「キャリアイメージ」をゴールに据えたJD設計→キャリアパス→教育体系の一気通貫整備
設立1990年代
従業員約710名(グループ)
売上約220億円
提供サービス人事戦略策定
実施期間4ヶ月
支援時期2024年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
注文住宅・リフォーム・戸建分譲・不動産流通を複数ブランドで展開する同社は、中部地方に本社を置く住宅・不動産グループである。1990年代後半の創業以降、賃貸住宅のリフォームから新築、分譲、不動産流通、アセットマネジメントへと事業領域を広げ、法人を分けながらグループとして拡大してきた。
事業拡大は、創業オーナーによる投資判断の速さと、従業員に求める行動と成果を細かく定義する人事運用によって支えられてきた。人事制度は外部に委託せず、自社で設計されている。その原型として参照されたのが、セレクションアンドバリエーション代表の著作であった。
支援開始時点の人事制度は、プレイヤーの活躍という観点では均衡がとれていた。年功序列を廃した等級運行、マトリクス昇給の厳格な運用、業界水準を上回る報酬設計、成果・行動量・業務専門性・行動価値基準の4軸による評価。いずれも意図をもって作られていた。
一方で、この会社が次に必要としていたのは事業責任者となる人材であり、それを育てる仕組みは制度の中に用意されていなかった。加えて、制度そのものを記述した資料が2021年度を最後に更新されておらず、何を変えるべきかを議論する土台が失われていた。
課題(Before)
支援当時 従業員約380名の同社において、課題は次の8点として表面化していた。
1.期待役割を記述する形式が全社で統一されていない。何を期待するかが事業部ごとの運用と担当者の記憶に依存しており、事業部をまたいだ比較も、上位階層への接続もできない状態にあった。
2.人事制度の全体像を示す資料が社内に存在しない。2021年度以降の改定が資料に反映されておらず、新たに入社した社員に自社の制度を説明できなかった。
3.管理職比率が7.6%にとどまる(2024年10月時点)。全国の同業界平均16.9%と比べて低く、管理職1人あたりの部下数が平均より2〜3人多い。組織拡大に伴い、統制が及ばなくなる構造にあった。
4.平均勤続年数が4.4年(2024年10月時点)。同地域・同業界の平均10.1年と比べて短く、平均年齢32.6歳という若い構成は、育成コストの低さと退職リスクの高さを同時に意味していた。
5.管理職層の月例給と賞与にばらつきがある。同一役職であっても支給額の幅が大きく、昇降格・昇降給のモデルが存在しないため、管理職を増やそうとしても処遇の根拠を示せない。
6.管理職の賞与比率が一般平均を下回る。責任範囲が広い層ほど変動報酬の割合が小さく、中長期の成果に報いる仕組みが機能していなかった。
7.主任より上のキャリアパスが従業員に示されていない。昇格すると何が変わるのかが可視化されておらず、報酬水準もブラックボックス化していたため、昇格への動機づけが働かなかった。
8.評価尺度が11段階と細かく、事業部間で評価母集団に偏りがある。細分化は精緻さではなく中心化傾向を招き、事業部をまたいだ公平性の担保を難しくしていた。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、制度を作り直すことではなく、人事戦略の軸を定め、そこから改革の順序を導くことであった。設計方針は次の4点である。
第1に、職務記述書(JD)を人事戦略の軸に据えた。求める人材像も、等級も、評価も、報酬も、教育も、突き詰めれば「誰に何を期待するか」の派生形である。この記述形式を先に共通化すれば、以後の制度改定はすべて同じ言葉で議論できる。
第2に、現状の可視化と定量分析を、戦略策定のための入力として位置づけた。可視化はそれ自体が目的ではなく、いま何が動いているかを確定させなければ、何を変えるべきかを決められないためである。
第3に、既存制度を否定しない前提を置いた。オーナー経営者が独自に作り込んだ制度には、事業特性に沿った合理性がある。改定すべき箇所を特定するために、まず何が意図的に設計されたものかを確定させた。
第4に、改革を3ステップに分割した。第1ステップで戦略の軸と現状を確定し、第2ステップで最優先課題に着手し、第3ステップで中優先度の課題に移る。順序を先に決めることで、同時多発的な着手による現場の疲弊を避けた。
実際に構築した制度のポイント
住宅・不動産グループである同社において、本フェーズでは次の8点を成果物として整備した。
【人事戦略の軸の設定】
1.職務記述書(JD)の記載項目を9区分で体系化した。役職、職務概要、成果目標、職種、職務内容、スキル・知識、コンピテンシー、資格という構成を全事業部で共通化し、期待される成果・行動・能力の3層に整理した。事業部間で記述粒度に差が出ないよう、毎年管理部門が調整する運用ルールを併せて定めた。
2.人材ポートフォリオの考え方を定義した。事業機能ごとに人材を類型化し、経営人材、管理監督者、プロフェッショナル、主力級人材、基礎育成人材という区分で必要な質と量を捉える枠組みを置いた。JDが個人単位の期待役割を記述するのに対し、人材ポートフォリオは組織単位の需給を捉える。両者を人事戦略の縦横の軸とした。
【現状把握(定量分析とインタビュー)】
3.定量組織分析を実施した。年齢構成、勤続年数、女性比率、管理職比率を全社および事業部別に算出し、外部統計と比較した。あわせて10年後までの人員動態を2種類のシナリオで試算し、過去実績ベースと中期経営計画ベースで将来像がどれだけ乖離するかを可視化した。
4.賃金分析を実施した。役職別・職種別・事業部別の月例給と賞与を分解し、外部統計の同業界・同規模データと突き合わせた。賞与比率の階層別分布まで確認し、変動報酬の設計余地を特定した。
5.キーパーソンインタビューを構造化した。経営戦略、人事戦略、求める人材像、等級、評価、報酬、教育、採用、退職の9観点に回答を分類し、経営層の認識と分析結果の一致点および乖離点を明示した。
【可視化(戦略を運用に載せるための前提整備)】
6.現行人事制度説明資料を作成した。人材採用、期待役割・JD、目標計画・評価フィードバック、報酬、育成評価制度、土台となる各種制度という一連のサイクルに沿って全体像を再構成し、従業員に対して説明可能な単一の資料に集約した。
7.人事関連諸規程を整備した。内容面だけでなく、労働基準法上の形式要件を満たす水準まで引き上げ、運用実態と規程の記載を一致させた。
【改革優先順位の確定】
8.人事改善計画を策定した。管理職人事制度改革、非管理職・管理部門の制度改革、人材ポートフォリオの定義と異動・キャリアパス整備という3本柱に整理し、それぞれに着手時期を割り当てた。優先順位の根拠は分析結果に置き、管理職人材の増加を最優先課題として明示した。
【移行と浸透】
本フェーズでは制度そのものを変更していない。変更したのは、期待役割がどう記述され、制度がどう共有されるかである。JDという共通形式と、説明資料および規程という2つの器に集約したことで、新入社員への説明、事業部間の解釈統一、次フェーズの設計前提の共有が、同一の言葉で行えるようになった。
導入後の変化
1.改革の優先順位が管理職人事制度に確定した。分析によって、管理職比率の低さと管理職層の処遇のばらつきという2つの事実が同一の課題に帰着することが示され、次フェーズの対象範囲が管理職層に絞り込まれた。
2.次フェーズが計画どおり2025年1月に立ち上がった。改善計画で定めた着手時期がそのまま実行に移されており、優先順位の設定が計画上の整理にとどまらなかったことを示している。
3.JDが次フェーズの設計起点として機能した。本フェーズで整えたのはリーダー未満の記述形式であったが、同じ枠組みを上位階層に拡張する形で管理職層のJDが設計され、そこから役職体系・評価・報酬・教育までが一体で組み立てられている。
4.制度を説明できる状態が回復した。2021年度で更新が止まっていた制度資料が最新の運用実態に追いつき、事業部ごとに分散していた解釈を一つの資料で参照できるようになった。
5.同社の組織規模は拡大が続いている。公開情報によれば、グループ連結(パート・アルバイトを含む)の従業員数は2025年4月末時点で604名、2026年4月末時点で752名である。本フェーズで試算した中期経営計画ベースの人員動態は、この拡大局面を前提としたものであった。
6.新卒採用の継続が確認できる。就職情報サイトへの掲載が継続しており、若年層を継続的に採用する構造は維持されている。人員動態の分析が前提とした採用規模の水準が、実際の採用活動として続いている。
人事戦略とは、何をやるかを決めることではなく、何を先にやるかを決めることである。セレクションアンドバリエーションが本フェーズで行ったのは制度の設計ではなく、期待役割の記述形式を軸に据え、改革の順序を意思決定できる状態を作ることであった。この基盤の上に、管理職人事制度の設計が続いている。
本プロジェクトの特徴
1.一般的には、人事戦略策定はビジョンや人材像を言語化するところで終わり、制度設計とのあいだに断絶が生じる。本案件では、職務記述書(JD)という具体的な記述形式を戦略の軸に据えた。理由は、抽象度の高い人材像は解釈が分かれ、事業部ごとに別の運用を生むためである。誰に何を期待するかを同じ様式で書けるようにしておけば、以後の等級・評価・報酬の議論は同じ言葉の上で進む。
2.一般的には、コンサルティングは現行制度の課題を挙げ、新制度の設計に着手するところから始まる。本案件では、最初の4か月を戦略の軸の設定と現状分析に充てた。現行制度が既に一定の合理性をもって設計されていたためである。年功序列を廃した等級運行も、マトリクス昇給の厳格な運用も、業界水準を上回る報酬設計も、意図をもって作られていた。壊す理由がない制度を壊すことは、改革ではなく破壊である。
3.一般的には、分析結果はそのまま制度案に接続される。本案件では、分析結果をいったん優先順位表に変換した。課題が等級・評価・報酬・人事戦略の4領域にまたがっており、同時着手すれば現場が持たないと判断したためである。何をやるかより、何を後回しにするかを先に決めた。
4.一般的には、コンサルタントは現行制度の不備を指摘することで存在価値を示す。本案件では、強みの定義を先に行った。全社統一的な運用、年功を排した等級運行、業務フローを分解したインセンティブ設計。これらを強みとして明示したうえで課題を並べた。オーナー経営者が自ら作り込んだ制度を全否定すれば、改革は「否定の受け入れ」になり、推進力を失うためである。
5.一般的には、人員分析は現状のスナップショットで終わる。本案件では、10年後までの人員動態を2つのシナリオで試算した。過去3年の実績を延長した場合と、中期経営計画の採用計画を達成した場合とで、10年後の従業員数は400名規模と1,100名規模に分かれる。この差が管理職を何名育てる必要があるかを規定し、優先順位の根拠を数値で示した。
担当コンサルタント: 平康 慶浩 、 岡安 楓 、 塚越 真悠子
最も判断を要したのは、人事戦略をどの粒度で書くかという点でした。理念や人材像の言葉を並べれば、それらしい戦略にはなります。ただ、この会社は事業部ごとに運用が育っていましたから、抽象的な言葉はそれぞれの解釈に吸収されてしまいます。ですから、職務記述書という具体的な様式を戦略の軸に据えました。何を先にやるかを決められる状態を作ることが、この段階の仕事だと考えています。
よくあるご質問
人事戦略策定は、誰にどう活躍してほしいかを定め、そのために何から着手するかの順序を決める工程である。人事制度設計は、決まった方針を等級・評価・報酬のルールに落とす工程を指す。順序を決めずに設計へ進むと、目についた領域から改定が始まり、領域間で矛盾が生じる。本事例では、職務記述書を戦略の軸に据えたうえで、改革を3本柱に整理し着手時期を確定した。
Q2. 人事改革の優先順位は、どのように決めればよいか。
経営が困っている順ではなく、放置したときに事業の制約になる順で決める。そのためには、現状の人員構成と賃金水準を定量的に把握し、将来の人員動態まで試算しておく必要がある。本事例では、10年後の従業員数が採用計画の達成有無で400名規模と1,100名規模に分岐することを示し、管理職人材の確保を最優先課題として特定した。
Q3. 職務記述書(JD)は、何のために作るのか。
評価の根拠として使うだけであれば、作成の負荷に見合わない。JDの本来の価値は、等級・評価・報酬・教育・採用のすべてを同じ言葉で記述できるようにする点にある。期待する成果・行動・能力を一つの様式に揃えておけば、制度を改定するたびに議論の前提を作り直す必要がなくなる。本事例では、記載項目を9区分で体系化し、全事業部共通の記述形式とした。
Q4. なぜ現行制度の全面改定を先に行わなかったのか。
全面改定が不要だったからではなく、順序として戦略の軸の設定と現状把握が先だったためである。現行制度が資料化されていない状態で改定に入ると、変更点を特定できず、事業部ごとに異なる運用実態がそのまま新制度に持ち込まれる。本事例では、改革の必要性そのものは分析で確認したうえで、着手順序を管理職人事制度、非管理職制度、人材ポートフォリオの3段階に分けた。
Q5. 管理職比率が業界平均より低い場合、何から手をつけるべきか。
まず、比率の低さが採用の問題なのか、育成の問題なのか、処遇の問題なのかを切り分ける。管理職を増やせない企業の多くは、昇格後の処遇と責任が定義されていないために、候補者本人が昇格を望まない状態にある。本事例では、管理職層の月例給と賞与にばらつきがあり、昇降格・昇降給のモデルが存在しないことが確認されたため、処遇設計を先行課題とした。
Q6. 事業部ごとに人事運用が異なる状態は、統一すべきか。
一律に統一すべきではない。事業部ごとの運用差には、収益構造や職種特性に由来する合理的なものが含まれる。統一すべきなのは期待役割の記述形式と等級・評価の骨格であり、インセンティブの算定方法など事業特性に依存する部分は差を残したほうが機能する。本事例では、職務記述書の記載項目を共通化したうえで、事業部別の運用実態を可視化する方針をとった。
Q7. 平均年齢が若い会社にも、人事戦略の策定は必要か。
必要である。平均年齢が若い組織は人件費が抑えられ、育成の余地も大きいが、その状態は採用と退職の均衡によって成り立っている。均衡が崩れれば数年で構成は変わる。本事例では、平均年齢32.6歳、平均勤続年数4.4年という構成に対し、10年後までの人員動態を試算し、採用計画の達成有無で組織規模が大きく分岐することを確認した。