役職を損益責任で定義し出店拡大に耐える店長供給を支えた等級・歩合設計
設立2000年代
従業員約3,000名(グループ・パート含む)
売上約190億円(グループ)
提供サービス人事制度設計
実施期間6ヶ月
支援時期2008年~2009年
対象層・対象人数全社
事例サマリー
背景
近畿地方に本社を置き、多業態の居酒屋をエリアドミナント方式で展開する同社は、統一ブランドによる横展開ではなく、立地ごとに業態を作り分ける成長戦略を採っていた。支援当時は29業態40店舗を運営し、関東への初出店にも着手していた。
飲食業の売上は、座席数と営業時間の積で理論上の上限が決まる。したがって成長の手段は、出店による座席数の拡大と、営業時間の延長に限られる。上限に達していない部分が残っているなら、そこには未活用の成長余地がある。
その余地を埋めるのは人材である。同社の経営層は、既存店の収益向上だけでなく、新規出店とそのための業態開発を推し進める人材の確保と育成を、経営課題として認識していた。人事制度改革は、この認識を出発点として始まった。
課題(Before)
支援当時 40店舗規模で運営していた同社では、現状分析の結果、次の課題が確認された。
1.昇給の道筋が従業員に伝わっていなかった。給与がどう上がるのか、上司に何を認められれば処遇が変わるのかが不明で、日々の努力と処遇の関係が本人の中で結びついていない。
2.処遇に対する説明が成立していなかった。労働時間に比して給与が低いのではないかという疑念に対し、会社の考え方を示す材料がなく、不満が個別の面談で処理されていた。
3.将来像を描けないことが離職の理由になっていた。この会社にいても先が見えないという判断が、他社への転職を後押ししていた。離職はそのまま求人費用として損益に跳ね返っていた。
4.店長を計画的に輩出する仕組みがなかった。出店ペースに対して店長候補の供給が追いつかず、出店計画そのものが人材の制約を受けていた。
5.役職の定義が曖昧で、責任の所在が特定できなかった。主任と副店長のように機能が重なる役職が並存し、誰がどこまでの責任を負うのかが役職名から読み取れない状態にあった。
6.店舗管理職への変動報酬が場当たり的だった。支給の有無や金額が個別判断に委ねられ、何をどこまで達成すれば支給されるのかが明文化されていない。結果として、報酬が行動を誘導する機能を果たしていなかった。
7.店舗コストを一定範囲に収める仕組みがなかった。飲食業で管理可能なコストは人件費と食材原価に集中するが、そのどちらも、店舗の判断に委ねられたまま基準が示されていない。
8.店長より上位の層に、キャッシュフローの概念が共有されていなかった。出店資金の確保が成長の前提であるにもかかわらず、その視点を持つべき層に対する報酬設計と教育が不在だった。
9.規律に関する運用基準が定まっていなかった。何をもって処分の対象とし、それが処遇にどう反映されるのかが不明確で、判断が場面ごとに揺れていた。
目的と設計方針
同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、キャッシュフローの拡大に人材マネジメントを接続することである。出店の原資はキャッシュフローであり、出店の実行力は人材である。この2つを別々の議論として扱わない設計を前提とした。
設計方針の第1は、着手領域を絞ることである。採用・育成・配置・評価・処遇・退職という人事の全領域のうち、評価・処遇・退職の3領域を最優先とした。この3領域は定着に直結し、効果の発現が早い。採用と育成は、定着の土台が整った後に着手するほうが投資効率が高い。
第2は、目的を離職率の低下と業務効率の向上の2点に絞ることである。何をすれば認められるかが明確になれば行動が変わり、どうすれば昇給するかが明確になれば留まる理由が生まれる。この因果を制度で担保することを目標とした。
第3は、人材を囲い込まないことである。退職を裏切りとして扱わず、在籍中に成長した人材を送り出す前提に立った。同時に、特定の個人がいなくても店舗が回る状態を作ることを、制度の要件に組み込んだ。
第4は、移行時に既存社員の給与を下げないことである。制度改定の成否は設計の精度ではなく、移行の受け止められ方で決まる。
実際に構築した制度のポイント
営業ライン・料理ライン・管理ラインの3系統を軸に、等級・評価・報酬を一体で構築した。
1.等級制度を組織図と対応させた。試用期間を含む複数段階の等級を置き、各等級に対応する役職を明示した。降格者のみが位置づけられる等級も設けることで、降職の受け皿を制度上に確保した。
2.役職を損益責任の範囲で定義した。店長は店舗の損益責任、マネジャーは複数店舗の損益責任、エリアマネジャーはエリア単位の損益責任と出店・閉店計画の補佐、というように、責任の単位で役職を切り分けた。
3.機能が重複する役職を統合した。主任の役職を廃止し、副店長に一本化することで、店長不在時の代行責任が誰にあるかを一意に定めた。
4.料理ラインと管理ラインにも同じ設計思想を適用した。料理長は店長代行としてホールの動きにも責任を負い、総料理長は複数店舗の調理業務と食材原価に責任を負う。管理ラインは係長から部長まで、業務範囲と代行関係で定義した。
5.給与構成を目的別に分解した。基本給、役職手当、所定外労働と深夜労働の実態に見合う定額手当、業績評価手当、変動報酬という構成とし、それぞれが何に対する対価かを説明できる形にした。
6.給与テーブルを号俸制で設計し、等級帯によって昇給の効き方を変えた。上位等級ほど1号俸あたりの昇給幅を大きくすることで、責任の拡大が処遇に反映される構造とした。
7.評価を相対区分で確定させた。半期ごとに評価点を算出し、等級別の一覧の中で順位づけて評語を決定する方式とした。評価の甘辛を評価者間で調整する運用負荷を、仕組みの側で吸収する狙いである。
8.昇格をポイントの蓄積で判定する方式とした。評語に応じてポイントを加算・減算し、一定の蓄積に達した者を昇格候補として経営層の判断に上げる。標準的な評語が続く社員でも3年で昇格候補に到達する設計とし、成長の道筋を数字で示した。
9.賞与を過去2回の評語で査定する仕組みとした。単期の結果ではなく直近の連続性を見ることで、一時的な好不調が処遇に過剰反映されることを防いだ。
10.店舗管理職の変動報酬を、予算利益の超過分に連動させた。四半期ごとに、合意した予算利益を上回った金額の一定割合を支給する。未達の場合も減額は行わない。予算は経営層の素案をもとに、担当店長・マネジャー・エリアマネジャーとの協議で確定させる手順とした。
11.業績評価手当の基準を役職別に複数設定した。営業利益率、食材費率、対前年売上、投資回収、人件費率といった指標から役職に応じて基準を選び、達成ごとに月次で加算する形とした。店舗の判断を数値に接続する装置である。
12.規律の運用基準を三段階で明文化した。事案の重大性に応じて処分の段階を分け、それぞれをポイントに換算したうえで、評価点および変動報酬への反映方法を固定した。判断の恣意性を制度側で排除することが目的である。
13.移行と浸透を設計に組み込んだ。制度変更によって基本給が下がる社員には調整給を支給し、移行時点で給与が下がらないようにした。調整給は昇給によって段階的に解消される設計とした。あわせて就業規則および給与規程への反映、評価マニュアルの作成、複数日にわたる従業員説明会の開催、評価者研修の実施までを一連の工程として実行した。
導入後の変化
1.店舗数と業態数が増えた。外食専門メディアが支援当時に報じた29業態40店舗に対し、自社採用サイトでは関西を中心に100店舗・60業態以上と記載されている。業態が異なっても等級と役職の対応が共通であるため、新店の要員配置に既存の処遇体系をそのまま適用できる。
2.報酬構成が残っている。公開求人情報には、残業手当・深夜手当・役職手当の支給、年1回の賞与、査定と面談を伴う年1回の昇給昇格が明示されている。設計時に定めた基本給・役職手当・所定外見合手当・賞与という構成と一致する。
3.店舗管理職と本部・一般社員で報酬の性格を切り分けた設計が残っている。店舗管理職には業績に連動する支給があり、賞与は本部管理職と一般社員を対象とする。この切り分けは、社員が投稿する口コミサイトの記述にも同じ形で現れている。
4.評価の頻度は自社の判断で調整されている。設計時は半期ごとの評価を前提としていたが、公開求人情報では昇給昇格の頻度が年1回と記載されている。制度が与えられたまま固定されているのではなく、運用側が自社の負荷に合わせて調整している状態を示す。
5.事業領域が広がった。自社が公表する会社概要では、飲食店経営に加えて店舗開発および事業開発、店舗プロデュース、販売促進、企画、デザイン、印刷、Web制作、イベント事業が事業内容として挙げられている。飲食店の運営会社から、店舗そのものを作る機能を内部に持つ企業へと業容が広がっている。
6.組織再編が行われた。法人登記情報では、2023年に吸収合併が記録されている。等級と役職の対応が全社で共通していることは、統合時に処遇の対応関係を一から作り直す作業を減らす条件になる。
7.規模を示す公表値が更新されている。自社が公表する会社概要では、2025年5月期の年商191億7000万円(グループ子会社を含む)、従業員3,000名(グループ全体、パート・アルバイトを含む)と記載されている。
これらの変化を人事制度の成果として帰属させることはできない。立地選定、業態開発、資金調達、外部環境など、多数の要因が同時に作用している。制度が提供したのは、店舗が増えても処遇の判断基準が分岐しない状態と、店長候補が自分の位置と次の段を確認できる状態である。
人事制度は、導入時点の完成度ではなく、その後に自社で更新できているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した等級・評価・報酬の骨格は、店舗数の増加、事業領域の拡張、組織再編を経てなお運用され、運用側の判断で調整されながら使われ続けている。
本プロジェクトの特徴
1.企業価値への貢献は、出店余地を人材の側から解放することにある。本案件では、人事の全領域に同時に手をつけるのではなく、評価・処遇・退職の3領域に絞って着手した。座席数と営業時間という物理的な上限の内側に未活用分が残っているとき、それを埋めるのは人材である。採用や育成を先行させても、定着していなければ投資は流出する。定着に直結する領域を先に整えるほうが、効果の発現が早い。
2.企業価値への貢献は、店舗の損益責任を担える人材を計画的に増やすことにある。本案件では、役職を名称や序列ではなく、損益責任の単位で定義し直した。飲食業において店長は実質的な事業単位の長である。その一段下にあたる役職が曖昧なままでは、後任が育つ経路が制度に存在しない。機能が重なる役職を統合し、代行関係を一意に定めたのは、この経路を可視化するためである。
3.企業価値への貢献は、現場の判断を数値に接続することにある。本案件では、店舗管理職の変動報酬を予算利益の超過分にのみ連動させ、未達時の減額を行わない設計とした。減額を伴う設計は、店長の関心を短期のコスト圧縮に向かわせる。飲食業で削れるコストは人件費と食材原価であり、いずれも来店客の体験に直結する。
上振れのみを報酬に反映させ、未達は予算合意のやり直しで扱うことにした。予算設定の場を、数値の押し付けではなく計画づくりの場にするためである。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、店舗管理職の変動報酬に減額を組み込むかどうかでした。未達を減額で罰する設計は一見公平ですが、店長の関心を短期のコスト圧縮に向かわせます。飲食業で削れるのは人件費と食材原価であり、どちらも来店されたお客様の体験に直結します。上振れだけを報酬に反映させ、未達は予算合意のやり直しで扱うことをご提案しました。
よくあるご質問
評価・処遇・退職の3領域から着手するのが効果的である。飲食業は離職が求人費用として直接損益に反映されるため、定着に効く領域の投資回収が最も早い。採用基準の見直しや育成プログラムの構築は、定着の土台が整った後に着手するほうが投資効率が高い。本事例でも、人事の全領域を優先度で区分し、評価・処遇・退職を最優先領域と位置づけた。
Q2. なぜ店舗管理職の変動報酬に、未達時の減額を設けなかったのか。
減額を設けると、店長の行動が短期のコスト圧縮に向かうためである。飲食業の店舗で管理可能なコストは人件費と食材原価に集中しており、いずれも接客品質と料理品質を通じて来店客数に影響する。減額を回避する動機は、翌期以降の売上を削る行動を誘発しやすい。本事例では、予算利益を超えた分にのみ一定割合を連動させ、未達は予算合意のやり直しで扱う設計とした。
Q3. 飲食チェーンで店長を計画的に増やすには、制度上どのような手当てが必要か。
店長の一段下にあたる役職を明確に定義することが出発点となる。店長候補が育つ経路は、代行経験の蓄積によって作られる。役職名が並存し代行関係が曖昧なままでは、誰が次の店長なのかを組織が認識できない。本事例では、機能の重なる役職を統合して代行責任を一意に定め、あわせて標準的な評価が続く社員でも3年で昇格候補に到達する昇格ルールを置いた。
Q4. 役職手当と業績連動の手当は、どう使い分けるべきか。
役職手当は責任の大きさに対する対価、業績連動の手当は達成した結果に対する対価として分ける。両者を混ぜると、責任は重いが結果が出にくいポジションが処遇上不利になり、難易度の高い店舗を引き受ける動機が失われる。本事例では、役職手当を定額で支給したうえで、達成基準ごとに加算される月次の業績評価手当と、四半期ごとの変動報酬を別建てで設計した。
Q5. 人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
等級と役職の骨格は、事業の単位が変わらない限り5年から10年の耐用年数を持たせられる。作り直しが必要になるのは、事業構造そのものが変わったときであり、運用が合わなくなっただけであれば評価頻度や基準の調整で足りる場合が多い。本事例では、2009年に稼働した骨格が、店舗数の増加、事業領域の拡張、組織再編を経て運用されており、評価頻度は運用側の判断で調整されている。