行動等級と職務等級のハイブリッドで抜擢と役職入替を仕組み化した制度改革
設立2010年代
従業員約1000名
売上約500億円
提供サービス人事制度設計
実施期間7ヶ月
支援時期2016年~2017年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
成長の主たる手段は買収であった。グループ会社が短期間で増え、連結従業員数は2016年3月末の1,315名から、2017年3月末には5,047名へと約4倍になっている。事業の数と人員が同時に増える局面にあった。
一方で、人材の側の仕組みが追いついていなかった。グループ全体を俯瞰して経営できる人材の獲得と育成、および若手の早期育成と抜擢が、事業計画の達成条件として明確に認識されるようになった。人事制度の改定は、この認識から着手された。
背景
関東地方に本社を置く同社は、フィットネス事業を中核に、健康・美容、アパレル、ライフスタイル等の領域へ事業を広げてきた持株会社グループである。2016年に純粋持株会社体制へ移行し、中長期計画では当時の連結売上高の5倍を超える水準を目標として掲げていた。
成長の主たる手段は買収であった。グループ会社が短期間で増え、連結従業員数は2016年3月末の1,315名から、2017年3月末には5,047名へと約4倍になっている。事業の数と人員が同時に増える局面にあった。
一方で、人材の側の仕組みが追いついていなかった。グループ全体を俯瞰して経営できる人材の獲得と育成、および若手の早期育成と抜擢が、事業計画の達成条件として明確に認識されるようになった。人事制度の改定は、この認識から着手された。
課題(Before)
グループ連結従業員が1,000名台から5,000名規模へ向かう局面において、支援開始時点で確認された課題は次のとおりである。
1.目標管理が個人単位の運用にとどまっていた。目標を立てて達成度を測り昇給や賞与につなげる仕組みとしてのみ理解されており、組織の目標を分解して全員で達成するための道具になっていなかった。
2.目標ごとの責任者と担当者が不明確であった。誰が何に責任を持つのかが定まらないため、目標の漏れが生じ、期末に至って未達が判明する状態が繰り返されていた。
3.高い目標を設定した人ほど疲弊していた。ストレッチした目標を掲げ、期中の目標変更にも応じた人が、結果として低い評価を受けうる構造になっており、目標を低く置くほうが得になる誘因が残っていた。
4.業務が特定の優秀者に集中していた。一方で期待されていない社員が放置され、貢献の少ないまま在籍し続ける状態が生じており、両者の負担の差が広がっていた。
5.求められる行動と成果が見えづらかった。何を期待され、それがどう報われるのかが等級として示されていないため、社員が自分の成長の方向を判断できなかった。
6.成長が個人の自己責任に委ねられていた。育成と自己研鑽を評価する仕組みがなく、人を育てる行動が組織として報われていなかった。
7.報酬の決定に属人的な運用が残り、不透明感があった。等級と報酬の対応関係が定義されていないため、処遇の説明が個別の判断に依存していた。
8.労働市場から幹部人材を採用できる報酬水準の枠がなかった。既存の給与体系の上限が、外部から獲得したい層の市場水準に届いておらず、採用の制約になっていた。
目的と設計方針
セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、経営が求める人材像を仕組みによって増やし、その人材が役割を与えられ報われる状態をつくることである。制度を整えること自体を目的とせず、事業計画の達成条件として人事制度を位置づけた。
設計方針は3点に絞った。
1.マネジメントの水準を引き上げるインフラを先につくる。目標管理制度を組織目標の共有と分解の仕組みへ改め、月次のワークショップで進捗と変化への対応を確認する運用を先行させる。
2.適材適所を実現する共通等級をグループのコアとして置く。事業ごとに求める行動や報酬水準が異なることを前提としながら、グループ全体で1つの等級フレームを共有できる構造にする。
3.早期に活躍できる社風を、教育と抜擢の両面から支える。年齢や社歴によらず手を挙げた人にチャンスが回る運用を、慣行ではなくルールとして定義する。
グループ全体を俯瞰して経営を担う層と、個々の事業を成長させる層の役割を分けたうえで、両者のあいだで人材が循環することを前提に等級を設計した。
実際に構築した制度のポイント
構築した制度の骨格は、行動等級と職務等級を併用するハイブリッド等級である。成長を表す軸と責任の大きさを表す軸を分離し、両者を組み合わせて処遇を決める構造とした。
1.行動等級は6段階とした。担当者としての成長を3段階、リーダーとしての成長を3段階に分け、各段階に求める行動を定義した。基本給はこの軸で決まる。
2.職務等級は10段階とした。同じ役職名であっても、担当する職務の責任と権限の大きさに応じて異なる等級を適用できる構造とし、職務給はこの軸で決まる。
3.職務等級は付け替え方式とした。昇格は上位のポストが空いたときまたは新設されたときに、降格は現在のポストがなくなったときに生じる。滞留による自動的な上昇を排し、飛び級も許容した。
4.行動等級の昇格は入学基準で設計した。下位等級の行動が十分だから上げるのではなく、上位等級の行動がとれると期待できる者を上げる。半期評価の組み合わせによって、昇格候補と降格候補が自動的に選ばれるマトリクスを定めた。
5.仮任用による抜擢の仕組みを設けた。本来の行動等級より上位の職務にチャレンジさせる期間を最長1年とし、その期間は月例給を据え置いたまま、標準以上の評価であれば賞与のみ上位の職務等級で支給する。試す側と試される側の双方のリスクを限定する設計である。
6.役職者の交代を比率で義務づけた。リーダー層の役職について毎年一定比率の交代を必須とし、担当者層の各等級でも一定比率が昇格候補または降格候補となるよう調整する。空きを待つのではなく、空きを制度的につくる考え方をとった。
7.評価は達成評価と成長評価の2本立てとした。達成評価は数値としてコミットした目標の達成度を、成長評価は等級ごとに定義した行動基準の発揮度を測る。上位等級ほど達成評価の比重を高め、最上位層は達成評価のみとした。
8.目標管理はマトリクスによる整理を義務化した。組織目標を上司と部下の行に分解し、誰がどの目標にいくら責任を持つかを一覧化する。必達目標とストレッチ目標の2段階を上司から示し、期中の目標変動には加点で対応する。
9.報酬は等級との対応を明示した。基本給は行動等級ごとに上限と下限を持つ賃金レンジとし、号俸で管理する。上位の号俸帯ほど昇給額が小さくなるメリット昇給を採用し、昇格へのインセンティブを持たせた。最上位等級では、経営人材の労働市場で通用する水準まで支払える上限を設定した。
【移行と浸透】
10.移行設計は個々の在籍者を想定して行った。新旧等級の読み替えと報酬の移行案を、実在者のシミュレーションを通じて検証し、人件費への影響とキャリアパスの見え方を同時に確認しながら決定した。
11.運用の定着は制度設計と並行して進めた。管理職以上を対象とする月次のマネジメントワークショップを制度完成前から開始し、目標マトリクスの運用を先に習慣化した。
12.評価と昇降格の意思決定機関を明文化した。等級ごとに議長を定めた評価委員会を設置し、昇格・降格の審査プロセスと再チャレンジの手順を規定した。年間の運用は週単位の計画へ落とし込み、人事調書を経年で管理する仕組みを併せて設けた。
導入後の変化
1.制度は組織規模が急拡大する局面の直前に整った。グループ連結従業員数は2016年3月末の1,315名から、2017年3月末には5,047名となり、2019年3月末には7,640名に達した。買収によって加わった会社と人員を、既に定義済みの等級・評価・報酬の枠に載せる形で受け入れることができる状態にあった。
2.その後、事業構成は大きく入れ替わった。グループ会社の取得と売却が進み、連結従業員数は2026年3月末時点で4,204名となっている。規模の拡大局面と縮小局面の双方を経ながら、等級を軸とした処遇の枠組みは維持されている。
3.等級と号俸による報酬管理が、開示上の方針として明記されている。同社が公表した2026年3月期の有価証券報告書では、報酬の決定にあたり、社内で定義された人事評価制度と給与規程に基づく等級・号俸テーブルに則った運用を徹底する旨が記載されている。号俸による基本給管理は、本プロジェクトで設計した賃金テーブルの方式である。
4.設計時に置いた職位階層が、現在の開示文書にも現れている。同報告書における女性管理職の定義は、機能単位の責任者から執行役員までの各役位とされており、これは本プロジェクトで職務等級に対応づけた職位の並びと一致する。役職の呼称と等級の対応が、組織の共通言語として残っていることを示す。
5.発揮した能力・担う役割・業績成果を組み合わせて処遇を決めるという考え方が、開示文書の記述として維持されている。行動の軸と職務の軸を分けて処遇を決める二軸の思想が、制度の文言としてだけでなく、経営の説明の言葉として使われている。
6.男女間賃金差異の説明にも等級が使われている。同報告書では、差異の要因を等級別の人数構成に帰し、同一労働における賃金差はないとしている。等級が処遇の説明責任を果たすための基準として機能していることの傍証である。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で使い続けられているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した等級・評価・報酬の骨格は、事業ポートフォリオの入れ替えと組織規模の大幅な変動を経てなお、処遇決定の基準として運用されている。
本プロジェクトの特徴
本案件の特徴は、買収を成長手段とする企業に対して、統合の前に共通の物差しを置いたことにある。
1.グループ再編に耐える処遇の共通言語をつくることを、企業価値への貢献として設定した。本案件では、事業会社ごとに制度を組むのではなく、1つの等級フレームをグループのコアとして先に定義する判断をした。買収のたびに会社が増える前提では、各社が個別に整えた体系を後から突き合わせる統合コストのほうが、共通体系を先に置く負担より大きくなるためである。
2.外部労働市場から幹部人材を採用できる状態をつくることを、もう1つの貢献とした。本案件では、成長を表す行動等級と責任を表す職務等級を分離し、報酬レンジの上限を職務等級の側で開く判断をした。等級を1本にしたまま上限だけを引き上げると、内部の公平性が崩れる。二軸に分けることで、既存社員の納得と外部からの採用可能性を同時に成立させられると考えたためである。
3.抜擢を再現可能にすることを、3つ目の貢献とした。本案件では、抜擢を人事権の裁量に委ねず、評価結果からの自動ノミネート、仮任用による試行、役職者の一定比率の交代という3つのルールとして規定した。裁量による抜擢は経営者の目が届く範囲でしか働かず、組織が数千名規模へ拡大する局面では機能しなくなるためである。
4.評価指標は統計的手法で設計した。行動評価の指標を感覚で設定せず、アンケートとサーベイの分析を通じて、職種・役職・所属による違いを確認したうえで指標化した。求める行動を経営の言葉のままで置くと、現場の実態と乖離して運用されなくなる。
5.制度の完成を待たずに運用を始めた。目標管理の改定を先行させ、管理職以上の月次ワークショップを制度設計と並行して回した。制度が動き出す時点で、運用する側が既に習熟している状態をつくることを優先した。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、等級を1本にするか2本にするかでした。買収で会社が増え続ける前提では、体系は単純なほうが運用しやすい。それでも二軸にしたのは、成長の速さと責任の大きさを同じ物差しで測ると、どちらかが必ず犠牲になるからです。若い方を抜擢したいのに報酬が上げられない、あるいは市場水準で採用したいのに社内の順序が崩れる。この二つを両立させるには、軸を分けるしかないと判断しました。
よくあるご質問
A. 等級と評価の骨格はグループで統一し、報酬水準は事業ごとに変えられるようにするのが現実的である。事業特性が異なる会社の賃金水準を無理に揃えると、収益構造に合わない人件費が生じる。一方で等級の定義が各社ばらばらだと、人材の異動と登用のたびに処遇の翻訳作業が必要になる。本事例では、行動等級と職務等級の枠組みをグループ共通のコアとして定義し、事業ごとの報酬水準の違いは職務等級側の運用で吸収する構造とした。
Q2. なぜ役割等級の一本化ではなく、行動等級と職務等級の二軸にしたのか。
A. 成長の速さと責任の大きさを1つの軸で表すと、片方を必ず取りこぼすためである。役割等級のような単一軸は運用が簡明で、ポストと処遇を一致させたい企業には適する。ただし、ポストが空かなければ処遇が上がらないため、若手の早期育成を掲げる企業では抜擢の受け皿が不足する。本事例では、基本給を行動等級で、職務給を職務等級で決める構造にし、ポストの有無と成長の評価を切り離した。
Q3. 役職者の交代を毎年一定比率で義務づける仕組みは、実際に機能するのか。
A. 交代先のポジションを事前に定義していれば機能する。比率だけを決めて降りた人の行き先を用意しないと、運用は初年度で止まる。本事例では、ラインの管理職から外れる場合の受け皿として専門職の職務等級を体系内に用意し、責任の大きさに応じた処遇が続く形にした。あわせて、交代の判断が恣意的にならないよう、通常の昇降格プロセスを先に適用し、比率に満たない分だけを追加で決める順序を定めている。
Q4. 労働市場水準の報酬を払える制度にすると、既存社員との不公平が生じないか。
A. 上限を引き上げる軸と、既存社員の処遇を決める軸を分ければ、不公平にはなりにくい。既存の等級の上限だけを引き上げると、同じ物差しの上で説明できない差が生まれる。本事例では、外部から採用したい層に適用する高い報酬を職務等級の側で定義し、行動等級による基本給の秩序は保った。処遇の差が「担っている責任の差」として説明できる状態を保つことが要点である。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 等級と役職の骨格は、事業の単位が大きく変わらない限り5年から10年の耐用年数を持たせられる。作り直しが必要になるのは、制度が古いからではなく、事業の分け方や責任の単位が変わったときである。本事例では、2017年に稼働した骨格が、事業ポートフォリオの入れ替えと組織規模の大幅な変動を経て運用されており、更新されてきたのは主に評価指標と報酬水準の側である。