長年の経験に基づく営業力と、業界屈指の実績を誇る同社ですが、販売や整備を支える社員の評価制度には、改善の余地がありました。
「社歴や過去の実績に左右されず、社員一人ひとりの努力や成果を正当に評価したい」――この思いを背景に、2007年に始まった人事制度改革を起点に、インセンティブ制度の明確化、女性管理職登用、次世代経営層育成へと取り組みを拡大。
激変する自動車市場の中で、“選ばれるディーラー”を実現するための10年以上にわたる挑戦を、代表取締役の鈴木素子様に伺いました。
- 2007年11月~2008年3月:カーディーラーセールス部門の人材マネジメント改革
- ■制度構築 11月~12月
- ■制度教育 1月~3月
- 2008年3月~6月:オーナー企業としての取締役制度改革
- 2008年4月~2009年9月:制度定着支援、組織改革およびサービス(整備等)および事務部門人材マネジメント改革
- 2009年10月~12月:組織のスリム化と古い組織体質からの脱皮を志向
- 2010年1月~3月:過去に構築した各種制度ブラッシュアップ
- 2010年4月~9月:セールス部門人材マネジメントのさらなる改革
- 2010年9月:従業員モラルサーベイ実施
- 2010年10月~現在:管理職手前および若手管理職を中心として、さらなる顧客満足度(CS)向上を目指した中長期企業戦略を策定中
“給与制度を明確に”未来を見据えた改革の出発点
—— 2007年末から改革をはじめようとお考えになったそもそものきっかけをお伺いできますでしょうか。
鈴木 氏:
当時、販売部門の給与体系は曖昧で、社歴や上司の評価が強く影響していました。努力して成果を上げても、それが正当に報われないと感じていた若手も多かったのです。カーディーラーという業界特有の“年功的な慣習”から脱却し、成果と成長で報いる仕組みをつくりたかった。それが最初の動機です。
―― まさに「次の世代に引き継ぐための改革」だったのですね。
鈴木 氏:
はい。業界全体が変化の渦中にあり、従来のやり方では立ち行かなくなることは分かっていました。新しい考え方を取り入れないと、若い人たちの意欲が削がれてしまう。評価の透明性と育成の筋道を示すことが、次の世代の信頼につながると感じていました。
販売現場の改革── 公正な評価が生む納得感
—— ディーラーの営業体質改善ということですね。人事制度の中でも、等級と評価と報酬の部分。特にどうすればより上の立場を目指せるかという仕組みと、販売に伴う各種インセンティブの設計に重点を置いてお手伝いさせていただきました。その結果、どのような効果があらわれたとお考えでしょう。
鈴木 氏:
純粋に、定量的な数値に基づいて評価できるようになったことがまず第一にあげられます。それまではどうしても社歴や過去の貢献など、年功とも言える部分がインセンティブ決定でも影響していました。例えば前回のインセンティブが多かったセールスマンが、今期成績が悪かったとします。うちはオーナー会社ということと、また従業員とのコミュニケーションを重視しているということから、単純に数字が悪かったからといってインセンティブを大幅に増減させづらかった。増やす場合はいいんですが、減らすときの説明、彼らのモチベーションを高めながら報酬を減らす説明が難しかったということがあります。
第二に、セレクションアンドバリエーションに構築してもらった仕組みでは、単純な販売台数や販売額だけでなく、そのためのプロセス部分や代金回収、また社内でのチーム貢献なども複合的に評価できるようになったので、定量的に評価できるだけでなく、それぞれのセールスに説明がしやすくなったということも効果として挙げられると思います。
—— ありがとうございます。ただ、その後世界的な大事件が発生しました。リーマンショックの中で、高級車であるメルセデスベンツの売り上げにも大幅な影響があったものと存じます。そんな中でも新たな制度は機能したのでしょうか。
鈴木 氏:
たしかにインセンティブの仕組みは右肩上がりの成長が実現しているときに一番効果を発揮すると思います。しかし残念なことにリーマンショックによって、セールスがいくら努力しても販売が伸び悩む時期に突入してしまいました。新たなセールス人事制度ではその部分を明確に反映したため、年収が減少した営業社員もいたことは事実です。
しかし下取りやサービス紹介などふくめて、営業が営業らしい仕事をしていればそれで収入を確保できるような仕組みであったことが彼らのモチベーションを維持してくれました。実際のところ、新制度導入後、できる営業社員は誰も退職していません。一時的に年収が下がっても、すぐに取り戻せる仕組みが用意されていたことと、自信を失わせない体制が構築できていたからだと思います。
—— そういえば御社には「日本一メルセデスベンツを売る男」として著名なセールスがいらっしゃいます。彼のような人材と改革との関係はどのようなものだったのでしょう。
鈴木 氏:
ええ、彼の存在は象徴的でした。けれど、彼の成功を個人のものにしておくのはもったいない。組織として学び合う文化をつくるために、販売マイスター制度を導入しました。
優れた営業スキルを持つ人が講師となり、商談のプロセスやお客様との関係づくりを若手に伝える場を設けたのです。
最初は「自分のノウハウを共有するのは…」という声もありましたが、実際に始めてみると、ベテラン自身も整理し直す良い機会になりました。若手も刺激を受け、「いつか自分もマイスターになりたい」という目標が生まれましたね。
古い組織体質からの脱却── 若手と女性の活躍へ
—— さてリーマンショックの影響は長きにわたったかと思います。その間、セールス以外でもさまざまな改革をセレクションアンドバリエーションと一緒に推進してこられましたが、どのようにお考えでしょうか。
鈴木 氏:
正直なところ、痛みを伴う改革がなかったわけではありません。そういった部分でも細かい支援をいただきました。しかしそういう改革は、リーマンがなくてもしなければいけなかったことと考えています。
—— 改革は必須だったということですね。それはなぜでしょう。
鈴木 氏:
組織や人事の改革をしないと、育ってきている若い人に報いることができない、というのが最大のポイントでした。日本の車市場はすでに成熟期にあります。言い換えれば、お客様にどこが選ばれるかを競う、ゼロサムゲームなわけです。そこでお客様にメルセデス麻布、メルセデス大田を選んでいただくために、採用時点からメルセデスベンツが好きな従業員を採用してきました。その、従業員一人ひとりの思いをお客様にうまく伝えていくことが、将来的にお客様に選んでいただくポイントだと考えています。だから、長い間貢献していただいている人だけでなく、若い人にも行動や成果に対して報いてあげる仕組みが必要でした。
—— 上司やベテランからの教育という仕組みも重要だったかと思いますが、あえて若い人を重視した理由はなんでしょう。
鈴木 氏:
ベテランを決してないがしろにしているわけではありません。技術の伝承や社外のネットワークなど、ベテランしか持っていない重要なスキルもあります。しかしバブル時代を知っている人に、現在の厳しい競争環境を真摯に理解して行動してもらうことは、なかなか難しいことかもしれませんね。その点には苦労しています。
―― 女性の登用も進めていらっしゃいますね。
鈴木 氏:
女性社員の活躍は、サービスの質を高める上でも欠かせません。 以前は「営業=男性」という固定観念がありましたが、今では女性の管理職やリーダーが生まれています。お客様への丁寧な対応や気配りの面で大きな信頼を得ています。 多様性を力に変えることが、次の時代のディーラーには必要だと思います。
次の世代の成長に向けて
—— 現在まさにセレクションアンドバリエーションがお手伝いしている、次世代管理職、経営層による中長期企業戦略の策定ですが、そもそもこの改革を思い立たれたきっかけはどのようなものでしょう。
鈴木 氏:
弊社ぐらいの規模の会社の一番大事なことは連帯感だと考えています。そのためには従業員に対する正当な評価と会社の楽しさとの両輪が必要ではないでしょうか。正当な評価についてはセレクションアンドバリエーションが構築した仕組みを運用していくことで実現していますが、楽しさ、という部分について次世代管理職を重視した取り組みにより実現を目指しています。
また、楽しさを感じてもらうために、役職アップダウンも必要です。技術面とマネジメント双方をそれぞれ評価して、チャンスを与えています。期待できる従業員には、チームと機会の双方を与えて組織的に支援しています。そうして今は多くの20台後半から30台の世代が育ってきましたね。
—— 新たな時代の成長を新たな世代で創出していくわけですね。
鈴木 氏:
そうです。そういう次世代管理職、幹部が育ってくると、今の経営層から具体的な指示がなくても改革が行われるようになります。これは先ほど申し上げたように、正当な評価と仕事の楽しさがあってはじめて実現することでした。会社は楽しくなければいけない。仕事だけしにきて、仲間とコミュニケーションもとらないようだとだめですね。
震災を越えて── 自律する組織の力
―― 2011年の東日本大震災の際は、印象的な出来事があったと伺いました。
鈴木 氏:
あの時は本当に大変でした。交通が止まり、物流も混乱し、工場の稼働を一時的に止めようと決めたのですが、サービス部門の社員たちが「それではお客様に迷惑をかける」と言って全員出勤してきたんです。 経営層が止めても、「お客様との約束を守るのが私たちの誇りです」と。誰も強制していないのに、自発的に整備や納車を進めた。 その姿を見て、“制度改革は文化にまで根付いた”と実感しましたね。
―― 制度だけでなく、行動や信頼の在り方が変わったのですね。
鈴木 氏:
ええ。制度はあくまで“仕組み”ですが、それを運用するのは人です。改革によって社員が自信を持ち、誇りを取り戻した。 震災のような非常時にも自ら判断して動ける。まさに自律する組織になったと思います。
次の世代へ── 評価と“楽しさ”の両輪で育てる
―― 現在、次世代育成を軸にした中長期戦略を進められていますね。
鈴木 氏:
会社の一番の資産はやはり「人」です。正当な評価があってこそ、働く楽しさが生まれると思っています。
評価制度を整えるだけではなく、社員が主体的に学び、挑戦できる環境をつくることが今のテーマです。
たとえば、20代後半〜30代の社員を中心にしたプロジェクトを立ち上げ、業務改善や新サービスの提案を任せています。自分たちで考え、決め、実行する経験が、彼らを確実に成長させています。
―― 若手が自発的に変革を起こしているんですね。
鈴木 氏:
そうですね。以前は「上からの指示を待つ文化」だったのが、今では逆に現場から提案が上がるようになりました。 「自分たちの手で会社を良くしたい」という声が自然と出てくる。 これは、制度だけではなく“信頼”が生まれた証だと思います。
セレクションアンドバリエーションとの協働
―― 改革の伴走者として、弊社に感じていただいている価値はありますか?
鈴木 氏:
一番感じているのは、業界の常識を超えた発想を持ち込んでくれることです。
ディーラー業界の人間だけでは、つい「このやり方が当たり前」と思ってしまう。
そこに新しい視点を入れてくれることで、私たちも「もっとできることがある」と気づかされました。
また、他業界の事例を紹介していただけるのも大きかったです。自動車販売という枠にとらわれず、組織づくりの本質を一緒に考えてくれる。だから、10年以上お付き合いが続いているのだと思います。
—— 本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
※所属・肩書等は 取材当時のものを記載しております。
- 企業名
- 鈴木自動車株式会社
- 発足
- 昭和26年6月13日
- 資本金
- 4800万円
- 社員数
- 100名
- 事業内容
- 新車・中古車販売と各種整備