時代に合わせて進化する、未来志向の人事制度改定
設立1950年代
従業員約120名
売上約75億円
提供サービス人事制度設計
実施期間8ヶ月
支援時期2024年~2025年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
四国地方に本社を置き、海上クレーンの設計・製造・販売を一貫して手がける同社は、創業から70年近くにわたり事業を継続してきた産業機械製造業である。製品はすべて受注生産のオーダーメイドであり、1台あたり数千点から1万点以上の部品と1,000枚以上の設計図を要する。国内シェアの大半を占める製品分野を持ち、海外30か国以上へ製品を供給している。
事業環境としては、アジア太平洋地域を中心としたインフラ投資の拡大と再生可能エネルギー関連工事の増加により、市場全体の成長が見込まれる局面にあった。この成長を取り込むために必要なのは、顧客の要望を形にする技術力と、継続的な信頼を獲得する提案力である。
いずれも人に紐づく能力であり、優秀な人材の確保とリテンションが経営の最優先課題となっていた。しかし当時の人事制度は昇格基準の一部が平成初期に設定されたまま運用されており、採用市場の変化にも社会情勢の変化にも対応できていなかった。制度の部分修正では追いつかないという判断から、等級・評価・報酬の全面改定に着手することとなった。
課題(Before)
四国地方の産業機械製造業である同社の現行制度について、賃金データ分析、組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)、経営層およびキーパーソンへのインタビュー、定量組織分析を通じて、以下の課題を特定した。
1.基本給が年功的に運用され、優秀な若手を早期に登用する手段がなかった。経験年数に応じて基本給が積み上がる構造であったため、成果を出した若手に対して処遇で報いる余地が制度上存在しなかった。
2.初任給水準が20万円を下回っており、新卒・中途とも採用に苦戦していた。同一地域の同業ベンチマーク企業と比較しても見劣りする水準であり、採用の入口で候補者を失っていた。
3.時間外勤務手当を含む月例給で、一般社員と管理職の逆転現象が生じていた。管理職に昇格しても手取りが増えない、あるいは減る状態であり、昇進意欲を構造的に阻害していた。
4.資格手当と役付手当が二重に存在し、同一役職でも手当額が異なっていた。従業員から見て自分の給与がどのように決まっているのかが判別できず、制度の透明性が損なわれていた。
5.評価項目が15項目あり、能力評価と勤務態度評価で内容が重複していた。評価者の判断負荷が大きく、項目ごとに差がつかないため、評価そのものが形骸化していた。
6.昇格基準に平成初期に設定した年功要件が残っていた。「大過なく○年以上経過した者」という表現の基準が現役で運用されており、30年以上前の人材観が現在の処遇を規定していた。
7.賞与比率が高く、月例給与が相対的に低い報酬構成となっていた。過去の業績変動期に設定した構成がそのまま維持されており、年収の安定性が低いうえ、採用時の訴求力も弱かった。
8.家族手当が配偶者中心の設計のままであった。共働き世帯が標準となった社会情勢と整合しておらず、子育て世帯への支援として機能しにくい構造になっていた。
9.60歳以上の処遇と期待役割が整理されていなかった。定年延長が制度環境として進むなかで、シニア層の位置づけを定めないまま運用を続けるリスクがあった。
目的と設計方針
四国地方の産業機械製造業である同社の制度改定にあたり、セレクションアンドバリエーションは以下を目的として設定した。
1.人件費総額の増加を抑制しながら、初任給水準を市場水準まで引き上げること
2.優秀な人材が長く働き続けられる処遇構造を整えること
3.評価が「制度のための作業」ではなく、育成のための対話になる状態をつくること
この目的に対し、設計方針を3点定めた。
第1に、原資を外から足すのではなく、内側で組み替える。賞与原資の一部を基本給へ振り替える賞与リバランスを軸に据え、人件費増加額を事前にシミュレーションしたうえで意思決定できる状態をつくった。序列維持案とリバランス額定額案の2案を提示し、対象者数と年額をそれぞれ算出している。
第2に、「変えない部分」を明確にする。マトリクス昇給のロジック、賞与算出ルール、評価プロセスの3ステップ構造など、現行制度で機能していた仕組みは意図的に踏襲した。全面改定であっても、すべてを変えることが目的ではない。
第3に、等級と役職を切り離す。能力の成長と役職への任用は別の判断であるという原則を制度構造として実装し、役職に就かない専門人材にも上位等級への道を残した。
実際に構築した制度のポイント
四国地方の産業機械製造業である同社に対して構築した新制度は、等級・評価・報酬の3領域にわたる。
[等級制度]
1.職能等級と職務等級(役職)を分離した。従来は資格名称と役職が実質的に一体化していたため、役職ポストの有無が等級の上限を規定していた。新制度では職能等級を行動評価によって昇降格させ、役職は適性に応じて任用・解任する構造とし、両者を独立させた。
2.等級定義を「求める要素」で再定義した。研鑽、習得、判断、影響、応用、監督・推進、戦略策定、価値創造という段階を設定し、上位等級ほど多能工的な広がりを求める定義とした。従来の職務定義が「どのような職務を行うか」を記述していたのに対し、新定義は「どのような状態にあるか」を記述している。
3.昇格基準を入学基準と卒業基準に整理した。入学基準は上位等級を担うにふさわしいかどうかを一般教養・論文・専門知識・面接で判断し、卒業基準は現等級の職務遂行基準を満たしているかを評価結果の積み重ねで判断する。従来は全等級で面接が実施されていなかったため、全等級に面接を導入した。
4.卒業基準に累積ポイント方式を導入した。行動評価の評価ランクをポイントに換算し、累積が基準に達した時点で卒業基準を満たしたものとする。年功的な要素を完全には排除せず、優秀者は早期に昇格できる設計としたうえで、標準モデルと早期モデルの2つのキャリアモデルを提示した。
5.降格ルールを新設した。人事評価決定後に1年間の猶予期間を設け、猶予期間後も改善が見られない場合に降格を決定する。運用の厳格さより、本人に改善機会を保証することを優先した。
[評価制度]
6.評価項目を15項目から7項目へ集約した。能力評価と勤務態度評価で内容が重複していた項目を統合し、専門知識・技能、基礎教養、理解・判断力、創造力、リーダーシップ、責任感、積極性、協調性といった軸に整理している。
7.昇給・昇格の判断根拠を行動評価に一本化した。賞与は行動評価と実績評価の双方を用いるが、等級の変動は行動評価のみで判断する。何を評価すると何が動くのかを一対一で対応させ、被評価者が理解できる構造とした。
8.管理職の実績評価をバランスト・スコアカード(BSC)と接続した。財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4領域につき最大2項目、合計8項目までとし、ウエイトは10%以上70%以下で設定するルールを定めた。非管理職は現行の仕事の量・質の着眼点を維持している。
9.評価ランクの文言を全面的に書き換えた。「大変優れている/優れている/普通/劣っている/大変劣っている」から「期待を大幅に超える/期待を超える/期待通り/やや期待に届かない/期待に届かない」へ変更した。段階数は5段階のまま変えていない。
10.四半期ごとの期中面談を制度化した。1on1ミーティングとして年4回(4月、7月、10月、1月)実施し、1回20分から30分程度、プライベートが確保された空間で行うことを定めた。面談シートは評価者・被評価者双方の負担を抑えるため必要最低限の項目に絞っている。
[報酬制度]
11.資格手当を基本給に内包した。従来は資格手当と役付手当が併存し、同一役職でも手当額が異なる状態であったため、資格手当を廃止して等級別の基本給に統合し、報酬体系を単純化した。
12.等級ごとに基本給の下限額を設定し、レンジレート(範囲給)へ移行した。昇格時に基本給が下限額に満たない場合は下限まで引き上げる運用とすることで、給与の逆転現象を構造的に防いでいる。
13.賞与リバランスにより基本給を増額した。賞与原資の一部を月例給与へ振り替え、個人評価に基づく給与の割合を高めるとともに、初任給水準を同一地域の同業ベンチマーク企業と同水準まで引き上げる原資を確保した。賞与の算出ルールそのものは現行を維持している。
14.マトリクス昇給を導入した。行動評価の結果に応じて昇給額を決定する仕組みとし、昇給率のロジックは現行制度を踏襲した。滞留年数要件と年齢要件の両方を満たす長期滞留者については、昇給率を標準の50%とする区分を設けている。
15.役付手当を市場水準に合わせて増額し、家族手当を子ども重視の設計へ改めた。配偶者を含む扶養親族への支給と、満15歳到達後の最初の3月31日までの子への支給を分離し、子への支給額を手厚くしている。
[移行と浸透]
16.人件費増加額を要因別にシミュレーションした。賞与リバランスの影響、レンジ下限への切り上げ、序列維持対応、時間外勤務手当への波及、諸手当改定の影響を分解し、月額・年額で提示した。序列維持案とリバランス額定額案では対象者数が大きく異なるため、両案を並置して意思決定を委ねている。
17.新制度開始時の累積ポイント設定について2案を提示した。過去3年の平均点に在籍年数を乗じる案と、過去3年の評価の累積による案では、昇格候補者数が48名と10名に分かれる。長期勤続者への配慮と、直近の高評価者の抜擢のどちらを優先するかという論点として整理し、社内で判断いただいた。
18.施行時期を後ろ倒しする判断を提案した。当初は2025年4月施行の想定であったが、労働組合対応と社内検討に十分な時間を確保するため、2025年10月施行へ変更している。
導入後の変化
1.初任給水準が新制度の設計値に沿って設定されている。同社が公開している2027年4月入社予定者向けの初任給は、大学院卒243,000円、大卒238,000円、高専卒223,000円、短大・専門卒213,000円である。改定前は20万円を下回る水準であったことから、設計時に設定した等級別の基本給下限が、実際の採用条件として運用されていることが確認できる。
2.賞与は年3回(夏季・冬季・決算)の支給が維持されている。賞与リバランスは賞与原資の一部を基本給へ振り替える設計であり、賞与の枠組みそのものを廃止するものではなかった。設計意図どおり、月例給与と賞与の双方を残す構成が保たれている。
3.従業員数は微増している。2025年11月時点の106名(パート・アルバイトを除く)に対し、2026年7月時点は108名である。新卒・中途を合わせた採用実績は2024年8名、2025年4名、2026年8名で推移している。制度改定単独の効果として説明できる範囲ではないが、採用活動が継続的に成立している状態にはある。
4.平均勤続年数は15.3年である。従業員の平均年齢38.5歳に対して勤続年数が長く、長期定着型の人材構造であることを示している。この構造は制度改定の前提として設計時に織り込んだものであり、レンジレートと累積ポイント方式による昇格設計は、この人材構造を前提に選択している。
5.売上高は74.9億円(2026年3月期実績)である。市場成長の取り込みと人事制度改定は同時期に進行しているが、業績変動は受注構成や海外案件の動向など多数の要因に左右されるため、制度改定の成果として説明することはできない。事実の併置にとどめる。
人事制度は、設計時点の完成度ではなく、現場で使われ続けるかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した等級・評価・報酬の骨格は、施行から10か月を経た時点で、採用条件と処遇構造の双方に反映された状態で運用されている。
本プロジェクトの特徴
本案件の制度改定において、判断を要した論点は3点である。
1.一般的には、初任給を引き上げる際に新たな原資を追加投入することが多い。本案件では、賞与原資の一部を月例給与へ振り替える賞与リバランスを軸に据え、人件費総額の増加を抑制したうえで初任給を引き上げた。従業員100名台の企業において、恒常的な人件費増を伴う制度改定は、次の景気後退局面で制度の巻き戻しを招くリスクが高いためである。原資を追加するのではなく、報酬構成の重心を移動させる設計を選んだ。
2.一般的には、旧来の等級制度を刷新する際、職務等級制度(ジョブ型)への移行が選択肢として検討される。本案件では、職能等級を行動評価によって運用する構造を維持し、役職のみを職務等級として分離した。同社は受注生産型の製造業であり、平均勤続年数15.3年という内部育成型の人材構造を持つ。職務に等級を紐づける設計は、外部採用比率が高く異動の少ない組織に適合するものであり、同社の実態とは整合しない。等級制度は流行ではなく、組織の人材構造との整合で選ぶべきものである。
3.一般的には、制度改定の初年度は設計側が定めた施行時期に合わせて社内調整を進める。本案件では、施行時期そのものを半年後ろ倒しする提案を行った。労働組合との協議、2拠点にまたがる説明会の実施、新制度開始時の累積ポイント設定という積み残し論点を踏まえると、当初想定の2025年4月施行では移行の質が担保できないと判断したためである。制度の完成日を守ることより、従業員が理解した状態で施行することを優先した。
最も判断を要したのは、昇格基準をどこまで年功から切り離すかという点でした。累積ポイント方式は、優秀者の早期昇格を可能にする一方で、長く勤めてこられた方々の積み重ねを軽んじる制度にもなり得ます。私たちは基準を厳格にすることよりも、標準モデルと早期モデルの両方を示すことを選びました。制度に道筋が2本あることを見せる。それが、変化を受け入れていただくための条件だと考えています。
よくあるご質問
A. 昇格基準や等級構造に手を入れる必要がある場合は、全面改定が必要である。部分改定で対応できるのは、手当の金額や評価シートの様式など、他の制度と連動していない要素に限られるためである。昇格基準を変えれば等級定義の見直しが必要になり、等級定義を変えれば報酬テーブルとの整合が崩れる。本事例では、平成初期に設定された年功要件が昇格基準に残っていたため、等級・評価・報酬の3領域を同時に再設計した。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく、行動等級制度を選んだのか。
A. 職務等級制度が適合するのは、外部採用比率が高く、職務単位で人材が流動する組織である。本事例のクライアントは平均勤続年数15.3年の内部育成型の製造業であり、受注生産のオーダーメイド品を扱うため、担当職務が案件ごとに変動する。職務に等級を固定する設計は、この実態と整合しない。そのため、行動と能力の発揮度で等級を定める職能等級を維持し、役職のみを職務等級として分離する二軸構造を選択した。
Q3. 初任給を引き上げると、既存社員との逆転現象が起きないか。
A. 等級ごとの基本給下限を同時に設計すれば防ぐことができる。初任給だけを単独で引き上げると、入社2年目から5年目の層と新入社員の給与が接近し、内部不公平が生じる。本事例では、初任給の引き上げと同時に全等級の基本給下限を設定し、下限に満たない在籍社員を下限まで引き上げる処理を行った。この切り上げに要する人件費を事前にシミュレーションしたうえで、序列維持案と定額案の2案を提示している。
Q4. 評価項目は多いほうがよいか、少ないほうがよいか。
A. 少ないほうがよい。項目数を増やすと、項目ごとの差がつかなくなり、総合評価が平均値に収束するためである。評価者が1項目あたりに割ける判断時間には限りがあり、項目が多いほど「とりあえず真ん中」を選ぶ確率が高まる。本事例では15項目から7項目へ集約したが、これは削減そのものが目的ではなく、能力評価と勤務態度評価で内容が重複していた項目を統合した結果である。
Q5. 労働組合がある企業で人事制度を全面改定する場合、進め方はどう変わるか。
A. 施行時期を設計の完了時期ではなく、協議の完了時期から逆算して設定する必要がある。組合との協議は、賃金原資と個別の処遇変更の双方について行われるため、制度の全体像が固まってから協議に入ると、施行までの期間が不足する。本事例では、社内検討の結果を制度に反映する期間を2か月確保し、当初想定していた施行時期を半年後ろ倒しした。
Q6. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 制度そのものの寿命ではなく、前提が変わったかどうかで判断する。採用市場の水準、家族構成の標準的な形、定年年齢に関する法制度、この3つのいずれかが変われば、制度は実態と乖離し始める。本事例では、昇格基準の一部が30年以上前の設定のまま運用されており、初任給水準と家族手当の設計が現在の社会情勢と整合していなかった。目安としては、部分的な点検を毎年、構造の見直しを7年から10年ごとに行うことを推奨している。