PMIにおける報酬制度統合の実務(全4回シリーズ:第4回)

前回は、PMI(Post Merger Integration)における組織・等級・役割統合について解説しました。
前回の記事はこちら。

組織体制や役割が決まると、次に必ず検討しなければならないのが報酬制度です。M&A後、「同じような仕事をしているのに給与水準が違う」「評価の仕組みが異なるため昇給ルールが理解されない」といった問題は珍しくありません。制度を放置すれば、社員の納得感を損ない、離職やモチベーション低下につながる恐れがあります。

一方で、報酬制度は従業員の生活に直結するテーマであり、拙速な統合はかえって混乱を招きます。

本記事では、PMIにおける報酬制度統合のポイントについて解説します。

目次

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まず確認すべきは現状の違い

制度統合を始める前に、両社の報酬制度を比較・整理します。

例えば、次のような項目です。

  • 等級制度
  • 基本給の決定方法
  • 賞与の支給ルール
  • 昇給の仕組み
  • 各種手当
  • 福利厚生
  • 退職金制度
  • インセンティブ制度

単に制度名称を比較するだけでは不十分です。

例えば、どちらも「職能給」を採用していても、一方は勤続年数重視、もう一方は成果重視で運用されているケースもあります。

制度だけでなく、実際の運用実態まで把握することが重要です。

給与水準の違いを可視化する

PMIで特に難しいのが給与水準の違いです。

同じ職種・同じ等級であっても、

  • 買収企業の方が高い
  • 被買収企業の方が高い
  • 年齢によって逆転している

など、さまざまなケースがあります。

ここで注意すべきは、制度上の等級・号俸を突き合わせるだけでは実態を正しく把握できないという点です。同じ等級・同じ号俸であっても、実際の運用では特定の個人だけが例外的に高く処遇されていたり、上司の裁量で本来の基準を外れた昇給がなされていたりするケースが少なくありません。制度は正しく運用されて初めて意味を持つものであり、制度の建て付けが同じであることと、実際に同じように運用されていることは別問題です。

そのため、制度同士を比較するだけでなく、個人別の給与データを等級別・職種別・年齢別・勤続年数別などの切り口で実際に集計し、制度通りに運用されているか、どこにどの程度の乖離があるかを確認する必要があります。

この実態把握を省いて制度だけを統一すると、こうした個別の乖離がそのまま新制度に持ち込まれ、「同じ等級なのになぜあの人だけ給与が高いのか」という不満が統合後に噴出するリスクがあります。

あわせて意識しておきたいのが、統合後の総額人件費への影響です。実務上、水準の低い方に合わせることは不利益変更に該当し実行が難しいため、統合後の総額人件費は上がることを前提に試算しておく必要があります。

統合方法は一つではない

報酬制度の統合方針は、本来この段階で初めて検討するものではなく、組織・役割統合の検討と合わせて、すでに大枠が固まっているはずのものです。
統合方針の決定のポイントについては、第2回の連載記事で紹介しています。

方針は大きく次の3つに整理されます。

①買い手側の制度をベースに統合する
②両社を折衷・調整する
③統合後の戦略に沿って新たに設計・導入する

判断軸は、新会社が求める人材像との整合性、コスト(総額人件費への影響・設計にかかる期間)、従業員の納得感の3つです。

報酬制度の実務設計は、この大枠の方針に従って進めることになります。以下で解説する現状把握や移行ルールの設計は、いずれの方針を選んだ場合にも共通して必要となる実務です。

不利益変更を避けるための移行期間の処遇保護

報酬制度を統合すると、現行の処遇と新制度の内容が一致しないケースが必ず発生します。

例えば、

  • 手当が廃止される
  • 賞与算定方法が変わる
  • 昇給機会が減る

などです。

不利益変更は労働契約法上、合理性や周知などの厳格な要件が課されており、原則として避けることが安全です。制度として合理的に見えても、従業員の理解を得られなければ制度は定着しません。まずは「不利益変更をしない」ことを前提に検討し、どうしても避けられない場合には、経過措置とセットで慎重に進めることがスムーズでしょう。この経過措置として実務で使われるのが、移行期間の処遇保護ルールです。

具体的には、次のような手法がよく用いられます。

  • 移行号俸の設定
  • 差額支給(調整給)の段階的縮減
  • キーパーソンへの個別対応

順番に紹介していきます。

移行号俸の設定

新等級制度の号俸表に現行給与をそのまま当てはめると、号俸の間に入ってしまう、あるいは上限を超えてしまうケースが生じます。この場合、現行給与に最も近い号俸へ機械的に格付ける「移行号俸」を本来の号俸表とは別枠で新設します。移行号俸に格付けられた社員は、次回の昇給時から本来の号俸表へ統合していく、という設計が実務的です。

差額支給(調整給)の段階的縮減

現行給与と新制度上のあるべき給与との差額を「調整給」として当面支給し、数年かけて縮減・吸収していく方法です。縮減の方法としては、主に次の2パターンがあります。

期間経過による自動縮減

例えば3年間で毎年3分の1ずつ、あるいは初年度は満額支給、2年目50%、3年目でゼロ、というようにあらかじめ定めたスケジュールに沿って機械的に減額していく方法です。従業員への説明がしやすく運用も簡便ですが、本人の業績や貢献度と関係なく減額が進む点への納得感醸成が必要です。

昇給への組み入れ

毎年の定期昇給分を新給与への上乗せではなく、調整給の減額に充当していく方法です。実質的な手取りは変わらないまま、数年かけて調整給がゼロに近づいていきます。従業員からは「昇給が止まった」ように見えるため、あらかじめこの仕組みを説明しておくことが不可欠です。

キーパーソンへの個別対応

以上は全社員に一律で適用する移行ルールですが、キーパーソンについては別枠で検討する必要があります。特に、対象企業が持つ技術・ノウハウの獲得自体がM&Aの目的である場合、その技術を体現する特定の人材の離脱は買収の前提そのものを崩しかねません。こうしたキーパーソンに対しては、

  • 一般社員よりも長期の年収保証を設定する
  • 調整給の縮減対象から外す、または縮減期間を延長する
  • 離職防止のため、現行給与にさらに上乗せしたリテンションボーナスやインセンティブを付与する

といった個別対応が取られることがあります。誰をキーパーソンと位置づけ、どこまでの処遇を約束するかは、M&Aの目的(技術獲得・顧客基盤獲得・事業拡大など)によって変わるため、Day1より前のデューデリジェンス段階から人事が関与し、対象者を特定しておくことが望ましいといえます。

なお、退職金制度において確定給付型を採用している場合は、事実上、不利益変更は極めて困難である点に留意しましょう。

丁寧すぎるくらいの説明でちょうどいい

いずれの方法を採るにせよ、縮減スケジュールと総額人件費への影響を事前に試算し、従業員に説明可能な形にしておくことが前提となります。

大きく給与が変わる社員に対しては、全体説明会だけでなく個別に面談の機会を設け、なぜ変わるのか、経過措置の内容、今後どう評価・昇給していくのかを丁寧に説明し、透明性の高いプロセスを踏むことが欠かせません。

特にキーパーソンについては、報酬面での不満や不安が離職につながれば、M&Aで技術・顧客基盤を獲得するという本来の目的そのものが達成できなくなってしまいます。報酬制度の設計がどれほど合理的であっても、こうした事態を招いては本末転倒です。

まとめ

  • 統合前には、制度の名称だけでなく実際の運用実態、給与水準の差、統合後の総額人件費インパクトまで把握する必要があります
  • 不利益変更は原則として避けるべきであり、避けられない場合は移行号俸の設定や調整給の段階的縮減といった移行期間の処遇保護ルールを、コスト試算・説明可能性とセットで設計します
  • キーパーソンについては、長期の年収保証や上乗せ支給など、一般社員とは別枠での個別対応を検討する必要があります
  • 大きく給与が変わる社員には個別面談を含む丁寧な説明を行い、報酬面の不満がM&Aの目的達成を妨げることのないようにします

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