非上場オーナー企業の実態に即した、取締役と執行役員の並列型役員制度改革
設立1950年代
従業員約830名(連結)
売上約280億円
提供サービス役員制度設計
実施期間7ヶ月
支援時期2024年〜2025年
対象層・対象人数取締役・執行役員
事例サマリー
改定前は、役員の階層と職責が明文化されておらず、報酬も個人ごとに決まっていた。改定後は、取締役区分と執行役員区分を並列に置いた役員等級体系を定義し、役職ごとの基準報酬額とレンジによって報酬を決定する仕組みへ移行した。
背景
近畿地方の木質内装建材メーカーである同社は、創業から100年を超える非上場のオーナー企業である。株主構成は、オーナー家個人、関連団体、取引先企業がそれぞれ3割程度を占める分散型であった。
同社は先行して従業員向けの人事制度改革を完了させ、2024年4月から新制度の運用を開始していた。管理職層には職務等級制度を導入し、本部長から課長までの5階層について職責を定義している。
その結果、最上位の管理職等級から上、すなわち執行役員・理事・取締役に至る層の位置づけが未整理のまま残った。従業員層の職責が明文化されたことで、役員層の未整理が相対的に際立つ状態となったのである。
同時に、2025年度からの新経営体制への移行が視野に入っていた。世代交代の前に役員制度を整えなければ、新体制の発足と制度改定が同時進行し、いずれも中途半端になる。
課題(Before)
近畿地方の木質内装建材メーカーである同社の改定前の役員制度には、次の課題があった。
1.取締役と執行役員の職責の違いが定義されていなかった。何を担うポジションなのかが不明確なままでは、任用の基準も評価の軸も設定できない。
2.役員の階層はあったが、階層ごとの職責と決裁権限の対応が明文化されていなかった。運用は慣行に依存しており、後任への引き継ぎが個人の経験に頼る状態であった。
3.取締役と執行役員の兼務について、ルールが存在しなかった。兼務の可否が個別判断となるため、体制変更のたびに一から議論が必要であった。
4.役員報酬が個人ごとに決まっており、役職との対応関係が整理されていなかった。報酬総額の妥当性を、役職の職責から説明することができない状態であった。
5.役員報酬の構成が役員間で不揃いであった。従業員給与に近い構成の者と、役員報酬のみの者が併存し、比較可能性がなかった。
6.役員の評価の仕組みが存在しなかった。評価がなければ、報酬の増減を業績や職責の遂行度に接続することもできない。
7.任用と解任、および退任後の処遇について、基準もプロセスも整理されていなかった。サクセッションを計画的に進める前提が欠けていた。
8.オーナー家役員と非オーナー家役員の位置づけが暗黙のものにとどまっていた。非オーナー家の幹部に対して、どこまでの役割とキャリアを期待するのかを明示できていなかった。
9.役員に関する規程・内規が体系立っておらず、実態と規程の対応が把握しにくい状態であった。
目的と設計方針
セレクションアンドバリエーションは、近畿地方の木質内装建材メーカーである同社の役員制度改革にあたり、一般的なコーポレートガバナンス改革の型をそのまま当てない方針を採った。同社は非上場のオーナー企業であり、外部投資家への説明責任を第一義とする設計は実態に合わないためである。
設計方針の第1は、スリーサークルモデルを検討の枠組みとすることである。所有・経営・家族の3つの重なりとして企業を捉え、合理性と効率性だけでなく、継続性と信頼性を評価軸に含める。ファミリー企業の強みを損なわずに制度化するための前提である。
設計方針の第2は、役員体制の枠組みを先に決め、そこにオーナー家と非オーナー家がどう関わるかを後から整理することである。人の配置から入ると、制度が特定個人の前提に縛られる。
設計方針の第3は、どこまで仕組み化し、どこに裁量を残すかを論点として明示することである。すべてを規程に落とすことが最適とは限らない。オーナー経営の意思決定の速度を損なわない範囲を、経営層と合意しながら決める。
設計方針の第4は、外部事例による相場観を持ち込むことである。同業他社のオーナー家役員の比率、管掌領域、執行役員兼務の実態を調査し、自社の位置を相対化したうえで議論する。
設計方針の第5は、従業員層の新人事制度との接続を確保することである。執行役員の報酬を従業員給与体系の延長線上に置くことで、最上位の管理職等級から執行役員への連続性を保つ。
実際に構築した制度のポイント
近畿地方の木質内装建材メーカーである同社で構築した制度の要素は、次のとおりである。
1.取締役区分と執行役員区分を並列に置く役員体制を採用した。取締役は経営に、執行役員は執行に軸足を置く整理である。階層構造として上下に接続する案と比較したうえで選択した。
2.取締役と執行役員の職責を5つの観点で定義した。戦略立案と意思決定、戦略の実行とフィードバック、経営に対する責任、リスクマネジメントとコンプライアンス、企業文化の形成と人材育成の5つである。同じ観点について、取締役と執行役員それぞれの担う範囲を並べて記述した。
3.執行役員区分に階層を設け、階層ごとの職責を管掌範囲・組織マネジメント・決裁権限の3軸で定義した。
4.取締役と執行役員の兼務ルールを明文化した。上位の執行役員は役割の大きさから原則として取締役を兼務し、その一段下の階層は取締役の職責を果たすことが期待される場合に兼務を可能とする、という整理である。
5.委任型と雇用型の区分を明確にした。委任契約に基づく役員と、雇用契約に基づく執行役員とで、報酬決定と評価の仕組みを分けている。
6.グループ会社の役職についても、本体の役員等級体系に対応づけて整理した。本体とグループ会社で役職を兼ねる場合の報酬の考え方も併せて定めた。
7.会議体を再整理した。取締役会の位置づけを維持したうえで、執行状況の共有と本部間調整を担う執行役員会を新設し、従来の経営戦略会議を廃止した。あわせて各会議体の議長・事務局・出席者を一覧として確定した。
8.委任型役員の報酬について、人ではなく役職に対応する基準額を設定した。役職ごとの基準額を定め、そこから報酬総額を組み立てる方式である。
9.役職ごとの基準額に対し、上下10%のレンジを設定した。年度ごとの評価に応じて基準額を増減させる、レンジレート(範囲給)の考え方を役員報酬に適用したものである。
10.評価段階ごとの増減率の目安を定めた。期待を大きく上回る、上回る、期待どおり、下回る、大きく下回るの5段階に対し、増減率の範囲を対応させている。
11.雇用型の執行役員の報酬は、従業員給与体系に接続した。最上位に近い管理職等級の基本給に執行役員手当を加えた額を月例報酬のベースとし、昇給と賞与も従業員制度に準拠させる設計である。
12.役員の評価軸を階層ごとに分けた。委任型役員は全社業績と部門業績を、雇用型の執行役員は従業員層と同様に成果と行動を評価軸とする。
13.評価と報酬の決定プロセスを定めた。委任型役員は原則として社長が評価し、その案をもとに会長・副会長・社長の三者協議を経て最終確定する。
14.コミュニケーションシートを新設した。評価の最終確定に向けた目線合わせのためのツールであり、量としての業績と質としての職責・役割を評価視点として並べ、評価判断の理由を簡潔に記載する構成である。ウェイトは設定せず、拘束力を持たせない設計とした。
15.任用の仕組みを整理した。階層ごとの職責定義、キャリアパス、任用基準・任用主体・任用プロセス、降職の有無について、どこまで仕組み化するかを含めて定めた。
16.退任後の処遇を整理した。定年の有無と定年退任後のポスト、再雇用的処遇のあり方について方針を定め、サクセッションを進める前提を整えた。
17.規程整備の方針を確定した。新制度の内容は原則として文書化することとし、可能な限り現行規程・内規の修正で対応する。それが難しく明文化が必要な場合に限り、等級・報酬・評価それぞれの運用に関する内規を新規に追加する方針とした。結果として、改定2件、新規作成4件、廃止1件の対応方針を確定した。
18.移行プロセスを2案比較したうえで決定した。新社長就任と同時に完全移行する案と、定時株主総会をもって移行する案について、社内外への発信力と社内調整の負荷を軸に比較し、後者を選択した。
19.広報文面案を作成した。複数の上場・非上場企業の役員制度改定のプレス内容を参照し、前向きな改定であること、一体感、わかりやすさを軸に構成した。
導入後の変化
1.設計時に選択した移行タイミングどおりに移行が完了した。新経営トップの就任は4月、役員体制の完全移行は6月の定時株主総会である。任期満了のタイミングに合わせたため、個人の辞任や解任の決議を要さずに体制を切り替えている。移行を2段階に分けたことによる情報発信の煩雑さは、想定された副作用であった。
2.設計した役員等級体系が、そのまま同社の役員呼称として運用されている。代表取締役と社長執行役員の兼務、取締役と専務執行役員・常務執行役員の兼務、取締役を兼務しない常務執行役員、および執行役員という区分が、いずれも現在の体制に現れている。
3.兼務ルールが実際の任用に適用されている。上位の執行役員は取締役を兼務し、その一段下の階層では兼務する者としない者が併存する。設計時に定めた「職責の大きさに応じて兼務の要否を判断する」というルールが、体制上の事実として機能している。
4.役員を退く際の受け皿が機能した。従来であれば取締役を外れることが実質的な退任を意味したが、並列型の体制では、取締役を退いたうえで執行役員として職責を担い続けることが可能である。移行時に取締役を外れた複数名が、執行役員区分で引き続き業務を管掌している。
5.移行後の役員異動も、同じ枠組みのもとで行われている。翌年度の異動においても、取締役と執行役員の兼務を前提とした役職表記が用いられており、体制変更のたびに枠組みを議論し直す必要がなくなっている。
6.従業員層の人事制度との接続が保たれている。執行役員の報酬を従業員給与体系の延長線上に置いたことで、最上位の管理職等級から執行役員への処遇の連続性が確保されている。役員制度と従業員制度が別々に設計されていれば、この接続は生じない。
役員制度は、導入時点の整合性ではなく、体制が変わるたびに使えるかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した役員等級と兼務ルールの枠組みは、同社において、経営トップの交代と複数回の役員異動を経てなお、任用判断の前提として用いられている。
本プロジェクトの特徴
1.非上場オーナー企業向けのガバナンスとして整理した。
一般的には、役員制度改革は指名報酬委員会の設置、社外取締役の増員、業績連動報酬の導入といった、上場企業のコーポレートガバナンス・コードへの対応を軸に構成される。本案件では、その型を持ち込まなかった。同社は非上場のオーナー企業であり、外部投資家への説明責任より、オーナー家経営の継続性と、非オーナー家幹部の信頼をどう両立させるかが実質的な論点であったためである。制度の目的が違えば、参照すべき基準も変わる。
2.スリーサークルモデルを検討の枠組みに据えた。
一般的には、役員制度の検討は所有と経営の分離という二項の枠組みで進められる。本案件では、所有・経営・家族の3つの円が重なる領域として企業を捉えるスリーサークルモデルを用いた。効率性と合理性に加え、継続性と信頼性を評価軸に置くためである。ファミリー企業において家族の要素を検討から外せば、制度は実態と乖離し、結局は慣行が優先される。
3.人ではなく、枠組みから決めた。
一般的には、オーナー企業の役員体制の検討は、誰をどのポジションに置くかという具体的な人事から入りやすい。関係者の顔が見えており、そのほうが議論が進むためである。本案件では、まず取締役と執行役員の職責を定義し、階層構造の型を上下接続型と並列型で比較して選択したうえで、オーナー家と非オーナー家の位置づけを整理した。人から入れば、制度は特定個人の在任期間しかもたない。
4.裁量を残す範囲を、論点として明示した。
一般的には、制度改革は明文化の範囲を広げることが善とされる。本案件では、各論点について「どこまで仕組み化するか、どの程度の裁量を残すか」を、そのつど検討事項として提示した。オーナー経営の強みは意思決定の速度と長期視点にあり、すべてを規程化すればその強みを削ぐことになる。何を書かないかを決めることも、設計の一部である。
5.同業他社の実態を調査し、自社の位置を相対化した。
一般的には、非上場企業の役員制度は「他社がどうしているか」を確認せずに内部の議論だけで決まる。比較可能な情報が乏しいためである。本案件では、同業の上場・非上場企業を対象に、オーナー家取締役の人数と比率、執行役員兼務の有無、オーナー家役員の管掌領域を調査した。自社の位置がわかってはじめて、現状を維持するのか変えるのかを判断できる。
担当コンサルタント: 柳瀬 大地 、 瓜阪 彰悟 、 平康 慶浩
最も判断を要したのは、どこまでを規程に落とし、どこから先を経営の裁量に委ねるかという線引きでした。オーナー企業の強みは、短期の損得にとらわれない意思決定ができることにあります。仕組み化を進めるほど公正さは増しますが、同時にその強みを削ってしまう。私たちは、任用や報酬の各論点について「ここは書く」「ここは書かない」を一つずつご提示し、経営層とご議論のうえで決めていただきました。制度は、書いた分だけ良くなるものではないと考えています。
よくあるご質問
ある。むしろ、事業承継や世代交代を控える企業ほど意味が大きい。上場企業の役員制度が外部投資家への説明を目的とするのに対し、非上場のオーナー企業では、次世代への承継と、非オーナー家幹部の処遇・任用の納得性が目的となる。役職の職責と報酬の対応が明文化されていなければ、体制が変わるたびに一から議論が必要になり、承継そのものが属人的になる。本事例では、経営トップの交代を控えた時期に役員体制と報酬・評価の枠組みを整備した。
Q2. 取締役と執行役員は、上下に接続させるべきか、並列に置くべきか。
目的による。執行役員を取締役候補と位置づけ、社内人材のキャリアパスとして機能させたい場合は上下接続型が適する。階層構造が明確になり、集中的な意思決定に向く。一方、経営と執行それぞれの権限を分け、社外人材も含めてリソースを配分したい場合は並列型が適する。本事例では並列型を採用した。取締役を退いたのちも執行役員として職責を担い続けられる構造が、世代交代の局面で必要だったためである。
Q3. なぜ上場企業向けのガバナンス改革の枠組みを採用しなかったのか。
株主構成と制度の目的が異なるためである。上場企業の役員制度改革は、社外取締役の増員や指名報酬委員会の設置など、外部投資家への説明責任を果たすことを軸に設計される。非上場のオーナー企業では、その説明責任の相手が存在しない一方で、オーナー家経営の継続性と、非オーナー家幹部との信頼関係という別の論点がある。本事例では、所有・経営・家族の3つを検討軸とするスリーサークルモデルを用い、合理性と信頼性の調整として制度を組み立てた。
Q4. 役員報酬は、どこまで仕組み化すべきか。
役職ごとの基準額とレンジまでは仕組み化し、その運用に裁量を残す設計を推奨している。個人ごとに報酬を決める運用では、金額の根拠を職責から説明できない。一方、評価に応じた増減を厳密な計算式に落とすと、オーナー企業の長期視点での判断が効かなくなる。本事例では、役職ごとに基準額を定め、上下10%のレンジを設けたうえで、年度ごとの評価に応じて基準額を増減させる方式とした。評価段階ごとの増減率は目安として示すにとどめている。
Q5. 役員の評価は、どのように行えばよいか。
委任型と雇用型で分けるのが実務的である。委任契約に基づく役員は全社業績と部門業績を軸に、雇用契約に基づく執行役員は従業員層と同様に成果と行動を軸に評価する。本事例では、委任型役員について、量としての業績と質としての職責・役割を並べたコミュニケーションシートを新設した。ウェイトを設定せず拘束力も持たせない設計としたのは、点数を機械的に積み上げるためではなく、評価の理由を言語化して目線を合わせることが目的だからである。
Q6. 役員制度の改定は、どのタイミングで移行すべきか。
定時株主総会のタイミングを基本とする。取締役の選解任は株主総会決議事項であり、任期途中で体制を変えれば、退任する取締役の辞任または解任の手続きが必要になる。本事例でも、新経営トップの就任と同時に完全移行する案と、定時株主総会をもって移行する案を比較し、後者を選択した。前者は社内外への発信力で優れるが、個人の辞任・解任を伴う。移行が2段階になることによる情報発信の煩雑さは、広報の設計で吸収した。