企業ロゴ画像
企業ロゴ画像

ディスプレイ業の役員報酬改革|ROE・TSR連動の役員KPIが継続

建設・不動産業

業界トップ企業として役員体制と報酬制度を、業績変動と創造性の両立を可能にする形へ再設計

設立1940年代

従業員約2,150名(連結)

売上約1,600億円

提供サービス役員制度設計

実施期間7カ月

支援時期2023年

対象層・対象人数取締役・執行役員

事例サマリー

関東地方のディスプレイ業(連結従業員2,000名規模)に対し、セレクションアンドバリエーションが役員体制と役員報酬制度を一体で再設計した。役員に期待する成果を経営指標と同一のKPIで定義し、連動は中期経営計画の更新を経てなお運用されている。

背景

商業施設や文化施設の空間づくりを企画から施工まで一貫して手がける同社は、関東地方に本社を置く東証プライム上場企業である。プロジェクト単位で受注する事業構造のため、景気動向と大型案件の受注時期によって業績が変動しやすい。

同社は2022年に監査等委員会設置会社へ移行し、ガバナンス体制の形式面を整えていた。一方で、取締役が執行役員を兼務する運用が続いており、監督と執行の機能分化は進みにくい状態にあった。

さらに、2023年から2025年を対象とする中期経営方針において、企業価値の向上とクリエイティビティの醸成を掲げ、3年間で70億円以上の成長投資を行う方針を打ち出していた。既存領域の洗練と新領域への挑戦を同時に進めるには、役員層による迅速な意思決定と、適切なリスクテイクを促す処遇の仕組みが必要となる。

コーポレートガバナンス・コードの改訂と人的資本情報の開示要請も重なり、株式市場に対する説明責任を果たしうる役員制度の整備が経営課題として浮上した。この段階で、役員体制の設計と報酬設計を一体で担える支援先として、セレクションアンドバリエーションが選定された。

課題(Before)

連結従業員2,000名規模の同社において、役員制度は次の8点の課題を抱えていた。

1.役員層の位置づけが内部昇格を前提とした階層構造になっており、役職との連動性が強かった。役割の大きさではなく在任年数と役位で処遇が決まるため、期待する行動と処遇が結びつかない。

2.取締役が執行役員を兼務する形で経営と執行が連動していた。監督する側と執行する側が同一人物であるため、取締役会が執行を評価する構造が成立しにくい。

3.報酬が役位に応じて固定的であり、執行役員とフェロー職の報酬にほとんど差がなかった。業務執行の責任を負う階層と専門職の階層が同水準となり、執行を担うことへの動機づけが働かない。

4.変動報酬比率が約20%にとどまり、固定報酬が中心の構成であった。成長投資や新領域への挑戦にはリスクが伴うが、成果が報酬に反映されにくいため、リスクテイクを促す機能を持たない。

5.インセンティブの評価が単年度に限られていた。中長期の企業価値向上を掲げながら、その達成度を評価する仕組みが報酬側に存在しない。

6.株式報酬は在任期間に連動する譲渡制限付株式のみで、業績条件が付いていなかった。株主との価値共有は図れるが、資本効率や株価成長に対する意識づけには結びつかない。

7.役員退任後の処遇について、相談役・顧問の役割と委嘱の決定手続が明確でなかった。退任後も現任経営陣への影響力が残る余地があり、監督と執行の分離を形骸化させるリスクがある。

8.部長層から執行のトップに至るサクセッションプランが体系化されていなかった。役員候補の見極めと育成が個別判断に委ねられ、計画的な後継者育成が機能しない。

目的と設計方針

同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、中期経営方針の実現に必要な意思決定の速度と、株式市場に対する説明責任を、役員体制と役員報酬の両面から同時に担保することであった。

設計方針の第1は、本プロジェクトを「形式の整備」と明示的に位置づけることである。監督と執行の実質的な分離は運用段階で到達すべき状態であり、体制と報酬の枠組みを先に確定させる第一ステップとして範囲を限定した。

第2は、役員体制の再定義を報酬設計に先行させることである。役位ではなく役割に報酬を紐づける以上、役割と責任範囲が確定しないかぎり水準は決められない。

第3は、報酬のKPIを経営指標と同一のものに揃えることである。役員に問う成果と株式市場に説明する成果が別々の指標で語られていると、どちらかが形骸化する。短期は本業の稼ぐ力を示す指標、長期は資本効率と株価成長を示す指標に絞り、いずれも開示済みの経営指標から選定した。

第4は、報酬水準と報酬構成を分けて議論することである。水準は外部ベンチマークによって妥当性を検証し、構成は目指す経営の姿から逆算して決定する。

第5は、外部ベンチマークを2群で設定することである。同規模企業群と国内トップティア企業群を並べ、どちらを基準に置くかという選択そのものを取締役会の論点として提示した。

実際に構築した制度のポイント

構築した制度の骨格は、委任契約と雇用契約で二分した役員階層と、それに対応する4層の報酬構成である。

1.役員階層を契約形態で区分した。全社業績に対して中長期の責任を負う最高執行役員と上席執行役員を委任契約とし、事業部単位の短期業績に責任を負う執行役員とフェロー職を雇用契約とした。現行の会長・社長・専務といった役職呼称は継続し、呼称の変更を伴わない形で階層の意味を再定義した。

2.役位別の金銭報酬を役割対応に改めた。業務執行の実質的なトップである上席執行役員の水準を引き上げ、専門職であるフェロー職との制度上の逆転現象を解消した。

3.取締役と執行役員の兼務時の算定ルールを設けた。執行役員としての報酬を一定程度減額したうえで取締役報酬に加算する方式とし、兼務者に対して取締役としての責務へのコミットを促す構造とした。

4.報酬構成を固定7対変動3に再設計した。基本報酬・業績連動金銭報酬・譲渡制限付株式報酬・業績条件型譲渡制限付株式報酬の4層で構成し、変動部分を短期と長期におおむね同程度で配分した。

5.短期業績連動報酬の指標を3つに絞った。連結受注高、連結営業利益率、連結当期純利益額を各3分の1の均等ウェイトとし、前事業年度比での達成項目数に応じて支給係数が決まる階差型とした。ウェイトは役位によらず均一とした。

6.長期業績連動報酬に業績条件型の株式報酬を導入した。TSRを配当込みTOPIX成長率との比較で、ROEを中期経営計画目標との達成度で評価し、各50%のウェイトで組み合わせた。市場を上回る成長を実現して初めて支給係数が上限に達する傾斜線形型とし、評価期間中の就任・退任時の按分ロジックも併せて定めた。

7.採用しなかった指標の理由を明文化した。PBR、DOE、EBITDA、売上高について、指標の重複、業界による適用性の差、透明性の観点から未採用とした根拠を資料として残した。

8.社外取締役の報酬水準を引き上げる案を提示した。監督責任の増大と、外部人材を確保するうえでの市場競争力の2点を根拠とした。

9.役員退任後の処遇を設計対象に含めた。相談役の廃止動向と代表職退任後の処遇に関する外部調査を実施し、経営に関与しない役割に限定する方向と、委嘱・報酬の決定を指名・報酬委員会の検討事項に置く方向を示した。

10.移行と浸透を2段階の取締役会審議として設計した。2023年9月の取締役会で制度ドラフトを提示して論点を確定させ、2023年11月の取締役会で最終版の承認を得る工程とした。承認後の開示資料の調整も支援範囲に含め、制度と開示の整合を確保した。

導入後の変化

ディスプレイ業を営む同社の役員報酬制度は、経営指標と同一の軸に置いたKPIによって運用されている。以下は同社の適時開示資料、コーポレート・ガバナンス報告書、有価証券報告書および決算短信から確認できる事実である。

1.役員に期待する成果が、経営指標と同一のKPIとして定義された。短期は連結受注高・連結営業利益率・連結当期純利益額を各3分の1、長期はTSR(対TOPIX)とROE(中期経営計画目標との対比)を各50%とする構成が、コーポレート・ガバナンス報告書に記載されている。役員に問う成果と、株式市場に説明する成果が、同じ言葉で語られる状態になった。

2.業績連動報酬に実際の支給が発生している。2026年2月期の役員報酬の内訳では、基本報酬に加えて、業績連動金銭報酬、譲渡制限付株式報酬、業績条件型譲渡制限付株式報酬のそれぞれについて支給額が開示されている。短期KPIは前事業年度比、長期KPIは対TOPIXおよび中期経営計画目標を達成基準としており、支給が生じたことは、これらの基準が判定機能を果たしたことを意味する。

3.設計時に置いた指標が、中期経営計画の更新をまたいで維持されている。報酬の長期指標としたROEは、2026年度を初年度とする中期経営計画において、同社が認識する資本コストを上回る水準の経営目標として掲げられている。報酬の達成基準と経営目標が、計画の切り替わりを経てなお同一の指標で接続されている。

4.資本効率と株主還元の実績が、目標として掲げた考え方に沿う形で開示されている。2025年度の実績として自己資本利益率と純資産配当率が公表され、株価純資産倍率および株価収益率については同業他社の平均値を超過している旨が併せて開示されている。

5.同期の連結業績は、売上高および各段階利益がいずれも過去最高を更新している。業績は市況や案件構成に左右されるため、制度の成果として帰属させることはできない。ただし、受注から売上計上までに時間差が生じるプロジェクト型の事業構造において、受注高を短期KPIに含めた設計は、当期の売上高だけでは測れない成果を役員の評価対象に取り込む機能を果たしている。

6.報酬割合を役位で変えない方針が維持されている。業務執行取締役の種類別報酬割合は、経営陣が一体となって責任を負うという観点から、すべての役位で同一とすることが方針として明記されている。個別の役位ごとに変動比率を調整する運用には戻っていない。

7.役員体制の側も、設計した階層区分のまま運用されている。委任契約による最高執行役員・上席執行役員と、雇用契約による執行役員という区分は、2026年5月に提出された有価証券報告書にも継続して記載されている。階層の再統合や呼称の差し戻しは生じていない。

8.役員退任後の処遇がガバナンスの枠組みに組み込まれた。役員・特別職の委嘱、解任、報酬に関する事項が、社外取締役を過半数とする指名・報酬委員会の検討事項として明記されている。

役員報酬制度は、導入できたかどうかではなく、指標が判定機能を持ち続けているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計したKPIと報酬の連動は、中期経営計画の更新と役員体制の交代を経てなお、同社の開示資料に反映された形で運用が続いている。

本プロジェクトの特徴

本案件の判断は、次の6点に集約される。

1.役員報酬の改定は、報酬だけを切り出して行われることが多い。本案件では役員体制の再定義を先に置き、報酬設計をその従属変数とした。役位ではなく役割に報酬を紐づける以上、役割の定義が確定しないかぎり水準は決められないと判断したためである。

2.監督と執行の分離は、機関設計の変更として一気に進めようとされがちである。本案件では、プロジェクトの位置づけを「形式の整備」と明示し、実質的な分離は運用段階の課題として切り分けた。現行の役職呼称を継続したまま契約形態で階層を区分したのは、呼称変更に伴う社内外の混乱を避けつつ、権限と責任の所在だけを先に確定させるためである。

3.業績連動報酬のKPIは、報酬制度の内部で独自に定義されることが多い。本案件では、報酬のKPIを経営指標および中期経営計画の目標指標と同一のものに揃えた。役員に問う成果と株式市場に説明する成果が食い違えば、どちらかが形骸化する。指標を一致させておけば、計画が更新されるたびに報酬制度を作り直す必要もなくなる。

4.外部ベンチマークは、同規模企業群との比較で完結させることが多い。本案件では同規模企業群と国内トップティア企業群の2群を設定した。目指す姿を業界内での地位確立に置くか、業界を超えたリーディングカンパニーに置くかで、整合する変動報酬比率が変わるためである。比率の議論を水準論ではなく経営目標の選択として提示した。

5.採用しなかった指標は、通常、資料に残らない。本案件では未採用とした4指標について理由を明文化した。開示後に株主から指標選定の根拠を問われた際、説明を再構成する手間を発生させないためである。

6.役員退任後の処遇は、制度設計の対象外に置かれやすい。本案件では代表職退任後の処遇と相談役の廃止動向を外部調査の対象に含めた。退任後の処遇が曖昧なままでは、現任経営陣への影響力が残り、監督と執行の分離が形骸化するためである。

担当コンサルタント: 柳瀬 大地瓜阪 彰悟

最も判断を要したのは、どこまでを本プロジェクトの範囲にするかでした。監督と執行を実質的に分けるには、権限規程の見直しや個別評価の導入まで踏み込む必要があります。ただ、それらを同時に進めると、取締役会での合意形成が半年では収まりません。形式の整備までを範囲と決め、実質は運用で到達すると先にお伝えしたことが、結果として制度の稼働を早めたと考えています。

よくあるご質問

Q1. 監査等委員会設置会社へ移行した後、役員制度は何から着手すべきか。
A1. 役員体制の役割定義から着手する。機関設計の変更は監督と執行を分ける器を用意するだけであり、誰がどこまでの意思決定を担うかを定義しなければ、取締役が執行を兼務する実態は変わらない。報酬制度は役割定義の従属変数であるため、体制を先に固めたほうが手戻りが少ない。本事例でも役員階層と契約形態の整理を先行させ、報酬水準の議論はその後に置いた。

Q2. 役員報酬のKPIは、何を基準に選べば形骸化しないか。
A2. 経営指標および中期経営計画の目標指標と同一のものを選ぶことである。報酬制度の内部でしか使わないKPIを設定すると、経営計画が更新されるたびに指標と目標がずれ、報酬制度だけを作り直すことになる。株式市場に説明する指標と役員に問う指標を一致させておけば、計画の更新に制度が自動で追随する。本事例では、短期に受注と収益性と最終利益、長期に株主総利回りと自己資本利益率を置き、いずれも開示済みの経営指標と揃えた。

Q3. 長期インセンティブの評価指標に、なぜPBRやEBITDAを採用しないのか。
A3. 資本効率と株価の2軸で構成するのが基本形であり、それ以外の指標は重複を生みやすいためである。PBRはROEの構成要素であるため、ROEと併用すると報酬体系の透明性が下がる。EBITDAは業界による適用性の差が大きく、外部比較の基準として使いにくい。売上高も、短期指標に受注高を採用している場合は類似指標となる。本事例ではTSRとROEを採用し、未採用とした指標についてはその理由を資料に明記した。

Q4. プロジェクト型のビジネスでは、業績連動報酬をどう設計すべきか。
A4. 売上や利益だけでなく、受注を短期KPIに含めるべきである。受注から売上計上までに時間差が生じる事業では、当期の売上高だけを評価対象にすると、翌期以降の収益基盤をつくった成果が役員の評価に反映されない。逆に、大型案件の反動で当期の売上が落ちる局面でも、受注が積み上がっていれば経営としては正しい状態にある。本事例では、受注高、収益性、最終利益の3指標を均等ウェイトで置き、達成項目数に応じて支給係数が決まる方式とした。

Q5. 役員報酬の変動報酬比率はどの程度が妥当か。
A5. 同業他社の平均ではなく、目指す経営の姿から逆算して決めるべきである。市場平均に合わせる考え方では、経営目標が変わっても比率が動かない。業界内での地位確立を目指すなら同規模企業群の水準が、業界を超えた成長を目指すならより高い比率が整合する。本事例では固定報酬と変動報酬を7対3とする案を採用し、変動部分を短期と長期におおむね同程度で配分した。

Q6. 相談役・顧問制度は廃止すべきか。
A6. 廃止の可否より、役割の限定と決定手続の明確化が先である。相談役を残す場合でも、業界団体活動や社会貢献活動といった経営に関与しない役割に限定すれば、ガバナンス上の問題は小さくなる。問題が生じるのは、経営戦略や人事案件への助言が役割に含まれ、かつ委嘱の決定が現任経営陣の裁量に委ねられている場合である。本事例では、委嘱と報酬の決定を社外取締役が過半数を占める委員会の検討事項に位置づける方向を示した。