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人材ポートフォリオによる事業と人事の接続|鉄鋼流通業の人事戦略策定

製造業

両利きの経営を実現する人事インフラ整備

設立1950年代

従業員約880名(グループ)

売上非公開

提供サービス人事戦略策定

実施期間5ヶ月

支援時期2023年

対象層・対象人数全社

事例サマリー

関東地方に本社を置き、鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする従業員800名規模の企業グループに対し、セレクションアンドバリエーションが人事グランドデザインの策定を支援した事例である。既存領域・周辺領域・新領域という3つの事業領域それぞれに求める人材像を人材ポートフォリオとして定義し、等級制度・報酬制度・評価制度をその上に整合させる全体設計方針を確定した。策定した方向性は変更なく後続の詳細設計へ引き継がれている。

背景

関東地方に本社を置く、鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする従業員800名規模の企業グループである。同グループは、縮小する国内鋼板市場という環境認識のもと、3つの領域での成長戦略を掲げていた。既存領域における生産工程の最適化、周辺領域におけるビジネス拡大、新領域におけるビジネス創出である。

この3領域は、必要とする人材の性質がそれぞれ異なる。既存領域では組織の生産性を高める処理能力と実行力、周辺領域では機会を逃さない専門性と企画力、新領域ではチャレンジをいとわない創造力が求められる。

しかし人事制度は、全社一律の職務能力主義に基づくメンバーシップ型雇用の枠組みであった。3つの異なる人材像を、単一の等級・報酬・評価の仕組みで扱っていたことになる。

この不整合は、周辺領域と新領域で顕在化していた。求められる役割と処遇の対応関係が本人からも上司からも見えず、外部から人材を迎え入れる際の説明ができない。生え抜き人材の比率が高い企業文化が長年の強みであった反面、多様な経歴を持つ人材が馴染みにくい構造ともなっていた。

同時に、離職者が増加傾向にあり、若手層と中途入社層の定着が課題となっていた。処遇面の課題に個別対応するだけでは、事業戦略との不整合は解消されない。

事業構造の変化に人事の全体像を追随させる必要があるという判断から、セレクションアンドバリエーションへの相談が行われた。

課題(Before)

鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする同グループが抱えていた課題は、以下8点である。いずれも「事業戦略と人事制度が接続されていない」という一点に帰着する。

1. 求める人材像が事業領域ごとに分化していない
3領域での成長戦略を掲げながら、人事上の人材要件は全社一律であった。どの領域にどのような人材が何名必要かという問いに、制度として答える手段が存在しなかった。

2. 等級制度が役割ではなく給与額の区分として機能していた
管理職層で4段階、一般社員層では10を超える段階に細分化されていた。段階が多いほど隣接等級に求めるものの差は説明できなくなり、等級が事業上の役割を表すものになっていなかった。

3. 役割基準が能力定義に近く、成果基準が事業数値と接続していない
基準が定性的であるため、任用の判断が「総合的な信頼感」に依存していた。等級と職位が必ずしも一致せず、事業上の責任と処遇が対応していなかった。

4. シングルレート(単一給)であり、昇格時以外に昇給が発生しない
基本給が等級ごとに一つの額で固定されているため、昇格しない限り処遇が変わらない。給与の上限が早期に見通せてしまい、中長期の勤続意欲を支える力を持っていなかった。

5. 期間を限定した支援手当で若手層の処遇を補っていた
恒久的な仕組みではないため、支給終了時点で処遇が実質的に低下する。定着を目的とした施策が、期限到来時にはむしろ離職の契機となりかねない構造であった。

6. 管理監督者としての処遇開始点が実態より下位にあった
時間外手当を含む一般社員層との間で処遇の逆転が生じており、昇進が処遇上の魅力を持たない。役職への意欲を構造的に削いでいた。

7. キャリアの選択肢が事実上マネジメント方向に限られていた
専門性を軸に活躍し続ける道が制度上に存在せず、専門人材に将来像を示せない。専門職コースの不在が、新領域に必要な人材の獲得を妨げていた。

8. グループ人事の統一範囲と各社委譲範囲が定まっていない
グループ全体で揃えるべき人事機能と、各社の裁量に委ねるべき機能の線引きが、明文化されず慣行に委ねられていた。求心力と遠心力の均衡が意図的に設計されていなかった。

目的と設計方針

鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする同グループにおける本プロジェクトの目的は、事業ポートフォリオの変化に人材ポートフォリオを追随させることであった。制度への不満の解消ではなく、事業戦略と人事の接続を回復することを到達点に置いている。

設計の中心軸には人材ポートフォリオを据えた。事業を既存領域・周辺領域・新領域の3層に区分し、それぞれに求める人材像を定義したうえで、等級・報酬・評価の3制度をすべてこの同一の枠組みの上に整合させる構造である。

このアプローチを採った理由は、3制度を個別に最適化すると必ず矛盾が生じるためである。等級は役割で、報酬は市場で、評価は成果で設計すると、three制度が別々の人材像を前提とすることになる。共通の土台を先に置く必要があった。

設計方針の起点には、セレクションアンドバリエーションが一貫して掲げる「人事制度の役割は引き止めることではなく、選ばれる理由をつくることである」という考え方を置いた。処遇の是正を目的化せず、事業戦略の実現に必要な人材から選ばれる企業となるための構造改革として位置づけている。

方針を裏づけるため、3つの分析を先行させた。経営層への長期経営目標とグループ戦略の確認、組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)による従業員意識の把握、人員動態・財務・現行制度の3面からの定量分析である。

プロジェクトの到達点は、制度案の完成ではなく「経営層が変革方向性について共通認識を持っている状態」と定義した。詳細設計に進むための前提条件を、合意そのものに置いている。

実際に構築した制度のポイント

鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする同グループにおいて策定した人事グランドデザインは、以下の5領域で構成される。

【人材ポートフォリオの定義】

事業戦略の3領域に対応する形で、求める人材像を3類型に整理した。既存領域では組織の生産性を高める人材、周辺領域では機会を逃さない人材、新領域ではチャレンジをいとわない人材である。

各類型には、求められる能力を明示した。処理能力と実行力、専門性と企画力、創造力という形で、抽象的な人物像ではなく評価可能な能力要素まで分解している。

この人材ポートフォリオを、後続する等級・報酬・評価のすべての設計における共通の参照枠とした。制度ごとに異なる人材像を前提としない構造を、この段階で確定させている。

定年再雇用者についても、制度の例外ではなく人材ポートフォリオの一部として位置づける方針を定めた。多様な人材が活躍し続ける枠組みの内側に組み入れる意図である。

【等級制度の方向性】

グループ統一の単一体系を改め、職種の特性を反映した等級体系へ移行する方針を定めた。共通の理念に基づく定義を軸としつつ、職種ごとの特徴を付加する2層構造である。

等級段階については、細分化ではなく集約する方向を確定した。各等級に求めるものを言語化できる粒度まで絞り込むことを優先している。

管理職層については、組織業績責任を担う管理監督者と、専門性を軸に貢献するプロフェッショナルによる複線型人事制度を採用する方針とした。専門職コースを制度上に設けることで、新領域に必要な専門人材のキャリア展望を確保する。

【報酬制度の方向性】

シングルレート(単一給)からレンジレート(範囲給)への転換を、グループ全体の方針として決定した。等級区分の変更が賃金テーブルの構造をどう規定するかを複数パターンで比較し、経営層の選択を経て全部門レンジレート化の方針を確定している。

期間を限定して支給していた支援手当については、基本給への組み入れを設計方針として定めた。一時的な補填を恒久的な処遇構造へ転換する意図である。

給与改定については、組織生産性と外部労働市場の水準の双方を参照するという原則を定めた。具体的な賃金テーブルの設計は次フェーズの範囲としている。

【評価制度の方向性】

グループの理念を反映したコンピテンシーディクショナリを整備し、そこから人材ポートフォリオごとに求める行動モデルを切り出す構造を定めた。全職種に同一基準を当てるのではなく、共通の辞書から領域別・職種別に必要な項目と水準を選び取る方式である。

並行運用されていた複数の評価様式については、用途別に整理・統合する方針を確定した。給与改定に反映する評価、賞与に反映する評価、中長期の成長を扱う仕組みの3系統に再編する方向である。

一般社員層についても組織業績への貢献を評価対象として具体化し、個人目標の達成のみに閉じない設計とする方針を定めた。

【グループ人事機能と運用定着の方針】

グループ全体で統一すべき人事機能と、各社へ委譲すべき機能の線引きを明示した。求心力と遠心力の均衡を、暗黙の慣行に委ねず意図的な設計対象としている。

運用面では、管理職のコーチング役割を制度上の責務として具体化する方針を定めた。1on1ミーティングの制度化について、実施頻度と1回あたりの時間の下限をルール化する方向を提示している。

評価者に対する教育についても、傾聴を中心としたロールプレイ型の評価者研修(考課者研修)を実施する方針を定めた。制度の運用品質を評価者個人の力量任せにしないための措置である。

いずれも具体的な設計と実施は、後続フェーズの範囲としている。

導入後の変化

鉄鋼流通業(コイルセンター運営)を中核とする同グループでは、グランドデザインで定めた方向性がそのまま後続の詳細設計へ引き継がれた。方向性の変更や差し戻しは発生していない。

人材ポートフォリオという共通の参照枠が先に確定していたため、詳細設計フェーズでは制度の是非ではなく実装方法に議論を集中させることができた。等級・報酬・評価の3制度の詳細設計は4か月で完了し、新人事制度は翌年度の期首に予定どおり導入されている。

経営層が変革方向性について共通認識を持つ状態を到達点として定義したことも、後続フェーズの進行速度に寄与した。決裁の段階で方針が覆る事態が生じていない。

導入後、離職率はピーク時の約半分となる5%未満まで低下し、減少が続いていたグループ全体の従業員数は増加に転じた。グランドデザインの段階で意図した「選ばれる理由をつくる」という方針が、制度として実装された結果である。

本プロジェクトの特徴

1. 人材ポートフォリオを先に確定させ、3制度をその上に載せた
等級・報酬・評価は、それぞれ独立した専門領域として個別に設計されることが多い。本案件では人材ポートフォリオを共通の土台として先に確定させ、3制度をすべてその上に整合させた。制度ごとに最適化すると、等級は役割、報酬は市場、評価は成果と、それぞれが異なる人材像を前提としてしまうためである。

2. 事業戦略の区分をそのまま人材の区分に写像した
人材類型は、職種や階層から帰納的に導くこともできる。本案件では事業戦略の3領域をそのまま人材の3類型に対応させた。人事側の論理で分類を作ると、事業側から見て「なぜその分け方なのか」を説明できなくなるためである。事業と人事の接続を可視化することを、分類設計の第一条件とした。

3. グランドデザインの到達点を「合意」と定義した
制度設計プロジェクトの成果物は、通常は制度案そのものとされる。本案件では到達点を「経営層が変革方向性について共通認識を持っている状態」と定義した。理念経営を掲げ全員参画を重視する組織風土においては、経営層の足並みが揃っていない改革は現場に伝わった瞬間に空中分解するためである。

4. 全体設計と喫緊対応を二層で並走させた
一般には、グランドデザインを完成させてから各制度の詳細設計に入る。しかし本案件では離職の増加が現在進行形の経営課題であったため、中核事業の報酬に関する現状分析と移行シミュレーションを同時並行で進めた。全体像の完成を待つあいだに人材流出が続けば、完成した制度が適用される対象そのものが痩せてしまうためである。

5. 等級を精緻化せず削減する方針を先に決めた
役割を明確にしようとすると、等級を細かく分ける方向に向かいがちである。本案件ではグランドデザインの段階で集約の方針を確定させた。段階が増えるほど隣接等級の違いは説明できなくなり、等級の意味は数の多さではなく定義の言語化から生まれるためである。

6. 定年再雇用者を人材ポートフォリオの内側に入れた
定年後再雇用は、別枠のルールで処理されることが多い。本案件では人材ポートフォリオの一類型として位置づけた。別枠での処理は同時に「戦力の外」というメッセージにもなるためである。多様な人材が活躍し続ける企業であるという方針を、ポートフォリオの構造そのもので表現した。

7. グループ人事の統一範囲を論点として明示した
グループ人事制度の設計では、統一の是非が暗黙の前提として処理されがちである。本案件では、統一すべき機能と各社へ委譲すべき機能の線引きを明示的な検討課題として設定した。求心力と遠心力のどちらに寄せるかは、事業構造によって答えが変わる経営判断だからである。

担当コンサルタント: 平康 慶浩塚越 真悠子岡安 楓佐藤 宏紀

このフェーズで最も時間をかけたのは、人材の分類方法についての議論です。職種や階層から分類するほうが人事の実務には馴染みます。しかしそれでは、なぜその分け方なのかを事業側に説明できません。事業戦略の3領域をそのまま人材の3類型に対応させるという整理を提案し、事業と人事が同じ言葉で議論できる状態をつくることを優先していただきました。

よくあるご質問

Q. 人材ポートフォリオとは何か。人材要件の定義と何が違うのか。

A. 人材ポートフォリオとは、事業戦略上の区分に対応させて人材の類型と必要量を整理した枠組みである。個々の職務に必要な要件を記述する人材要件定義とは、出発点が異なる。人材要件は職務から積み上げるのに対し、人材ポートフォリオは事業戦略から降ろす。本事例では、既存領域・周辺領域・新領域という事業の3区分をそのまま人材の3類型に対応させ、それぞれに求められる能力を明示した。

Q. 事業戦略と人事制度は、どのように接続すればよいのか。

A. 事業戦略の区分と人材の区分を一致させ、その上に等級・報酬・評価を載せる順序が有効である。3制度を個別に設計すると、等級は役割、報酬は市場、評価は成果と、それぞれが異なる人材像を前提としてしまう。本事例では人材ポートフォリオを共通の参照枠として先に確定させ、後続する制度設計のすべてがこの枠組みを参照する構造とした。

Q. 人材ポートフォリオは、何分類にするのが適切か。

A. 事業戦略の区分数に合わせるのが原則である。分類数そのものに正解はなく、事業側から見て説明可能かどうかが判断基準となる。細かく分けるほど精緻に見えるが、分類間の違いを言語化できなくなれば運用されない。本事例では事業の3領域に対応する3類型とし、それぞれに求められる能力を処理能力・実行力、専門性・企画力、創造力という形で分解した。

Q. なぜ職務等級制度(ジョブ型)を採用しなかったのか。

A. 職種間の異動可能性を確保する必要があったためである。事業を既存領域から周辺・新領域へ拡張する局面では、職務を固定するジョブ型より、共通の行動基準を軸に職種別の定義を付加する構造のほうが人材の流動性を保ちやすい。本事例では、共通のコンピテンシーディクショナリから人材類型別のモデルを切り出す方式を選択し、管理職層についてのみ組織業績責任を負う役割に職務等級の要素を組み入れる方針とした。

Q. グループ会社の人事制度は統一すべきか、各社ごとに分けるべきか。

A. 制度の枠組みは統一し、等級定義と賃金レンジは事業特性に応じて分けるのが現実的である。完全に統一すると事業ごとの人材要件の違いを吸収できず、完全に分けるとグループ内の異動とキャリア形成が阻害される。本事例では、グループ共通の理念に基づく行動基準を軸に据えたうえで、統一すべき人事機能と各社へ委譲する機能の線引きを明示的な検討課題として設定した。

Q. 人事グランドデザインの策定には、どの程度の期間が必要か。

A. 経営層の合意形成まで含めて5か月程度が目安である。現状分析に2か月、人材ポートフォリオと制度方向性の設計に2か月、経営層との合意形成に1か月という配分になる。本事例では、この期間内に中核事業の報酬に関する現状分析と移行シミュレーションを並行実施した。到達点を制度案の完成ではなく経営層の共通認識に置くことで、後続の詳細設計で方向性が覆る事態を防いでいる。