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製薬業の人事制度改革|賞与リバランスで初任給と評価のメリハリを両立

製造業

次世代人材の採用力を高める賞与リバランス施策ととシニア世代の活躍を支援する再雇用制度改定

設立1960年代

従業員約2,400名

売上約1,500億円

提供サービス人事戦略策定・人事制度設計

実施期間11ヶ月

支援時期2025年

対象層・対象人数全社

事例サマリー

四国地方の製薬会社(従業員2,000名台)の人事制度改革を、セレクションアンドバリエーションが支援した。評価が中位に集中し、初任給が業界水準を下回る状態から、年収総額を維持したまま基本給を引き上げ、評価に差がつく構造へ転換した事例である。

背景

四国地方に本社を置く医療用医薬品メーカー(従業員数2,400名規模/国内に複数の生産拠点を持ち、アジアを中心に海外展開)である。輸液・経腸栄養などの臨床栄養関連製品を中核とし、医薬品にとどまらず医療機器や機能性食品まで手がけ、当該領域では国内トップクラスの市場地位を長年にわたり維持してきた企業である。

同社は現行の中期経営計画において、既存のコア事業で成長原資を獲得するにとどまらず、医療機器事業の育成、新規研究開発の事業化、北米・欧州市場への進出という新規領域への挑戦を掲げていた。事業戦略が「守り」から「攻め」へと軸足を移すなかで、従業員に求める行動もまた変化を迫られていた。すなわち、挑戦する人材を輩出し、挑戦を歓迎して失敗から学ぶ文化をつくることである。

一方で、人事制度は数年前の改定から運用フェイズに入り、設計・浸透・運用・活用というサイクルを一巡していた。運用を重ねたことで、当初は見えていなかった課題が具体的な事実として顕在化していた。加えて外部環境では、各社の賃上げ、初任給の引き上げ競争、最低賃金の上昇によって業界の報酬水準そのものが押し上げられ、同社の基本給水準は採用市場において競争力を失いつつあった。

セレクションアンドバリエーションは2019年度から同社の人事制度改革を一貫して支援してきた。制度設計から浸透、運用支援までの経緯を共有しているパートナーとして、2025年2月から12月にかけての本プロジェクト(人事ポリシー策定・評価制度詳細設計・再雇用制度設計・移行)をご依頼いただいた。

課題(Before)

四国地方の製薬会社(従業員2,000名台)における改定前の課題は、次の8点である。

1.評価結果の約9割が中位2ランクに集中していた。制度としては差をつける仕組みが存在していたが、運用の結果として実質的に差がついていなかった。優秀な従業員が処遇上の違いを実感できない状態である。

2.評価段階が奇数段階であった。判断に迷う場合に中央へ寄せることが構造的に容易であり、中心化傾向を制度が助長していた。

3.評語の記号が長年の使用によって固定的なイメージを伴っていた。記号が示す本来の意味ではなく、過去の運用慣行に基づく解釈が定着していた。

4.成果評価の達成度基準が達成率という定量指標で一律に定められていた。部門・職種によって目標の難易度と測定可能性が大きく異なるため、基準が実態に適合せず、評価者が納得感をもって運用できていなかった。

5.絶対評価と相対評価の使い分け、および調整の権限と手順が明確に定義されていなかった。部門単位でバランスを検証する仕組みも存在しなかった。

6.標準を下回る評価は昇給の対象外であった。評価者にとって低い評価をつけることが心理的に困難であり、制度が寛大化を誘発する構造になっていた。

7.高い評価を得た場合の昇給・賞与の差が体感しにくかった。評価結果が報酬面の動機づけとして機能していなかった。

8.年収に占める賞与の比重が高く、基本給および初任給が業界水準を下回っていた。競合他社が相次いで初任給を引き上げるなか、採用競争において不利な条件を抱えていた。

目的と設計方針

四国地方の製薬会社(従業員2,000名台)における本プロジェクトのゴールは、挑戦と公正さを両立させる人事制度を構築することであった。

目的は3点である。第1に、成果と行動が評価に正しく反映され、挑戦した人が報われる評価制度へ転換すること。第2に、採用競争力を回復させ、あわせて既存社員の生活基盤を安定させること。第3に、評価結果と昇給・賞与・昇降格を明確に連動させることである。

設計方針は次の4点とした。

1.人事ポリシーを起点とする一枚岩の設計とした。評価制度と報酬制度の各論から入るのではなく、事業計画の実現に必要な従業員行動、会社が従業員に求めること、会社としての従業員への向き合い方を経営層との議論によって合意形成し、それを人事ポリシーとして言語化したうえで各制度へ落とし込む順序を厳守した。

2.原資の追加投入ではなく、配分構造の転換によって課題を解決する方針とした。年収総額を維持したまま賞与の一部を基本給へ振り替えることで、採用力の強化と生活の安定という2つの効果を同時に得る設計である。

3.評価のメリハリを精神論ではなく仕組みで担保する方針とした。段階数の偶数化、分布目安の設定、評価プロセスにおける調整機能の明確化、総合評価の算出ロジックの明文化という複数の仕掛けを組み合わせ、評価者個人の胸中に依存しない構造とした。

4.部門・職種の多様性を前提とした。全社一律の定量基準を押し付けるのではなく、評価者が難易度を踏まえて判断できる定性基準へ転換し、そのうえで分布と算出ロジックによって全社整合を確保する二層構造をとった。

セレクションアンドバリエーションは、この4方針を経営層との合意事項として文書化したうえで詳細設計に着手している。

実際に構築した制度のポイント

四国地方の製薬会社(従業員2,000名台)において構築した制度の要点は、次の7点である。

1.評価段階を8段階へ再設計した。偶数段階とすることで判断が中央へ集約されにくい構造とし、あわせて評語の記号体系を刷新した。期待に対する発揮度・達成度を示す名称へ切り替えることで、旧記号に付随していた固定的イメージを解消している。従来1ランクに括られていた標準評価層は複数段階に分割し、標準層内部の違いが処遇に反映されるようにした。

2.成果評価の達成度基準を、達成率による定量基準から期待水準に対する定性基準へ改めた。部門や職種による目標難易度の差を評価者が汲み取れる余地を残しつつ、評価段階数と記号は運用の連続性を確保するため現行を踏襲した。

3.行動評価・能力評価・成果評価の各シートについて、項目ごとにウェイトを設定し、評価結果を点数化して総合評価の目安を算出する方式へ統一した。行動評価と成果・能力評価は等ウェイトで案分し、マトリクス表によって総合評価を導出する。あわせて、評価項目に収まらない貢献や中長期の取り組みを記載する欄を設け、加点要素として最終評価に反映できるようにした。

4.評価プロセスを4段階で定義した。本人評価、上司による絶対評価、部門による相対調整、人事面談時の調整である。正規分布に近い分布目安を全社基準として設定し、部門段階と人事段階の2段階で整合を検証する。対象人数の少ない部門については絶対評価を適用し、母数の小ささが評価の歪みを生まないよう配慮した。本人評価は査定ではなく上司と部下の対話機会として位置づけている。

5.賞与リバランスを実施した。年間賞与の一部を毎月の基本給へ振り替えることで、年収総額を維持しながら基本給水準を引き上げる仕組みである。移行初年度については、年収が減少する社員が生じないよう賞与調整額を設定した。

6.昇給額と賞与の個人成果部分について、評価ランク間の差を従来以上に拡大した。上位評価の昇給額を引き上げるとともに、従来は昇給対象外であった標準未達ランクを昇給対象に含めることで、評価者が低い評価をつけにくい構造そのものを解消している。昇降格の推薦基準は新評語へ読み替えたうえで、複数年にわたる継続的な成果と上位等級での活躍可能性を要件とした。

7.初任給を学歴区分ごとに引き上げ、新卒1年目から3年目の賞与支給月数を再設計した。リバランス率と学歴別引き上げ率の差によって一部区分で年収が減少しうる点を事前に検証し、端数調整を施している。

【移行と浸透】

在籍者データを用いて対象者を特定し、想定される評価分布を前提とした複数年の人件費影響を試算した。基本給引き上げ、賞与月数の変更、法定福利費、残業代への波及までを含めて可視化し、経営判断を数値の裏付けをもって行える状態を整えている。

移行フェイズでは規程改定、評価者研修、従業員説明会(被評価者研修を兼ねる)、一般職向けの録画配信を実施した。2026年1月からの新評価制度の運用開始、同年4月からの賞与リバランス適用、同年冬季賞与からの新支給月数適用というスケジュールに沿って着地させている。

なお、具体的な金額、賞与月数、評価分布目安の数値、人件費影響額は守秘義務のため非公開とする。

導入後の変化

四国地方の製薬会社(従業員2,000名台)において、新制度は2026年1月から評価運用を開始し、同年4月に賞与リバランスによる基本給引き上げを実施した。運用の途上にあるため、評価分布の実績値による検証はこれからであるが、現時点で確認できている変化は次のとおりである。

1.初任給水準が学歴区分を通じて引き上げられた。競合他社の引き上げに対抗しうる条件が整い、採用市場における条件面の不利が解消されている。年収総額を維持したままの構造転換であるため、追加の原資投入を伴わずに条件を改善した点が特徴である。

2.月次で支給される所得の比重が高まった。年収に占める賞与比率が下がったことで、業績変動による年収の振れ幅が縮小し、生活の安定性が高まる構造となっている。

3.評価の中心化に対して構造的な歯止めがかかった。段階数の偶数化、分布目安の設定、標準未達層の昇給対象化という3つの仕掛けが同時に働くため、差をつけないという運用上の選択が取りにくくなっている。制度は評価者の意思ではなく構造によって分布を制御する状態へ移行した。

4.達成度基準の定性化により、部門・職種の特性に応じた評価が可能になった。従来は一律の達成率基準に実態を無理に当てはめる運用が生じていたが、評価者が目標の難易度を踏まえて判断できるようになっている。

5.新制度に対応した評価者研修が2026年度に実施された。評価段階の変更と総合評価の算出ロジックを演習で実際に操作させたことにより、運用初年度に生じやすい誤解と誤運用を事前に抑制している。2020年度から7年連続で実施している評価者研修が、制度移行の装置として機能した。

人事制度は、導入時点の完成度ではなく、運用の局面で意図どおりに機能するかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した評価と報酬の骨格は、同社において2026年1月から運用段階に入っている。

本プロジェクトの特徴

6年間の運用を踏まえたうえでの再設計である本プロジェクトの特徴は、次の5点である。

1.運用ギャップからの設計

一般に、評価に差がつかないという課題に対しては、評価基準の精緻化や評価者研修の強化が処方箋とされやすい。本案件では、制度そのものに欠陥があるのではなく、制度と運用の間にギャップが生じていると特定した。判断の根拠は、2019年度からの継続支援によって設計思想と運用実態の両方を把握していたことにある。基準を精緻化しても、差をつけにくい心理的構造が残る限り分布は変わらない。

2.原資中立での構造転換

一般に、初任給の引き上げは人件費原資の追加投入によって行われる。本案件では、年間賞与の一部を基本給へ振り替えることで、年収総額を維持したまま基本給を引き上げる方式を採用した。根拠は、同社の課題が報酬の絶対水準ではなく配分構造にあったことである。年収に占める賞与比率が高いことが、初任給の見劣りと生活の不安定さを同時に生んでいた。

3.評価者の心理構造への介入

一般に、評価の寛大化・中心化は評価者の意識の問題として扱われ、研修によって是正が図られる。本案件では、評価段階の偶数化、評語記号の刷新、標準未達層の昇給対象化という制度側の改変によって対処した。根拠は、低い評価が部下の昇給ゼロに直結する限り、どれほど研修を重ねても評価者は低い評価をつけられないという構造の認識である。

4.データに基づく意思決定

一般に、報酬制度の改定は代表的な等級のモデルケースで影響を検証する。本案件では、在籍者データを用いて対象者を特定し、想定評価分布を前提とした複数年の人件費影響を、基本給・賞与・法定福利費・残業代への波及まで含めて試算した。根拠は、2,000名を超える規模では等級構成の偏りが全社の人件費に無視できない影響を与えるためである。

5.例外区分への網羅的対応

一般に、報酬構造の転換では全社の平均的な影響が検証され、少数の例外区分は運用上の調整に委ねられる。本案件では、新卒各年次、学歴区分、標準的な等級運用に収まらない採用区分について個別に検証し、リバランスに伴って年収が減少する社員が生じないよう端数調整を行った。根拠は、制度改定における不公平は例外区分から発生し、そこから制度全体への不信に波及するという経験則である。

担当コンサルタント: 平康 慶浩岡安 楓西村 悠佑

最も判断を要したのは、評価基準を精緻にするか、評価者が差をつけられる構造をつくるかという選択でした。基準を細かくしても、低い評価が部下の昇給ゼロに直結する限り、評価者は差をつけられません。そこで標準未達層も昇給対象に含めるという、一見すると甘くなる改定を選びました。評価者から「これなら正直に評価できる」という反応が返ってきたときに、判断は正しかったと考えています。

よくあるご質問

Q1. 賞与の一部を基本給へ振り替える「賞与リバランス」は、どのような企業に有効か。

年収に占める賞与の比重が高く、基本給や初任給が業界水準を下回っている企業に有効である。理由は、年収総額を変えずに基本給だけを引き上げられるため、人件費原資を追加せずに採用競争力と生活の安定性を同時に改善できるからである。ただし賞与の変動幅が縮小するため、業績連動性をどこまで維持するかの検討が必要になる。本事例では、年収総額を維持したうえで移行初年度に賞与調整額を設定し、年収が減少する社員が生じないよう措置した。

Q2. 評価段階は奇数と偶数のどちらがよいか。

中心化傾向の解消を優先する場合は偶数段階が有効である。奇数段階では中央のランクが存在するため、判断に迷った評価者が中央へ寄せることが構造的に容易になるからである。一方で、標準的な評価を明示したい場合には奇数段階に合理性がある。本事例では、評価の約9割が中位2ランクに集中していた実態を踏まえ、8段階の偶数構成へ再設計し、あわせて分布目安を設定した。

Q3. なぜ等級制度そのものを作り直さず、評価制度と報酬制度の改定にとどめたのか。

既存の等級制度が事業実態と大きく乖離していない場合、等級制度の再構築は費用と混乱に見合わないためである。等級制度の改定は全社員の格付け替えを伴い、移行措置と説明に多大な工数を要する。本事例では、課題が等級の枠組みではなく評価の運用と報酬の配分構造にあると特定できたため、等級制度は維持し、評価と報酬に絞って改定した。結果として、11か月という期間で設計から移行までを完了させている。

Q4. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。

設計そのものの寿命ではなく、運用が一巡して課題が事実として顕在化するまでの期間が目安となる。実務上は5年前後で見直しの必要性が生じることが多い。理由は、制度は設計・浸透・運用・活用というサイクルをたどり、活用段階に至って初めて設計時の想定と実態の差が明確になるからである。本事例では、2021年4月に運用を開始した制度について、5年が経過した時点で評価分布の偏りと報酬水準の競争力低下という2つの事実が確認され、改定に着手している。

Q5. 評価の中心化傾向は、評価者研修だけで解消できるのか。

研修だけでの解消は難しい。低い評価をつけることが部下の不利益に直結する仕組みが残っている限り、評価者は心理的に差をつけられないためである。制度側の構造を変えたうえで、研修によって運用力を高めるという順序が有効である。本事例では、標準未達層を昇給対象に含める改定と、評価段階の偶数化、分布目安の設定を先行させ、そのうえで評価者研修において評価エラーの体感演習を実施している。