職務等級体系を基軸とした人事制度改革プロジェクト
設立2000年代
従業員約1,300名
売上事業収益 約260億円
提供サービス人事制度設計
実施期間12ヶ月
支援時期2021年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
信用事業と共済事業を収益の柱とする同組合は、関東地方の大都市圏を管内とする農業協同組合(JA)である。管内農地を抱えつつ、貯金・貸出・共済という金融事業が事業収益の大半を占める構造にあった。
この構造には、外部環境に起因する制約が2つある。第1に、系統中央機関からの奨励金が単位農協の信用事業利益の相当部分を占めており、その水準が下がれば収益が直接圧迫される。第2に、農協改革の流れのなかで、信用事業のあり方や准組合員の利用に関する制度議論が継続しており、金融事業の収益に依存し続ける前提が置きにくくなっていた。
同組合の経営は、この認識を早い段階で持っていた。金融事業の収益が細っていく局面を前提に、事業構造と要員構造の双方をどう組み替えるかが問われていた。総合事業体として営農・資産管理・生活関連サービスへ人材を振り向けつつ、拠点網と要員は将来的なスリム化に耐える形へ移行させる必要があった。
一方、人事の側は旧来の職能資格制度のまま残っていた。等級と担当職務の対応が緩やかで、処遇は年功的に運用され、組織に必要なポスト数から人件費を積み上げる管理ができていなかった。事業構造を変える方針は定まっていたのに、人材配置と処遇の仕組みがそれに追随できない状態にあった。
そこで同組合は経営人材開発プロジェクトを立ち上げ、「適所適材のタレントマネジメント」を主題として組織・人事の課題を整理した。その帰結として、職務を起点に処遇を決める職務等級制度(ジョブ型)への転換が必要施策として位置づけられた。
課題(Before)
正職員1,300〜1,400名規模の同組合において、支援開始時点で確認された課題は次のとおりである。
1.職能資格制度のもとで、等級と担当職務の対応が緩やかであった。誰がどの責任を負っているかが処遇から読み取れず、組織に必要なポストの数から人件費を管理する運用ができていなかった。
2.基本給に本人給(年齢・勤続に連動する部分)が残っていた。処遇の決定根拠が能力でも職務でもない部分に依存しており、抜擢や配置転換を行うたびに説明が難しくなっていた。
3.管理職層の等級が実質的に年功で運用されていた。上位等級への滞留が続き、若手を引き上げるための原資とポストの双方が不足していた。
4.職員構成の高齢化が進む一方で、管理職の絞り込みと新陳代謝を促す仕組みがなかった。この状態を続ければ、総額人件費は構造的に増加する見通しであった。
5.専門性の高い職務を担う人材のための処遇枠がなかった。資産管理、営農、コンプライアンス、情報システムなど高度化する領域で、経験者採用に必要な処遇水準を提示できなかった。
6.手当の種類が多く、支給根拠が実態と合わなくなっていた。家族手当・住宅手当等の福利厚生関連手当、対象者と稼働実績の少ない特殊業務手当、職務遂行に必須でない資格への恒常的な手当が併存し、原資が分散していた。
7.総合評価が7段階で運用されていたが、中位3段階の定義が細分化されていなかった。結果として評価の大半が中位に集中し、査定としての機能が働いていなかった。
8.評価結果の用途が整理されていなかった。査定と人材開発が同一の評価に依存しており、どちらの目的にも十分に応えられていなかった。
9.賞与の支給根拠が不明確であった。剰余金の見込みと勤務成績を勘案して決定する建付けでありながら、実際にはほぼ固定で運用され、組織業績とも個人の成果とも連動していなかった。
目的と設計方針
同組合に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、金融事業の収益環境が変化しても持続する要員構造と処遇構造をつくることであった。人件費の削減そのものを目的とせず、「必要なポストを定義し、そこに人を当て、その職務価値に応じて処遇する」という順序を制度として固定することを狙いとした。
設計方針は次の4点である。
1.職務価値による公平性を確保する。職務評価によって各職務の価値を測定し、その結果を等級と報酬に反映する。属人的な資格ではなく、担っている職務で処遇を決める。
2.人件費の管理可能性を高める。組織に必要なポストを先に設定し、そこへ人を配置する設計とする。要員計画と人件費計画を同じ土台の上で議論できるようにする。
3.人材確保の経路を複線化する。内部育成に長期間を要する高度専門領域については、経験者採用を前提とした処遇の枠を独立して設ける。
4.育成期間は職務等級を適用しない。一定年齢までは複数の職務を経験させて適性を見極める期間と位置づけ、能力に基づく等級を残す。
この4点目が本案件の設計上の要である。職務等級制度(ジョブ型)を全職員へ一律に適用すると、ローテーションによる育成が制度上やりにくくなる。総合事業体として幅広い職務を抱える組織では、育成期間の柔軟性を失う代償が大きい。そのため、職群によって等級思想そのものを分ける複線型人事制度として設計した。
実際に構築した制度のポイント
同組合において構築した制度の骨格は、4つの職群と、職群ごとに異なる等級思想の組み合わせである。
【等級制度・キャリアパス】
1.4つの職群を新設した。経営管理職(組織のマネジメントと特命事項を担う)、高度専門職(高度な専門性で変革に貢献する)、エキスパート職(特定分野の経験と技能で高いパフォーマンスを発揮する)、能力開発群(多様な経験を通じて能力開発を行う)の4区分である。
2.職群ごとに等級思想を分けた。経営管理職・高度専門職・エキスパート職には職務等級制度(ジョブ型)を適用し、能力開発群には職能等級制度を残した。同一組織内に2つの等級思想を併存させる設計である。
3.等級数は職群の役割に合わせて設定した。経営管理職と高度専門職は組織図上のポスト構成に合わせた段階数とし、エキスパート職は管理職一歩手前の処遇まで到達できる段階数を確保した。能力開発群は従来の段階数を踏襲した。
4.職群転換の基準を年齢で明示した。一定年齢に到達した年度の翌期に、能力開発群から他の3職群のいずれかへ転換する。基準年齢に到達する前の転換も可能とし、早期抜擢の経路を残した。
【職務評価と職務記述書】
5.全対象職務について職務評価を実施し、職務価値を測定した。測定結果に基づいて職務等級表を作成し、仮格付け案を提示した。
6.職務記述書(ジョブディスクリプション)を整備した。職責、業務目標、期待する成果、発揮すべき行動を職務単位で記述し、評価制度の基準として直接使えるようにした。
【報酬制度】
7.本人給を廃止した。廃止分は職務給・職能給へ統合し、処遇の決定根拠を「職務」または「能力」のいずれかに一本化した。
8.手当を統廃合した。職責に対応する役職位手当・職能資格手当は職務給へ統合し、福利厚生関連手当は廃止したうえで基本給へ配分した。対象者と稼働実績の少ない特殊業務手当は廃止し、資格に対する手当は取得時の一時金へ変更した。成果責任を負う上位職群については、時間外勤務手当を職務給に統合した。
9.賃金テーブルはレンジレート(範囲給)とし、隣接等級間に重複を持たせた重複型で設計した。賃金水準そのものの引き上げ・引き下げは行わず、配分の組み替えに徹した。
10.若手層については、昇格時の報酬増を実感できるよう育成期間の等級下限を引き上げた。世代間の配分を若年層側へ寄せる調整である。
【賞与制度】
11.賞与の支給根拠を2つに分けた。個人の評価に応じて増減する業績連動部分と、組織の業績に応じて増減する部分である。生活保障見合いの部分は残し、等級ごとに算定基礎額を設定して、同一等級・同一評価であれば同額となる構造とした。
【評価制度】
12.査定としての評価を業績評価に一本化した。成果評価とプロセス評価で構成し、そのウェイト配分を職群と等級によって変えた。定型業務が中心の層はプロセスを重視し、成果責任を負う上位職群は成果を重視する。
13.能力評価を査定から切り離した。能力評価は人材開発と配置(タレントマネジメント)のデータとして活用し、昇格審査においてのみ業績評価と併用する。
14.総合評価の段階を7段階から5段階へ集約した。定義が細分化されていなかった中位3段階を統合し、上位と下位の基準は従来を踏襲した。
15.評価決定会議を制度として組み込んだ。一次評価者が集まって評価の妥当性を相互に検証する場を、評価フローの正式な工程として位置づけた。
【移行と浸透】
16.退職金は水準の見直しを行わず、等級・役職位ポイントの読替のみで対応した。処遇改革と退職給付の議論を切り離し、論点を絞るための判断である。
17.不利益変更が生じる部分には期限を定めた移行措置を設けた。管理職層の給与下限引き下げ分は複数年をかけて段階的に調整し、退職金ポイントの読替についても一定期間の移行措置を置いた。
18.説明の順序を設計に含めた。三役・部室長への報告を起点に、全体アナウンス、部署・支店別の説明、理事会への報告と規程承認、全職員への退職金部分の案内と同意取得までを段階的に配置し、稼働日から逆算した工程として組んだ。
導入後の変化
以下は、公開情報から確認できる稼働以降の事実と、制度がそこで果たした機能である。実測値(離職率・昇格者数・エンゲージメントスコア等)は本稿作成時点で提供を受けていない。
1.正職員数は緩やかな減少から横ばいへ移行している。約1,370名(2020年3月末)から約1,350名(2024年3月末)へ推移し、その後も同水準で推移している。新制度は総額人件費の抑制とメリハリのある配分の両立を目的としており、人員の急減ではなく構造の組み替えによる調整を志向していた。推移はその想定の範囲に収まっている。
2.新卒採用は継続している。就職情報サイトへの掲載が続いており、募集人数も相応の規模で設定されている。能力開発群を職能等級として残し、育成期間の柔軟性を確保した設計は、新卒採用を継続する前提と整合している。
3.拠点網のスリム化は稼働後も進んでいる。管理する店舗外ATMの全廃(2023年9月)に続き、支店の統合も自らの判断で実施・公表されている。職務等級制度は組織に必要なポストを定義してから人を配置する構造であるため、拠点を再編するたびにポスト定義と処遇を組み直す必要がない。
4.金融事業の収益環境は設計時の想定どおり厳しさを増している。信用事業収益・共済事業収益はいずれも減少基調にあり、経常利益も支援前の水準を下回っている。一方で貸出金残高は増加が続いており、自己資本比率は十分な水準を維持している。収益構造の転換が進行するなかで、処遇の原資配分を職務価値に基づいて説明できる状態にあることの意味は大きい。
5.設計時に意図した変化として、次の3点が制度に組み込まれている。第1に、職務評価の結果を等級と報酬に反映することによる処遇の説明可能性の向上。第2に、ポスト設定を起点とすることによる人件費の管理可能性の向上。第3に、高度専門職の枠を独立させたことによる経験者採用の経路確保である。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自組織で運用し続けられているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した4職群と職務等級の骨格は、金融事業の収益環境が変化し、拠点再編が進むなかでも運用され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件で判断を要した論点は、いずれも「一般的な進め方をそのまま当てはめない」ことに関わるものであった。
1.ジョブ型の導入は全社一律で行われがちである。本案件では職群によって等級思想を分け、育成期間には職能等級制度を残した。理由は、総合事業体として職務の幅が広く、若手を複数の職務に就けながら適性を見極める工程を失えないためである。職務等級制度を一律適用すれば、その工程が制度上やりにくくなる。ジョブ型の導入目的は処遇の適正化であって、育成機能の放棄ではない。
2.ジョブ型への移行は賃金水準の見直しと同時に行われがちである。本案件では賃金水準そのものを動かさず、配分の組み替えに徹した。理由は、水準の議論と構造の議論を同時に走らせると、労使の論点が水準だけに集中し、職務価値という考え方そのものが定着しないためである。構造を先に入れ、水準の調整は制度が定着したあとの議論として切り離した。
3.移行時の不利益変更は一時金による補填で処理されがちである。本案件では期限を定めた段階的な調整と、退職金ポイントの読替に対する移行措置を組み合わせた。理由は、対象が管理職層であり、その層が制度の運用者でもあるためである。運用を担う層が処遇の急変を受ければ、制度は現場で支持されない。
4.人件費シミュレーションは単年度で示されがちである。本案件では10年超の期間について、現行制度を維持した場合と新制度へ移行した場合を並べて提示した。理由は、この制度改革の効果が職員構成の変化を通じて現れるものであり、単年度では判断できないためである。意思決定者が見るべきは初年度の増減ではなく、構造を変えた場合と変えなかった場合の分岐であった。
5.評価制度の改定は段階数の変更に終わりがちである。本案件では査定と人材開発を分離し、能力評価を配置・育成のデータとして独立させた。理由は、1つの評価に2つの目的を負わせている限り、評価者がどちらの基準で判断すべきか定まらないためである。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、ジョブ型をどこまで適用するかという線引きでした。全職員に職務等級を当てはめれば制度としては明快になりますが、若い方々を複数の職務に就けて適性を見極める工程が失われます。総合事業体では、この工程が将来の管理職層と専門職層をつくる源泉です。そこで育成期間には能力に基づく等級を残し、一定年齢での転換によって職務等級へ接続する設計といたしました。処遇の適正化と育成機能は、どちらかを選ぶものではないと考えております。
よくあるご質問
一律導入が最適とは限らない。職務等級制度は担当職務が固まっている層に対して有効に機能する一方、複数の職務を経験させて適性を見極める育成期間とは相性が悪い。職務の幅が広い組織では、育成期間に職能等級制度を残し、一定年齢や一定段階で職務等級へ転換する複線型の設計が有効である。本事例では4つの職群を設け、上位3職群に職務等級制度、育成期間にあたる職群に職能等級制度を適用した。
Q2. なぜ役割等級制度ではなく職務等級制度を選んだのか。
人件費の管理可能性を高めることが目的だったためである。役割等級制度は役割の大きさで等級を決めるため運用の柔軟性が高いが、等級と組織上のポスト数が一対一で対応しないため、要員計画から人件費を積み上げる管理には向きにくい。職務等級制度は必要なポストを先に定義してから人を配置する構造であり、要員計画と人件費計画を同じ土台で議論できる。金融事業の収益環境が変化する前提に立つ組織では、この管理可能性が優先された。
Q3. 職務等級制度の導入は総額人件費の抑制につながるのか。
導入それ自体が人件費を下げるわけではない。効果が出るのは、必要なポスト数を定義し、そこにしか職務給を支払わないという運用が徹底された場合である。制度導入の初年度は移行措置の分だけ人件費が増えることも多い。効果を判断するには、現行制度を維持した場合と新制度へ移行した場合を10年程度の期間で並べて比較する必要がある。本事例では、この長期シミュレーションを設計段階で提示し、意思決定の材料とした。
Q4. 職務等級制度への移行で給与が下がる職員が出る場合、どう扱うべきか。
一時金による一括補填ではなく、期限を定めた段階的な調整を推奨する。理由は、影響を受けるのが管理職層であることが多く、その層が制度の運用者でもあるためである。運用を担う層の処遇が急変すれば、制度は現場で支持されない。あわせて、退職金など長期の処遇に関わる部分についても移行措置の期間を明示する。本事例では、月例給の調整と退職金ポイントの読替の双方に、期限を定めた移行措置を設けた。
Q5. 収益環境が厳しくなってから人事制度改革に着手すべきか、その前に着手すべきか。
前に着手すべきである。人事制度の改革は設計から稼働まで1年から2年を要し、効果が職員構成の変化として現れるにはさらに時間がかかる。収益が悪化してから着手すると、制度改革が人件費削減の手段として受け止められ、労使の合意形成が難しくなる。収益に余力があるうちに構造を組み替えておけば、水準を動かさずに配分だけを変えるという選択が取れる。本事例では、金融事業の収益環境が変化する前提に立ち、水準を維持したまま構造を転換した。