取締役直下に執行役員層を新設し、任用から退任まで仕組み化した経営層評価制度
設立1990年代
従業員約11,200名(うち正社員約1,700名)
売上約560億円
提供サービス役員制度設計
実施期間3ヶ月
支援時期2019年~2020年
対象層・対象人数取締役・執行役員
事例サマリー
背景
製造現場向けの人材サービスを主力とする同社は、近畿地方に本社を置き、全国に営業拠点を展開している。支援当時の売上規模は約400億円であった。
市場は3兆円から6兆円と推計され、1,000億円を超える競合が複数存在する環境にあった。同社は経営理念を軸とした高付加価値化により、年10%を超える成長率で売上1,000億円規模を目指す長期目標を掲げていた。
事業面では、製造派遣・製造請負から技術者派遣へと領域を広げる方針を持っていた。単価の高い領域に移るほど、営業拠点と本社企画機能の双方に、判断できる責任者が必要になる。
一方で人の側は、この計画に追いついていなかった。年10%の成長を継続するには拠点と機能の拡張が前提となるが、その責任者を供給する仕組みが制度として存在していなかった。経営幹部人材の拡充が、成長計画の実現条件そのものとなっていた。
課題(Before)
支援当時の同社には、経営人材の供給に関して以下の課題があった。
1.成長計画に対して経営人材が不足していた。年10%の成長を前提とすると、拠点と本社機能の責任者が継続的に必要になるが、その母集団が把握されていなかった。
2.取締役と部長層の間に階層が存在しなかった。部長・マネジャー相当の最上位等級から取締役へ直接昇格する構造であり、経営幹部の候補を段階的に育てる器がなかった。
3.経営層に固有の評価基準がなかった。経営層の評価は従業員向け制度の延長で運用されており、担当領域の損益に対する責任の重さが評価に反映されていなかった。
4.業績評価が目標管理の枠組みのままであった。必達目標と挑戦目標が区別されていないため、目標を低く置くほど評価が高くなる構造が残っていた。
5.任用基準が明文化されていなかった。社内昇格と社外採用で判断の軸が異なり、次世代経営幹部を外部から採用する際に説明できる基準がなかった。
6.退任の基準がなかった。降格・解任の要件が定義されておらず、経営層への任用が事実上の終身ポストとして機能する余地があった。
7.執行役員に相当する報酬レンジがなかった。部長層から昇格しても月例給与で差がつきにくく、昇格が処遇上の動機付けとして働かなかった。
8.経営幹部の育成が体系化されていなかった。任用後の成長を支える教育が個別対応にとどまり、後継者計画と接続していなかった。
目的と設計方針
支援当時 売上規模 約400億円の同社に対し、セレクションアンドバリエーションが設定した目的は、経営幹部を「採用し、育て、活躍させ、退任させる」までを一つの仕組みとして成立させることである。
方針は4点とした。
1.経営理念を起点に、経営幹部に求める人材像を定義する。人材像を等級定義に落とし込み、任用・育成・評価の共通言語とする。
2.執行役員を等級として新設する。役職としてではなく等級として置くことで、任用基準と降格基準を定義でき、評価と報酬の対象にできる。
3.評価は行動と業績の二本立てとし、経営層では業績側のウェイトを高める。ただし業績のみとはせず、育成と中長期の判断が評価から抜け落ちないようにする。
4.従業員向け制度との整合性を確保する。評価基準と評価プロセスは、将来の従業員向け制度改定に接続できる構造とする。
設計期間は3か月とし、試行期間を挟んだうえで適用を開始する工程とした。制度の完成度より、動かしながら精度を上げられる状態を優先した。
実際に構築した制度のポイント
新制度の骨格は、求める人材像を起点として等級・評価・報酬・運用を一貫させた点にある。
1.求める人材像を7項目で定義した。共通項目として、経営理念の体現、専門性と論理的思考、率先するリーダーシップ、人と組織の育成、戦略策定、リスク予測と回避の6項目を置いた。加えて、損益責任を持つ部門には結果の追求を個別項目として設定した。
2.等級定義を4段階で策定した。執行役員、取締役・上席執行役員、常務取締役、専務取締役の各段階を、経営理念に対する立ち位置、プロフェッショナルとしての守備範囲、育成の対象という3つの軸で記述した。理念に対する立ち位置は、伝える段階から、更新する段階、変革を支える段階、変革する段階へと上がる構造とした。
3.コンピテンシー評価を設計した。人材像を5つの指標に展開し、その実践度を評価する。評価者は人事委員会とし、四半期ごとに確認したうえで年間で集計する。評価点は20点から100点の範囲とした。
4.コミットメント評価を設計した。期初に必達目標と挑戦目標を同時に設定し、期中に大きな目標が追加された場合の加算ルールをあらかじめ定義した。達成度は7段階で点数化し、ウェイトを乗じて総合点とする。評価点は0点から140点の範囲とした。
5.評価ウェイトを変更した。コンピテンシー評価30%、コミットメント評価70%とし、従業員層の50%対50%から、経営層では業績側に比重を移した。総合点を5段階のランクに変換する。
6.任用基準を3層で定義した。現等級での行動と業績を確認する卒業基準、上位等級の基準に照らして期待を確認する入学基準、人事委員会による総合判断の3つである。社内任用は過去1年から3年の評価履歴と複数の上長推薦、社外任用は職務経歴による事実確認とし、いずれも多面評価と外部者によるアセスメント面接を共通で課した。
7.降格基準を設定した。ある半期で最低ランクとなった時点で候補とし、四半期後に中間確認を行う。改善が見られない場合は指導を行い、次の半期でも最低ランクであれば評価調整会議の判断で部長・マネジャー相当の最上位等級へ降格する。降格時の給与は降格先等級の最上位額に位置づける。取締役については同基準を参考としつつ、中長期の適性で判断する扱いに分けた。
8.報酬制度を経営層専用のテーブルとした。執行役員は評価ランクごとに月例給与を設定し、評価結果に応じて洗い替える。取締役は複数段階の水準を設け、一定以上の評価で1段階上げる。賞与は評価ランクに応じた月数係数を掛ける方式とした。
9.運用の主体を人事委員会に置いた。社長、取締役、外部コンサルタントで構成し、経営企画部門が運営する。四半期ごとに開催し、活躍状況、育成状況、後継者計画の3点を議題とした。
10.移行と浸透を段階導入とした。適用開始時の対象者を限定し、上期と下期の事業サイクルに評価プロセスを組み込んだうえで、人事委員会を節目に配置した。制度説明会を設計期間内に実施し、基準を先に共有してから運用を開始した。
導入後の変化
1.執行役員の階層が組織に定着した。設計時に新設した執行役員および上席執行役員の区分は、現在も同社の役職名称として用いられている。営業戦略、営業、採用といった本部機能の責任者がこの階層に位置づけられており、等級定義が呼称としてではなく職務と対応づけて運用されている。
2.経営幹部の受け皿がグループへ広がった。同社は2021年と2022年に、それぞれ1社を子会社化している。経営層について等級・評価・報酬の共通体系が先に整っていたため、拡大した組織の責任者を位置づける枠組みを新たに用意する必要がなかった。
3.組織規模が拡大した。正社員数は2023年10月時点の1,235名から、2026年4月時点で1,684名となっている。営業拠点は2025年5月時点で全国34か所である。
4.制度の考え方が従業員層へ展開された。経営層向けに定義した「任用・活躍・退任」の枠組みと、求める人材像を等級定義に落とし込む構造は、その後の従業員向け人事制度改定に引き継がれている。経営層で先に基準を決めたことで、従業員層の制度を設計する際の上限が明確になっていた。
経営層の人事制度は、設計時点の精緻さではなく、組織が拡大し経営体制が入れ替わったあとも同じ基準が使われているかどうかで評価される。セレクションアンドバリエーションが設計した執行役員以上の等級・評価・報酬の骨格は、グループ会社の増加と人員の拡大を経てなお、同社の役職と任用の基準として運用されている。
本プロジェクトの特徴
1.企業価値への貢献は、成長計画に経営人材の供給が追いつく状態をつくることである。本案件では、評価基準を精緻にすることより先に、取締役と部長層の間に執行役員という階層を置くことを優先した。判断の根拠は、当時の構造では部長・マネジャー相当の最上位等級から取締役へ直接昇格するほかなく、経営幹部の候補を段階的に見極める場そのものが存在しなかったためである。器を先につくらなければ、評価をいくら精緻にしても供給量は増えない。
2.企業価値への貢献は、経営幹部の新陳代謝を属人的な判断から切り離すことである。本案件では、任用基準と降格基準を同時に設計した。根拠は、任用基準だけを整えると在任者が滞留し、階層を新設した意味が失われるためである。降格時の給与を降格先等級の最上位額に置く扱いも、退任を実際に運用できるようにするための設計である。
3.企業価値への貢献は、経営理念を日々の意思決定の基準として機能させることである。本案件では、求める人材像の第1項目に経営理念の体現を置き、等級定義の各段階を理念に対する立ち位置で記述した。根拠は、理念は掲げるだけでは行動に落ちず、昇格と降格の判断に実際に使われて初めて基準として機能するためである。
担当コンサルタント: 平康 慶浩
最も判断を要したのは、業績評価のウェイトを70%まで高めることでした。従業員層では行動と業績を半々で見ていましたので、経営層だけを大きく変えることに抵抗が出ることも想定していました。それでも、必達目標と挑戦目標を分けたうえで業績を重く見なければ、目標を低く置いた人が有利になる構造は変わらないと判断しました。
よくあるご質問
A. 最大の論点は、執行役員を役職として置くか、等級として置くかである。役職として置くと任用も退任も社長の判断に依存し、候補者の育成計画が立たない。等級として置けば、任用基準と降格基準を定義でき、評価と報酬の対象にもできる。本事例では、部長・マネジャー相当の最上位等級から分離した等級として執行役員を設定し、その上位に取締役を位置づけた。
Q2. 経営層の評価は、行動評価と業績評価のどちらを重くすべきか。
A. 経営層は業績評価を重くするのが合理的である。担当領域の損益に対する責任が明確であり、行動の適否が結果として表れるまでの時間差が短いためである。ただし行動評価をゼロにはしない。短期業績だけで評価すると、次世代の育成と中長期の投資判断が後回しになるためである。本事例では、行動評価にあたるコンピテンシー評価を30%、業績評価にあたるコミットメント評価を70%とした。
Q3. なぜ目標管理制度(MBO)の延長ではなく、コミットメントと挑戦目標を分ける方式を選んだのか。
A. 目標管理制度の枠組みをそのまま経営層に適用すると、達成しやすい目標を置いた人が高く評価される構造が残るためである。目標の難易度を評価者が事後に補正する運用は、判断が属人的になりやすい。本事例では、期初に必達目標と挑戦目標の2段階を同時に置き、期中に大きな目標が追加された場合の加算ルールもあらかじめ定義した。達成度は7段階で点数化し、評価者の裁量が入る余地を狭めた。
Q4. 役員の降格基準は本当に必要か。
A. 必要である。任用基準だけを整備すると、階層を新設しても在任者が滞留し、次の候補者に席が空かないためである。ただし一度の評価結果で降格させる運用は現実的ではない。本事例では、最低ランクとなった時点で候補とし、四半期後に中間確認を行い、次の半期でも改善が見られない場合に降格を判断する二段構えとした。取締役については、同じ基準を参考としつつ中長期の適性で判断する扱いに分けた。
Q5. 経営層の人事制度は何年くらいで作り直す必要があるのか。
A. 骨格は5年から10年の耐用年数を持たせられる。等級定義と評価の考え方を経営理念と結びつけて設計すれば、事業構成が変わっても定義そのものは有効であり続けるためである。作り直しが必要になるのは、報酬水準と評価のウェイトである。本事例では、2020年に適用を開始した執行役員以上の等級区分が、グループ会社の増加と人員の拡大を経て、現在も役職と任用の基準として使われている。
Q6. 非上場のオーナー企業でも、執行役員制度は機能するのか。
A. 機能する。むしろ社長への意思決定の集中が構造的に起きやすいため、責任範囲を分けて明示する意味は上場企業より大きい。要件は、任用と退任の判断を社長個人ではなく合議体に置くことである。本事例では、社長・取締役・外部コンサルタントで構成する人事委員会を四半期ごとに開催し、活躍状況、育成状況、後継者計画の3点を定例議題とした。