制度の理解ではなく行動の変化を実現する、評価者研修とサーベイの年度サイクル支援
設立2020年代
従業員約90名
売上約30億円
提供サービス浸透支援・評価者教育
実施期間36か月以上
支援時期2023年~2025年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
企業グループ向けの情報システム開発・運用を担う同社は、近畿地方に本社を置く。2022年の新設分割によって独立し、離職への喫緊対応と人事グランドデザインの策定を経て、等級・評価・報酬の新制度を2024年4月に稼働させている。
新制度は、それまでの運用と前提が大きく異なる。評価対象は成果・行動・専門性の3つに絞り込まれ、専門性はスキルマトリクスによる習得度で判定する。昇格は累積ポイントと担当システムの点数で決まり、報酬はレンジレート(範囲給)のなかで昇給幅が変動する。
いずれも、評価者が基準を理解し、期中に部下の状況を把握していなければ機能しない仕組みである。旧制度では、自己評価が形骸化し、相対評価による調整が入り、最低評価を付けにくいという運用実態があった。制度を切り替えても、運用の実態が改善されないことから、稼働初年度と2年目の評価者の行動変革を実現するための教育を進めた。
課題(Before)
支援当時 従業員80名規模へ向かいつつあった同社において、制度の稼働に先立って確認された運用上の課題は次のとおりである。
1.評価基準が浸透していなかった。新制度で導入したコンピテンシーとスキルマトリクスは、基準そのものが新しく、評価者の理解度に差があった。基準を知らないまま評価すれば、旧来の印象評価がそのまま持ち込まれる。
2.最低評価を付けにくいという運用実態があった。成果を出していない人材にも中間評価が付く傾向があり、評価の分布が実態を反映していなかった。
3.相対評価による調整が納得性を損なっていた。一次評価の結果が最終段階で変わるため、評価者が本人へ理由を説明できない。評価そのものへの信頼が低下していた。
4.期中の状況把握が行われていなかった。管理職自身の業務量が多く、部下の状況を把握する時間が確保できない。期末になって初めて実績を確認する運用が常態化していた。
5.評価の目的が共有されていなかった。何のために評価するのかが被評価者に伝わっておらず、評価を処遇の決定手続としてのみ受け取る状態にあった。
6.組織課題を定量的に把握する手段がなかった。インタビューによる定性把握は行っていたが、改善したのか悪化したのかを比較できる指標が存在しなかった。
7.管理職が自身の行動を客観視する機会がなかった。新たに昇格した層に対して、期待される役割を本人の認識だけに委ねる状態が続いていた。
8.新卒採用における初任給が競合を下回っていた。同じ企業グループ系のシステム会社と比較して低い水準にあり、金額を理由とした内定辞退が生じていた。
目的と設計方針
セレクションアンドバリエーションが浸透支援にあたって置いた目的は、制度が意図した行動を、運用の場面で実際に起こすことである。制度の理解ではなく、行動の変化を到達点とした。
設計方針は4点である。
第1に、評価者研修を制度説明として1回で行わず、運用の場面ごとに分ける。期初は目標設定、期中は1on1、期末はフィードバックと、扱う行動を分けて設計する。評価者が実際に困る場面と、研修の内容を一致させるためである。
第2に、定点観測を年度サイクルに組み込む。組織風土診断とマネジメントアセスメントを単発の調査で終わらせず、年度単位で反復して経年変化を追える状態にする。改善したのか悪化したのかを、感覚ではなく数値で確認するためである。
第3に、匿名の調査と記名の評価を使い分ける。組織全体の課題は匿名の組織風土診断で拾い、個人の行動は記名のマネジメントアセスメントで返す。目的の異なる2つの調査を混同しない構成とした。
第4に、支援の範囲を制度の内部に限定しない。稼働後に浮上した採用競争力の課題に対しても、報酬設計の観点から施策を提示する。運用のなかで新たに出てくる課題に対応できる契約構成とした。
実際に構築した制度のポイント
年度サイクルとして反復する4つの仕組みを構築した。内容は次のとおりである。
【評価者研修(考課者研修)】
1.研修を期初・期中・期末の3区分で設計した。期初は目標設定、期中は1on1、期末はフィードバックを主題とし、それぞれ3時間の構成とした。制度の解説ではなく、その時期に評価者が実際に行う行動を扱う設計である。
2.期初研修では目標管理制度(MBO)の考え方を扱った。人事評価そのものの目的、合理的ではない人間心理、目標設定の観点を扱い、ケーススタディを用いて実際に目標を設定する演習を含めた。
3.期中研修では1on1ミーティングを扱った。面談の目的とプロセス、失敗する面談の例、部下の心理、傾聴の方法、行動支援策の検討までを扱い、期中に進捗を確認できる状態を目指す構成とした。
4.期末研修ではフィードバックを扱った。できていることとできていないことをどう伝えるか、よくある評価エラー、フィードバックを受ける側の心理を扱い、良い例と悪い例を対比しながら進める構成とした。
5.実施形態を3種類で提示した。対面型研修、動画研修(自社収録)、動画研修(外部委託撮影)を、それぞれの利点と限界とともに提示した。評価者の人数が増えた場合の運用コストを見越した選択肢である。あわせて、章ごとの理解度テストを作成する選択肢を用意した。
6.被評価者研修を併せて実施した。評価される側が制度の目的と基準を理解していなければ、評価者側の努力が納得感につながらないためである。
【組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)】
7.設問を満足度と重要度の2軸で構成した。8つの大項目(経営理念、環境整備、組織管理、組織文化、人的資本、経済的報酬、職務満足、教育訓練)について、それぞれ満足度と重要度を問う。満足度が低くても重要度が低い項目と、両方が高い項目とを区別するためである。
8.正社員と派遣社員で設問を分けた。所属の違いによって回答しにくい設問を除外し、それぞれに適した構成とした。
9.eNPSとフリーコメントを併用した。定量指標だけでは把握できない課題の背景を、記述から拾う構成とした。
10.分析の切り口を事前に設定した。社員区分、年齢、勤続年数、部署、等級、採用区分を属性として取得し、どの層で何が起きているかを分解できる状態とした。
11.経年変化の比較を前提に運用した。年度をまたいで同一の設問で実施することで、改善した箇所と悪化した箇所を定量的に特定できる状態としている。
【マネジメントアセスメント(多面評価)】
12.45問の設問により、6つの指標で管理職の行動を測定した。コンピテンシー(スピリット、バリュー、マネジメント)、リーダーシップ、社内とのつながり、変化対応力の各観点で、他者からの評価を統計的に処理して返す構成である。
13.自己評価と多面評価のギャップを可視化した。多面評価が標準を下回る項目のうち、自己評価が標準以上である項目を要改善項目として提示する。本人が認識していない差を先に示す構成とした。
14.アセッサーの選定を本人に行わせた。評価者を固定せず、対象者自身が選定する形式とし、選定依頼から回収までのプロセスを設計した。
15.結果を返して終わらせず、行動変革研修につないだ。結果報告の後に研修を実施し、アクションプランの策定まで行う構成とした。
【運用のなかで生じた課題への対応】
16.初任給の引き上げ方法を5案で比較した。賞与の給与化による基本給テーブルの書き換え、資格手当の新設、残業見合い手当の支給、奨学金返還支援制度の新設、基本給テーブルの書き換え(ベースアップ)の5つを、会社の持ち出し、初任給への影響、導入の難易度の3観点で評価して提示した。
17.若手社員との給与逆転を検証対象とした。初任給を引き上げると、2年目以降の若手社員との逆転が生じる。この調整を前提条件として明示し、引き上げ方法の比較に組み込んだ。
導入後の変化
1.評価の論点が「基準の有無」から「判定の精度」へ移った。スキルマトリクスと点数化した卒業基準により、何を満たせば上がるかは明示された。一方で、習得度をどこまで客観的に判定するかが次の課題として社内から提起されており、運用側の議論の水準が上がっている。
2.評価者が判定の根拠を説明できるようになった。担当システムの重み付けと点数化により、上位等級で何を担う必要があるかが数値で示されている。評価の結果を本人へ伝える際の材料が確保された。
3.組織風土診断の結果に改善傾向が確認されている。年度をまたいだ経年変化の比較において、社員の満足度は全体として上昇傾向にある。
4.マネジメントアセスメントの対象が拡大した。20名規模(2023年度末)から38名規模(2025年度)へ増えている。組織の拡大に伴い管理職層が厚くなったこと、および昇格者に対して期待役割を示す手段として位置づけられたことによる。
5.初任給が引き上げられた。2025年8月時点で216,000円であった大卒初任給は、230,000円となっている。同じ企業グループ系のシステム会社との比較で生じていた差が縮小した。
6.改善の議題が社内から出るようになった。評価の客観性、昇格者への期待役割の提示、採用競争力といった課題が、支援側の指摘ではなく同社側から提起され、そのつど施策が追加される運用になっている。
7.次の課題が制度の外側へ移った。制度の外形は一区切りがつき、社員一人ひとりの成長、業務プロセスと成果物の品質、それを重視する文化の醸成が経営課題として語られる段階に入っている。
制度は、稼働させた時点では機能しない。評価者が基準を理解し、期中に部下を見て、期末に説明できるようになって初めて機能する。セレクションアンドバリエーションは、設計の納品で契約を区切らず、運用の場面ごとに介入する構成をとることで、設計の意図が運用に残る状態をつくっている。
本プロジェクトの特徴
本案件の判断は3つある。いずれも一般的な進め方から外れた選択であり、その理由を以下に示す。
1.評価者研修を年1回の集合研修にしなかった。
評価者研修は、制度改定のタイミングに1回、全体を説明する形で実施されることが多い。運用コストが低く、全員の理解を一度に揃えられるためである。本案件では、期初・期中・期末の3区分に分け、それぞれ別の主題で実施した。評価者が困るのは制度を知らないときではなく、目標を設定する場面、部下と話す場面、結果を伝える場面である。研修の時期と、行動が必要になる時期を一致させる必要があると判断したためである。
2.サーベイを満足度だけで測らなかった。
従業員意識調査は、満足度の高低を測って低い項目から手を付ける形で運用されることが多い。本案件では、すべての設問に満足度と重要度の2軸を設けた。満足度が低くても社員がそれを重要と考えていない項目に資源を投じても、組織は変わらない。優先順位は満足度の低さではなく、重要度との差で決まると判断したためである。
3.匿名調査と記名評価を分けて設計した。
組織課題の把握と管理職個人の行動改善を、ひとつの調査で兼ねる設計は可能である。設問数を抑えられ、回答者の負担も減る。本案件では、組織風土診断を匿名で、マネジメントアセスメントを記名で実施し、目的も設問も分けた。匿名でなければ出ない声と、本人に返さなければ意味がない情報とは性質が異なる。混在させると、どちらの精度も落ちると判断したためである。
担当コンサルタント: 松木 宏晃 、 山田 沙樹 、 塚越 真悠子
浸透支援でいちばん気をつけたのは、こちらから施策を提案し続けないことでした。研修もサーベイも、こちらが持ち込んでいるうちは定着したとは言えません。年度ごとにお打ち合わせの場を持ち、その時点で何にお困りかを伺ってから施策を組み立てる形をとりました。評価の客観性や採用競争力といった課題が貴社側から先に出てくるようになったことが、制度が自社のものになった証だと考えています。
よくあるご質問
導入だけでは定着しない。制度の成否は、運用の初年度と2年目における評価者の行動で決まる。基準を切り替えても、期中に部下を見ない、最低評価を付けない、といった運用の癖はそのまま残るためである。本事例では、稼働に合わせて評価者研修(考課者研修)を期初・期中・期末の3区分で実施し、被評価者研修、組織風土診断(エンゲージメントサーベイ)、マネジメントアセスメントを年度単位で継続する構成とした。
Q2. なぜ評価者研修を年1回の集合研修にせず、期初・期中・期末に分けたのか。
評価者が困る場面と、研修の時期を一致させるためである。年1回の集合研修は運用コストが低いが、制度の全体像を説明する内容になりやすく、実際に目標を設定する場面や結果を伝える場面では思い出されない。本事例では、期初は目標設定、期中は1on1、期末はフィードバックと主題を分け、それぞれ3時間の構成とした。制度の理解ではなく、その時期に必要な行動を扱っている。
Q3. エンゲージメント調査では何を測るべきか。
満足度だけでなく、重要度を併せて測るべきである。満足度が低くても、社員がその項目を重要と考えていなければ、改善しても組織は変わらない。優先順位は満足度の低さではなく、重要度との差で決まる。本事例では、経営理念、環境整備、組織管理、組織文化、人的資本、経済的報酬、職務満足、教育訓練の8つの大項目について、それぞれ満足度と重要度を問う構成とし、eNPSとフリーコメントを併用している。
Q4. 多面評価の結果を、評価や処遇に使ってよいか。
処遇には使わず、本人の行動改善に使うべきである。処遇に直結させると、回答者が忖度し、データそのものの精度が落ちる。本事例では、多面評価を記名で実施して本人に結果を返し、自己評価との差を要改善項目として示したうえで、行動変革研修でアクションプランの策定まで行う構成とした。処遇に用いる評価は、別に設計された評価制度が担っている。
Q5. 制度の浸透支援は、どのくらいの期間を見込むべきか。
最低でも、運用の2サイクルを見込む必要がある。初年度は評価者が基準を初めて適用する年であり、判定のばらつきが最も大きい。2年目に、前年の結果を踏まえた調整が入って初めて運用が安定する。本事例では、設計と並行して2023年度から支援を開始し、2025年度まで年度サイクルとして継続している。
Q6. 初任給を引き上げると、既存の若手社員との逆転が起きないか。
起きる。したがって、初任給の引き上げは2年目以降の若手社員との調整とセットで設計する必要がある。本事例では、賞与の給与化、資格手当の新設、残業見合い手当の支給、奨学金返還支援制度の新設、基本給テーブルの書き換えの5案を、会社の持ち出し、初任給への影響、導入の難易度の3観点で比較し、逆転の調整を前提条件として明示したうえで提示している。