等級と報酬は維持したまま、探索型行動を評価するコンピテンシー改定
設立1940年代
従業員約710名(単体・グループ約1,200名)
売上約170億円
提供サービス人事制度設計
実施期間9ヶ月
支援時期2022年~2023年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
中国地方に本社を置く同社は、社会インフラの調査・計画・設計から維持管理までを担う総合建設コンサルタントである。全国と海外に拠点を持ち、独立系として事業を続けてきた。
同社を取り巻く事業環境は、2000年代以降に大きく変わった。公共工事の入札における技術評価の比重が高まり、インフラの老朽化に伴う維持管理・更新需要が拡大し、官民連携による事業形態が広がった。
そのうえで同社は、2030年を目標年次とする長期経営ビジョンを掲げた。既存の中核事業を深めるだけでなく、新たな収益領域と海外事業を並行して立ち上げる構想である。これは知の深化と知の探索を同時に進める「両利きの経営」の考え方に重なる。
一方で、人材の側はこの構想に追いついていなかった。同社は2002年から2003年にかけてコンピテンシー評価を導入し、以後これを運用してきた。その評価が浸透した結果、社員の行動特性は特定の型へ収れんしていた。
事業を4つの領域へ広げる計画に対し、それを担う人材がどの領域にどれだけ必要かは、制度上どこにも定義されていなかった。
課題(Before)
従業員700名規模の同社において、改定前の評価制度には次の課題があった。
1.コンピテンシー項目が2002年から2003年当時の人材傾向を前提に設計されていた。当時の分析では、対人関係やチームワークを重視する層が一定割合を占めており、項目はその状況を踏まえて組まれていた。前提が変われば、評価項目も更新が必要になる。
2.コンピテンシー評価の浸透により、人材タイプが課題解決型に集約されていた。2022年のコンピテンシー調査では、与えられた業務を確実に遂行することを重視する層が過半を占めた。制度が意図どおり機能した結果として、行動の多様性が失われていた。
3.評価対象となる行動が、全等級でほぼ同一の積み上げ型だった。下位等級で求める行動と、上位等級で求める行動の違いが、評価上は差として現れない。役割が変わっても評価の中身が変わらないため、昇格しても行動が変わらない。
4.新領域を担う人材の構成比が、全体の1割程度にとどまっていた。事業計画は複数領域への拡張を前提としているのに対し、人材構成は中核事業に偏っていた。この差を埋める手段が制度側になかった。
5.イノベーション関連の評価項目は存在していたが、行動評価として機能していなかった。項目名としては置かれていたものの、具体的にどの行動を指すのかが定義されておらず、評価者が判断できない状態だった。
6.職種による違いが評価ウェイトに反映されていなかった。技術・営業・事務では成果に至る行動が異なるにもかかわらず、同一の重みで評価していた。職種ごとの納得感が得られない。
7.評価シートが、行動の評価と貢献実績の申告を書き分けられる構造になっていなかった。資格取得や論文発表といった、コンピテンシーでは表現しきれない実績を拾う欄がない。
8.制度改定の根拠が経営層の主観に依存しやすい構造だった。評価配分は労使の関心が最も高い論点であり、根拠を示せなければ改定そのものが停滞する。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、事業ポートフォリオの転換に人材ポートフォリオを追随させることである。事業計画で描いた領域構成を、評価制度の言葉に翻訳することを到達点とした。
設計方針は次の4点とした。
1.等級制度と報酬制度には手を入れず、コンピテンシー(行動基準)の構成のみを組み替える。長く運用された骨格を壊さずに、評価する行動だけを入れ替える。
2.コンピテンシーを「コアコンピテンシー」と「発展コンピテンシー」の2軸で構成する。前者は既存領域で技術と能力を深める行動、後者は新領域での事業化を進める行動と定義する。
3.項目の総数は現行から大きく変えない。評価者と被評価者の運用負荷を増やさず、構成の変更だけで方針転換を伝える。
4.設計の根拠を統計的に示す。経営層の意向、社員の行動実態、労働組合を通じた被評価者の認識という3つの入力を突き合わせ、配分の決定に説明を持たせる。
セレクションアンドバリエーションは、この方針に沿って全社対象のコンピテンシー調査を実施し、その結果を設計の一次資料とした。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した新しい行動基準は、コアコンピテンシー7項目と発展コンピテンシー5項目の計12項目で構成される。
1.コアコンピテンシーを7項目に集約した。調査結果に対するクラスター分析で、結びつきの強いコンピテンシーを束ね、課題整理、課題管理・遂行、職務専門性、使命感・責任感、チームワーク、コミュニケーション、対人育成の7つに再編した。
2.発展コンピテンシーを5項目として新設した。知の探索に必要な行動を洗い出したうえで、既存のコンピテンシー項目に言い換えられるものと、言い換えられないものを仕分けた。そのうえで、積極性、社内外の幅広い関係構築、組織推進力、組織調整力、判断力・意思決定力の5つを置いた。
3.等級によってコアと発展の評価割合を変える構造とした。下位等級はコアがほぼ全量を占め、等級が上がるにつれて発展の比重が高まる。上位等級で求める行動が、下位等級の延長線上にないことを配分で示した。
4.上位等級で専門系とライン系にコースを分けた。ライン系は発展の比重をコアより高く設定し、専門系はコアの比重を保つ。同じ等級でも、目指す方向によって評価される行動が異なる複線型の構造とした。
5.コンピテンシーディクショナリは従来の枠組みを踏襲した。項目ごとに求める行動レベルを4段階で定義する形式を維持し、記述内容のみを新しい人材像に合わせて書き換えた。評価者が運用方法を学び直さずに済むことを優先した。
6.職種別の評価ウェイトを統計的に設定した。技術・営業・事務それぞれの調査結果から、重要度が平均を上回り、かつ重要度と発揮度の乖離も平均を上回る項目を抽出し、その値をもとにウェイトを算出した。恣意的な配分を避けるための手順である。
7.評価シートを併せて改定した。キャリアパスとの対応を明示し、本人による貢献実績の申告欄を業績・組織・その他に区分した。資格取得や論文発表、講師登壇といった実績を記述できる欄を設け、評価者による加点の上限を定めた。
【移行と浸透】
8.仮案を先に作り、部門長と労働組合の意見を踏まえて最終調整する手順とした。評価ウェイトは労使の関心が最も高い論点であるため、決定前に意見を通す工程を設計に組み込んだ。
9.取締役会への説明を経て正式決定とした。人材構成の目標と評価配分を同じ資料の中で接続し、評価制度の改定が事業計画の一部であることを経営の議題として示した。
10.新制度の施行に合わせて評価者研修を実施した。評価項目が変わっただけでは運用は変わらないため、新しい行動基準をどう観察し、どう記録するかを評価者に共有した。
導入後の変化
1.評価される行動の範囲が広がった。従来は課題解決に関する行動が評価の中心だったが、組織を動かす行動と社外に接点をつくる行動が、上位等級では明確に評価対象となった。管理職層が新領域に関与することが、評価上も説明できる状態になった。
2.事業領域の区分が、対外的な事業紹介にそのまま現れている。設計時に前提とした新領域および海外領域に相当する事業区分が、現在は独立した事業領域として掲げられている。評価対象を先に用意していたため、これらの領域に人を置く際、処遇上の根拠を後から作る必要がなかった。
3.探索型の行動を担う組織が実在している。中核の技術部門とは異なる機能を持つ推進部門に社員が配置され、採用広報でも紹介されている。制度が想定した人材像が、実在の配置と対応している。
4.経営体制の交代を経て運用されている。支援当時の経営トップとは異なる体制へ移行しているが、コンピテンシーを軸とする評価の枠組みは維持されている。特定の経営者の意向に依存しない設計であったことを示している。
5.採用と組織規模が維持されている。新卒・中途の採用が継続し、単体の役職員数は700名規模を保っている(2026年4月時点)。グループでは1,200名規模となっている(2025年8月時点)。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが2002年から2003年にかけて構築したコンピテンシー評価は、同社の事業計画の変更に合わせて2023年度に組み替えられ、その改定もまた同社自身の意思決定として行われた。
本プロジェクトの特徴
本案件で問われたのは、事業ポートフォリオを広げる意思決定に対して、人事制度がどこまで具体的に応えられるかである。事業計画の領域構成を人材構成の目標に置き換え、それを評価配分という数値まで落とし込んだ点が、本案件の企業価値への貢献にあたる。
1.等級と報酬には手を入れず、評価する行動だけを組み替えた。
判断の根拠は、既存の骨格が長期にわたり運用され、社内に定着していたことである。等級と報酬を同時に動かせば、移行原資と説明工数が跳ね上がり、本来の論点である「何を評価するか」が埋没する。変えるべきは処遇の器ではなく、評価の中身だった。
2.探索型の行動を全社員に求めず、上位等級と特定コースに限定した。
判断の根拠は、収益の大半を中核事業が担っている事実である。全員に探索を求めれば、既存業務の品質と納期が損なわれる。両利きの経営は全員の行動変容ではなく、階層と役割ごとの配分の問題であると整理した。
3.評価ウェイトを統計的に算出し、そのうえで人為的な調整を加えた。
判断の根拠は、評価配分が労使の関心が最も高い論点であることである。経営の主観だけで決めれば、現場と労働組合の納得は得られない。重要度と発揮度の乖離という共通の物差しを先に置き、調整はその上に乗せる順序とした。
4.改定の前提として、制度導入当時と同一の手法で人材傾向を再測定した。
判断の根拠は、比較可能性である。同じ手法で測ることで、既存の評価制度が人材傾向に何をもたらしたかを可視化できる。制度が意図どおり機能した結果として同質化が進んだという事実は、この比較なしには示せなかった。
最も判断を要したのは、探索型の行動をどこまで広げるかでした。全社員に求めるほうが分かりやすいのですが、それでは中核事業の品質が落ちます。両利きの経営は、一人ひとりを両利きにすることではなく、組織全体として配分を持つことだと考えました。等級とコースごとに評価割合を変えるという結論は、この整理から導いています。
よくあるご質問
評価から変えるほうが、着手も検証も早い。等級と報酬の改定は移行原資と説明工数を伴い、意思決定に時間がかかる。一方、評価は「何を評価するか」を変えるだけで、社員の行動に対する会社の要求を伝えられる。本事例では等級と報酬の骨格を維持し、コンピテンシーの構成のみを組み替えた。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく、コンピテンシーの再構成を選んだのか。
求めていたのが、職務の明確化ではなく行動の転換だったためである。職務等級制度は「いまある仕事」を基準に等級を定める仕組みであり、まだ立ち上がっていない新領域の人材要件を先に定義することには向かない。本事例では、新領域で必要になる行動を先に評価対象へ置くという順序を採り、既存のコンピテンシー体系の中に新しい軸を追加した。
Q3. コンピテンシー評価が浸透すると、なぜ人材タイプが同質化するのか。
評価される行動が一定であれば、社員はその行動に最適化するためである。これは制度の失敗ではなく、制度が機能した結果として起きる。本事例では、制度導入時と改定時に同一手法で人材傾向を測定し、行動特性が特定の型へ収れんしていることを確認したうえで、評価対象に別の軸を加えた。
Q4. 評価ウェイトは経営判断で決めてよいか、統計的に決めるべきか。
統計を先に置き、経営判断を後に置くのが実務的である。ウェイトは労使の関心が最も高い論点であり、根拠のない配分は運用段階で必ず争点になる。本事例では、職種別の調査結果から重要度と発揮度の乖離を算出してウェイト仮案を作り、切り下げによる余剰分だけを意図的に配分した。
Q5. コンピテンシーは何年くらいで作り直す必要があるのか。
項目の枠組みは10年以上使えるが、評価対象の構成は事業計画が変わるたびに見直す必要がある。行動レベルの定義方法や評価の運用手順は、変えるほど現場の負荷が増える。本事例では、2002年から2003年にかけて構築した4段階の行動レベル定義という枠組みを維持したまま、2023年度に評価項目の構成と配分のみを入れ替えた。
Q6. 新規領域を担う人材の評価基準は、全社員に適用すべきか、一部に限定すべきか。
限定するほうがよい。全社員に新領域の行動を求めれば、既存事業の遂行品質が下がり、両方が中途半端になる。本事例では、下位等級はコアコンピテンシー中心とし、等級が上がるにつれて発展コンピテンシーの比重を高める構造とした。さらに上位等級では専門系とライン系にコースを分け、同じ等級でも評価される行動が異なる設計とした。