正社員とパートの評価を同一軸で整え雇用形態を越えて統一した処遇制度
設立1990年代
従業員約2,300名(グループ全体約8,400名)
売上非公開
提供サービス人事制度設計
実施期間8ヶ月
支援時期2019年~2020年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
給食受託業は、高齢者福祉施設・保育施設・学校・社員食堂などの厨房運営を一括して請け負う事業である。同社は関東地方に本社を置き、創業から半世紀以上にわたって給食サービスを専業としてきた。高齢化と共働き世帯の増加を背景に介護・保育の施設数は増加しており、受託先の拡大余地が大きい局面にあった。
一方で、業界の参入障壁は低く、競合は1,600社規模に及ぶ。圧倒的なシェアを持つ企業が存在せず、価格と品質の両面で競争が続く構造にある。原価に占める人件費の比率が高いため、人件費水準を一定以下に保ちながら受託先を増やすことが、経営上の前提条件となっていた。
事業の制約は、そのまま人の制約に転じていた。受託先を増やすには、その事業所を任せられる責任者と、厨房を回せる調理スタッフを同時に確保しなければならない。人手不足のなかで採用は難航し、確保した人材の定着も課題となっていた。事業計画が想定する出店ペースを、人材の供給が支えきれない状態にあった。
課題(Before)
給食受託業である同社では、経営層および管理者へのインタビュー、エンゲージメント調査、コンピテンシー調査、賃金水準分析、従業員動態分析を実施し、次の課題を特定した。
1.昇格基準が明文化されておらず、何をすれば上位等級に上がれるのかを従業員が説明できない。昇格が上司の裁量と受け止められ、日々の行動を変える動機につながっていない。
2.等級が実質的に管理職への一本道であり、調理の専門性を高める方向のキャリアが制度上に存在しない。料理に打ち込みたい従業員と、料理以外の管理業務も担ってほしい会社との間で、期待のずれが解消されないまま残っていた。
3.評価基準への納得感が低く、評価結果が何に使われるのかも共有されていない。評価が処遇に結びつく経路が見えないため、評価面談が形式的な手続きになっていた。
4.評価分布が中心化と寛大化の双方に偏り、多くの等級で標準評価が7割を占めていた。評価が実質的に差を表現しておらず、高い成果を出した層への報い方が機能していない。
5.報酬制度が保有能力を含む複数の軸で構成され、昇給の決定方法が従業員に説明できない状態にあった。賞与についても支給基準と金額決定の根拠が共有されておらず、報酬への不満が離職理由として挙がっていた。
6.手当が個別の事情ごとに積み上がり、職能手当・調整手当・地域手当・施設種別ごとの手当などが並存していた。基本給と手当の役割分担が不明確で、総額人件費のコントロールが効きにくい。
7.パート・アルバイトの時給に全社共通の決定根拠がなく、事業所ごとに個別に決められていた。同じ業務でも金額が異なるため報酬への納得感が低く、事業所間の利益水準にも差が生じていた。
8.教育体系が新入社員研修と中途入社時研修に限られ、管理者層および経営層を対象とする研修が存在しない。事業所を任せる責任者を社内で育てる経路がなく、拠点の増設が採用の成否に直結する構造になっていた。
9.定年後の処遇を決めるルールが定まっておらず、再雇用者の役割と報酬が個別調整に委ねられていた。定年が近づくほど昇格を目指す動機が薄れ、能力開発が止まる要因になっていた。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、受託先の拡大を人材の供給が支えられる状態をつくることである。採用力の向上と、各等級に求められる役割の明確化を、等級・評価・報酬の一体設計によって同時に実現することを制度改革の到達点とした。
設計方針は3点である。
1.求める人材像を先に定め、そこから逆算して等級を設計する。等級制度を人材像へ至るマイルストーンとして位置づけ、採用要件・評価基準・育成計画をそこから導く。制度間の整合を後から取るのではなく、起点を一つに揃える。
2.雇用形態ごとに制度を分断しない。正社員とパート・アルバイトで報酬の決め方は異なってよいが、評価する対象は「何がどこまでできるか」という同一の考え方に揃える。事業所の戦力構成を踏まえれば、パート・アルバイトを設計範囲の外に置いた制度は、現場では機能しないと判断した。
3.金銭報酬の総額を抑えたうえで、非金銭報酬と昇給の設計で処遇する。人件費水準の維持は譲れない制約であるため、昇給原資を増やすのではなく、昇給の配分方法と、キャリアの選択肢を増やすことで処遇の納得感を高める構成とした。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度の骨格は、7段階の行動等級と、それを支える評価・報酬・移行の各ルールである。
1.複線型の行動等級を、本社・現場の2領域とマネジメント・専門の2コースを掛け合わせた4区分で設計した。現行の2軸から4軸に広げることで、管理職への昇進以外のキャリアを等級表の内側に正規のルートとして置いた。専門コースの上位等級では、マネジメント能力ではなく専門的な知識経験と業務遂行の水準で評価する構成としている。
2.求める人材像を、インタビュー・コンピテンシー調査・経営理念の3経路から抽出した要素で定義した。倫理意識、チームワーク、改善のための行動、スキルアップを全コース共通項目とし、リーダーシップ・人材育成・専門的な知識経験・効率的な業務遂行・顧客満足度の追求をコース別項目として配置した。
3.行動指標は「対象範囲」と「関与方法」の2軸で記述した。影響が及ぶ範囲を自身から自部門・上位階層・組織全体へ、関与の深さを遵守から協働・規範維持へと段階化し、等級ごとに到達レベルを数値で定めている。抽象語の並列を避け、評価者が判断できる粒度までコンピテンシーディクショナリとして明文化した。
4.評価制度から保有能力評価を廃し、行動評価と成績評価の2軸に再構成した。等級と職責に応じてウェイトを変え、下位等級では行動を、上位等級では成果を重く見る配分としている。評価段階は5段階から4段階へ変更し、中心化傾向を構造的に抑制した。
5.報酬制度をシングルレート(単一給)からレンジレート(範囲給)へ移行した。等級ごとに下限と上限を持つ賃金レンジを設け、昇格しなくても評価に応じて昇給する余地をつくった。レンジの重なり方は重複型を採用し、上位等級ほどレンジ幅が広がる構成とした。
6.号俸を10号俸から20号俸へ細分化し、レンジ内の位置に応じて昇給幅が変わるマトリクス昇給を導入した。レンジ下位では昇給が早く、中間額を超えると逓減する。同一等級・同一評価での金額差が縮まり、上限到達の年限が後ろに延びる。
7.等級と職責を分離し、行動等級とは別に職責給を設定した。役職の統廃合を行ったうえで、本社・現場それぞれのマネジメント職責と専門職責に金額を対応させている。組織の器が変わっても、職責の定義を差し替えれば運用できる構造とした。
8.定年を65歳へ延長し、65歳以降にシニアコースを置いた。シニアコースでは行動等級を据え置いたまま職責のみを変更し、管理監督を担う区分、プレーヤーへ移る区分、短時間勤務の区分を並存させている。70歳を超える段階では時給を変えずに所定日数を調整する設計とした。定年直前まで昇格を目指す動機を残すことを狙いとしている。
9.中途採用の等級決定基準を設計した。本社採用はコンピテンシー基準に沿った採点で等級を決め、現場採用は業種経験・調理量・提供方法・勤続年数・役職に、倫理意識・チームワーク・人材育成の行動評価を加えた合計点で等級を決める。等級ごとに賃金レンジがあるため、候補者に応じた給与提示が可能になる。
10.パート・アルバイトの報酬制度を新設した。洗浄・盛付・接遇・衛生・仕込み・調理・チームワークといった業務単位で習熟度を段階評価し、その合計点に対応する加算額を地域別最低賃金に上乗せして時給を決める方式である。評価基準は全国共通とし、地域差は最低賃金の側で吸収する。あわせて、勤続年数に応じた寸志を設定した。
11.最低賃金の上昇に対する運用ルールを制度に組み込んだ。最低賃金が改定された際は下位等級の加算額を維持して底上げし、上位等級は加算額を圧縮する。全等級を一律に押し上げないため、上位者の水準を守りながら総額人件費の膨張を抑えられる。
12.教育体系を等級と連動させた。新入社員研修に加え、リーダー層研修と経営層研修を階層別に設置し、リーダー層研修はマネジメント・ロジカルシンキング・人材育成・財務分析・経営戦略理解・プレゼンテーションの6回構成とした。最終回に自部門の課題解決を発表させ、知識の習得と発揮を一つのプログラムに収めている。
13.移行と浸透。新旧の等級対応は能力基準と金額基準の両面から検討し、格付け後に給与が下がる従業員には調整給を付与したうえで、数年以内に解消する計画を制度改定と同時に定めた。あわせて、評価者研修と初年度の運用支援を実施し、評価基準の解釈を評価者間で揃えた。
導入後の変化
1.パート・アルバイトの評価と時給決定のルールが残っている。同社の採用情報には、年2回の評価によって時給が加算されること、および勤続年数に応じて金額が上がる寸志が年2回支給されることが明記されている。習熟度を点数化して加算額を決めるという設計時の骨格が、そのまま採用条件として外部に説明されている。
2.雇用形態をまたぐ登用が定着している。同社の採用情報では、パート・アルバイトから正社員への登用が継続的に行われていると案内されている。評価する対象を雇用形態を越えて共通化していたため、登用の可否を判断する根拠を別途つくる必要がなかった。
3.専門コースが職種として実体化した。設計時に管理職以外のキャリアとして等級表に置いた専門コースは、その後、調理技術の指導と教育研修コンテンツの立案を担う調理インストラクター職、および献立設計を担う本社栄養士職として募集されている。上位等級で専門性を評価する構成が、採用上の職種区分にまで反映されている。
4.事業所は全国に広がった。北海道から沖縄まで200か所以上で給食運営が行われている。時給を絶対額ではなく地域別最低賃金への加算額で定義していたため、事業所が増えても報酬決定のルールを地域ごとに作り直す必要がなかった。
5.事業領域が拡張した。給食受託に加え、食事提供をサポートするサービスの運営が事業内容に加わり、労働者派遣事業の許可取得も公表されている。等級定義を職務内容ではなく行動で記述していたため、担う業務が広がっても等級の記述自体を書き換える必要が生じにくい。
6.組織再編が行われた。2025年10月に商号を変更し、グループ中核会社のカンパニーとして運営されている。等級と職責を分離した構造は、組織の器が変わった際に職責の定義のみを差し替えれば運用できる。
7.高齢層が現場の戦力として在籍している。同社の採用情報には、70代から80代の従業員が現場で働いている旨の記述がある。定年の65歳への延長と、65歳以降の職責・勤務時間を選べるシニア人事制度を設けた設計方針と、現場の実態が整合している。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で運用し続けられているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した等級・評価・報酬の骨格、とりわけパート・アルバイトを含めた処遇決定の考え方は、事業所数の拡大と組織再編を経てなお、同社の採用条件として外部に説明され続けている。
本プロジェクトの特徴
本案件で判断を要した論点は3つである。
1.企業価値への貢献は、事業所を増やしても処遇の決め方を作り直さずに済む状態をつくることにある。本案件では、時給を絶対額で定めず、地域別最低賃金に評価結果に応じた加算額を上乗せする方式を採った。判断の根拠は、受託先の拡大が地理的な拡大を伴う点にある。絶対額で決めれば、新たな地域に進出するたびに水準を個別に設定し直さなければならない。加算方式であれば、評価基準を全国共通にしたまま、地域差は最低賃金の側が自動的に吸収する。最低賃金が毎年改定される環境において、制度の側を毎年書き換えずに済む構造を優先した。
2.企業価値への貢献は、管理職ポストの数に採用と定着を縛られない状態をつくることにある。本案件では、専門コースを等級表の内側に正規のルートとして置き、上位等級では専門的な知識経験と業務遂行の水準で評価する構成とした。判断の根拠は、調理職の職業観にある。調理の専門性を高めたい従業員に対し、管理業務への移行だけを昇格の条件にすれば、専門性の高い人材ほど滞留するか離職する。ポスト数の制約が処遇の上限になる構造を、等級の側で外した。
3.企業価値への貢献は、人件費の上限を維持したまま採用競争力を上げることにある。本案件では、シングルレートからレンジレートへ移行し、昇格しなくても評価に応じて昇給する余地をつくったうえで、レンジ内の位置に応じて昇給幅が逓減するマトリクス昇給を組み合わせた。判断の根拠は、原資を増やさずに配分を変える必要があった点にある。レンジ下位の昇給を早めれば入社初期の実感が高まり、中間額超で逓減させれば上限到達が後ろに延びる。総額を膨らませずに、昇給の体感を前倒しした。
担当コンサルタント: 松木 宏晃
最も判断を要したのは、パート・アルバイトの処遇を正社員制度と同じ思想で設計するかどうかでした。切り離すほうが設計は速く進みます。ただ、事業所の戦力の多くを担う方々の評価基準が別物のままでは、拠点が増えるほど現場の判断がばらつきます。そこで、何がどこまでできるかという同じ軸で習熟度を定義いたしました。
よくあるご質問
A. 正社員の等級制度から着手し、パート・アルバイトの評価基準を同じ設計思想のうちに含めるのが合理的である。理由は、この業種では事業所の戦力構成の大半をパート・アルバイトが占めるため、正社員制度だけを整えても現場の判断基準が揃わないからである。本事例では、正社員の行動等級とパート・アルバイトの習熟度評価を「何がどこまでできるか」という同一の軸で定義し、時給への反映方法のみを地域別に変える構成とした。
Q2. パート・アルバイトの時給は、地域ごとにどう決めるのが合理的か。
A. 地域ごとに絶対額を設定するのではなく、地域別最低賃金に評価結果に応じた加算額を上乗せする方式が扱いやすい。理由は、評価基準を全国共通に保ったまま、地域差を最低賃金の側に吸収させられるためである。新たな地域へ進出しても水準を個別に設計し直す必要がなく、最低賃金の改定にも自動的に追随する。本事例では、業務別の習熟度を点数化し、合計点に対応する加算額を最低賃金に上乗せする方式を採用した。
Q3. なぜ職務等級制度(ジョブ型)ではなく、複線型の行動等級を選んだのか。
A. 担う職務が拠点や配属によって流動的に変わる業種では、職務を等級の基準に据えると等級の書き換えが常態化するためである。給食事業所では、同じ調理職でも施設の種別や規模によって業務範囲が変わり、応援勤務も日常的に発生する。職務記述を等級の根拠にすると、事業所が増えるたびに定義の追加と改定が必要になる。本事例では、行動と発揮レベルを等級の基準に据えることで、担当業務が変わっても等級の記述自体は維持できる構造とした。
Q4. 人事評価の段階数は、5段階と4段階のどちらがよいか。
A. 分布が中心に寄っている組織では、段階数を偶数にするほうが是正の効果が得られやすい。奇数の段階数は中央の記号が選ばれやすく、評価者が判断を保留できてしまうためである。ただし偶数化は寛大化の傾向を生むため、上位側の記号の意味づけを併せて定義する必要がある。本事例では、多くの等級で標準評価が7割を占めていた実態を踏まえ、5段階から4段階へ変更したうえで、期待どおりに遂行できていれば上位側の評価を付ける運用ルールを明示した。
Q5. 最低賃金が毎年上昇する環境で、時給制度はどう設計しておくべきか。
A. 全等級を一律に押し上げるのではなく、下位等級の加算額を維持して底上げし、上位等級の加算額を圧縮する運用ルールを制度側にあらかじめ組み込んでおくとよい。一律に押し上げると、改定のたびに総額人件費が等級数の分だけ膨らみ、数年で上位等級の水準が維持できなくなるためである。本事例では、最低賃金の改定時に下位等級のみを加算し、上位等級は金額を維持する運用を制度設計の段階で定めた。
Q6. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 等級と職責の骨格は、事業の単位が大きく変わらない限り5年から10年の耐用年数を持たせられる。逆に、報酬水準や加算額のように外部環境に連動する要素は、毎年の運用ルールとして制度の内側に持たせておくべきである。骨格と運用を分けて設計しておけば、環境が動いても制度全体を作り直す必要がない。本事例では、2020年に稼働した等級・評価・報酬の骨格が、事業所数の拡大と組織再編を経て運用されており、最低賃金の改定には運用ルールの側で対応している。