文:平康 慶浩(セレクションアンドバリエーション株式会社 代表・人事コンサルタント)

「求人を出しても応募が来ない」「面接まで進んでも辞退される」「入ってもすぐ辞める」
医療・介護の人事担当者や経営者から、こうした話をよく聞きます。
そのたびに私が確認したくなるのが、採用基準の中身です。採用市場の問題である前に、採用基準の設計の問題であることが少なくないからです。
採用基準に何を詰め込んでいますか?
少し立ち止まって考えてみてください。
今の求人票に書いてある要件、あるいは面接で確認している要件を、一度全部書き出してみる。「電子カルテが使えること」「訪問経験があること」「チームワークを大切にできること」「コミュニケーション力があること」……。
一つひとつは正当な期待です。ただ、これをすべて「採用時点で持っていること」として求めると、対象者は一気に絞り込まれます。
採用基準とは本来、「組織に入ったあとに機能する人材を選ぶための設計」です。ところが現場では「理想の職員像」をそのまま採用要件に転写してしまうことが多い。その結果、「そんな人は存在しない」という基準ができあがります。
二種類の能力を混同していませんか?
採用基準を設計するとき、能力を二種類に分けて考えることが重要です。
一つは「持ち運べる能力」。前職や学校教育など、外部環境で形成されてきた能力で、転職・入職後もそのまま機能するものです。対人傾向、価値観への共鳴、変化への適応性などがここに入ります。
もう一つは「組織の中で育つ能力」。自院の業務フロー、院内システムの操作、連携先との関係構築の作法など、組織の中で時間をかけて形成していくものです。
採用難の組織の基準をよく見ると、この二種類が混在しています。「電子カルテが使えること」「レセプト業務の経験があること」は後者に属します。入職後に育成できる能力です。それを採用の必須要件にしてしまうと、採用市場に求める人材像は際限なく狭くなっていきます。
採用基準に残すべきは何か
では、採用基準に残すべき能力はどれか。
シンプルに言えば、「入職後に育成しにくい能力」だけです。
具体的には、大きく三つの軸で考えています。
対人関係の根本的な傾向。患者や利用者、あるいは同僚に対して自然に寄り添える姿勢、場の空気を読んで動ける能力、協力を引き出せる関係構築力。これらは研修やOJTで根本から変えることが難しい。在宅医療や訪問看護のように患者・家族との距離が近い職種では、特に採用時の見極めが重要になります。
組織の理念・価値観への共鳴。「なぜこの仕事をするのか」という動機の質は、入職後のマネジメントで補えるものではありません。組織の存在意義に対してどれくらい共感できているか。これは入職後にどう育つかを大きく左右します。
変化への適応性。診療報酬・介護報酬の改定、制度変更、テクノロジーの導入。医療・介護の現場は変化が絶えません。新しい状況に柔軟に対応できる基礎的な姿勢は、教え込めるものではなく、その人が元々持っているものです。
逆に、電子カルテの操作、レセプト業務、院内固有の手順、外部連携先との関係構築の作法、これらは入職後の育成で十分に対応できます。採用基準から外してかまわない要件です。
医療・介護組織の難しさ:職種によって性質が違う
お気持ちはよくわかります。「そうは言っても、うちは多職種が混在していて、一律に論じられない」という反応は必ずあります。
その通りです。医療・介護組織では、ジョブ型的な職種とメンバーシップ型的な職種が同じ組織の中に共存しています。
医師・看護師・ケアマネジャーといった資格職は、資格と経験そのものが業務遂行の前提になります。採用時に一定の専門性を確認する必要がある職種です。一方、事務職や多機能型スタッフは、組織内で複数の役割を担いながら育成されていく側面が強い。入職後の形成余地が大きいということです。
この二種類が混在しているにもかかわらず、採用基準を一律に設計しようとすると、強い職種の水準が弱い職種にも波及して、全体として採用の間口が狭くなる。これが多くの医療・介護組織で起きていることです。
職種ごとに「何を採用時に求め、何を育成するか」を分けて設計する。それだけで、採用力は変わります。
在宅医のケースが教えてくれること
少し具体的な話をします。
在宅クリニックに入る医師の多くは、基幹病院で10年以上のキャリアを積んだ元勤務医です。一般的な医師としての基礎力は高い。しかし、在宅医療特有の総合診断力、緩和ケアの実践、多職種連携の指揮といった能力には不慣れな場合が少なくありません。
これは採用基準の問題でしょうか? 私はそうは思いません。
問題はオンボーディングの設計です。「理想の在宅医を市場で見つける」という発想から、「組織に入った医師を在宅医として育てる仕組みをつくる」という発想へ転換できているかどうか。
多くのクリニックでは同行診療を通じた指導は行われています。ただそれが「誰でも再現できる仕組み」になっているか、というと、経験者の勘に依存していることが多い。入職後の育成設計が言語化・体系化されていれば、採用時に求める要件はずっと絞り込めます。
採用基準を再設計する4つのステップ
実際に取り組む際のステップをまとめます。
ステップ1:現行の採用要件を全部書き出す
求人票の要件だけでなく、面接で確認していること、「暗黙の基準」として使っているものも含めて一覧化します。「あって当たり前」と思って書いていない要件ほど、見直しの余地があります。
ステップ2:「育成可能か」で仕分ける
書き出した要件の一つひとつに対して、「入職後6ヶ月〜1年の育成プログラムで習得可能か」を問います。育成可能であれば、採用基準ではなく育成計画に移動させます。この作業をやると、採用基準に残る要件は自然と「対人傾向・価値観・適応性」に絞られていきます。それが本来あるべき姿です。
ステップ3:Must要件とWant要件を区別する
残った要件を「Must(なければ不合格)」と「Want(あれば加点)」に分類します。Mustは本当に最低限に絞る。「これがなければ仕事が成立しない」ものだけです。Mustが多くなるほど、採用の自由度は下がります。
ステップ4:育成設計を先に作る
採用基準の見直しと並行して、「入職後に何をどう育てるか」を具体化します。育成計画がないまま採用基準だけを下げると、組織側の受け入れ体制が整わず、早期離職につながります。採用基準の再設計と育成体制の整備は、セットで進めることが前提です。
よくある反論に答えます
「採用基準を下げると、組織の質が落ちる」
「採用基準を下げる」という表現は正確ではありません。正確には「採用基準を整理する」ことです。育成可能な能力を採用要件から外すことは、質を妥協することではなく、組織として育てられるものは組織が責任を持つという設計思想への転換です。採用基準に残る要件の質は、むしろ上がります。
「小規模組織でもオンボーディング設計は現実的か」
規模の大小より、言語化されているかどうかです。現状の同行指導や先輩スタッフによる引き継ぎも、その内容を文書化すれば立派な育成プログラムになります。「今うちでやっていることを整理する」ところから始めれば十分です。
「等級制度がない組織でも、採用基準の設計はできるか」
できます。等級制度は採用基準の前提ではなく、延長線上にあるものです。採用基準を設計し、育成ステップを定義すると、等級・評価の骨格が自然に見えてきます。整備の順番としては、「採用基準の整理 → 育成体系の設計 → 等級・評価制度の構築」が現実的です。
まとめ
「人が採れない」と感じたとき、まず問い直すべきは採用基準の設計です。
- 採用難の一因は、育成可能な能力まで採用時に要求していることにある
- 採用基準に残すべきは「育成しにくい能力」のみ。対人傾向・価値観への共鳴・適応性がその核心
- 職種によってジョブ型とメンバーシップ型の性質が異なる組織では、採用基準は職種別に設計する
- 採用基準の再設計と育成体制の整備は必ずセットで進める
- オンボーディング設計は、現行の育成実態を言語化するところから始められる
採用市場を嘆く前に、自分たちが間口を狭めていないかを確認してみてください。その問い直しが、採用力を変えることがあります。
採用基準の設計見直し、等級・評価・育成制度の構築に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。
関連するサービス

— 「採用すべき能力」を定義し、それを正確に見極める面接プロセスを設計します

— 採用基準を整理した後、候補者の能力を客観的に測る選考ツールを設計します

