結果として選抜がえこひいきに見えてしまうことでしょう。

制度が悪いのではく、キャリア判断の前提が整理されていないからです。

だから、女性役員を増やしたい会社が最初に取り組むべきことは、育休制度をさらに手厚くすることではなく、まず役職を役割として定義し直すことです。

課長とは何か。部長とは何か。役員とは何か。その役割ごとに、成果責任、意思決定範囲、求める行動、必要な経験を整理することです。

そうすることで、キャリアが一度途切れても、「この役割に戻すには何が必要か」が分かるようになります。
女性活躍の議論が、配慮や象徴ではなく、幹部育成の本質として機能し始めます。


女性活躍は、会社の幹部育成の弱点を映す鏡である

ここまで、女性役員を増やす話として書いてきました。けれども、最後に強調したいのは、これは女性のためだけの議論ではない、ということです。

本質は、性別を問わず、優秀な管理職や役員を増やせる会社になるかどうかです。

連続する積み上げキャリアだけを前提にしている会社は、女性だけでなく、多くの人材を取りこぼします。育児だけではありません。介護、病気、留学、副業、越境経験、配置転換。キャリアは、本来もっと複線的なものです。そこを一直線の競争に押し込めているから、才能を活かしきれないのです。

女性活躍が不整備な状況は、その歪みを最初に見せてくれます。
だからこそ、女性役員を本気で増やそうとする会社は、結果として幹部育成全体を強くしていくことになります。

育休制度を整えることは大事です。けれども、それだけでは足りません。
その先で、誰をどの役割に接続し、どのように成長させ、どの基準で任せるのか。
その設計がなければ、候補者は増えません。

女性役員を輩出する会社に必要なのは、育休制度ではなく「役職定義」だ。
この言葉は、少し強すぎるように聞こえるかもしれません。
ですが、本当に候補者を増やしたいのであれば、ここから目をそらしてはいけないと思います。

制度のやさしさより先に、役割定義の厳密さが必要です。
その上で初めて、復職も、抜擢も、納得ある形で成立します。
会社が取りこぼしているのは、女性ではありません。
才能そのものです。


役職定義から見直し、女性役員を輩出できる組織へ

女性役員を増やす議論は、結局のところ、育休制度の拡充だけでは終わりません。
本当に必要なのは、課長・部長・役員候補に何を求めるのかを明確にし、任用・評価・育成の基準を揃えることです。

セレクションアンドバリエーションでは、職務や役割を明確にする人事制度設計から、女性管理職比率の向上に向けた候補者育成・登用設計まで、一貫して支援しています。

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