全社・部署・挑戦行動の三層評価へ改め新規事業への挑戦を処遇に接続
設立1950年代
従業員550名
売上約210億円
提供サービス人事制度設計
実施期間2ヶ月
支援時期2022年
対象層・対象人数管理職
事例サマリー
背景
石油製品の卸・小売を主軸としながら多角化を進める同社は、九州地方に本社を置き、サービスステーション運営、LPガス販売、産業用燃料の直売に加え、コンビニエンスストア・カフェ・ビジネスホテルなどのフランチャイズ事業、電力小売、太陽光発電、Eコマースへと事業領域を広げてきた。
創業から100年目を迎えるにあたり、同社は「既存事業の深掘り」と「新規事業の展開」を同時に進める方針を掲げていた。カーボンニュートラルへの政策転換により、主軸である燃料事業が構造的な転換点にあったためである。
事業計画上は、非燃料領域の売上を5年でおよそ5倍に引き上げる目標が置かれていた。既存事業が生む収益を新領域へ投資し、投資先を次の収益源へ育てるという、いわゆる両利きの経営の構図である。
この構図を実行に移す主体は、部門長を中心とした管理職である。投資の意思決定は経営が行うが、既存事業の収益を守りながら新領域に人と時間を割く判断は、各部門の管理職が日々下している。経営の方針と管理職の行動を接続する仕組みが必要とされていた。
課題(Before)
支援当時 従業員550〜600名規模の同社において、管理職評価は次の課題を抱えていた。
1.評価が昇給額と賞与額を決めるための手続きとして運用されており、管理職の行動を変える手段として位置づけられていなかった。評価の目的が処遇決定に閉じている限り、評価軸を変えても行動は変わらない。
2.評価結果と処遇の連動幅が小さかった。最高評価と標準評価の昇給差は数千円にとどまり、賞与でも年間の差は月給1か月分程度であった。挑戦に伴うリスクを引き受ける誘因として機能する水準ではない。
3.管理職の目標が自部署の範囲に閉じていた。全社業績を評価に織り込む仕組みがないため、部門最適の判断が合理的な行動になっていた。
4.チャレンジ行動が結果でしか測られていなかった。新規領域の取り組みは成果が出るまでに時間がかかるため、結果のみを評価対象にすると、着手そのものが評価上不利になる。
5.長期視点の目標が評価対象に載っていなかった。非燃料領域の拡大という中期目標は掲げられていたが、それを管理職の評価指標へ落とす経路が存在しなかった。
6.管理職自身の発揮行動が可視化されていなかった。リーダーシップの発揮状況、部下育成への関与、変化への対応、社内の他部署とのつながりのいずれについても、客観的な現状認識を持つ手段がない。育成の起点が定まらない。
7.目標管理制度(MBO)が形式化しやすい構造にあった。「改善」「推進」「徹底」といった抽象語による目標設定が残り、達成度の判定が評価者の裁量に依存していた。
8.自己評価が運用に組み込まれていたが、評価の納得性向上には結びついていなかった。自己申告の点数を集める工数だけが残る状態であった。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、管理職に「経営者マインドの育成」「長期視点の獲得」「スピード・実行力の醸成」「安住意識からの脱却」の4点をもたらすことである。この4点は、両利きの経営を管理職の行動レベルへ翻訳したものである。
設計方針は次の5点とした。
1.等級制度と賃金テーブルの骨格には手を入れず、評価制度と報酬反映ルールに範囲を限定する。既存事業の収益基盤は安定しており、等級・賃金の抜本改定は必要性が低い一方で、着手から稼働までの期間を大きく延ばす。
2.社内に既にあった挑戦を促す仕組みの方向性を残す。制度を否定から始めると、それまで挑戦してきた管理職の実績まで否定することになる。
3.結果指標(KGI)と行動指標(KPI)を併置し、プロセスを評価対象に含める。新規領域への着手が評価上不利にならない構造をつくる。
4.全社業績のウエイトを明示的に置き、部門最適を抑制する。
5.制度の提示に先立って多面評価を実施し、管理職本人が自らの現状を認識した状態で新制度を受け取れるようにする。
実際に構築した制度のポイント
同社において構築した制度は、現状把握・評価設計・報酬反映・浸透の4つの要素で構成される。
1.マネジメントアセスメント(多面評価)を先行実施した。部門長以上を対象に、上司・同僚・部下・後輩・本人による評価を行い、コンピテンシー(スピリット/バリュー/マネジメント)、リーダーシップタイプ、エンパワーメント(業績達成意識と部下育成の2軸)、変化対応力、社内のつながり度合、働く意欲の源泉を測定した。
2.評価の全体像を三層で定義した。全社KGI、自部署KGI、チャレンジアクションプラン(KPI)の3つを置き、定量目標と定性目標の双方を評価対象とした。
3.ウエイトは全社業績30%、部署業績40%、アクションプラン30%とした。全社業績に3割を配分することで、自部署の数字だけを見る判断を評価上不利にした。
4.部署ごとにKGIとKPIを定義した。営業部門は顧客数や契約件数、間接部門は労働分配率や販管費の予算統制、新規領域を担う部門は事業運営方針の確立と新規案件の推進というように、部門の役割に応じた指標を設定している。指標は固定せず、毎年部署内で検討して更新する運用とした。
5.評価シートを月次運用の様式に改めた。アクションプランを月ごとに記入し、翌月に振り返りと修正を記入する構造とすることで、期末の一括評価ではなく期中の軌道修正を促す設計とした。あわせて自己評価を廃止した。
6.報酬反映の経路を4つ比較し、併用する構成とした。給与(昇給号数)、通常賞与(賞与係数)、決算賞与(個人評価係数)、アワード(表彰)である。給与と通常賞与では評価による差の幅を従来より広げ、決算賞与には個人評価係数を新設した。アワードは、優れた成果に対する表彰に加え、成否を問わず大きな挑戦をした者を対象とする枠を設けた。
7.移行と浸透。制度確定の翌月に管理職向け研修を実施した。研修はマネジメントアセスメントの個人結果のフィードバックから入り、評価の目的、目標設定の要件、アクションプランの立案演習へと進む構成とした。制度の説明ではなく、制度を使う側の技能を先に立ち上げることを優先している。
導入後の変化
1.持株会社が設立された。2023年、グループ全体の経営管理を担う持株会社が設立され、事業会社と管理機能が分離された。管理職評価に全社業績のウエイトを置いた構造は、単体の業績だけを見ない評価軸を先に用意していたことになる。
2.主力事業の一部が分社化された。2024年、LPガス事業が分社化され、別法人として設立されている。評価の骨格が部署単位のKGIとアクションプランで組まれていたため、事業単位が法人単位へ移っても、指標の設定単位そのものを組み替える必要は生じにくい構造となっていた。
3.新たなグループ会社が加わった。2024年に太陽光発電設備の設計・施工会社が、2025年に食品製造卸会社がグループに加わった。支援当時、経営企画部門のアクションプランには新規案件の推進が指標として置かれていた。
4.新業態のフランチャイズ事業が立ち上がった。2025年、飲食領域で新たなフランチャイズ事業が開始されている。非燃料領域の拡大という中期目標の方向に沿った動きである。
5.グループは6社体制となった(2025年12月時点)。支援当時は単体を中心とした組織であり、その後の再編を経て現在の構成に至っている。
6.グループ共通の価値体系が制定された。持株会社の設立にあわせ、パーパス・スピリット・バリューの3層からなるグループフィロソフィーが定められている。マネジメントアセスメントで用いたコンピテンシーの区分も、スピリット・バリュー・マネジメントの3分類であった。
人事評価制度は、導入時点の完成度ではなく、その後の組織変化に耐えたかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した全社・部署・行動の三層評価は、持株会社化と分社化という組織単位の変更を挟んでもなお、指標の置き場所を変えるだけで運用できる構造として設計されている。
本プロジェクトの特徴
本案件における企業価値への貢献は、新規事業への挑戦を評価と処遇の対象に載せたことである。既存事業の収益で新領域に投資する両利きの経営は、投資の意思決定を経営が下しても、実行する管理職の評価が既存事業の短期成果だけで決まる限り機能しない。挑戦しないことが最も合理的な選択になるためである。
1.等級制度と賃金テーブルに手を入れず、評価と報酬反映だけを約2か月で改定した。既存事業の収益基盤が安定している企業では、等級・賃金の抜本改定は必要性が低い一方、関係者調整と移行設計に時間を要する。両利きの経営で優先されるのは制度の完成度ではなく、意思決定から行動が変わるまでの速さである。範囲を絞ることで、期初に近いタイミングでの稼働を可能にした。
2.制度を提示する前に多面評価を実施した。管理職本人が自らの現状を認識していない状態で新しい評価軸を示すと、制度は外から与えられた要求としてしか受け取られない。自分の発揮行動と他者からの見え方のあいだにギャップがあると分かった後であれば、同じ評価軸が自分の課題への回答として読まれる。順序を入れ替えるだけで、制度の受け取られ方は変わる。
3.報酬反映を給与と通常賞与で完結させなかった。この2経路だけで差を広げると固定費が増え、業績が落ちた局面でも支払い義務が残る。決算賞与は原資が業績に連動し、アワードは原資の総額を限定できる。4経路を併用することで、挑戦の誘因を増やしながら人件費原資の膨張を抑える設計とした。
4.表彰の対象に、成否を問わず大きな挑戦をした者を含めた。成果を上げた者だけを表彰する制度は、既に成果が出ている領域への集中を強める。新規領域では成果が出るまでに時間がかかるため、着手そのものを承認する経路を制度内に持たせる必要がある。
5.自己評価を廃止した。自己評価は納得性を高める手続きとして導入されることが多いが、達成率で判定できる指標を置いた以上、自己申告の点数が評価の精度を上げることはない。運用工数を削り、その分を月次のアクションプラン記入と振り返りに移した。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、どこまで手を入れないかでした。等級も賃金も含めて全体を作り直すご提案は可能でしたが、それでは稼働が1年先になります。既存事業の収益基盤が安定しているぶん、遅れの代償は新領域の立ち上がりの遅れとして表れます。範囲を評価と報酬反映に絞り、まず管理職の行動が変わる状態を先につくることを優先しました。
よくあるご質問
A. ある。評価制度は、等級と報酬の骨格を維持したままでも独立して改定できる数少ない領域である。等級・賃金の改定は移行措置と原資調整を伴うため設計と合意に時間がかかるが、評価は測る対象と配点を変えるだけで行動への影響が出る。本事例では等級と賃金テーブルを据え置き、評価と報酬反映のみを対象として約2か月で制度を確定した。
Q2. なぜ職務等級制度(ジョブ型)への移行ではなく、既存等級を残したまま評価だけを改定したのか。
A. 事業構成が変化の途中にあったためである。職務等級制度は職務内容が安定していることを前提とするが、新規領域を立ち上げる局面では、管理職の職務そのものが年単位で変わる。職務を固定して等級を割り当てると、変化のたびに職務評価をやり直す運用負荷が生じる。本事例では等級は据え置き、変化する目標のほうを評価で捕捉する構成を選んだ。
Q3. 管理職の評価で、全社業績と自部署業績のウエイトはどう配分すべきか。
A. 部門最適を抑制したい場合、全社業績に3割程度を配分する例が多い。1割では行動が変わらず、5割を超えると自部署の努力と評価の関係が薄れて当事者意識が下がる。本事例では全社業績30%、部署業績40%、行動指標30%とし、自部署の結果を最大の要素に置きながら、全社の数字を無視できない配分とした。
Q4. 評価結果を報酬に反映する経路にはどのようなものがあるか。人件費を増やさずにメリハリを付けることはできるか。
A. 経路は主に4つある。昇給、通常賞与、決算賞与、表彰(アワード)である。昇給は翌年以降も原資に残るため固定費が増える。決算賞与は原資が業績に連動するため、業績が下振れした局面で支払い義務が残らない。表彰は原資の総額を事前に限定できる。本事例では4経路を併用し、昇給と通常賞与で差を広げつつ、決算賞与と表彰で原資の膨張を抑える構成とした。
Q5. 新規事業への挑戦を、人事評価で促すことはできるのか。
A. 結果指標だけで評価している限り促せない。新規領域は成果が出るまでの期間が既存事業より長いため、結果のみを測ると着手した者が評価上不利になる。行動指標(アクションプラン)を評価対象に加え、月次で進捗を記録する運用を置くことで、成果が出る前の段階を評価できるようになる。本事例では行動指標に3割を配分し、加えて成否を問わない表彰の枠を設けた。
Q6. 管理職の多面評価は、評価制度そのものに組み込むべきか。
A. 処遇決定に直結させず、育成のための現状把握として分離して用いるほうがよい。多面評価を処遇に直結させると、回答者が評価者としての利害を意識し、率直な回答が得られなくなる。本事例では多面評価を制度設計に先行させ、結果は本人へのフィードバックと研修の素材として用い、処遇決定にはKGIとアクションプランの達成度を用いる構成とした。