新制度の初年度運用を計画どおり完走させる、評価サイクル連動型の評価者研修
設立1950年代
従業員約120名
売上約75億円
提供サービス浸透支援・評価者教育
実施期間13ヶ月
支援時期2025年~2026年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
四国地方に本社を置き、海上クレーンの設計・製造・販売を一貫して手がける従業員100名台の産業機械製造業である同社は、2024年7月から2025年2月にかけて、等級・評価・報酬の全面改定を実施した。昇格基準に平成初期の年功要件が残り、初任給が20万円を下回っていた制度を、行動等級と役職を分離した二軸構造へ転換する内容である。
しかし、設計が完了した時点で残っていたのは、紙の上の制度である。新しい評価項目も、新設した目標管理制度(MBO)も、四半期ごとの1on1ミーティングも、実際に運用した者は社内に一人もいない状態であった。
同社は本社と別県の工場という2拠点体制であり、労働組合との協議も控えていた。制度の内容を伝えるだけの説明会では、評価者が実際に評価を下す場面で判断に迷うことが予想された。制度改定の効果が生まれるのは、設計時点ではなく、評価者が新しい基準で部下を見て、言葉にして伝えたときである。この認識に基づき、継続支援フェイズとして浸透支援と評価者教育を実施することとなった。
課題(Before)
四国地方の産業機械製造業である同社において、制度設計完了時点で残っていた課題は以下のとおりである。
1.評価者が新制度を運用した経験を持っていなかった。評価項目、評価ランクの文言、昇格の判断根拠のすべてが変更されており、旧制度での運用経験がそのままでは通用しない状態であった。
2.行動評価の項目が15項目から7項目へ集約され、1項目あたりの判断責任が重くなった。項目数が多い制度では個々の判断のぶれが平均化されるが、項目を絞った制度では1項目の判断が総合評価に直結する。評価者の判断精度がそのまま制度の信頼性を左右する構造になっていた。
3.管理職に目標管理制度(MBO)を新設したが、目標を設定した経験のある管理職がいなかった。バランスト・スコアカード(BSC)の4領域から目標を選び、ウエイトを配分し、達成基準を定めるという作業は、旧制度には存在しなかった。
4.四半期ごとの期中面談を制度化したが、面談の型が社内に存在しなかった。年4回の1on1ミーティングを義務づけても、何を話す場なのかが共有されていなければ、進捗確認の名を借りた業務報告になる。
5.評価ランクの文言が変わり、被評価者側の受け止め方が変化することが予想された。「普通」から「期待通り」への変更は、評価される側の解釈次第で意味が大きく変わる。評価者だけを教育しても、この差は埋まらない。
6.新制度開始時の累積ポイント設定、マトリクス昇給の対象者要件、営業手当の取り扱いなど、詳細設計に積み残しの論点があった。これらは制度施行前に決着させる必要があった。
7.2拠点にまたがる説明会の実施設計と、労働組合との協議が必要であった。同一内容を全従業員に等しく伝えるための資料と進め方を、拠点の事情に合わせて組み立てる必要があった。
目的と設計方針
四国地方の産業機械製造業である同社の浸透支援において、セレクションアンドバリエーションは以下を目的として設定した。
1.評価者が新制度を「自分の言葉で」部下に説明できる状態をつくること
2.初年度の評価サイクルを、修正を要する事態を起こさずに完走すること
3.制度の改善点を、運用しながら把握・修正できる体制を残すこと
設計方針は3点である。
第1に、研修を1回にまとめず、評価サイクルに合わせて3回に分割した。目標設定、期中の1on1、期末のフィードバックは、それぞれ求められるスキルが異なる。まとめて教えても、実際に使う時期が離れていれば定着しない。使う直前に学ぶことを優先した。
第2に、評価者だけでなく被評価者にも研修を実施した。評価制度の納得度は、評価者の技量だけで決まるものではない。評価される側が制度の目的を理解していなければ、どれほど丁寧なフィードバックも「査定の通知」として受け取られる。
第3に、月1回の事務局ミーティングを支援期間を通じて継続した。制度は運用して初めて不具合が見つかる。想定していなかった論点が出たときに、その場で判断できる関係を維持することを重視した。
実際に構築した制度のポイント
四国地方の産業機械製造業である同社に対して実施した浸透支援は、制度の最終化、導入準備、教育の3段階で構成される。
[制度の最終化]
1.詳細設計の残論点を決着させた。新制度開始時の累積ポイント設定、マトリクス昇給の対象者要件(滞留年数要件と年齢要件の両方を満たすこと、新制度導入後の猶予期間を2年間とすること)、営業手当の取り扱いについて、選択肢とそれぞれの帰結を整理したうえで社内判断を仰いだ。
2.社内検討の結果を制度へ反映した。設計結果を社内で検討いただく期間を2か月確保し、そこで出た論点を制度側へ反映する期間をさらに2か月確保している。設計者が一方的に完成させるのではなく、社内で咀嚼された内容を制度に戻す往復を組み込んだ。
3.給与シミュレーションを実施し、制度を最終化した。個々人の移行後の処遇を算定し、人件費への影響を確定させたうえで制度を確定している。
[導入準備]
4.各種規程の改定箇所を提示した。人事制度改定に伴って変更・追加・削除が必要となる規程の箇所を一覧化し、賃金規程など新規に作成が必要なものについても対応した。
5.説明会資料を作成し、説明会の開催を支援した。同社のフォーマットに沿って、現行制度から新制度への変更点を整理した資料を作成し、拠点ごとに丁寧に実施する前提で開催を支援している。
6.移行通知書を作成した。旧制度から新制度への個々人の移行について、新等級通知書と給与体系移行通知書を作成した。
7.評価制度マニュアルを作成し、Q&A対応を継続した。行動評価と目標管理制度の運用にあたって現場から出る疑問に対し、その都度回答するとともに、評価シートのフォーマット調整を行った。
8.1on1ミーティングの実施状況を確認し、必要に応じて面談マニュアルを整備した。制度として義務づけた面談が実際に機能しているかを、運用開始後に確認する工程を組み込んでいる。
[教育]
9.期初研修(目標設定)を実施した。対象は評価者、所要時間は3時間。人事評価そのものの目的、合理的ではない人間心理、行動評価の流れとポイント、目標管理の基本的な考え方、目標設定のSMART(具体的・定量的・挑戦的・上位方針との整合・時期の明確化)を扱い、ケーススタディと期初面談のワークを行った。
10.期中研修(1on1)を実施した。対象は評価者、所要時間は3時間。1on1面談の目的と意義、失敗する面談例、部下の心理、面談のプロセス(アイスブレイク、振り返り、認識と傾聴、行動支援内容の検討)を扱った。組織の話と個人の話のどちらから始めるか、良い話と悪い話のどちらを先に伝えるかといった、実務で迷う場面を具体的に扱っている。
11.期末研修(フィードバック)を実施した。対象は評価者、所要時間は3時間。よくある評価エラー、事実の通知方法、期待と改善の伝え方を扱い、「できていることを伝える」「できていないことを伝える」の双方を実践形式で行った。フィードバック面談に対する評価者側と被評価者側の言い分を対比させ、「誰にフィードバックされるか」が受け止め方を左右することを扱っている。
12.被評価者研修を実施した。対象は全一般社員、所要時間は1.5時間、動画配信にも対応した。評価制度の本質、報酬に反映することの難しさ、周囲との比較が生む不満の構造、目標管理制度の使いこなし方、面談への臨み方を扱っている。評価を受ける側の意識変革を目的とした研修である。
[運用体制]
13.月1回の事務局ミーティングを支援期間を通じて継続した。制度運用時に改善が必要と判断された箇所については、その都度修正対応を行っている。
導入後の変化
1.計画した教育をすべて実施した。評価者研修3回(期初・期中・期末、各3時間)と被評価者研修1回(1.5時間)を、いずれも計画どおりの回数・内容で実施している。制度改定の支援において、教育部分が予算や日程の都合で縮小されることは珍しくないが、本案件では設計時に想定した教育を全量実施した。
2.新制度で初年度の評価サイクルを完走した。期初の目標設定から、四半期ごとの期中面談、期末のフィードバックまでが、新しい評価項目と評価ランクのもとで一巡している。
3.初任給水準が新制度の設計値に沿って設定されている。同社が公開している2027年4月入社予定者向けの初任給は、大学院卒243,000円、大卒238,000円、高専卒223,000円、短大・専門卒213,000円である。改定前は20万円を下回る水準であったことから、設計した等級別の基本給下限が採用条件として運用されていることが確認できる。
4.育児関連の勤務制度が、当初の設計範囲を超えて拡張されている。制度改定当時、育児短時間勤務制度と育児時差出勤制度の対象は小学校3年生までであったが、現在は中学校入学まで取得可能な制度として公開されている。これはセレクションアンドバリエーションが設計した内容ではなく、同社自身の判断による拡張である。制度が形骸化せず、自社のものとして運用・調整されている状態を示す事実として、最も重視している。
5.育児休業の取得後復帰率は100%である(2024年度、男女の取得者4名)。
6.従業員数は106名(2025年11月時点)から108名(2026年7月時点)へ推移している。採用実績は2024年8名、2025年4名、2026年8名であり、複数年にわたり新卒・中途採用が継続している。
7.同社は2026年に創業70年を迎えた。長期にわたり事業を継続してきた組織において、30年以上前の基準を含む人事制度を全面改定し、施行の翌年度から新しい評価サイクルが回っている。
人事制度は、設計されただけでは何も変えない。評価者が新しい基準で部下を見て、言葉にして伝えたときに初めて、制度は組織の中で動き始める。セレクションアンドバリエーションは、設計から浸透、教育までを同一チームで担い、同社の新制度が初年度から運用される状態を支援した。
本プロジェクトの特徴
本案件の浸透支援において、判断を要した論点は3点である。
1.一般的には、制度改定後の教育は「新制度説明会」として1回にまとめられることが多い。本案件では、期初・期中・期末の3回に分割し、評価サイクルに合わせて実施した。目標設定、1on1、フィードバックはそれぞれ異なるスキルであり、まとめて教えても、実際に使う時期が数か月先であれば記憶に残らない。使う直前に学ぶという配置を優先した結果、研修回数は増えたが、評価者が迷う場面で参照できる状態をつくることができた。
2.一般的には、評価制度の教育対象は評価者に限定される。本案件では、被評価者向けの研修も実施した。同社では評価ランクの文言が「普通」から「期待通り」へ変わるなど、受け止め方が変化する変更が含まれていた。評価者側の技量を高めても、評価される側が制度の目的を理解していなければ、フィードバックは査定の通知として受け取られる。納得度は双方向でしか成立しない。
3.一般的には、制度の完成を優先して施行日を固定する。本案件では、当初想定していた2025年4月の施行を、2025年10月へ半年後ろ倒しする判断を行った。労働組合との協議、2拠点にまたがる説明会、詳細設計の残論点という3つの要素を踏まえると、当初日程では移行の質が担保できないと判断したためである。半年の遅延は、制度が理解されないまま施行されて修正に追われる期間より、はるかに短い。
制度設計と浸透支援を同じ担当が続けて担うことには、大きな意味があると考えています。設計時にどの論点で悩み、なぜその結論を選んだのかを知っているからこそ、研修の場で評価者の方から出る疑問に、制度の意図まで含めてお答えできるからです。今回、最も気を配ったのは、研修を「正しい評価の仕方」の講義にしないことでした。評価は判断であり、判断には迷いが伴います。迷ったときに何を基準に考えるかをお伝えすることが、私たちの役割だと考えています。
よくあるご質問
A. 初年度は期初・期中・期末の3回を推奨する。目標設定、進捗確認の面談、期末のフィードバックは、それぞれ求められるスキルが異なるためである。1回にまとめると、実際に使う時期までに間が空き、研修内容が現場で参照されない。本事例では3回とも各3時間で実施し、評価サイクルの各局面の直前に配置した。2年目以降は、評価者の入れ替わりと運用上の課題に応じて回数を調整する。
Q2. なぜ制度説明会だけで済ませず、期初・期中・期末の3回に分けて研修を実施したのか。
A. 説明会は制度の内容を伝える場であり、判断の仕方を伝える場ではないためである。新制度の等級構造や評価項目を説明されても、評価者が実際に部下を評価する場面で直面するのは「この行動をどのランクに置くか」という判断である。この判断力は、ケーススタディと実践形式のワークを通じてしか身につかない。本事例では説明会支援と評価者研修を別工程として設計し、両方を実施している。
Q3. 被評価者向けの研修は必要か。
A. 評価ランクの文言や評価項目を変更した場合には必要である。評価制度への納得度は、評価者の技量だけでは決まらない。評価される側が「評価とは何のためにあるのか」を理解していなければ、どれほど丁寧なフィードバックも査定の通知として受け取られる。本事例では、全一般社員を対象に1.5時間の研修を実施し、動画配信による受講にも対応した。所要時間を短く設計することで、製造現場を含む全社での受講を可能にしている。
Q4. 新制度の施行時期を後ろ倒しにする判断は、どのようなときに正しいのか。
A. 従業員が制度を理解していない状態で施行することが確実な場合には、後ろ倒しが正しい。判断基準は3つある。労働組合や従業員代表との協議が完了しているか、全拠点で説明会を実施できる日程が確保できているか、詳細設計に未決着の論点が残っていないか。本事例ではこの3つがいずれも満たされない見込みであったため、施行を半年後ろ倒しした。施行後に制度の解釈をめぐる混乱が起きれば、収拾には半年以上を要する。
Q5. 制度浸透の支援は、どのくらいの期間続けるべきか。
A. 少なくとも初年度の評価サイクルが一巡するまでである。制度の不具合は、設計段階ではなく運用段階で発見される。目標設定の段階では問題がなくても、期末に評価を確定する段階で評価分布の偏りや基準の解釈違いが表面化することが多い。本事例では、制度施行の7か月前から施行後の期末評価までを通じて支援を継続し、月1回の事務局ミーティングで運用上の課題を随時修正した。
Q6. 制度設計と浸透支援は、同じコンサルティング会社に依頼すべきか。
A. 同一であることの利点は大きい。設計時にどの選択肢を検討し、なぜその結論を選んだかを知っている担当者であれば、研修の場で出る疑問に対して制度の意図まで含めて回答できるためである。設計と教育を分離した場合、研修講師は制度の仕様を説明することはできても、「なぜこの設計なのか」には答えられない。本事例では、設計フェイズと浸透支援フェイズを同一のプロジェクトリーダーが担当している。