評価制度の設計に関わっていると、「相対評価をやめたい」という相談を受けることは少なくない。理由を突き詰めていくと、多くの場合その導入目的は人材の成長支援ではなく、人件費の抑制にあることが分かる。あらかじめ評価の分布割合を決めておけば、賞与や昇給の総額はコントロールしやすくなる。しかし、この目的と、評価制度が本来担うべき「人を育てる」という機能は、もともと相性が良くない。相対評価は原則として廃止すべきであり、その先で必ず出てくる「評価者間の目線合わせ」という論点にこそ設計の力点を置くべきだというのが、本稿の主張である。


人件費抑制なら、先に総額を決めればいい
相対評価の最大の存在意義は、賞与原資や昇給原資の総額を事前にコントロールできることにある。しかし、これは相対評価でなければ実現できないわけではない。賞与総額や昇給総額をあらかじめ決め、その枠内で評価結果に応じて配分する運用にすれば、人件費のコントロールという目的は達成できる。評価そのものは絶対評価で行い、配分の段階でのみ総額の制約をかける。これで十分なはずだ。
相対評価固有の問題は、評価そのものが「他者との比較」によって決まってしまう点にある。同じ成果を出しても、たまたま同じ評価グループに優秀な人が多ければ評価は下がり、少なければ上がる。
これは本人の成長や貢献とは無関係な要素で評価が左右されることを意味する。受験生や学生のように、「決められた枠に入るために競い合う」という環境であれば順位付けを行うような相対評価は有効に機能するであろう。しかし、会社にとって重要なのは「一人一人が成長し、組織全体で成果を上げる」ことである。そこに他者と競わせて限られた枠を奪い合わせるという発想を持ち込めば、成長そのものよりも、周囲より優位に立つことばかりに意識が向いてしまい、組織全体の成果向上という本来の目的からは遠ざかってしまう。
相対評価が成り立つのは「同じ土俵」があるときだけ
相対評価が機能するための大前提は、比較対象となる全員が同じ条件で同じことに取り組んでいることだ。典型例は学生の試験の順位で、これは全員が同じ試験を受けているからこそ成立する。
企業の評価では、この前提はほとんど成り立たない。同じ部署の中でも一人ひとりの担当業務は異なり、部署をまたいだ比較となればなおさら難しい。逆に相対評価が機能しやすいのは、全員が同じ仕事をしていて、成果が競争によって生まれるような職種である。分かりやすい例で言えば、数字が明確に出る定型的な営業職などが挙げられる。
ただし同じ営業職でも、専門性の高い提案型の営業には相対評価は向かない。競争意識が強くなりすぎると、成功事例やノウハウが個人の中に囲い込まれ、組織にナレッジとして蓄積されにくくなるからだ。相対評価が機能するのは、一定の経験を積めば誰でも基本的な型を習得できるレベル感の、定型性の高い仕事に限られる。特殊な専門性を要する職種を除けば、評価は原則として絶対評価で行うことが望ましい。
絶対評価に一本化するなら、評価目線合わせは必須の取り組みになる
相対評価をやめて絶対評価に一本化する場合、必ず向き合わなければならないのが評価者間の基準のばらつきである。評価者ごとに「甘い」「厳しい」という評価傾向の差は必ず生じる。相対評価はこの差を強制的にならすことで、結果としてばらつきを覆い隠していた側面がある。絶対評価に切り替えるということは、この覆い隠す機能を手放すということでもある。したがって、評価者間の目線合わせは、絶対評価へ移行する際にあわせて必ず設計すべき、必須の取り組みとして位置づける必要がある。
ここで注意すべきは、目線合わせの手段として、部署単位・等級単位で無理やり分布に押し込む相対調整を持ち込まないことである。「この部署は全体的に評価が高いから下げよう」という機械的な調整は、その部署が本当に優秀な人材の集まりである可能性と、評価者が単に甘いだけである可能性を区別しないまま、一律に評価を下げてしまう。良いマネジメントの結果、部署全体の水準が底上げされているとすれば、この調整はその成果を制度上罰することになる。分布を強制する発想そのものが、組織の実態は特定の分布に従うという、根拠のない前提の上に成り立っている。
評価者間の目線合わせで本来目指すべきは、順位づけではなく「同じ行動・同じ成果に対して、どの評価者も同じ基準でスコアをつけられる状態」をつくることである。これは評価者が集まり、事実・評価基準・具体的な評価事例を持ち寄って、「なぜこのケースは高評価なのか」「なぜこのケースは低評価なのか」をすり合わせるキャリブレーション会議によってしか実現できない。相対的な順位づけと、基準のすり合わせは、目的も手法もまったく別のものである。
キャリブレーション会議の中で「他部署の似たケースと比べてこの評価は妥当か」という比較を参照点として用いることはある。ただしこれは順位をつけるための比較ではなく、基準がブレていないかを確認するための比較にとどめる必要がある。比較はあくまで手段であり、目的は絶対評価の精度を高めることに一本化されるべきだ。
結論
相対評価は、人件費のコントロールを目的とするなら不要であり、賞与・昇給の総額管理という形で代替できる。また、企業の仕事の多くは「同じ土俵」で行われていないため、相対評価はそもそも前提条件を欠いており、多くの企業には推奨できない仕組みというほが本稿の主張である。
一方で、相対評価をやめて絶対評価に一本化する際には、評価者間のばらつきを抑えるキャリブレーションを行うことが重要である。相対評価をやめることと、評価目線を合わせる仕組みをセットで設計することが、評価制度を人材育成という本来の目的に立ち返らせるための出発点になる。


