二次流通業の強みを生かすための人事戦略・制度改定プロジェクト
設立2000年代
従業員約185名(国内約35名・海外約150名)
売上非公開
提供サービス人事制度設計
実施期間3ヶ月
支援時期2014年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
中古車を世界各国へ輸出する同社は、関東地方に本社を置き、国内オークションで仕入れた車両を東南アジア・南アジア・東アフリカ・中東などへ輸出する事業を主力としてきた。現地には整備工場と販売拠点を構え、修理と部品輸出を組み合わせたワンストップの提供体制を築いている。
事業の中核は、遠距離の顧客との双方向のやりとりと、ニーズに合わせた商材のタイムリーな提供にある。商材が中古車から変わっても通用する仕組みであり、経営としては次の商材・次の市場へ展開する構想を持っていた。
この構想を支えるのは人であった。同社は設立当初から従業員の過半数を外国籍が占める多国籍組織であり、営業担当は各市場の出身者が務めていた。一方で人事の仕組みは日本の雇用慣行を前提としたままであり、事業の実態と制度の前提が乖離していた。
支援当時、経営が抱いていた問題意識は明確であった。日本人のみを雇用する企業であれば問題にならない仕組みが、多国籍組織では優秀者を引き留める力を持たない、という認識である。
課題(Before)
支援当時 従業員80名規模の同社において、確認された課題は次の8点である。
1.営業担当から報酬とインセンティブに対する不満が出ていた。どのような成果を出せばどれだけ受け取れるのかが仕組みとして示されておらず、報酬額の根拠を会社側が説明できない状態にあった。
2.情報システム部門の評価基準が年度の途中で変わってしまい、運用が困難になっていた。期初に合意した指標が期末には意味を失うため、評価の結果を本人が納得できない。
3.職務の責任と権限が明文化されていなかった。担当範囲が曖昧なままでは、自発的な改善行動が起きにくく、専門職としての意識も育たない。
4.社内でのキャリアの道筋が示されていなかった。次にどの職務を担い、そのために何を身につけるべきかが見えないため、優秀者がこの会社で働き続ける理由を持てない。
5.雇用形態ごとに処遇の考え方がばらばらであった。無期雇用・有期雇用・パートタイムで責任の位置づけが揃っておらず、同じ職場で働く者の間に納得感の差が生じていた。
6.役職手当・住宅手当・家族手当といった日本固有の手当が残っていた。支給根拠が国籍の異なる従業員に理解されず、報酬総額を他社と比較することもできない。
7.部門ごとに求める人材要件が異なるにもかかわらず、単一の物差しで処遇していた。営業部門と管理部門では成果の出方も評価すべき行動も異なるため、共通基準では双方に不満が残る。
8.中途採用の場面で、入社後の処遇を契約として提示できなかった。国籍を問わず、転職者が企業を選ぶ第一の基準は受け取れる可能性のある報酬額であり、それを明示できないことは採用競争上の不利に直結する。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、日本の雇用慣行を前提とした人事制度から離れ、国籍と国境を越えて通用する人財マネジメントの仕組みを構築することであった。
設計方針は次の4点である。
1.全部門に共通の職務等級を置く。等級の根拠を職務の大きさとし、数値責任や必要スキルなど複数の指標で点数化して等級を決める。
2.部門特性に応じて評価と報酬の設計方向を変える。フロント(営業)、ミドル(企画・システム)、バック(管理)で、固定給と変動給の比率、評価サイクル、評価指標の重心をそれぞれ変える。
3.結果とプロセスの二軸で評価する。目の前の利益だけを評価すると、チームワークと組織的な経験の蓄積が損なわれる。評価指標は会社からのメッセージであるという前提に立ち、成長と貢献が両立する配分とする。
4.雇用形態を問わず職務等級と連動させる。有期雇用社員についても職務グレードとの連動性を持たせ、責任感を等級で担保する。
これらを通じて、採用時に処遇を契約として明示でき、かつ生み出した利益に見合う額を支払うという相互の納得性を成立させることを狙いとした。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、5段階の職務等級である。制度の要点は次の10点となる。
1.職務に基づく5段階の等級フレームを設けた。アシスタント、スタッフ、リーダー、マネジャー、シニアマネジャーの5段階とし、営業と業務・管理のそれぞれについて期待する職務を書き分けたうえで、共通の等級で束ねた。
2.組織をユニット単位で整理した。ビジネスユニット、リージョンユニット、エリアユニット、マネジメントユニット、オペレーションユニットに区分し、統括の定義を数値指標の結果責任・説明責任、所属者の指導と教育の責任、業務の効率性の責任として明文化した。
3.基本給をレンジレート(範囲給)で設計した。等級ごとに下限額・基準額・上限額を定め、基準額までは昇給が速く、基準額を超えると昇給が緩やかになる二段階の設計とした。下限額から基準額までは4年から6年で到達する構造としている。
4.役職手当・住宅手当・家族手当を廃止し、基本給に一本化した。移行時はこれらを含んだ金額で基本給へ振り替え、その後に各手当を廃止することで、不利益変更を発生させずに構成を組み替えた。
5.評価を半期ごとに実施し、6段階で確定させる仕組みとした。評価段階は給与改定と賞与支給比率の双方に接続し、給与改定は現在の給与が基準額以上か以下かで昇給率のテーブルを分けている。
6.評価を3種類の組み合わせで構成した。等級ごとに定義した行動基準にもとづくコンピテンシー評価、所属ユニットの業績目標達成度を起点とする業績貢献評価、ユニット内で相互に評価する360度評価の3つである。
7.評価ウェイトを等級ごとに変えた。上位等級ほど業績貢献の比重を高く、下位等級ほど行動の比重を高く配分している。統制できる範囲の広さに応じて、問われるものを変える設計である。
8.営業の業務職に四半期ごとのインセンティブを設けた。ユニット運営コストからベースラインを算出し、必達・ベース・目標・リスクの4つのラインを設定して配分率を段階的に変える。配分率は各市場の状況を踏まえ四半期ごとに設定する運用とした。
9.インセンティブの原資となるユニット運営コストの計算式を定義した。所属者の人件費、現地拠点の固定費と進出費用の期間按分、システム部門と業務部門のコストの販売台数按分、本社管理費の人数按分を積み上げる。これにより、配分対象となる利益が一意に定まる。
10.移行と浸透。2014年7月に全社員向けの説明会を実施し、制度の全体像、給与構成それぞれの意味、評価の決定方法、昇格と降格の基準、インセンティブの計算式までを一つの資料で開示した。昇格基準は等級ごとに候補要件と審査ステップを明記し、誰がどの順序で判断するかまで公開している。
導入後の変化
1.等級呼称が公開情報に残っている。設計した5段階のうちスタッフ・リーダー・マネジャーという呼称は、2026年7月時点の採用情報に、入社後のキャリアの道筋として掲載されている。等級を職務の期待水準で定義したため、採用の場面で次に何を担うかを示す言語としてそのまま使える。
2.評価と処遇の運用サイクルが維持されている。半期ごとの評価にもとづく昇給と、年2回の業績賞与は、2026年7月時点の採用情報でも待遇として明示されている。評価・昇給・賞与を同一の半期サイクルに束ねたため、どれか一つだけを止めることができない構造になっている。
3.報酬構成は自社の判断で調整されている。設計時には各種手当を廃止して基本給に一本化したが、現在は基本給とは別に役割手当が支給されている。等級で基本給の水準を規定する骨格を保ったまま、役割の重さに応じた調整枠を自社で追加したことになる。
4.事業領域が中古車輸出から人材事業へ広がった。2021年に海外現地で日本語学校と介護学校を開設し、2023年に送出し機関のライセンスを取得、2024年に国内で人材紹介業の登録を行っている。制度は部門ごとに評価と報酬の設計方向を変える構造をとっており、事業部門が増えても等級体系そのものを組み替える必要がない形式であった。
5.拠点の開閉が繰り返されている。2015年以降、中東と東アフリカで拠点を開設する一方、2022年には中東と南アジアの拠点を閉鎖している。外部環境の変動が拠点構成に直接あらわれる事業でありながら、国内側の等級・評価・報酬の骨格は据え置かれている。
6.組織規模が拡大した。従業員80名(2015年9月時点)から、グループ200名以上・海外11拠点(2026年7月時点)へと広がっている。制度は雇用形態を問わず職務等級と連動させる設計であり、人員構成が変わっても処遇の考え方を作り直す必要がない。
7.経営体制が交代した。創業者は代表者からオーナーの立場へ移り、代表取締役が交代している。制度は個人の裁量ではなく等級・評価・報酬の規則として明文化されており、判断の前提が文書の形で残っている。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが2014年に設計した職務等級・半期評価・業績賞与の骨格は、事業領域の転換と経営体制の交代を経てなお、同社が公開する採用情報のなかに運用されている事実として確認できる。
本プロジェクトの特徴
本案件で最も判断を要したのは、多国籍組織にジョブ型をどこまで持ち込むかであった。判断の要点は次の4点である。
1.職務記述書の作り込みについて。一般的には、グローバル対応の人事制度といえば職務記述書を精緻に整備し、職務ごとに市場価格を当てる設計が選ばれやすい。本案件では職務の大きさを複数指標で点数化するにとどめ、職務記述書の全面整備は行わなかった。事業の商材と市場が動くたびに職務の中身が変わる企業であり、80名規模の組織で職務記述書を維持する運用は必ず破綻すると判断したためである。
2.営業インセンティブの原資について。一般的には、売上または粗利に対する個人歩合として設計される。本案件ではユニット運営コストを積み上げてベースラインを算出し、そこを超えた利益を配分する方式とした。現地拠点の固定費、物流費、システム費まで負担して初めて利益が残る事業構造であり、個人歩合では赤字の案件にも支給が発生してしまうためである。
3.日本固有の手当の扱いについて。一般的には、既存の手当を残したまま等級と評価だけを改定することが多い。本案件では役職手当・住宅手当・家族手当を廃止し、基本給へ一本化した。従業員の過半数が外国籍である組織では、これらの手当の支給根拠が理解されず、報酬総額での比較もできないため、制度の説明可能性そのものを損なうと判断した。
4.評価ウェイトの設定について。一般的には、評価要素の比率を全社一律に定める。本案件では等級ごとに業績貢献と行動の比率を変え、上位等級ほど業績側へ寄せた。担っている職務によって統制できる範囲が違う以上、問うべきものも変えるべきであるという判断による。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、職務をどこまで書き込むかでした。多国籍の組織にジョブ型が適することは明らかでしたが、当時の規模と事業の変化速度を踏まえると、職務記述書を維持する運用は必ず止まります。そこで職務の大きさは点数化にとどめ、日々の判断は行動基準と業績貢献で測る設計にしました。制度は精緻さより、回り続けることを優先すべきだと考えています。
よくあるご質問
最大の問題は、処遇の根拠を説明できなくなることである。年功的な昇給、役職手当や家族手当といった仕組みは、長期雇用と生活保障を前提とした国内の慣行に依拠しており、その前提を共有しない従業員には支給理由が伝わらない。結果として、優秀者にとって在籍を続ける理由が失われる。本事例では各種手当を廃止して基本給に一本化し、等級ごとに賃金レンジを定めることで、何を担えばどの水準になるのかを国籍を問わず説明できる形に組み替えた。
Q2. なぜ職務記述書を用いる本格的なジョブ型ではなく、職務サイズの点数化にとどめたのか。
職務記述書は、職務の中身が安定している組織でなければ維持できないためである。事業の商材や進出市場が動くたびに職務内容が変わる企業では、記述書の改訂作業が制度運用の主業務になってしまい、現場が制度を使わなくなる。本事例では数値責任や必要スキルなど複数の指標で職務の大きさを点数化して等級を決め、日々の判断は行動基準と業績貢献の評価に委ねる設計とした。ジョブ型の骨格を保ちつつ、保守コストを事業速度に合わせている。
Q3. 営業のインセンティブは、売上や粗利の個人歩合で設計してよいのか。
拠点コストや物流コストを自社で負担する事業では、個人歩合は適さない。売上や粗利は、現地拠点の固定費や輸送費を差し引く前の数字であり、それを基準に配分すると、会社として利益が出ていない取引にも支給が発生する。本事例ではユニットの運営コストを積み上げてベースラインを算出し、それを超えた利益に対して段階的な配分率を設定した。あわせてチーム単位の配分を併設し、個人の刈り取りだけに報いる構造を避けている。
Q4. 役職手当・住宅手当・家族手当は廃止すべきか。
一律に廃止すべきものではないが、多国籍の組織や中途採用が中心の組織では、廃止して基本給へ統合する合理性が高い。これらの手当は支給根拠が属人的な事情に紐づくため、等級と職務で処遇を説明する制度とは論理が噛み合わない。本事例では移行時にこれらを含んだ金額で基本給へ振り替えたうえで手当を廃止し、不利益変更を生じさせずに構成を組み替えた。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
等級と報酬の骨格については、5年から10年程度の耐用年数を持たせる設計が可能である。作り直しが必要になるのは年数の経過そのものではなく、事業構造や人員構成が制度の前提を外れたときである。逆にいえば、事業が変わっても位置づけ直せる粒度で等級を定義しておけば、骨格は据え置いたまま運用の調整だけで対応できる。本事例では、2014年に稼働した職務等級と半期評価の骨格が、事業領域の拡張と経営体制の交代を経て運用されており、報酬構成の調整はクライアント自身の判断で行われている。