執行役員を育て活躍させるための、4段階等級と定年延長を軸にした制度設計
設立1950年代
従業員約520名
売上非公開
提供サービス役員制度設計
実施期間3ヶ月
支援時期2020年
対象層・対象人数取締役・執行役員
事例サマリー
背景
自動車部品製造業を営む同社は、中国地方に本社を置く従業員500名規模のティア1サプライヤーである。持株会社のもとで、自動車部品製造に加え、海外現地法人と非自動車領域の事業を運営する体制にあった。
このプロジェクトの直前に、同社は従業員向け人事制度の全面改定を完了していた。等級・評価・報酬の枠組みが一般職相当から管理職相当まで整った一方、その上位に位置する執行役員層は、旧来の扱いのまま残されていた。
執行役員の職責は、事業本部の業務執行と戦略管理の双方にまたがっていた。しかし、その職責の差を区分する等級はなく、評価基準も明示されていなかった。報酬の決定は個別判断に依存していた。
加えて、執行役員の定年は60歳であった。人材の確保が難しくなるなかで、後任が育っていない領域が生じており、定年をどう扱うかが具体的な経営課題として浮上していた。
課題(Before)
自動車部品製造業を営む同社の執行役員に関する仕組みには、以下の課題が確認された。
1.執行役員の等級区分が存在しない。業務執行の範囲も、担う戦略管理の重さも役員ごとに異なるにもかかわらず、その差を制度上で区分する枠組みがなかった。
2.執行役員に対する評価基準が明示されていない。何を達成すれば高い評価となるのかが共有されておらず、評価が事後の総合判断に委ねられていた。
3.従業員側の制度改定が完了した結果、階層間の断絶が生じていた。管理職相当層には等級・評価・報酬の明確な仕組みがある一方、その上位の執行役員層にはそれがない状態となっていた。
4.執行役員への昇格による処遇上の動機づけが弱い。月額報酬の水準が管理職層の上位と接近しており、昇格しても処遇の変化が実感しにくい構造であった。
5.賞与原資の決定ロジックが不明確である。経営管理の視点からどの指標に連動させるかが定まっておらず、翌年度原資の変動可能性も見通せなかった。
6.執行役員の定年が60歳で固定されている。後任が育っていない領域では、定年到達がそのまま経営機能の欠落につながる懸念があった。
7.退任後および定年後の処遇が定まっていない。退任が処遇の断絶を意味する状態では、本人が退任時期の判断を先送りしやすく、世代交代が進まない。
8.退職金の支払時期を含む取り扱いが整理されていない。積立の考え方が定まっておらず、将来の資金負担が見通せなかった。
目的と設計方針
自動車部品製造業である同社のプロジェクトでは、「執行役員を育て、活躍させる」ことを目的に据えた。そのために必要な要素を、役割の明確化、評価基準の明確化、役割遂行のためのコミュニケーション促進、結果に対する報酬の4点に整理し、制度設計の範囲を確定した。
セレクションアンドバリエーションが方針の中心に置いたのは、従業員側の制度との接続である。直前に改定した従業員制度は、等級ごとに幅を持つ賃金レンジ(レンジレート)と、評価およびレンジ内の位置によって改定率を決めるマトリクス方式を骨格としていた。執行役員制度でも同じ骨格を採用し、管理職相当層から執行役員層への移行が処遇の断絶にならないようにした。
もう1つの方針は、目標設定の性質を変えることである。従業員層の業績評価は目標の達成度を測る仕組みであるが、経営幹部層に対しては、必達すべき水準と、それを超える挑戦水準の両方を期初に設定させる方式を採った。
定年と退任後処遇については、延長そのものを目的とせず、世代交代が進む条件を整えることを目的とした。
実際に構築した制度のポイント
自動車部品製造業である同社に対して構築した執行役員制度は、以下の要素で構成される。
1.執行役員を4段階に区分した。専務執行役員、常務執行役員、上席執行役員、執行役員である。段階ごとに月額報酬のレンジを設定し、職責の差を報酬構造として明示した。
2.報酬はレンジレート(範囲給)とした。上位等級へ昇格する際は、その等級の下限額以上へ直ちに引き上げる。下位等級へ降格する場合は、下位等級の中間額へ移行する。昇格が処遇の変化として明確に現れる設計である。
3.給与改定は、評価ランクとレンジ内の位置によるマトリクスで改定率を決定する。レンジの下限に近いほど改定率が高く、上限に近づくほど逓減し、上限を超える場合はさらに抑制される。下位評価ではマイナス改定も生じる設計とした。
4.役員定年を、等級ごとに差を設けて延長した。執行役員は62歳、上席執行役員は63歳、常務執行役員および専務執行役員は65歳である。一律延長ではなく、階層ごとの後継者育成の進度に合わせた設定とした。
5.退任後の処遇を等級別に規定した。上位等級は退任後の一定期間、下位等級は65歳までを期限として、一定割合の報酬を支給する。上位等級については、取締役会の承認を経て相談役として処遇する経路も設けた。
6.退任後に専門職として処遇する経路を用意した。従業員側の制度で設けた上位専門職の区分と接続させ、執行役員を退いた後も専門性を発揮する立場が残るようにしている。
7.数値評価に、必達(コミットメント)目標とストレッチ目標の二段構えを導入した。期初に両方を設定し、必達目標の達成を標準評価、ストレッチ目標の達成を高い評価とする。
8.期中の環境変化に対応する仕組みとして、ストレッチプラスを設けた。期中に大幅な目標の引き上げや外部環境の悪化が生じ、難易度が上がった場合、上司の判断で評価段階を1段階引き上げる。
9.目標ごとの達成度を段階評価で点数化し、ウェイトを乗じて総合点を算出する。ストレッチを超える達成には加点評価を適用し、成長(コンピテンシー)評価の結果と合わせて最終評価を決定する。
10.評価ランクは、従業員側の制度と同じ5段階とした。点数の閾値は執行役員向けに再設定しているが、ランクの呼称と段階数を揃えることで、階層をまたいだ評価の会話が成立するようにしている。
11.コミットメントシートを設計した。必達目標、ストレッチ目標、ウェイト、期中の難易度上昇のチェック欄に加えて、期初に評価者が対象者に期待することを記入する欄を設けた。評価表を、事後の採点用紙ではなく期初の対話の道具として機能させる設計である。
12.評価プロセスにおける一次評価者と二次評価者を、事業本部ごとに定義した。社長が直接評価する範囲と、上位執行役員が一次評価を担う範囲を明確に分けている。
13.年間の運用スケジュールを確定した。評価期間は3月から翌年2月とし、期中に中間面談を置く。決算処理の後、5月に評価を実施し、6月に昇降格の判断、給与改定、賞与支給を行う。
14.賞与は年1回の支給とし、評価ランクに応じて支給月数が段階的に変わる設計とした。ただし、きわめて大きな業績変動が生じた場合には支給月数を変更しうることを、あらかじめ制度上に明記している。
15.退職金については、毎年の積立計算式を定め、前提条件を置いたシミュレーションを実施した。支払時期の考え方を含めて整理し、将来の資金負担を可視化している。
導入後の変化
1.役員定年の延長が、法改正に先行する形となった。高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの就業機会確保が努力義務となったのは2021年4月である。同社は、その前年の2020年7月に、執行役員の定年を最長65歳まで引き上げる制度を確定していた。人材確保の必要性から設計した仕組みが、結果として制度環境の変化に先んじた形になっている。
2.グループの事業構成が広がっている。持株会社のもとで、自動車部品製造事業に加え、海外現地法人、生活サービス事業、通信事業を含む複数の事業会社が運営されている。執行役員の職責を4段階で区分し、レンジと評価で処遇する枠組みが先に整っていたため、担当する事業領域が増えるたびに役員処遇を個別交渉で決める必要がなかった。
3.経営機能の分化が進んでいる。グループの経営体制には、投資・財務・戦略といった機能別の責任者が置かれている。事業本部の業務執行と、全社的な戦略管理の双方を執行役員の職責として整理していたことは、機能別の役員を組み込む際の枠組みを提供していた。
経営幹部の制度は、導入時点の設計の精緻さではなく、事業構成が変わったあとも使えているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した執行役員の等級・評価・報酬の骨格は、同社において、グループの事業領域が広がったあとも運用されている。
本プロジェクトの特徴
自動車部品製造業である同社の執行役員制度設計では、一般的な設計とは異なる判断を複数行っている。
1.役員制度を従業員制度から切り離さなかった。
一般的には、役員報酬制度は従業員の人事制度とは別の論理で設計される。委任と雇用という法的性質の違いがあり、参照する外部データも異なるためである。本案件では、直前に改定した従業員制度と同じ骨格、すなわちレンジレートと、評価およびレンジ内の位置によるマトリクス改定を採用した。根拠は、管理職相当層から執行役員への昇格が処遇上の断絶になると、幹部候補が上位を目指す動機を失うためである。同じ論理で処遇が上がり続ける構造を、階層をまたいで一本につないだ。
2.目標を1本に絞らなかった。
一般的には、期初に1つの目標水準を設定し、その達成度で評価する。本案件では、必達目標とストレッチ目標を期初に両方設定させた。根拠は、単一目標が2つの失敗のいずれかに陥るためである。必達水準に寄せれば目標が低くなり、挑戦水準に寄せれば未達が常態化して評価が形骸化する。両方を置けば、確実に達成すべき線と、超えるべき線を同時に管理できる。
3.期中の環境変化を評価に織り込む仕組みを設けた。
一般的には、期初に設定した目標を期末まで固定し、環境変化は評価者の裁量で斟酌する。本案件では、期中に大幅な目標の引き上げや環境の悪化が生じた場合に、上司の判断で評価段階を1段階引き上げる仕組みを制度に明記した。根拠は、裁量による斟酌は説明されないため、対象者が納得しにくいことにある。斟酌そのものを制度化すれば、なぜ評価が動いたのかを説明できる。
4.役員定年を一律にしなかった。
一般的には、役員定年は全役員に同一年齢で設定する。本案件では、等級ごとに62歳、63歳、65歳と差を設けた。根拠は、後継者育成の進度が階層によって異なる点にある。一律に延長すれば、後任が育っている領域でも滞留が生じ、世代交代が遅れる。上位等級ほど長く、下位等級ほど早く交代する設計とすることで、経営機能の継続と若返りを同時に図った。
5.退任を処遇の断絶にしなかった。
一般的には、役員の退任時に処遇が大きく変わり、その後の立場は個別交渉となる。本案件では、退任後の支給水準と期限を等級別にあらかじめ規定し、上位等級については相談役、専門性を持つ層については上位専門職という経路を制度上に用意した。根拠は、退任後の見通しが立たなければ、本人が退任時期の判断を先送りしやすいためである。降りたあとの居場所を先に設計することが、世代交代を進める条件になる。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も議論したのは、役員定年を一律にするかどうかでした。一律に延長すれば経営の継続性は保てますが、後任が育っている領域まで交代が遅れます。逆に一律に据え置けば、後任のいない領域で機能が欠けます。そこで、階層ごとに定年年齢を変え、上位ほど長く、下位ほど早く交代する形をご提案しました。降りたあとの処遇を先に決めることも、あわせて重要だとお伝えしています。
よくあるご質問
必要性は上場・非上場ではなく、事業の広がりと経営者の意思決定負荷で決まる。事業領域や拠点が増えると、業務執行の判断をオーナー経営者が単独で担うことに無理が生じる。執行役員制度は、その判断を分担する相手を明示し、役割と評価と報酬を対応させる仕組みである。本事例では、持株会社のもとで複数事業を運営する体制において、執行役員を4段階に区分し、事業本部の業務執行と全社的な戦略管理の双方を職責として整理した。
Q2. なぜ株式報酬や長期業績連動報酬ではなく、月額報酬と年1回賞与にしたのか。
非上場企業では、株式報酬の前提となる市場価格が存在しないためである。株価に連動する仕組みを疑似的に組めば、評価額の算定と換金の設計が必要になり、運用負荷が制度の効果を上回りやすい。本事例では、月額報酬をレンジレートとして評価に連動させ、年1回の賞与を評価ランクに応じた支給月数で決定する構成とした。長期視点は、報酬の形式ではなく、必達目標とストレッチ目標という目標設定の側で担保している。
Q3. 執行役員の目標は、必達目標とストレッチ目標のどちらで設定すべきか。
両方を期初に設定するほうが機能する。必達目標だけでは目標水準が低く抑えられやすく、ストレッチ目標だけでは未達が常態化して評価が形骸化する。両方を置けば、予算として確実に達成すべき線と、超えた場合に高く評価される線を、同じシート上で管理できる。本事例では、期中に大幅な目標の引き上げや環境の悪化が生じた場合、上司の判断で評価段階を1段階引き上げる仕組みもあわせて制度化した。
Q4. 役員の定年は何歳に設定すべきか。
一律の年齢を決めるより、階層ごとに差を設けるほうが実態に合う場合が多い。後継者育成の進度は階層によって異なり、一律延長は後任が育っている領域での滞留を招き、一律据え置きは後任のいない領域で機能の欠落を招く。本事例では、執行役員を62歳、上席執行役員を63歳、常務および専務執行役員を65歳とした。あわせて、退任後の支給水準と期限を等級別に規定し、退任が処遇の断絶にならないようにしている。
Q5. 執行役員制度は、何年くらいで見直す必要があるのか。
年数ではなく、事業構成が変わったかどうかが判断基準になる。役員の職責を特定の事業や役職名に紐づけて設計すると、事業が増えた時点で制度が合わなくなる。逆に、職責の重さで等級を区分し、評価とレンジで処遇を決める構造にしておけば、担当領域が変わっても枠組みは使い続けられる。本事例で構築した制度は、導入から6年が経過し、その間にグループの事業領域が自動車部品以外へ広がったが、等級と評価の骨格は運用され続けている。
Q6. 従業員の人事制度改定と、役員制度の設計は、どちらを先に行うべきか。
従業員側を先に行い、間を空けずに役員側へ接続する順序が有効である。役員制度を先に整えても、その下の管理職層の仕組みが旧いままでは、昇格の連続性が確保できない。逆に従業員側だけを改定して止めると、最上位層に旧い仕組みが残り、幹部候補から見た到達点が不明確になる。本事例では、従業員向け制度の移行を2020年4月に完了させ、同年5月から執行役員制度の設計に着手し、7月に確定させている。