事業拡大や上場を見据えたジョブ型人事制度設計
設立1990年代
従業員約710名(グループ)
売上約220億円
提供サービス人事制度設計
実施期間4ヶ月
支援時期2025年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
企業間の住宅需要ではなく個人の住まいを主戦場とする同社は、中部地方に本社を置く住宅・不動産グループである。注文住宅、リフォーム、戸建分譲、不動産流通、アセットマネジメントを複数法人・複数ブランドで展開している。
先行フェーズにおいて、セレクションアンドバリエーションは人事戦略の策定を支援した。そこで戦略の軸に据えたのが職務記述書(JD)であり、記載項目を9区分で体系化して全事業部共通の記述形式とした。ただし対象はリーダー未満に限られており、上位階層は未着手のまま残っていた。
同じフェーズの分析で、最優先課題として特定されたのが管理職人材の不足である。管理職比率は7.6%(2024年10月時点)で、全国の同業界平均16.9%を大きく下回っていた。
原因は採用力ではなかった。主任までのキャリアは細かく設計され、成果に応じた処遇も機能していた。一方で主任より上については、何を期待され、何を満たせば昇格し、昇格すると何が変わるのかが、そもそも記述されていなかった。人事戦略の軸を上位階層まで通すことが、本フェーズの起点となった。
課題(Before)
管理職比率7.6%という数値の背後には、次の8点があった。
1.マネジメント層の職務記述書が存在しない。先行フェーズで整えた記述形式はリーダー未満が対象であり、管理職に何を期待するかは事業部ごとの暗黙知にとどまっていた。
2.主任からリーダーへの選抜判断軸が現場任せになっている。育成対象なのか見極め段階なのかの区別がなく、昇格候補者の特定が上司個人の裁量に依存していた。
3.同一役職の管理職であっても月例給と賞与のばらつきが大きい。昇降格・昇降給のモデルが存在しないため、管理職を増やそうとしても処遇の根拠を提示できなかった。
4.管理職の賞与比率が一般平均を下回る。責任範囲が最も広い層で変動報酬の割合が小さく、中長期の成果に報いる仕組みが働いていなかった。
5.役員格の管理職と従業員格の管理職が混在し、給与項目の適用関係が整理されていない。同じ役職名でも支給される手当が異なる状態が生じていた。
6.専門職(スペシャリスト)の定義が曖昧である。社内で言葉としては使われていたが要件が定まっておらず、運用できる区分になっていなかった。
7.管理職向けの教育体系が存在しない。過去に管理職研修を実施した経緯はあるが継続せず、階層ごとに何を習得させるかの基準がないまま、施策が個別に実施されていた。
8.キャリアパスが従業員に示されていない。報酬水準がブラックボックス化しており、どこまで昇格すればどの程度の処遇になるのかを社員が予測できず、昇格への動機づけが働かなかった。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、管理職の処遇を整えることではなく、管理職になるまでの道筋を従業員が描ける状態を作ることであった。設計方針は次の4点である。
第1に、職務記述書(JD)を唯一の設計起点とした。役職体系、評価基準、報酬水準、教育内容、キャリアパスのすべてを、同じJDから展開する。制度要素ごとに別々の論理で設計すると、評価は行動を見ているのに報酬は在籍年数で決まるといった不整合が必ず生じるためである。
第2に、会社が求めることと、会社が与えることを対にして示した。昇格要件だけを定義すると、要求だけが増える制度になる。責任と権限に加えて報酬面でも何が変わるかを明示し、昇格の魅力を可視化することを設計要件とした。
第3に、移行時に処遇を動かさないことを制約条件とした。制度の目的は将来の昇格を促すことであり、現任者の月例給を増減させることではない。移行によって不利益を受ける者が出れば、制度への信頼が最初に損なわれる。
第4に、キャリアの出口を複数用意した。管理職を目指す道だけを示せば、目指さない層の居場所がなくなる。専門職、総合職、事務職を含む4タイプを並列に設計した。
実際に構築した制度のポイント
住宅・不動産グループである同社において構築した制度の骨格は、次の9点である。いずれも職務記述書(JD)から展開している。
【設計起点:職務記述書(JD)】
1.マネジメント層の職務記述書を作成した。期待される成果、期待される行動、期待される能力の3軸で構成し、非管理職のJDに対して中期成長戦略と管掌範囲の項目を追加した。管掌範囲に応じて、粗利・営業利益・コスト削減の財務目標をユニット単位、事業部単位、グループ単位で書き分けている。事業部ごとの特色は顧客目標と組織目標に反映した。
2.コンピテンシーと知識体系をJDに紐づけた。コンピテンシーは全社共通の行動価値基準を用い、管理職固有の項目を新設せずマネジャー以上には評価尺度を細かくして水準差を表現した。知識は競争戦略、ブランディング、M&A戦略、マーケティング、ファイナンス、アカウンティング、人材マネジメント、リーダーシップ、デジタル戦略などを12領域に整理し、ヒト・モノ・カネ・デジタルの4系統に分類した。
【役職体系】
3.役職体系を再定義した。ディレクター、アソシエイトディレクター、マネジャー、アソシエイトマネジャー、統括リーダー・プレマネリーダーの5層とし、各役職について、グループ戦略・事業戦略・ユニット計画のそれぞれを策定・監督・執行のどの立場で担うかを一覧で明文化した。等級の区分軸は職種でも事業部でもなく、JDに記した管掌範囲である。
4.アソシエイト職を新設した。上位役職への昇格前に、その役割を実際に担う助走期間を制度上に置くものである。上位者の補佐にとどまらず、不在時には役割を代替する位置づけとし、選抜の判断材料を実務の中で得られるようにした。
【評価】
5.評価をJDからそのまま展開する構造とした。期初にJDの期待される成果・行動・能力から目標を設定し、期末に自己評価、上司との振り返り、経営による総合判断という順で確定する。定量評価に加えて、組織作りと個人的成長を評価軸に置き、短期業績のみで管理職を測らない構成とした。
【報酬】
6.報酬制度を基礎給と役職給の二階建てとした。基礎給は役職ごとに号俸幅を定め、評価に応じて原則毎年1号俸ずつ安定的に上昇する。役職給は役職に応じた段階で設定し、業績・評価・管掌範囲・案件難易度をもとに経営判断で上下させる。役職間の理論月例給は重複型とし、昇格直後の逆転を許容する構造とした。
7.決算賞与を等級別支給部分と成果支給部分の2階建てとした。等級別支給部分は役職に応じて確定的に支給し、成果支給部分は期初に設定した定量評価・組織作り・個人的成長の達成状況をもとに決定する。責任が重い層ほど賞与の下限が読める構造とした。
【キャリアパス】
8.キャリアパスを4タイプで可視化した。経営幹部を目指す道、専門性で新たな価値を創出する道、チームの中心メンバーとして個人成果を上げる道、専門的なサポート業務で安定的に活躍する道である。各段階で何を期待され、処遇がどう変わるかを、JDの記述を社員向けの表現に翻訳して記した。事務職から総合職への転換経路も併せて示した。
【教育育成】
9.教育育成制度を職務・対話・教育の3カテゴリで体系化した。職務では早期抜擢と事業間異動、対話ではメンター制度と上位者との1on1ミーティング、教育では階層別研修から選抜型の次世代経営リーダー育成プログラムまでを等級軸に沿って配置した。JDに記した12領域の知識には、領域ごとに課題図書を紐づけている。
【移行と浸透】
現任の管理職について新旧役職の対応案を作成し、移行後の月例給に増減が原則発生しないことを個人単位で検証した。年俸制へ移行する層については、従来受け取っていた期中賞与の相当額を前払いの手当として月々に上乗せし、年間収入の変動を抑えた。加えて、従業員向けの制度説明資料、評価シート、賃金規程改定案を成果物として引き渡し、社内での浸透を自走できる状態とした。
導入後の変化
1.人事戦略の軸が上位階層まで通った。先行フェーズでリーダー未満に限られていた職務記述書の枠組みが管理職層まで拡張され、役職体系・評価・報酬・教育・キャリアパスがすべて同一の記述から展開される構造になった。
2.管理職に何を期待するかが文書化された。事業部ごとに異なっていた管理職像が、成果・行動・能力の3軸で記述された共通のJDに集約され、事業部をまたいだ比較と調整が可能になった。
3.昇格の判断材料が実務の中で得られる構造になった。アソシエイト職の新設により、上位役職の役割を実際に担わせたうえで見極める段階が制度に組み込まれ、選抜が上司の印象評価だけに依存しない形となった。
4.移行時の処遇変動を抑えた形で新体系に接続できた。現任者ごとの新旧対応と月例給の検証を経て、移行そのものが不利益変更として受け止められる事態を回避している。
5.同社の組織規模は拡大が続いている。公開情報によれば、グループ連結(パート・アルバイトを含む)の従業員数は2025年4月末時点で604名、2026年4月末時点で752名である。管理職の数と質を先に整えるという本プロジェクトの前提は、この拡大局面の中で置かれたものであった。
6.事業規模も拡大している。公開情報によれば、グループ連結の売上高は2025年8月期で220.5億円である。人事制度がこの数値に与えた影響を測ることはできないが、制度が設計された時期が拡大の途上にあったことは確認できる。
7.事業領域の広がりも続いている。賃貸住宅、リフォーム・リノベーション、新築注文住宅、戸建分譲・不動産開発、不動産再生、不動産流通、アセットマネジメント、プロパティマネジメントに加え、サービスアパートメントホテル事業が事業一覧に掲げられている。役職体系を事業別ではなく管掌範囲で定義したことは、事業が増えるたびに等級を作り直す必要がない構造を意図したものであった。
8.継続検討課題を明示したうえで引き渡した。個人別の新役職割当、JDの定量目標の具体化、専門職の上位役職の要否、管理監督者の範囲の厳密化などを論点として整理し、運用開始までに社内で決定すべき事項を明確にしている。
人事制度は、要素ごとの完成度ではなく、要素どうしが同じ言葉でつながっているかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計したのは管理職の処遇表ではなく、期待役割の記述から評価・報酬・教育・キャリアパスまでを一本で貫く骨格であった。
本プロジェクトの特徴
1.一般的には、等級・報酬・評価・教育はそれぞれ別の検討として進み、後から整合を取る。本案件では、職務記述書を唯一の起点として4か月で一体設計した。要素ごとに設計すると、評価は行動を見ているのに報酬は在籍年数で決まる、教育は研修一覧にすぎず期待役割と接続しないといった不整合が必ず残るためである。JDの成果・行動・能力という3軸を、評価項目、報酬決定要素、教育の3カテゴリにそのまま対応させた。
2.一般的には、管理職制度を作る際には職務評価を実施し、職責の大きさを点数化して等級に格付けする。本案件では、職務測定による厳密な職務等級化を採らず、JDに記した管掌範囲を軸とする役割等級で設計した。同社が拡大局面にあり、組織そのものが動き続けるためである。職務評価は精緻だが、組織が変わるたびに再測定が必要になる。測定の運用負荷が制度の寿命を縮めると判断した。
3.一般的には、管理職の報酬は変動部分を厚くする方向で設計される。本案件では、決算賞与に役職ごとの確定支給部分を新設し、むしろ安定性を高めた。管理職の賞与比率がもともと一般平均を下回っており、変動だけを増やしても昇格の魅力にならないためである。まず「役職に就けば確実に増える」ことを可視化し、そのうえに成果部分を積んだ。
4.一般的には、人事制度改革の成果物は制度説明資料と規程である。本案件では、それに加えてキャリアイメージという従業員向けの表現を成果物とした。昇格への動機づけは制度の精度ではなく、社員から見た道筋の見え方で決まるためである。管理職を目指す層だけでなく、専門性を極める層、事務職として安定的に活躍する層を含めた4タイプを並列に示した。
5.一般的には、新制度への移行では処遇の再設計を伴う。本案件では、移行時に月例給が原則増減しないことを制約条件として先に置いた。制度の目的は将来の昇格を促すことであり、現任者の処遇を組み替えることではない。年俸制へ移行する層には期中賞与の相当額を前払い手当として月々に上乗せし、年間収入の変動を抑えた。
6.一般的には、コンサルタントは制度の完成をもって終了する。本案件では、運用開始までに社内で決めるべき事項を継続検討課題として文書化して引き渡した。とくに、個人インセンティブが支給される層について労働基準法上の管理監督者と認められるかという論点は、制度設計側からリスクとして明示すべきものである。
担当コンサルタント: 平康 慶浩 、 岡安 楓 、 塚越 真悠子
最も判断を要したのは、管理職の等級をどこまで精緻に作るかという点でした。職務評価で点数化すれば公平性は高まりますが、この会社は毎年のように事業が増えます。測り直しが必要な制度は、いずれ測らなくなり、形だけが残ります。ですから精度よりも、事業が増えても壊れない構造を優先しました。職務記述書という一つの起点から、役職も報酬も評価も教育もキャリアパスも展開する。この一体性を4か月の範囲としています。
よくあるご質問
起点を一つに定めたうえで、まとめて設計したほうがよい。要素ごとに時期を分けると、評価は行動を見ているのに報酬は在籍年数で決まるといった不整合が残り、後から整合を取る作業が発生する。本事例では、職務記述書に記した成果・行動・能力の3軸を、評価項目、報酬決定要素、教育カテゴリにそのまま対応させ、4か月で一体設計した。
Q2. 職務記述書(JD)は、制度設計の起点として使えるのか。
使える。JDは評価の根拠として作られることが多いが、本来の価値は、等級・評価・報酬・教育・採用を同じ言葉で記述できるようにする点にある。管掌範囲や期待成果をJDに書いておけば、等級の区分軸も、報酬の決定要素も、教育で習得させる内容も、そこから導ける。本事例では、管理職層のJDを起点に、役職体系から教育育成制度までを展開した。
Q3. 管理職の人事制度は、一般社員の制度と同時に作るべきか、分けるべきか。
分けたほうがよい場合が多い。管理職に求める成果は組織単位の財務責任であり、一般社員の個人成果とは評価の単位が異なる。同時に設計すると、どちらかの論理に引きずられて基準が曖昧になる。本事例では、先行フェーズで一般社員のJDと規程を整備し、その後に管理職層を対象とした4か月のプロジェクトを別に立てた。
Q4. なぜ職務評価による職務等級制度を採らなかったのか。
組織が動き続ける企業では、職務評価の再測定コストが制度の運用を止めるためである。職務評価はポストごとの職責を点数化するため公平性の説明力が高い一方、事業や組織の再編があるたびに測り直しが必要になる。本事例では、拡大局面にあり事業が増え続ける前提を踏まえ、JDに記した管掌範囲を軸とする役割等級を選んだ。
Q5. 管理職の報酬は、変動部分を大きくしたほうがよいのか。
一律には言えない。変動報酬が有効なのは、成果の帰属が個人に明確な場合と、報酬全体の水準が十分に高い場合である。責任だけが重く固定部分が薄い状態では、昇格そのものが敬遠される。本事例では、管理職の賞与比率が一般平均を下回っていたため、賞与に役職ごとの確定支給部分を設けて下限を読めるようにし、そのうえに成果部分を積む構造とした。
Q6. 管理職候補をどのように選抜すればよいか。
昇格させてから判断するのでも、昇格前の評価だけで判断するのでもなく、上位の役割を担わせたうえで判断する段階を制度に置くのが現実的である。評価履歴だけでは、担ったことのない役割を遂行できるかは分からない。本事例では、上位役職の補佐と不在時の代替を担うアソシエイト職を新設し、見極めの機会を制度化した。
Q7. キャリアパスは、何タイプ用意すべきか。
管理職を目指す道だけでは足りない。専門性で貢献する層と、担当領域で安定的に成果を出す層が、昇格しないことで行き場を失うためである。一方でタイプを増やしすぎると運用が煩雑になる。本事例では、経営幹部、専門職、総合職、事務職の4タイプとし、事務職から総合職への転換経路も併せて示した。
Q8. 管理職の教育体系は、研修を用意すれば足りるのか。
研修だけでは定着しない。管理職に必要な能力の多くは、担う役割の中でしか身につかないためである。本事例では、教育育成制度を職務・対話・教育の3カテゴリで設計し、早期抜擢や事業間異動といった職務経験、メンター制度や上位者との1on1ミーティングといった対話の機会を、研修と同じ体系の中に位置づけた。習得すべき知識はJDに記した12領域と対応させ、領域ごとに課題図書を設定している。