役員報酬の決め方に、明確な正解はありません。多くの中堅企業では社長の判断で金額が決まり、その根拠を社外に説明できないまま運用されがちです。
しかし上場準備やガバナンス強化が進むいま問われるのは、金額そのものより「なぜその額なのかを説明できるか」です。
本稿では、役員報酬を説明できる形に設計する考え方を解説します。
- 税務・会社法だけでは決まらない、役員報酬設計の3つの構成要素
- 「説明できる」役員報酬を実現する決定プロセスの作り方
- 同族企業・次世代CXO体制への移行で押さえるべき実務ポイント
- 上場準備やガバナンス強化に取り組む中堅企業の経営者・役員
- 同族・オーナー企業で役員報酬の決め方を見直したい経営層
- 次世代の経営チーム(CXO体制)への移行を検討する管理本部長
結論:役員報酬は「いくら払うか」より「説明できるか」で決まる

役員報酬の設計で最初に押さえるべき結論を、先にお伝えします。
これからの役員報酬で問われるのは、金額の多寡ではなく、その金額に至った根拠を株主や金融機関、社員といった第三者に説明できるかどうかです。
役員報酬を「説明できる」状態にするために、検討すべき論点は次の3つに整理できます。
- 構成:固定報酬・短期インセンティブ・中長期インセンティブをどう組み合わせるか(報酬ミックス)
- 決定プロセス:誰が、どのような手続きで金額を決めるか(恣意性をどう排除するか)
- 説明可能性:その水準と配分の根拠を、文書化された方針として第三者に示せるか
逆に言えば、この3点が曖昧なまま「前年踏襲」や「社長の感覚」で金額だけが決まっている状態が、最もリスクの高い決め方です。以下では、なぜいまこの問題が中堅企業で表面化するのか、そして3つの論点をどう設計するのかを順に解説します。
なぜいま中堅企業で「役員報酬の決め方」が問題になるのか

上場準備で最初に問われる論点の一つ
上場を目指す企業にとって、役員報酬の決定プロセスは証券会社や監査法人から早い段階で確認される項目です。
上場企業は役員報酬の決定方針や決定過程を有価証券報告書で開示する義務を負うため、「社長が一人で決めている」状態のままでは審査を通過できません。準備の過程で、決定の客観性と透明性をどう担保しているかを問われることになります。
このとき慌てて制度を整えようとしても、報酬の考え方そのものが社内に蓄積されていなければ、形式だけの委員会を作ることになりかねません。上場の有無にかかわらず、役員報酬を説明できる形に整えておくことには大きな意味があります。
同族・オーナー企業の「鶴の一声」が通用しなくなる
創業者や先代が強い求心力で経営してきた同族・オーナー企業では、役員報酬は実質的にトップの判断で決まってきたケースが少なくありません。会社が小さいうちは、それでも大きな問題は生じにくいものです。
しかし従業員が100名を超え、外部から経営人材を招き入れたり、事業承継で次世代に経営を委ねたりする局面になると、「なぜあの役員はこの報酬なのか」を説明できないことが、組織の不信感や承継の停滞につながります。
属人的な決め方から、誰が見ても納得できる仕組みへの移行が求められます。
税務・会社法の視点だけでは設計できない
役員報酬には、会社法と税務上の重要なルールがあります。会社法では、役員報酬の総額を株主総会で決議し、各役員への配分は取締役会に一任できます。税務上は、損金算入のために「定期同額給与」を期首から原則3か月以内に決定するといった要件を満たす必要があります。
これらは設計の前提となる制約条件であって、いくらを、どのような根拠で配分するかという「設計」そのものを教えてくれるものではありません。
検索すると数多く出てくる税理士や会計事務所の解説は、節税や手続きの観点が中心です。報酬を経営戦略やガバナンスの観点から設計するには、別の視点が必要になります。
役員報酬を構成する3つの要素と報酬ミックス

固定報酬・短期インセンティブ・中長期インセンティブ
役員報酬は、性質の異なる3つの要素で構成すると整理しやすくなります。
- 固定報酬(基本報酬):毎月安定的に支払う
- 短期インセンティブ(賞与):単年度の業績に連動し、その年の成果に報いる
- 中長期インセンティブ:数年単位の企業価値向上に連動する(株式報酬など)
この3要素をどの比率で組み合わせるかが「報酬ミックス」です。
固定報酬の比率が高ければ役員の生活は安定しますが、業績への当事者意識は働きにくくなります。逆に業績連動の比率を高めれば、成果へのコミットメントは強まりますが、短期的な数字づくりに走るリスクも生まれます。
どちらが正しいということではなく、自社の経営戦略に照らしてバランスを設計することが重要です。
短期・中長期のバランス設計を実践し、ROEの改善と「説明しやすい報酬体系」を実現した事例はこちらです。
→ 株式会社乃村工藝社の役員報酬制度改革事例
報酬ミックスの考え方とデータの見方
参考までに、大企業の傾向を見ておきましょう。
TOPIX500社を対象とした調査では、社内取締役の固定報酬と業績連動報酬(賞与+株式報酬)の構成比はおよそ6対4で、2020年度の7対3から業績連動の比率が高まっています。時価総額3兆円以上の企業ではおよそ5対5に達するという結果も報告されています。
ただし、これらはあくまで大企業の数値です。中堅企業がそのまま当てはめるべき基準ではありません。
重要なのは比率の数字そのものではなく、「自社は業績連動をどこまで効かせたいのか」という経営の意思を、説明できる形で言語化することです。
成長を加速したい局面なのか、安定を重視する局面なのかによって、適切なミックスは変わります。
業績連動に使うKPIの選び方
業績連動報酬を導入する場合、何を指標(KPI)にするかが設計の要になります。
調査では、賞与の算定には営業利益や当期純利益が多く用いられ、近年はESG関連指標を組み込む動きも広がっています。
ここで注意したいのは、単年度の利益だけに偏ると、必要な投資の先送りや短期的な数字づくりを招きかねないことです。短期の利益指標と、中長期の企業価値や非財務指標を組み合わせることで、経営者の視野を長期に向けることができます。KPIの選び方そのものが、経営として何を大切にするかのメッセージになります。
「説明できる」役員報酬の決定プロセスをどう作るか

決定プロセスの3つのモデル
役員報酬の決定プロセスには、大きく3つのモデルがあります。
- 株主総会が定めた上限額の範囲内で、代表取締役が各役員の金額を決定する方法
- 報酬委員会が金額案を審議・答申し、それを踏まえて代表取締役が最終決定する方法
- 報酬委員会自体が金額を審議し、最終決定まで行う方法です。
1つ目から3つ目に向かうほど、決定の客観性と透明性は高まります。どのモデルを採るべきかは企業の規模やガバナンスの成熟度によりますが、少なくとも「代表取締役が一人で、根拠を残さずに決めている」状態からは脱しておきたいところです。
中堅企業の現実解:任意の報酬委員会と社外の視点
法律上、報酬委員会の設置が義務づけられているのは一部の機関設計に限られます。しかし、義務でなくても任意の報酬委員会を設けることには大きな意味があります。社外取締役や外部の専門家を交えて報酬を審議し、取締役会がその答申を尊重する運用を明文化することで、決定プロセスの実効性が高まります。
中堅企業では、いきなり厳格な委員会を立ち上げる必要はありません。まずは社外の視点を一人でも加え、報酬を議論する場を定例化することから始めるのが現実的です。第三者の目が入ること自体が、説明できる決め方への第一歩になります。
役員報酬に“第三者の目”を入れる最初の一歩として、まずは現状の棚卸しからご相談いただけます。社外の専門家として、「セレクションアンドバリエーション」が市場水準や設計の妥当性を客観的にお伝えします。
▶ お問い合わせはこちら(https://sele-vari.co.jp/contact/)
報酬ポリシーを文書化する
説明できる役員報酬の最後の鍵は、報酬ポリシー(報酬方針)の文書化です。
- 報酬の目的
- 3要素の構成の考え方
- 業績連動に用いるKPI
- 決定の手続き
これらを一つの方針としてまとめておくことで、毎年の判断が「その場の感覚」ではなく「方針に基づく運用」になります。
文書化された方針があれば、新たに役員が加わったときも、事業承継で経営者が交代したときも、一貫した基準で説明できます。これは社外への説明だけでなく、社内の納得感を支える土台にもなります。
同族企業・次世代CXO体制への移行での実務ポイント

属人的な決定から「仕組み」への移行
同族・オーナー企業が役員報酬を見直すとき、最大の論点は、トップの判断に依存した決め方から、誰が経営しても回る仕組みへどう移行するかです。
これは信頼で回ってきた経営を、仕組みで動く経営へと転換していく取り組みの一部でもあります。
移行は一度に完成させるものではありません。まず現状の報酬の根拠を棚卸しし、説明できる部分とできない部分を分けたうえで、報酬ポリシーの整備、決定プロセスへの社外の視点の導入、という順に段階を踏むことが現実的です。
業績連動で経営人材を動かす際の注意点
次世代のCXO体制を整えるうえで、業績連動報酬は経営人材の当事者意識を引き出す有効な手段です。
一方で、インセンティブには「アクセル」だけでなく「ブレーキ」も設計する必要があります。短期業績に過度に連動させると、長期的な投資の抑制や、数字づくりのための無理を誘発しかねません。
成果に強く報いる仕組みと、行き過ぎを抑える歯止めをセットで設計することで、健全に機能する報酬になります。何を評価し、何を抑制したいのかを明確にすることが、設計の出発点です。
社員の報酬制度との整合性
役員報酬だけを切り離して設計すると、社員の等級・報酬制度との間に説明のつかない断絶が生まれることがあります。役員と社員の報酬は、本来いずれも同じ経営戦略から導かれるべきものです。成長戦略に報酬制度を最適化するという観点に立てば、役員報酬の設計は人事制度全体の整合性の中で考える必要があります。
役員報酬の見直しを、社員を含めた報酬体系全体を点検する機会と捉えることで、組織全体に一貫したメッセージを届けることができます。
再上場に伴うガバナンス整備の一環として役員報酬の透明性を実現した事例はこちらです。
→ 株式会社ノバレーゼの役員報酬制度改革事例
よくある質問
Q. 役員報酬はどのように決めればよいですか?
A. 会社法上は株主総会で総額を決議し、各役員への配分を取締役会に一任するのが基本です。ただしこれは手続きであり、金額の根拠づけは別の問題です。固定・短期・中長期の報酬ミックス、業績連動のKPI、決定プロセスの3点を方針として整理し、第三者に説明できる形にすることが望ましい決め方です。
Q. 中堅・非上場企業でも報酬委員会は必要ですか?
A. 法律上の義務はありませんが、任意の報酬委員会を設ける価値は十分にあります。社外取締役や外部の専門家を交え、取締役会がその答申を尊重する運用にすることで、決定の客観性が高まります。まずは社外の視点を加え、報酬を議論する場を定例化することから始めるのが現実的です。
Q. 業績連動報酬はどのくらいの割合にすべきですか?
A. 一律の正解はありません。大企業では固定と業績連動の比率がおよそ6対4という調査もありますが、これは中堅企業がそのまま当てはめる基準ではありません。成長を加速したい局面か、安定を重視する局面かによって適切な比率は変わります。比率の数字より、その配分の意図を説明できることが重要です。
Q. 同族企業で役員報酬を見直すとき、最初に何から始めるべきですか?
A. まず現状の役員報酬の根拠を棚卸しし、説明できる部分とできない部分を切り分けることから始めます。そのうえで報酬ポリシーを文書化し、決定プロセスに社外の視点を加えていく、という順で段階的に進めるのが現実的です。一度にすべてを変えようとしないことが、定着の鍵になります。
まとめ
役員報酬の決め方について、本稿の要点を整理します。
- これからの役員報酬は、金額の多寡よりも「根拠を第三者に説明できるか」が問われる
- 設計の論点は、報酬ミックス・決定プロセス・説明可能性の3つに整理できる
- 税務・会社法は前提となる制約であり、経営戦略やガバナンスの視点からの設計が別途必要
- 任意の報酬委員会や社外の視点、報酬ポリシーの文書化が、説明できる決め方を支える
- 同族企業の見直しは、属人的な決定から仕組みへ、段階を踏んで移行する
役員報酬は、経営の意思を社内外に伝えるメッセージでもあります。自社の戦略を映した、説明できる報酬の設計から取り組んでみてはいかがでしょうか。
役員報酬制度やCXO体制の設計、報酬ガバナンスの整備に関するご相談は、セレクションアンドバリエーション株式会社までお気軽にお問い合わせください。
▼ お問い合わせはこちら


