あなたの言葉は、周囲を動かしている

山田沙樹(セレクションアンドバリエーション株式会社 シニアコンサルタント・人事コンサルタント/国家資格 公認心理師保有)


この記事を読んで分かること
大人が粘り強く課題に取り組む姿を見た子どもは、そうでない場合に比べて有意に長く取り組み続ける。管理職自身の頑張る姿は、チームに前向きな影響を与えている
ピグマリオン効果の研究が示すように、管理職が部下に抱く期待の水準は、言葉と態度を通じて無意識に伝わり、部下の実際のパフォーマンスを左右する
「前向きな独り言」と「後ろ向きな独り言」を聞いた子どもでは課題への取り組み時間が3倍以上異なる。組織においても、管理職が何気なく発する言葉がチーム全体の雰囲気に直結している
目次

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はじめに

「ちょっと待ってください。それ、私がいま子育てでやっていることと同じです!」

研修の場で、つい参加者の皆さんに声を掛けたくなる瞬間があります。
管理職研修で「コミュニケーションの重要性」を説くとき、概ね似たような反応が返ってきます。

「そりゃそうですよね」「大切なのはわかっています」

でも、わかっているけれど、変わらない。
「わかっている」と、「やっている」・「できる」の間には、大きな溝があります。

では、なぜわかっているのに変わらないのか。

私は、言葉の影響力を、過小評価しているからだと考えています。

私は、大学・大学院と6年間心理学を学んできました。
本記事では、私が触れてきた心理学研究を取り上げながら、自分が使う言葉と振る舞いが周囲に与える影響を見ていきます。
管理職の方が、「これは他人事ではない」と感じていただければ幸いです。

実験①「がんばる背中」は、ちゃんと見られている

最初に、ひとつ問いかけをさせてください。

管理職の皆さん。
あなたは部下に対して、困難な仕事に粘り強く取り組む姿を見せていますか?

MITのJulia Leonardらが2017年に発表した研究があります。
対象は、生後15か月の乳幼児でした。
研究者たちはこんな問いを立てました。

・大人が粘り強く取り組む姿を見た乳児は、自分が課題に直面したとき、より長く取り組むようになるのか

実験の設計はシンプルです。乳児に対して、大人が2種類の「箱を開ける」課題に取り組む様子を見せます。
一方のグループには、大人が何度も試みながらようやく成功する「粘り強い姿」を見せる。
もう一方のグループには、大人がすぐに諦めて成功する「あっさりした姿」を見せる。
その後、乳児自身に別の課題(音の出るおもちゃのスイッチを押す)を渡します。

さて、どのような結果が得られたのでしょうか。その結果は明白でした。
粘り強い大人の姿を見た乳児は、すぐに諦めた大人を見た乳児と比べ、多くの回数、課題に取り組み続けたのです。

わずか15か月の乳児が、大人の行動を見て学んでいる。

この研究は、Angela Duckworthが提唱した「GRIT(やり抜く力)」の概念とも深く関連しています。
GRITは生まれつきの性質ではなく、環境によって育つ。
そして最も強力な環境要因のひとつが、「周囲の大人が粘り強く取り組む姿」なのです。

あなたが部下の前で「この仕事は難しいな」と言いながら手を止めるとき。
反対に、困難な局面でも粘り強く向き合う姿を見せるとき。
部下は何を学んでいるでしょうか。

言葉を一言も発していなくても、管理職のあなたの行動は常に観察対象になっています。


実験②「期待」は、相手の能力を変える

「あの人は伸びる」と思いながら接すると、本当に伸びる。
そんな経験、ありませんか。

これは、根拠のある現象です。

有名な研究ですが、1968年、小学校の教師と児童を対象にした実験が行われました。
研究者は、教師たちに対して、「このクラスの中で、知能テストの結果から今後知的成長が見込まれる児童」のリストを渡しました。ただし、そのリストは実際には無作為に選ばれた児童のものでした。

その後、約8か月間の追跡調査を行ったところ、「期待された」とされた児童たちは、実際に知能テストのスコアが有意に向上していました。
教師が無意識のうちに、その児童に対してより多くの関わりを持ち、より豊かなフィードバックを与え、より温かい態度で接していたためです。

これが「ピグマリオン効果(Pygmalion Effect)」と呼ばれる現象です。

重要なのは、教師たちは「この子を特別に扱おう」と意識していたわけではないという点です。
教師の期待という「内側の認識」が、言葉・表情・フィードバックの量・質という「外側の行動」を変え、それが相手の成長に直接影響を与えていたと言えます。

管理職の現場に置き換えると、こうなります。

「あの人はどうせ変わらない」と思いながら接する上司のもとで成長する部下は、ほとんどいません。
反対に、「この人はまだ伸びる」という期待を持ち、それを言葉と行動で示す上司のもとでは、部下は期待に応えるように動きます。

あなたが部下に抱く「期待の言葉」は、相手の可能性の天井を決めているかもしれません。

「最近どう?うまくいってる?」という何気ない一言も、「あなたをちゃんと見ている」という期待の表れです。
面談の場での言葉選びが、部下の半年後・1年後のパフォーマンスに影響を与えるということが、ピグマリオン効果からわかりますね。


実験③「独り言」さえも、周囲を変える

3つ目は、少し意外な実験です。

教育心理学者のバリー・ジマーマン(Barry Zimmerman)は、子どもたちにからまったワイヤーを解くという課題に取り組んでいる大人の姿を見せた後、子ども自身にも同じ課題をやってもらう実験を行いました。

ポイントは、見せる大人の「振る舞い」を2パターンに分けたことです。

一方は、前向きな言葉をつぶやきながら取り組む大人の姿。「もうちょっとだ」「こっちかな」「なんとかなる」。粘り強く、課題に向き合い続けます。
もう一方は、後ろ向きな言葉をつぶやきながら取り組む大人の姿。「やっぱり無理かな」「わからない」「難しすぎる」。

どちらの姿を見たかで、子どもが課題に取り組んだ時間は大きく異なりました。
前向きな独り言の大人を見た子どもは約4分30秒。後ろ向きな独り言の大人を見た子どもは約1分30秒。
同じ課題に対して、見本の「言葉」が変わるだけで、3倍もの差が生まれたのです。

少し立ち止まって考えてください。

管理職の皆さんが日常業務の中でつぶやいている言葉は、どんなものでしょうか。

「これは難しいな」「このプロジェクト、本当に大変だ」「うまくいくかわからない」。
こうした言葉は、部下の前で、何気なく口をついて出ることがあります。

ジマーマンの実験が示すのは、そうした「独り言」ですら、周囲の取り組み時間を変えてしまうということです。

意図していなくても、言葉は伝染し、部下の行動に影響を与えています。

管理職が発する言葉は、仕事への姿勢そのものです。
困難な局面で「なんとかなる」とつぶやくか、「やっぱり無理か」とつぶやくか。

その違いが、チーム全体のモチベーションに大きな影響を与えている可能性があります。


3つの実験に共通するもの

3つに共通するのは、「観察者は、意識せずとも見本から学ぶ」という原理です。

発達心理学者のアルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が提唱した「社会的学習理論(Social Learning Theory)」は、人間が他者の行動を観察することによって学習する生き物であることを示しています。
そして、学習される対象は「スキル」だけではありません。
「粘り強さ」「期待への反応」「困難への向き合い方」・・・非認知的な側面も、観察を通じて受け渡されていきます。

管理職が与える影響は、指示や評価のフィードバックだけではありません。
どんな言葉をつぶやき、どんな態度で取り組み、部下にどんな期待を向けているか。
それらすべてが、チームの行動様式を形成しているのです。


管理職の方々へ、3つの問いかけ

最後に、具体的な問いとして持ち帰っていただければと思います。

あなたは部下の前で、困難な課題に「粘り強く取り組む姿」を見せていますか?

あなたは部下に対して、「この人はまだ伸びる」という期待を、常の会話の中で言葉で示していますか?

あなたが日常的につぶやいている言葉は、前向きですか?それとも後ろ向きですか?

ぜひ一度m振り返ってみてください。


私は心理学を学び、現在は人事コンサルタントとして数々の組織の現場を見てきました。
そしてプライベートでは、育児という最もリアルな観察実験の場に身を置いています。

どんな些細な言葉や表情であっても、子どもは親の様子を驚くほど精緻に真似するものですね。
そんな我が子の様子を見ていると、ふと思います。

部下もきっと、上司を見ている。上司が思っている以上に、しっかりと。

私は、言葉を選ぶことは、相手へのリスペクトであると同時に、チームの文化を作る重要なマネジメント行為でもあると考えています。


参考文献

  • Leonard, J., Lee, Y., & Schulz, L. E. (2017). Infants make more attempts to achieve a goal when they see adults persist. Science, 357(6357), 1290–1294.
  • Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1968). Pygmalion in the Classroom: Teacher Expectation and Pupils’ Intellectual Development. Holt, Rinehart and Winston.
  • Zimmerman, B. J., & Ringle, J. (1981). Effects of model persistence and statements of confidence on children’s self-efficacy and problem solving. Journal of Educational Psychology, 73(4), 485–493.
  • Bandura, A. (1977). Social Learning Theory. Prentice Hall.
  • Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087–1101.

本稿に関するお問い合わせ、管理職研修・マネジメントコミュニケーション設計に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお寄せください。

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